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安倍元首相暗殺の謎 卑劣な蛮行の背景と混迷政局の今後(上)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/308043
2022/07/09 日刊ゲンダイ
言語道断の蛮行に日本全体が震撼
奈良市で街頭演説中に山上徹也容疑者に銃撃され、路上に倒れた自民党の安倍元首相(C)共同通信社
白昼堂々と行われた許しがたい言論弾圧テロは、この国の時計の針を巻き戻してしまうのか。
参院選(10日投開票)が最終盤に入った8日、奈良市内で遊説中だった安倍元首相が凶弾に倒れた。享年67。マイクを握り、いつも通り力強く演説を始めて2分あまり。背後から2発の銃弾を撃ち込まれ、命を奪われた。ドクターヘリで搬送された奈良県立医科大付属病院によると、心肺停止状態で搬送され、首2カ所に銃創があり、大血管と心臓の心室に大きな傷もあった。失血死とみられるという。
列島を震撼させる言語道断の蛮行。前代未聞の事件にテレビは深夜まで特別報道を続けた。銃撃の一報を受け、山形県内で街頭演説中だった岸田首相は遊説を取りやめ、自衛隊機を乗り継いで帰京。声を震わせて「民主主義の根幹である選挙が行われている中で起きた卑劣な蛮行であり、決して許すことはできない」と犯行を糾弾し、与野党幹部も口をそろえた。
その通りだ。民主主義を担保する自由で公正な選挙を暴力で封じることは断じて許されない。ただ、死をもってしても、ゆるがせにできない事実がある。
憲政史上最長の政権を率いた安倍は数の力で強引な国会運営に走り、言論の府から議論の機会を奪い、民主主義をないがしろにした。国政を私物化したモリカケ桜疑惑には一貫して頬かむり。特定秘密保護法、共謀罪、安保法制からなる「戦争3法」の施行を強行し、米国と共に戦う国に変貌させた。民主主義を軽んじた政治家が民主主義を否定する凶行に襲われたのは、歴史の皮肉なのか。
立正大名誉教授の金子勝氏(憲法)はこう言う。
「安倍元首相がこういった形で逝ったのは、主権者国民のひとりとして悔やまれます。しかし、アベ政治には暴力を生み出す素地があったことを忘れてはいけない。『戦後レジームからの脱却』という耳当たりの良いフレーズで戦前回帰の旗を猛烈に振ってきた。先の大戦を引き起こした天皇制や軍国主義への反省から、民主主義と平和を掲げる憲法を歪めようとしてきたのです。批判の声を敵視し、世論の分断を加速させた。そうした側面に言及せず、政治家としての歩みをマスコミが垂れ流すのは英雄視につながる。非常に危険です」
自民党は幹部や閣僚の遊説をいったん中止したが、きょうは再開。岸田がマイク納めする新潟選挙区の陣営は〈蛮行に屈しない 予定通り開催します 特別応援弁士岸田総理〉と大書された告知をネット上にバラまき、弔い合戦の様相だ。「ピンチをチャンスに変える」──。安倍の常套句が思い起こされる。
動機は何か、政治的背景はあるのか
安倍元首相が銃撃された現場付近で取り押さえられる山上容疑者(C)共同通信社
安倍を銃撃したのは、奈良市に住む無職の山上徹也容疑者(41)だ。犯行現場では聴衆に交じり、演説を始めた安倍に拍手を送っていた。その時、何を思っていたのか。
山上は元海上自衛隊員。2005年8月までの3年間、1回分の任期を務めた。長崎県の佐世保教育隊を経て広島県の呉基地で護衛艦まつゆきに乗船し、第1術科学校を最後に海士長の階級で退官したと報じられている。
現行犯逮捕した奈良県警は容疑を殺人未遂から殺人に切り替え、捜査中だ。山上は調べに対し、「殺そうと思って狙った」という趣旨の供述をする一方、「特定の団体に恨みがあり、安倍元首相と団体がつながっていると思い込んで犯行に及んだ。政治信条に対する恨みではない」とも話しているという。
過去にも政治家が襲撃された事件はあった。自民党の金丸信副総裁や細川前首相が右翼団体関係者に発砲され、伊藤一長長崎市長は暴力団員に射殺された。山上も何らかの組織と関係があるのか、完全なローンウルフなのか。
政治ジャーナリストの角谷浩一氏はこう言う。
「街頭演説にヤジを飛ばす市民は排除するのに、強行犯は実行に移すまで手が出せない。要人警護が抱える最大の問題は、背景のない人物が増えている点です。思想信条も左右の価値観も持たず、組織にも属さない。客観的な動機がない。カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したロバート・デ・ニーロ主演映画『タクシードライバー』を思い起こさせる事件です」
ベトナム戦争帰りの元海兵隊員と称する主人公は不眠症に悩まされ、タクシー会社に勤務。深夜のマンハッタンを走らせる中で若者の退廃に嫌悪を募らせながら孤立を深め、浄化作戦を実行に移す筋書きだ。何やら山上と共通点がある。独特の歪んだ世界観から、世の中をキレイにしたいとの衝動に駆られたのか。
急遽決まった遊説での悲劇と計画性の有無
安倍元首相が銃撃された近鉄大和西大寺駅前の現場付近(C)共同通信社
安倍は8日の遊説を当初、長野で行う予定だったが、自民候補のスキャンダルが報じられたこともあり、取りやめた。それで、維新候補に追い上げられている奈良に急遽、遊説先を変更した経緯があった。
安倍の奈良入りは7日午後に決まり、同日夕から自民候補のSNSや街宣車で告知された。
奈良市在住の山上は7日夕方以降に安倍の来県を知り、犯行を思いついたのか。遊説先が変更されていなければ、悲劇は起きなかったのだろうか。
他方、奈良県警が8日、山上の自宅を家宅捜索したところ、爆発のおそれがあるものが複数押収され、自宅のパソコンには武器の製造に関するサイトを閲覧していた履歴が残っていたという。急に思いついたのではなく、計画性もうかがわせるのだ。
元兵庫県警刑事で作家の飛松五男氏が言う。
「爆発物は簡単に作れるものではありません。長い時間をかけて周到に用意された計画的な犯行との印象です。参院選の投票日直前を狙ったと思われます。犯行を計画する中で8日に安倍氏が来県したのでしょう」
山上は取り押さえられる際、逃げようともせず、観念している。
「捕まるのは覚悟の上の確信犯と言えます。安倍氏への強い恨みが読み取れます。動機や犯行の準備プロセスは今後の供述で明らかになっていくでしょうが、一番注目しているのは単独犯かどうかです。これだけの犯行を果たして山上容疑者一人でできるのか疑問です。バックに組織があるのかがポイントだと思います」(飛松五男氏=前出)
謎の多い事件である。
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