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日本も他人事でない世界の食料危機 対ロ制裁の代償、各国に跳ね返る 輸入依存国ほど事態深刻
https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/23310
2022年4月18日 長周新聞
アメリカのバイデン政府を先頭に欧米諸国が旗を振って2月26日に対ロシア経済制裁を科してから1カ月以上が経過した。小麦の世界最大の輸出国であるロシアへの経済制裁で輸出ストップの懸念が高まり、直後からシカゴ穀物市場では小麦や大豆、トウモロコシなど穀物の国際価格が史上最高を更新し続けている。穀物高騰をはじめとする食料品の高騰は、とりわけ食料を輸入に依存する低開発国の貧困層にとって深刻な飢餓状態をもたらすと警鐘が鳴らされてきたが、想定をこえて世界的規模で混乱が広がっている。国によっては食料高騰を契機として国民的な抗議デモが起こり、政治的な危機にもつながっている。この事態は日本にとっても他人事ではない。
FAOの食料価格指数は過去最高を更新
国連食糧農業機関(FAO)が8日、3月の世界の食料価格指数(2014〜16年を100とした指数)が過去最高の159・3と前月比17・9上昇したと発表した。2カ月連続で過去最高値を記録した。
指数は肉類や穀物など主要5品目の国際取引価格から算出する。3月はすべての品目で需給がひっ迫し、過去最高値となった。FAOは今後数カ月にわたって穀物輸出が停滞し、最悪の場合には世界で約1300万人が栄養不良に陥るとの試算を出している。途上国では貧困に拍車がかかり、飢餓が広がり、政情が不安定化する国が増えかねないと警告している。
また先に「2022年は壊滅的な飢餓の年になり、38カ国で4400万人が飢饉の瀬戸際に立たされる」と警告していた国連世界食糧計画(WFP)は追加的な影響として3月29日に、「第二次世界大戦以来目にしたことのない」大惨事を地域の農業と世界の食糧・穀物供給にもたらしていると警告した。
WFPの事務局長は、「ウクライナとロシアは世界の小麦の30%、トウモロコシの20%、ヒマワリ油の75〜80%を生産しており、エジプトやレバノンといった国々はウクライナに穀物の80%以上を依存している。農業に対する戦争の影響はもはや食品価格の高騰だけでなく、食品入手難に発展する恐れがある」とのべた。
ロシアへの経済制裁の代償は、制裁を科した西側諸国の国民生活に跳ね返ってきている。
欧州委員会は3月23日、農水大臣が緊急会議を招集し、「欧州食料安全保障危機対応メカニズム(EFSCM)」を発動した。農家への所得支援増額や、休耕地での穀物作付け支援、豚肉部門への市場価格安定化支援、消費者保護のための食品付加価値税引き下げなどを決定した。
EUの食料品価格は2021年夏以降上昇が続き、今年2月は年率換算で5・6%の上昇を記録した。
フランスでは、ウクライナ危機の真っ只中の10日、大統領選挙の投票がおこなわれた。3月初めには現職のマクロン氏の支持率は30%をこえていたが、選挙結果はマクロン氏が27・6%、ルペン氏が23・41%で今月24日に2人による決戦投票がおこなわれることになった。
フランス国立統計経済研究所の調べでは、今年3月のエネルギー価格は昨年の同時期に比べて28・9%、生鮮食品の価格も7・2%増え家計を圧迫してきた。燃料価格をはじめとする物価高騰のなかで、各地で運送業者による抗議行動も起きていた。4年前にはマクロン政府が導入をめざした燃料税引き上げに端を発した「黄色いベスト運動」の大規模な抗議行動も起きており、低所得層を中心に現政府への不信感は増大していた。
ルペン氏は、ガスや電気、ガソリンなどの付加価値税を現在の20%から5・5%に下げると主張し、選挙戦終盤に急速に支持を伸ばした。また「反EU」「NATOの軍事部門からの離脱」を掲げ、「私たちにかかわりのない戦争には、もう参加したくない」と訴え、ロシアに対する経済制裁に否定的な姿勢を示している。
スペインでは、農業労組が主催した物価高騰への抗議デモに農業関係者ら15万人以上が参加し、首相に対し燃料・肥料の価格高騰から生産者と一次産業を守る「緊急措置」を要求した。
農家15万人による燃料高騰や農業への補助を求めるデモ(3月20日、スペインマドリード)
ポルトガルでは、農業連盟が食料配給制度の検討を訴え、動物飼料協会は国内市場から豚肉が消滅するとの警鐘を鳴らしている。ドイツでは食料価格が50%上昇しており、ドイツ農業協会の会長は1年後の食料供給に強い懸念を示している。
アメリカでも消費者の80%以上が食肉や青果物の値上げに反発し、インフレ対策への不満がバイデン政府の不支持率を引き上げている。ロシア制裁で食品価格がさらに高騰するのは必至であり、バイデン離れを加速させている。
代替調達先なく飢餓増加 中東やアフリカ
とりわけ大きな打撃を受けているのは、ロシアやウクライナから穀物を大量に輸入している中東やアフリカの国々だ。
ロシアの小麦輸出量は3600万d(2018〜21年度平均)で世界第1位だ。最大の輸出先は中東・アフリカで1900万d、52%を占める。サブサハラ・アフリカへの輸出は600万d、バングラデシュ、インドネシア、ベトナムなどアジアにも500万d輸出している。
中東レバノンの経済・貿易省は小麦のストックがあと1カ月しかないと発表している。レバノンでは小麦輸入の約70%をウクライナが占めていたが、現状では輸入がストップし、深刻な小麦不足に陥っている。レバノンでは2020年に首都ベイルートで大規模な爆発事故が起き、国内最大の穀物貯蔵庫が損壊し、小麦を大量に保管する場所がなく深刻な事態となっている。
ベイルート市内のスーパーでは小麦粉の棚が空になっており、レバノン南部の国内最大規模の小麦粉生産工場では7つの貯蔵庫のうち6つが完全に空になり、小麦のストックが尽きている。このためパン価格はこの1カ月で50%以上高くなっている。
レバノン政府はウクライナにかわる小麦の輸入先を探しているが、自国通貨が暴落するなかで、同じように小麦の調達を急ぐ他の国との競争に勝てるかどうかが焦眉の問題になっている。経済・貿易省の輸入担当部長は、「緊急対策として早く、安く、質のいい小麦を探す必要があるが、どの国も警戒し、自国の備蓄のために小麦の輸出を止めた国もある。飢えは破滅的で、国民に食べていくための小麦も小麦粉もないとはいえない。なんとか早く調達先を見つけるしかない」と必死だ。
中東の紛争地域では食料危機に拍車がかかっている。7年以上にわたって内戦が続くイエメンでは、農業生産が落ち込み食料不足が深刻で、国連の調べでは国際的な基準でもっとも深刻な飢餓状態とされる人が今年中に現在の約5倍の16万人に達するとしている。イエメンでは小麦の輸入の4割をロシアとウクライナに頼っており、主食のパンの価格が値上がりし、飢餓の広がりが懸念されている。イエメンでのパンの値段は通貨の暴落や小麦の供給不足でこの1年で2倍に高騰している。
イラク南部では3月9日、小麦などの価格高騰に抗議する市民のデモがおこなわれた。首都バグダッドの食料品店では、ウクライナ危機以前は小麦粉50`が約940円だったが、3月9日には3倍以上の約3100円になっていた。ヒマワリ油も1g約150円が約2倍の約310円に上がり、市民生活を圧迫している。
世界の小麦輸入国の上位に位置するエジプトは、この事態を「国家存亡レベルの危機」と位置づけて対応をとっている。エジプトは2010〜12年にかけて巻き起こった「アラブの春」と呼ばれる大規模な反政府デモによって政権交代をよぎなくされた。このときも小麦価格の高騰が引き金となった。
ロシア、ウクライナ両国からの輸入農産物に大きく依存してきた東アフリカでは、食料価格が上昇し、干ばつなどですでに深刻な状態だった飢餓がさらに悪化している。
中南米でもペルーやハイチで物価高騰に抗議する大規模なデモがおこっている。
ペルーではこの間、パンは2割、ガソリンはリッター当り30円値上がり、稲作農家15万人が肥料高騰で次々に廃業に追い込まれており、抗議デモが続いている。
ハイチでは燃料や食品価格の高騰を発端にして8日、激しい抗議デモがおこなわれた。抗議デモ参加者は大統領府に突入しようとして警官隊と衝突し、警察側が威嚇発砲などをおこない、少なくとも5人が射殺される事態に至っている。
ハイチでは、コメ約54`の価格が35j(約3600円)から70j(約7200円)に倍増、ガソリン価格も2カ月で3度も急騰している。
地方都市でも抗議デモは激しさを増し、地方議員が襲われる事件も発生している。
国内増産体制の構築を 対策なく制裁叫ぶ愚
アジアでも同様だ。タイでは肥料高騰でコメの生産が打撃を受けており、農業協会会長が「コメ農家保護のための緊急介入」を要請している。
物価高騰に抗議し、大統領の辞任を求めるデモ(5日、スリランカ・コロンボ)
スリランカでは、食料、燃料、医薬品などの生活必需品の不足が深刻化するとともに、記録的な物価高騰と大規模な停電が続いている。最大の都市コロンボでは、物価高騰や燃料・必需品の不足に抗議し、数千人が6時間以上にわたって政府に抗議する激しいデモもおこなわれた。
スリランカの危機は西側諸国が対ロシア制裁を始めてから拍車がかかった。停電が頻発し、非常事態宣言が出され、食品のインフレ率は30・2%に達した。通貨スリランカルピーは中央銀行による切り下げを含めて1カ月でドルに対して40 %下落した。
スリランカはコロナ禍の影響で観光収入が激減して外貨不足に陥り、食料や医薬品などが十分に輸入できない状況が続いていたが、そこに追い打ちをかけたのがウクライナ危機による食料やエネルギー価格の上昇だ。ガソリンや軽油などの燃料や病院の薬が不足し、電気も1 日に合計で最大13時間止まるなど生活に深刻な影響が出ている。
スリランカはガソリンや軽油、炊事に使うガスのほか、主食のコメなどの多くを輸入に頼っており、決済に用いる外貨が不足して輸入が滞り、大幅な供給不足と急激な価格高騰に見舞われている。
スリランカ政府も「1948年にイギリスから独立して以来最悪の経済危機だ」と認めている。連日の抗議行動を受けて大統領と首相を除く閣僚が一斉に辞任したが、その後も国民は大統領の辞任を求めて抗議行動を継続しており、政府への反発は収まっていない。
ウクライナ、ロシアの小麦に依存している人口は約8億人といわれている。ウクライナ危機が長期化すればするほど、世界の食料危機、飢餓、餓死は深刻度を増す。紛争の当事者ではない世界の多くの国々の国民に犠牲が及んでいる。
こうした各国が直面する事態は食料自給率がわずか37%しかなく、6割以上を輸入に頼る日本にとっても他人事ではない。すでに9割を輸入に頼る小麦のほか、食料品全般の値上げがあいついでいる。さらに円安が加わり国際市場で他国に買い負ける事態に拍車をかけている。今や国際価格が上がって買えないという事態とともに、金があっても食料が入手できない事態をも想定しなければならなくなっている。食料輸入がストップすることを想定して食料安全保障をどう確保するのかが重要な課題になっている。
日本の現状を直視すると、輸入がとだえた場合、自給率100%のコメとイモ主体の食生活となる。終戦直後はコメの一人一日当りの配給は二合三勺だったが、それでは栄養失調で亡くなる人も出た。当時の人口は7200万人で、コメ生産は900万d程度あった。しかし現在の人口は1億2500万人だ。二合三勺の配給でも1200〜1300万d必要だが、農水省は減反を進め、675万d以下に生産量を減らそうとしている。今現在、有事によって輸入がストップすると、備蓄を含めても800万dしか食べるコメはない。国民の多くが餓死や飢餓に直面する。
増産に努めようとしてもすぐには収穫できず、農地が足りない。終戦直後は農地は600万fあったが、それでも飢餓が生じた。今の人口は当時の1・7倍だが、農地は440万fしかない。農水省は今の農地にすべてイモを植えれば必要なカロリーは摂取できるとしているが机上の空論にすぎず、かりに農地を倍以上の1000万fにしても終戦時のような飢餓状態に陥ると指摘する専門家もいる。
ウクライナ危機に直面しても農水省をはじめ政府は食料自給率向上への真剣なとりくみをおこなう姿勢を見せておらず、国民を守る構えはない。
他方で食料輸入大国である中国は、コロナ禍に続くウクライナ危機のなかで、食料の輸入依存のリスクを回避するために食料安全保障政策を強化し、主要農産物の大規模増産に力点を置いている。森林伐採令を出して耕作地を広げ、農家への補助金は前年比3割引き上げた。
たとえば大豆の自給率を向上させるために、現行の1640万dの生産量を2025年末までに約2300万dに増やす計画だ。中国は大豆の約85%を米国などからの輸入に依存している。また、トウモロコシの栽培面積、生産量の拡大も促進している。とりわけ食料の輸入依存からの脱却は日本にとっても喫緊の課題となっている。
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