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華麗なる芸術都市の光と闇 “魔の都”ウィーンに響く、天才歌手グルベローヴァの美声 / 『滅びのチター師』と『うぐいすとバラ』を読む
https://jtaniguchi.com/wien-karas-gruberova/
音楽家と愛好家、こうも音楽にかかわる人々がウィーンに引き寄せられるのはなぜか。映画『第三の男』、ロマ(ジプシー)の人々、コロラトゥーラソプラノとして著名な歌手・グルベローヴァの歌声に触れながら迫る。
映画『第三の男』(The Third Man)はウィーンを舞台にした名画として世界的にヒットした。しかし、現地ウィーンではなぜか不人気である。しかも、あの有名な主題曲を作曲演奏したアントン・カラス(Anton Karas)の人生も数奇であり、彼はウィーンで疎んじられていたと言う。
そして、惜しくも、この世を去った エディタ・グルベローヴァ(Edita Gruberová)、彼女も当初はすんなりとウィーンで受けいられた訳ではない。グルベローヴァ国立歌劇場デビュー45周年記念公演(45 Jahre Edita Gruberova an der Wiener Staatsoper)と、オペラの魅力に開眼した彼女の ツェルビネッタのアリアの思い出から、彼女の半生を描いた『うぐいすとバラ』を引き合いにウィーンを想う。
● 映画『第三の男』が現地ウィーンで不人気な理由
ウィーンと言えば、日本人になじみ深い話題が映画『第三の男』である。世界的に大ヒットした映画ではあるが、舞台となったウィーンにおいて、この映画の評価が低いことはあまり知られていない。
ただし、観光客向けなのか、ウィーンに行けば『第三の男』にちなんだ博物館はあるし、有名なシーンである下水道の見学ツアーなども未だに開催されている。私も、書籍『滅びのチター師―「第三の男」とアントン・カラス』(軍司貞則 著)を読むまで、ご当地ウィーンにおけるこの映画に対する不人気ぶり、嫌悪感など全く知らなかった。
滅びのチター師: 第三の男とアントン・カラス (文春文庫 く 14-2) 1995/12/1
軍司 貞則 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E6%BB%85%E3%81%B3%E3%81%AE%E3%83%81%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%B8%AB%E2%80%95%E3%80%8C%E7%AC%AC%E4%B8%89%E3%81%AE%E7%94%B7%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%BB%8D%E5%8F%B8-%E8%B2%9E%E5%89%87/dp/4167571021?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%BB%85%E3%81%B3%E3%81%AE%E3%83%81%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%B8%AB&qid=1634594302&sr=8-2&linkCode=sl1&tag=jtaniguchi-22&linkId=9c9af4bfddc6e1f70bfe0dbc397bd4fb&language=ja_JP&ref_=as_li_ss_tl
この本を読みすすめていくと、なるほどウイーン市民の嫌悪感はここからきているのか、と納得できる。映画『第三の男』で描かれるウィーンは、ウィーンっ子ご自慢のハプスブルク家の栄華はどこへやら、戦後の荒廃しきったウィーンしか登場しない。しかも、いかがわしい詐欺師が跋扈(ばっこ)するフィルム・ノワールである。ご当地の方々がこの映画に不快感を抱くのも仕方ない。
多少怪しげな雰囲気を今のウイーンで感じ取れるのは「のみの市」くらいだろう @Wien
そして、映画の主題曲『ハリー・ライムのテーマ』を作曲・演奏しているアントン・カラスに対するウィーン人の目線は更に厳しいものがあったと言う。
映画が国際的に大ヒットした際、どの国においても彼に対する賛辞は最高であった。ヨーロッパ各国の王室からパーティに招かれ、そこで演奏し、さらには様々な国への演奏旅行まで行っていた。これによって、戦後の経済困難な時期にもかかわらずカラスはたいそうな収入を得たらしい。一方、彼にしてみれば、チター1本たずさえ、作曲と収録のためにロンドンに連れ去られ軟禁までされて、ホームシックとノイローゼになりながら作曲した苦労がやっと報われた想いだっただろう。
しかしながら、映画が公開され、やがてその熱が冷めた後のカラスの末路は哀れであった。そのあたりの事情は『滅びのチター師』に詳しく書かれている。
● 主題曲を作曲演奏したアントン・カラスのその後
カラスは、念願だったホイリゲ(ワイン酒場)をやっとのことで開業するが、地元の妨害に遭い1カ月で廃業に追い込まれてしまう。戦後の食糧難の不幸な時代を売りにした映画でカラスだけが世界中の評価を独占し、海外で荒稼ぎをしたことへの周囲の妬(ねた)みがあったと著者は推測している。
さらに著者はカラスの数奇な人生に踏み込んでいく。なかでも重要な点は、カラスの末路が悲惨だったその理由を、彼がロマ(ジプシー)の出自ゆえだったのではと推測しているところだ。ウィーンのどんな音楽資料や書籍にもカラスの名前が載っていないことや、彼がチターで奏でるジプシーのメロディー、カラスという名の由来、父親が(ロマに多い職業である)金属加工業であること、加えて父がハンガリー系、母がチェコスロバキア系であること、これらが彼の出自を示していると言うのだ。
著者がこの推理を本人に問いただしても、かたくなに自分はウィーンで生まれたオーストリア人だと主張するカラス。この部分はウィーンの闇を垣間見るようであり、わびしくもある。
寒空の中、馬の仮面をかぶって演奏する大道芸人。ウィーンではよく見かける光景 @Kunsthistorisches Museum Wien
この書籍の中に、生粋のウィーン人がカラスについて語っている場面がある。「彼は昔ウィーンに数多くいたホイリゲのチター弾き(=ジプシー/チゴイネル)にすぎない。すべてはそれに尽きる。彼らは所詮、酒を飲み酔ったお客を相手にする芸人である。彼はまさにそれだった。それ以上でも以下でもない。『第三の男』の音楽もそこから生まれたものだ」
チター弾きがほのめかすジプシーという民族。中世、ロマは欧州各地で寛容に迎えられていた。ところが近世になると、国家観や宗教観の様相も変化し、それに伴ってロマを取り巻く環境は大きく変わり、ロマは各国で排斥の対象となっていく。そして、未だその迫害の歴史は続いている。
また、行き場を失ったロマの中には、犯罪に手を染める者が多いことから、怒りの矛先がロマ全体に及んでいるようだ。私もパリで不注意からスリにあった際、フランスの礼儀正しい警官が「ジプシーの仕業だ」と嫌悪感をあらわにののしり、決めつけていたのに驚いたことがある。
しかし、ブラームスの「ハンガリー舞曲」やシュトラウスの「ジプシー男爵」、また数あるフラメンコの楽曲等々、欧州の音楽や文化面においてロマの寄与度はとても大きい。多様性が生み出す革新性や世界観の広がりは豊かだ。そして、映画『第三の男』でのカラスのチター演奏は、今でも多くの人の胸に残っている。
ちなみに、ジプシーの語源は、事実に反してエジプシャン(エジプトの人)から来ている。また、混同されるボヘミアン(ボヘミア地方の人)でもない。昔から定住の地を持たない流浪の民であり、インド北部が起源ではなかろうか、というのが今では通説になっている。そして、昨今ではジプシーとは言わず、ロマと呼ぶのが一般的だ。
今では『第三の男』の情景はどこにも見られない、観光客を待つ馬車たち @Wien
● ウイーンで伝説の歌姫の美声を浴びる
ところで、コロラトゥーラ(coloratura)という歌唱ジャンルがあるのを御存じだろうか。技巧をこらして高音域の旋律を歌ったり、様々な装飾音を多用し、速いフレーズの音階を上下させたりする超絶技巧の歌唱法を用いる。そのコロラトゥーラソプラノとして著名な歌手がエディタ・グルベローヴァだ。
好んで聴いているグルベローヴァのアルバム「夜の女王のアリア~コロラトゥーラの女王」
https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A2%EF%BD%9E%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B-%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1-%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BF/dp/B00005S0GF?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E5%A4%9C%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A2~%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B&qid=1634594586&sr=8-1&linkCode=sl1&tag=jtaniguchi-22&linkId=76b4961cc2cd7d76311ba62a5a188fe3&language=ja_JP&ref_=as_li_ss_tl
学生時代、この人が歌うツェルビネッタ(R・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」の役名)のアリアをウィーンのオペラ座で聴いて、私はオペラの魅力に開眼した。彼女の歌を聴かなければ、今ほどオペラに夢中になることはなかっただろうし、そもそもオペラ自体聴き続けていたかどうかもあやしいものだ。
● 待ち望んでいた比類なき歌声
そのグルベローヴァだが、今や引退のうわさが出始めており、公演数もかなり絞っているようだ。年齢を考えれば仕方のない。
2015年のことである。ウイーンの公演情報で『グルベローヴァ国立歌劇場デビュー45周年記念公演(45 Jahre Edita Gruberova an der Wiener Staatsoper)』に気がついた時には、すでに全席ソールドアウトになっていた。
そこで ウィーンでチケット手配をされている オテロチケットオフィス/フランツ・イルザのスルツァーさんにチケット手配をお願いしたところ、嬉しいことに、なんとかこの公演を観る機会を得てくださった。
懐かしい桟敷席。かつて貧乏学生だった故、どこの劇場でも座るのは天井に最も近い席であった @Wiener Staatsoper
さすれば私が彼女の生の歌声に触れる機会は最後だろうし、初めて彼女の歌声を聴いた場所であるウィーンの国立歌劇場で、彼女のアリアをもう一度聴きたいという想いもあって、はるばるウイーンにまで行くことにした。
やはり、聴きに来てよかった。また、待ち望んでいたのは他の客も同じ。めっきり公演回数の減ったグルベローヴァを一目見たくて、その声を聴きたくて集まってきた方々なのは客席を見れば明らかだ。
前座(と言っては失礼だが)による1曲目が終わり、2曲目をオーケストラが奏で始める。袖からゆっくりグルベローヴァが現れると、演奏中にもかかわらず最初はパラパラと拍手が起き、あっと言う間に会場全体が拍手と大歓声で包まれた。まだ一曲も歌っていないのに「ブラヴォー」の歓声が飛び交い続ける。オーケストラは演奏を中断するが、拍手は数分続いた。まさしく、ツェルビネッタが劇場全体を揺さぶって観客が狂喜乱舞状態だったあの時と同じだ。
横断幕を歌劇場で見るのは珍しい @Wiener Staatsoper
もちろん私も例外ではなく同じ状態にあった。なにせオペラ歌手は舞台に登場するまでなにがあるか、わからない。歌手は生身の人間であり、登壇できるかどうかも声の調子や体調いかんである。直前にキャンセルの発表がなされることもままある。しかもたった1日のリサイタルである。そんな不安の中、堂々と舞台に現れてくれたのだから、観客が沸くのもわかるし、私も同じ気持ちであった。
スタンディングオベーションを浴びるグルヴェローヴァ @Wiener Staatsoper
信じられないことに、彼女は四半世紀前と声量も声質も変わっていなかった。ひょっとすると声量は100分の1くらい(笑)落ちているかもしれないけれど。難曲の連続で、多少危ない感じがしたところもあるが、微細な表現の幅がさらに広がったような印象を受けた。大舞台なのでプレッシャーは相当なものと思うが、後半は多少余裕をもって歌っていたように見えた。
このところ、いろいろなオペラでソプラノ歌手の歌声を聞いているが、歌声が消えるときに虹のようなグラディエーションが見えるのは彼女だけだ。それが、なんとも言えない瞬間になる。高い声を自由にコントロールができるのは、とてつもなくすごいことだが、この弱音の美しさも彼女は比類ない。歌手自体が比類なき存在と言われているのだから、これも今更言うべきことではないのであるが。
● それでも音楽家たちは“魔の都”ウィーンを目指す
ここまでのグルベローヴァの紹介だけを見れば華やかなオペラ歌手の1人に見えると思うが、スロバキアの田舎出身の彼女は実はたいへんな苦労人である。彼女の評伝『うぐいすとバラ エディタ・グルベローヴァ 半生のドラマとその芸術』(ニール リショイ著、久保 敦彦訳、音楽之友社)によると、歴史や政治体制の荒波の中で、幾度も不幸な境遇に陥り、屈辱的な扱いを受けながらも、その都度立ち上がり、40年以上戦ってきた。
『うぐいすとバラ エディタ・グルベローヴァ 半生のドラマとその芸術 』ニール リショイ 著
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%86%E3%81%90%E3%81%84%E3%81%99%E3%81%A8%E3%83%90%E3%83%A9-%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A4/dp/427621775X?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%81%86%E3%81%90%E3%81%84%E3%81%99%E3%81%A8%E3%83%90%E3%83%A9&qid=1634593884&sr=8-1&linkCode=sl1&tag=jtaniguchi-22&linkId=d8fd2af608428970246fda82e8015106&language=ja_JP&ref_=as_li_ss_tl
第2次大戦後、社会主義体制に異を唱えた彼女の父は時の政権によって投獄され、出獄した時にはひどい心身症にかかり別人のようになって帰ってきたという。その実の父による家族への暴力はすさまじく、幼い彼女は夜中に頻繁に母と家から逃げ出していたらしい。また、チェコ人によるスロバキア人に対する差別もあり、出自が彼女のキャリア形成に暗い影響をあたえた。
音楽学校を卒業した後も苦難は続く。社会主義体制下での生活が長かったため、西側の資本主義体制やマネジメントの世界になかなかなじめなかったのだ。世界的な人気が出てからも、同僚と比べれば信じられない低い手当で歌っていたこともあると言う。そんな環境でも精進と努力を重ね、ただただ頭抜けた歌唱能力だけがキャリアを後押ししていった。やがてウイーンに亡命し、2人の子どもを育てながら、地道にレパートリーを増やしていく。ようやく有能なマネージャーとの出会いに恵まれ軌道に乗った後は、ひたすらキャリアを積んでいったのだ。
ツェルビネッタの衣装と小道具をプレゼントされるグルヴェローヴァ @Wiener Staatsoper
それでも、クラシック音楽会に君臨するCAMIというエージェント企業からは、影で邪魔をされ、メトロポリタン歌劇場が出演を切望していたが、その機会はなかなか訪れなかったりもしていた。
しかし、後になって気がついたことであるが、簡単に商業ベースにのらず、体調管理や役選び(=キャリア)に慎重だったことが、声を大事にする彼女にとっては大きなプラスになったようだ。そのおかげもあって年齢をかさねても衰えない声を維持できているのだろう。
● 音楽家たちが夢を持って集まる街が、ハプスブルク家のお膝元ウイーン
この『グルベローヴァ国立歌劇場デビュー45周年記念公演(45 Jahre Edita Gruberova an der Wiener Staatsoper)』の公演はたいした大舞台であった。
舞台上にはウイーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィル)とその合唱団、グルベローヴァのお相手をするソリストが7名と勢ぞろい、その皆が彼女の独り舞台をサポートしている。そして、スロバキアの片田舎出身の彼女がドニゼッティ(イタリアの作曲家)をウイーンで歌い、ドイツ語でスピーチをこなし、その姿に世界中から集まった観客が狂喜乱舞するという構図にも、ヨーロッパ社会の一面を見るようで興味深かった。
グルベローヴァはチェコスロバキア国民だった時代、国立歌劇場の歌手であっても出稼ぎ労働者とともに、いくども長時間並んでオーストリアの滞在手続きをとった。また歌劇場時代もなかなか芽が出なかったり、さらにはいざ亡命しオーストリアに帰化する際にも、弁護士にだまされ、国籍やアイデンティティでとても苦しめられたと言う。
グルベローヴァ国立歌劇場デビュー45周年記念公演(45 Jahre Edita Gruberova an der Wiener Staatsoper)
グルベローヴァやアントン・カラスと同様、出自によって多種多様の苦労をしながらも、音楽家たちが夢を持って集まる街が、ハプスブルク家のお膝元 ウイーンなのだろう。当人たちの苦労は筆舌に尽くし難いが、それでもアーティストを惹きつける何かがこの街にはあり、観客には最高の多幸感を味わわせてくれる。音楽好きには“魔の都”である。
https://jtaniguchi.com/wien-karas-gruberova/
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「音楽&オーディオ」の小部屋
史上最高の「夜の女王」歌手の訃報 2021年10月21日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/056eceeb67b34caaa54b0b85d830de44
一昨日(20日)の早朝、読売の朝刊を見ていたら「エディタ・グルヴェローラ」の訃報記事が目に飛び込んできた。享年74歳。惜しい、まだ早すぎる!
史上最高の「コロラトゥーラ」歌手を偲んで過去記事の「史上最高の夜の女王」を再掲し、ここに哀悼の意を捧げよう。
「5月6日から始めた 「光テレビ」(NTT)による「クラシカ・ジャパン」(クラシック音楽専門チャンネル)の無料試聴期間(16日間)が終了したものの、うまく引継ぎが出来て現在は「スカパー」(CS専用アンテナ+チューナー)による無料試聴期間の続行中。
そして、手当たり次第に録画した中から、シャハム兄妹の「ヴァイオリン・ソナタ(モーツァルト)」に続いて二度目の大当たりとなったのが「ポートレート〜エディタ・グルベローヴァ」(1時間半)である。彼女の生い立ちから歌手デヴュー、そして今や世界屈指の歌手となった現在に至るまでを克明に追った番組。
実を言うと「エディタ・グルベローヴァ」(ソプラノ)という名前を聞いただけで背筋がゾクッ、ゾクッとくるほどの大ファンなのである。
まず、話を展開する前に基礎知識として「女声の種類」をチェックしておこう。
☆ ソプラノ(女声の歌う高い方の声域)
コロラトゥーラ → もっとも高いソプラノ(夜の女王役「魔笛」)
スーブレット → もっとも軽いソプラノ
リリック・ソプラノ → その次に軽いソプラノ(王女役「魔笛」)
リリコ・スピント → その次に軽いソプラノ
ドラマティック・ソプラノ → もっとも重量級のソプラノ
ただし、スーブレット以下の区分は、音色と声質の差であり音域はあまり関係ない
☆ メゾ・ソプラノ(女声の中間声域、ソプラノより暗く低い音域)
☆ アルト(女声の最低音域)
グルベローヴァは最も高い声域が要求されるコロラトゥーラ歌手であり、そのコロラトゥ−ラの出番といえば何といっても最高のはまり役が「夜の女王」(モーツァルトのオペラ「魔笛」)。
最も難度が高いと言われる「夜の女王」役をこれまで無難に歌いこなせた歌手は手元の「魔笛」(44セット)を聴いた中でも数名程度である。最高音の”ハイF(ファ)”のときにどうしても声が続かなかったり、不安定になったりしてあえなく敗退の憂き目にあった歌手は数知れず。
「魔笛」(全二幕)は誰憚ることなくモーツァルトの最高傑作だと自信を持って言えるが(ちなみに、ベートーヴェンもゲーテもそう言っている!)、この「夜の女王」役と「ザラストロ」役(バス:男性の最低音域)に適任者を得ないと、オペラそのもののスケールが”こじんまり”となってしまうから恐ろしい。
そういう重要な役柄の中で、今もって「これは最高だ!」と鮮明に記憶に残っているのが「クリスティーナ・ドイテコム」(ショルティ盤)と「エディタ・グルベローヴァ」のご両人である。
ドイテコムは残念なことに歌手人生が短くてあっという間に居なくなったが、グルベローヴァはDVDではサバリッシュ盤、CDではハイティンク盤、アーノンクール盤に出演しており、夜の女王役以外にも多彩な活躍をしていて極めて息の長い歌手生命を保っている。
さあ、折角なので久しぶりに改めて両者を比べてみようかと、ハイティンク盤(1981年)、アーノンクール盤(1987年)のグルベローヴァと、ショルティ盤(1969年)のドイテコムを聴いてみた。
意外にもドイテコムはこれまで持っていた印象と異なって”ちょっと落ちる”と思った。オーディオ装置が変わったせいもあるが、如何せん、1969年のアナログ録音が古すぎて音質がイマイチでお気の毒〜。レコード再生ならいい線を行くかもしれない。
グルベローヴァについては「アーノンクール」盤よりも「ハイティンク」盤の方が断然いい。声量と勢いが違う。同じ歌手でもこういうことがあるから油断できない。しかし、やはり並みの歌手と比べて歌唱のレベルが抜きんでていて史上最高の「夜の女王」の感を一層深くした。
それにしてもハイティンク盤の「魔笛」は素晴らしい。録音も奥行き感に秀でて聴き出すと途中で止められなくなって最後まで聴き惚れてしまった。
さて、録画した「ポートレート〜エディタ・グルベローヴァ」では興味深いエピソードが満載だった。
☆ チェコのひなびた農村出身の彼女が地元の唱歌隊で神父や指揮者から才能を見込まれ「オペラ歌手になりなさい」と熱心に進められたのが歌手デヴューのきっかけ
☆ ウィーン国立歌劇場でのテストを受けたとき、試験官の芸術監督は奥の窓際に立って外ばかり見ていたが、テスト曲の「夜の女王」役の”ハイF”音を歌い上げたときに初めて振り向いて彼女を見つめた。同時に周囲にいた者たちが寄り集まってきて、そのまま事務局に連れて行かれて、即契約!
☆ 音楽評論家のヨハヒム・カイザー教授によると、「マリア・カラス、サザーランド、リタ・シュトライヒなどこれまで数知れぬコロラトゥーラの名歌手たちを聴いてきたが彼女は同等か、それ以上の存在であり、スラブ的な真面目さがあって農民出身らしく浮ついたところがない」とのこと。
☆ グルべローヴァによると、「歌手は経験を積んで来たら絶対にモーツァルトを歌わないといけない。その音楽には宇宙的な広がりがある」。
最後に、グルヴェローバさん安らかにお眠りくださいね、合掌。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/056eceeb67b34caaa54b0b85d830de44
グルベローヴァ 夜の女王 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1+++%E5%A4%9C%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B&sp=CAI%253D
Gruberova Der Hölle Rache - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Gruberova+Der+H%C3%B6lle+Rache+
Gruberova - Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen
https://www.youtube.com/watch?v=-HXHTHgNfnw&t=10s
Edita Gruberova as "Die Königin der Nacht" - Bayerische Staatsoper 1983
Edita Gruberova Königin der Nacht 1982
https://www.youtube.com/watch?v=P6Ke12fGeEQ
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エディタ グルベローヴァという歌手について振り返る
https://seigaku-hyoron.info/2021/11/%e3%82%a8%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%bf%e3%80%80%e3%82%b0%e3%83%ab%e3%83%99%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%ad%8c%e6%89%8b%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%e6%8c%af/
先月(2021年10月18日)他界された名歌手、Edita Gruberova(エディタ グルベローヴァ)のリサイタル音源やドキュメンタリー映像がYOUTUBEにアップされだしたので、 改めて彼女の歌唱を振り返ってみようかと思います。
Edita Gruberova Liederabend Salzburg 1984
https://www.youtube.com/watch?v=4QK2SMGh9cI
Edita Gruberova, Sopran
Irvin Gage, Klavier
Lieder von Mozart, Wolf, Strauss
1946年生まれなので、40歳手前の演奏ですね。
プログラムはモーツァルト、ヴォルフ、Rシュトラウスの歌曲です。
Edita Gruberova Liederabend Salzburg 1985
https://www.youtube.com/watch?v=Mo6wHeXRHTk
2. Liederabend vom 13. August 1985, 19:30 Uhr im Großes Festspielhaus
Edita Gruberova, Sopran
Friedrich Haider, Klavier
プログラムはブラームス、ドビュッシー、ヴォルフの歌曲です。
グルベローヴァの声は、オペラファンなら誰もが認めるようなコロラトゥーラを得意とするハイソプラノなので、若い時の方が良い声だっただろうという先入観を私も持っていましたが、
実際は80年代より90年代の方が上手いということに、今更ながら気づきました。
Edita Gruberova - Osaka recital 1990
https://www.youtube.com/watch?v=HPf0CnBfeoc&t=708s
84・85年の演奏はフレージングが全然できてなくて、中低音も全然響きがない。
その上、子音は”s”だけが良く出るんですが、それ以外の子音、特に”n”なんかは全然聴こえない。
高音に強い歌手なのに、高音は声を生かすために発音は蔑ろにされていて、”i”母音は全て”e”母音寄りに開いてる。
これではリートがリートとしての魅力を失って、グルベローヴァの声で歌われることにしか価値がないレベルの演奏といっても良い内容です。
それが90年の演奏になると、発音は依然として音域によって母音の質にバラつきがあるものの、フレージングがかなり改善されて、低音も少し鳴るようになってきた。
Edita Gruberova Recital Prague Opera 1991 1
https://www.youtube.com/watch?v=OfcBCWUSFlA
自分が一番グルベローヴァの声を聴いたのが90年代なので、この歌唱のイメージが強い。
1年しか経ってないのに90年の演奏からの進歩が凄い!
録音環境の違いも大きいのかもしれませんが、真っすぐで一点の曇りもないピアノの響きを聴くと、これがグルベだよな〜。と私なんかは思ってしまいます。
私の考える彼女らしい歌唱が堪能できる曲は、上記で言えば、
43:15〜の Rシュトラウスの歌曲「Waldseligkeit(森の祝福)」でしょうか。
私の中では超絶技巧よりも、ピアノの美しさの方が印象に残る歌手でした。
Edita Gruberova - Zagreb Lisinski Recital - 1997
https://www.youtube.com/watch?v=ACreT4aGzl0
Edita Gruberova, soprano
with Croatian Radio-Television Symphony Orchestra
Conductor: Friedrich Haider
Recital in "Vatroslav Lisinski" Great Hall
September 18th, 1997
Zagreb, Croatia
超高音は97年で衰え初めているように感じます。
ハムレットのアリアは、全盛期のナタリー・ドゥセイがちょうど被ってる年代でもあるためか、
グルベの演奏聴いても、コレじゃないんだよな〜という感覚が強い。
グルベの声はメタリックなので、フランス語の色合いが出ない気がして、フランス語の曲は今一つ耳に馴染まないのは私だけなのだろうか・・・。
リサイタルを追うのはこの辺りにして、
以下のようなドキュメンタリーも公開されていました。
Edita Gruberova Documentary
https://www.youtube.com/watch?v=W0PNuDzR8ws
18分辺りでプラハの春の映像が出てくるのは中々衝撃的だったり、
歌いたくない時に庭仕事やってたりするのは意外な一面だったりしたのですが、
それはさておき
最初や50:00〜の鼻歌のような部分、
14:00〜、26:〜、33:00〜稽古シーン
なんかを聴いていてはっきりわかったのですが、
グルベローヴァは歌うとき全然息吐いてませんね。
以前、テノール歌手の高橋達也さんとのインタビューの中で、パヴァロッティが「声が上から落ちてくる」という話をしていたことを語ってくれましたが、
全く同じで、
グルベローヴァも息は前とか、下から上に向かって流してない。
今までに、「窒息するかのように」とか、「息を飲むように」という比喩表現を耳にしていたのですが、あぁコレか!というのがこの映像でわかりました。
どうしても、大きなホールで歌っている姿を見ると、グルベでも押してる感じの声の時があるのですが、鼻歌のように歌っていたり、リハでそこまで声量を出さずに歌っている姿を見ると、全然喉が上がらずに低音も魅力的に響いているのがわかりました。
やっぱり彼女は超一流のソプラノ歌手だったんだなというのが、この映像で再確認できました。
こういうことがわかってくると、
「響きをハミングと同じポイントに当てる」とか
「前に響きを集める」
みたいな指導は、喉を押して歌え!と言ってるのと同じなんだということがよく分かる訳で、
もし私の記事を見て下さっている方で、歌を習っている先生がそのようなことを仰るのであれば、すぐに別の先生を探されることをお勧めします。
天邪鬼な私は、グルベが人気に見合うような歌手ではないのではないか?
と疑っていた時期もありましたし、そのためにあまり彼女の歌は聴いてきませんでしたが、
改めて色々聴いてみると、勿論手放しに絶賛できない部分もあるにせよ、発声技術という一点に絞れば理想的な歌い方をしていたからこそ、歌手寿命が短い声種でも、声が重くなることなく維持し続けることができたことは間違えありません。
これだけの歌手ですから、これからも彼女の残した映像や音源は、無数のファンを獲得し続けることでしょう!
https://seigaku-hyoron.info/2021/11/%e3%82%a8%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%bf%e3%80%80%e3%82%b0%e3%83%ab%e3%83%99%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%ad%8c%e6%89%8b%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%e6%8c%af/
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エディタ・グルベローヴァ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1
エディタ・グルベローヴァ(1946年12月23日 - 2021年10月18日)女性歌手
http://www.asyura2.com/24/ban12/msg/373.html
アントーン・カラス - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9
Anton Karas - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Anton+Karas
第三の男 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E3%81%AE%E7%94%B7
The Third Man 1949 colorized (Joseph Cotten, Alida Valli, Orson Welles)
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?&q=The+Third+Man++1949&&mid=1232F8A66DE47B4EB18B1232F8A66DE47B4EB18B&&FORM=VRDGAR
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