ユーラシアの逆転と日韓米軍の撤退 2022年8月29日 田中 宇 この記事は「中露主導の朝鮮半島和平への道筋をつけるロシア」(田中宇プラス)の続きです。ロシアは今年2月のウクライナ開戦後、中国やインド、イラン、トルコなど非米諸国を誘い、ユーラシア大陸の非米化を進めている。ロシアはまず、欧州に売れなくなった石油ガスなどの資源類を非米諸国に安く売ることで、非米諸国が米国主導の対露制裁に乗らないようにした。開戦後、資源類の国際価格が上がったので、安く売ってもロシアは前より儲かっている。非米諸国間の資源類の貿易決済には、米国側のSWIFTでなく、ロシアや中国が開発してきたSWIFT代替の非米諸国通貨建ての決済システムを使い(露SPFS、中CIPS)、中国も非米諸国との貿易に非米決済システムを使う傾向を強めている。中国は習近平が政権についた2014年から、ユーラシアの経済覇権戦略として一帯一路を進めてきた。これまで一帯一路は停滞していた部分もあるが、ウクライナ戦争でロシアが中国も誘って非米化に積極的になったことで一帯一路も加速されている。 (資源の非米側が金融の米国側に勝つ) 米国の監視下にあるSWIFTやドル建て決済を使った貿易など経済行為はすべて米国側に知られてしまうが、非米決済システムを使った貿易・経済行為は米国側に知られずに進められる。米国側は、露中主導のユーラシアの非米化の状況を把握できなくなっている。米国側のマスコミは中露敵視のプロパガンダ機関なので、中露の非米化策を悪しざまに失策として描きたがることもあり、非米化や多極化は米国側の人々が気づかないうちに隠然と進んでいく。国連では、加盟国の3分の1しか対露制裁を支持しなくなった。 (Escobar: Geopolitical Tectonic Plates Shifting, Six Months On...) (Only one in three UN members back new anti-Russia resolution) もし今後、一帯一路など中露によるユーラシアの非米化策が大幅に停滞して決定的に失敗したとしても、それによってユーラシアの経済覇権が米国側に戻ることはない。米国側は1997-8年のアジア通貨危機後の四半世紀にわたり、中東以外のユーラシアの多くの地域で経済覇権をほとんど放棄してきた。冷戦終結後しばらくは、米国側(欧米)がユーラシア内陸部を発展させる構想(日本も90年代前半に環日本海経済圏構想など)があり、米国側がユーラシアの経済覇権を握ろうとしていたが、それらの動きはアジア通貨危機後に下火になった(環日本海は、日本が米国に言われて進めた構想だったことになる)。 (ユーラシアの非米化) (American Hegemony and the Politics of Provocation) アジア通貨危機から3年後の2001年には911テロ事件が起こり、米国は、アルカイダなどイスラム主義のテロリストをこっそり育ててユーラシア各地でテロをやらせ、それを口実で米軍がアフガニスタンやイラクなどを占領する自作自演の「テロ戦争」の軍事覇権戦略をやり出した。米国側の覇権戦略は軍事面が席巻し、経済面はないがしろにされた。米国側はそれ以来ずっと、ユーラシア内陸部の経済発展にほとんど貢献していない。米国側は、テロリストを育ててユーラシアの安定と発展を壊すだけの勢力になった。 (アルカイダは諜報機関の作りもの) (多極化の申し子プーチン) 米国に代わってユーラシアの安定と発展を手がけるようになったのは中露だった。911事件の前年の2000年初にロシアの政権を握ったプーチンは、中国との国境紛争をすべて解決して中国との結束を強化した。中露は、両国の間にある中央アジア5か国も入れて、ユーラシアの安定と発展を推進する「上海協力機構」を作った。上海機構は、テロリストを育ててユーラシアを不安定化しようとする米国に対する防御策であると同時に、ユーラシアを安定・発展させるための中露協働の覇権組織でもあった。911後、米国はアフガニスタンを占領し、中央アジアや新疆ウイグルにテロ行為を輸出しようとしたが、上海機構がテロ拡大を食い止めた(中国共産党がウイグル人のイスラム主義者たちを収容所に入れたのは、中国にテロを輸出しようとした米国の国際犯罪への対策ということになる)。 (プーチンの新世界秩序) (立ち上がる上海協力機構) 上海機構はその後、印度パキスタンやイラン(今年)が加盟国になり、トルコやサウジアラビア、アルメニア、アフガニスタン、ベラルーシなどのユーラシア諸国が準加盟(オブザーバー、対話伴侶、申請中含む)になっており、ユーラシアを代表する国際安全保障機関に成長した。上海機構は、ユーラシアの非米側を代表する国際機関でもある。サウジやトルコ、印パなど、米国とつながっている諸国も参加しているが、それらの国々は非米的な色彩も持っており、上海機構への参加は非米側との協調を強化する策として行われている。近年、中東での米国覇権低下に合わせて非米的な色彩を強めているイスラエルも上海機構への加盟を希望している。 (非米化で再調整が続く中東) (多極側に寝返るサウジやインド) 米国側はユーラシアで上海機構に対峙する国際組織を持っておらず、米国とユーラシア各国との2国間関係だけが頼りだが、昨夏の米軍アフガニスタン撤退に象徴されるように、米国の影響力は低下し続けている。今後たとえ中露がユーラシアの運営に失敗したとしても、その空白を埋める形で米国側の影響力がユーラシアで拡大することはない。そもそも中露は、冷戦後の米国が1990年代末にユーラシア進出を放棄した後の空白を埋めただけだ。米国はその後ずっとユーラシアに戻ろうとしていない。アフガニスタン占領も、米国に目的意識が感じられず、中露に脅威を感じさせて結束させてユーラシア覇権を取らせるための隠れ多極主義の策でしかなかった。 (多極化の進展と中国) (米露逆転のアフガニスタン) ユーラシアの覇権は、すでに不可逆的に中露が持っている。中央アジアの石油ガス利権の多くは中国のものになった。昨年の米軍アフガン撤退と、今年からのウクライナ戦争は、中露のユーラシア覇権を強化する働きをしている。バイデンの米国は選挙前のインフレ対策(石油ガス相場引き下げ策)として、石油ガス産出国であるイランと核協定を結び直そうとしているが、イランはウクライナ開戦後、ロシアがユーラシアの貿易システムの非米化を進めてくれたおかげで、米国側からの経済制裁に関係なく、中露などユーラシアの非米諸国と貿易を拡大できるようになった。イランにとって米国との核協定の結び直しの重要性が下がった時に、米国がイランと核協定を結び直したがっている。米国の愚策(隠れ多極化策)が、イランを優勢にしている。イランは、核協定がどうなるかに関係なく、ユーラシアの非米化に貢献していく。 (イラン核協定で多極化) (インドへのパイプラインでアフガンを安定化するプーチン) イランとロシア、それから露イランと親しいカタールは世界の3大ガス産出国だ。3か国で世界の天然ガス埋蔵量の6割を占める。3か国は、ガス供給のカルテルを作って米国側へのガス輸出価格をつり上げたい。これまでは消費者である米国側の覇権が強くて不可能だった露イラン結束によるガス価格つり上げ策が、ウクライナ戦争による転換でやれるようになった。この手の転換・非米側台頭があちこちで起きている。 (Are Iran And Russia Moving To Create A Global Natural Gas Cartel?) 米国は、ペロシ下院議長が訪台するなど、中国との敵対関係を強めている。米国が中国敵視を強めるほど、中国共産党の上層部では、ロシアやイランと組んでユーラシアを非米化して米国覇権に対抗しようとする習近平の力が強まり、米国と協調しようとする胡錦涛までのリベラル系勢力が弱まる。ペロシ訪台など米国の中国敵視策は、中国を非米化し、中露結束を強化し、プーチンを助けてしまっている。ペロシ訪台も、隠れ多極化策である。 (中国に非米化を加速させ米覇権衰退を早めたペロシ訪台) (Real Taiwan crisis is only starting – WaPo) ユーラシアは不可逆的に中露のものになっている。ユーラシア大陸を外側から支配してきた米国(米英)が退潮し、大陸を内側から支配する中露が台頭している。これは、地政学の逆転である。地政学は英国が作った学問の体裁をとった戦略であり、英米がユーラシアを外側から包囲・支配することで全世界の覇権を持ち続けられるという話だ。 (世界資本家とコラボする習近平の中国) 地政学は、ユーラシアにおける英米の優勢を前提としている。今のように、大陸の外側の英米よりも内側の中露が優勢になった場合に世界の覇権や米英がどうなるかという展開は歴史上初めての経験だ。19世紀末に資本家(多極主義者)がシベリア鉄道を開通し、ロシアがユーラシア内側の統一された初の勢力になって以来、内側と外側が対立する事態になったが、これまでは常に外側が強かった。中国はなかなか台頭しなかったし、中露(中ソ)の結束も強まらなかった。だが2000年以来の四半世紀で状況が大転換し、今や内側の中露が結束し、非米諸国を率いて世界の資源類の利権を握って強くなり、外側の米国側は衰退の一途だ。中国は米覇権を潰したい習近平が独裁する強大な国になり、欧米はどんどんショボくなっている。この逆転は今後ずっと続く。地政学の理論は加筆が必要だが、地政学を語る(騙る)権威筋は米国側のプロパガンダの傀儡であり、地政学の逆転自体が「起きてない」ことになっている。笑える。 (Something Is Looming Geopolitically, And We Better Start Taking It Seriously) 日本のマスコミでは、一帯一路が失敗したことになっているし、ユーラシアの非米化もプーチンの奇抜な失策とみなされている。日本のマスコミ権威筋やその傘下にあるネット言論は、この分野でも他の分野でも、敵性勢力の失敗を妄想して嘲笑するだけの幼稚な思考に終始している。日本の今後の経済発展を考えるなら、日本もユーラシアの開発に参加する必要がある。だが、それにはユーラシアを席巻する中露と和解し、米国からの非難や妨害を乗り越えて動き続けねばならない。中露との和解は可能だが、米国からの非難妨害を乗り越えるのは、現実無視の対米従属屋しかいないマスコミ権威筋(とその傀儡市民)を抱える今の日本にとって難しい。日本は、ユーラシアに手を出せない。「ユーラシア開発はどうせ失敗するのだから不参加で良い」という幼稚な妄想を軽信し続け、貧しくなっていく運命にある。 (Geopolitics: The World Is Splitting In Two) (中国と戦争しますか?) ▼中露が日韓駐留米軍を撤退させる ユーラシアを席巻した中露は今後、ユーラシアを外側から包囲してきた米軍の基地を撤去しようとするだろう。とくに韓国と日本の駐留米軍は、中露の両方に近く、冷戦中から根本的な動きがほとんどなく維持されてきた。前回の有料記事に書いたように、在韓米軍の撤退は、これから中露が朝鮮半島の和平仲裁を主導していく時に、和平の最終目標になっていく。今後の半島和平を成功させるための最重要な点は、和平や在韓米軍撤退が実現しても、北朝鮮の金家の独裁体制が内部崩壊しないという自信を、金家など北の上層部に持たせることだ。北朝鮮はこれまで、南北の戦争状態や在韓米軍の脅威を使って国内を結束させ、金家の独裁を維持してきた。うかつに和平を達成すると、その後で事態が安定した時に、北の国内で金家の独裁体制を支持する洗脳が解け、政権や国家が崩壊しかねない。北の上層部がそれを懸念している限り、北は何やかんや理由をつけて和平を進めたがらない。 (中露主導の朝鮮半島和平への道筋をつけるロシア) (Why is North Korea aiming to strengthen ties with Russia?) 和平が達成されても北の政権が維持されるには、北の政権の正統性を、軍事(米韓に負けないこと)から経済(北の人々の生活が良くなること)に転換する必要がある。北は、金正日の時にそれをやりかけた。金正日は、経済を自由化した中国に見習って、張成沢ら経済担当の側近を重用し、軍人を遠ざけた。だが、2011年に金正日が死んで金正恩が後継した後、軍部が金正恩をたらし込んで権力の近くに戻り、2013年に張成沢ら経済担当者たちを処刑・降格して外し、北は再び軍事最優先に戻った。これから中露が半島和平を進めるなら、その前に、金正恩を説得して北を経済優先の国策に戻さねばならない。ウクライナ開戦後、北に格安(ほぼ無償)で石油ガス食糧類を供給し始めたロシアは、兄貴分である中国と連携し、金正恩の翻意をうながしていくのでないか。 (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) (御しがたい北朝鮮) 北朝鮮が経済発展し始め、和平が進んで軍事的脅威が減っても北が政権維持できるようになると、南北和解が実現し、韓国が米国に要請して在韓米軍が撤退していく。その前に(もしくは同時期に)、米国が覇権放棄屋のトランプの共和党政権になり、米国の方から在韓米軍を撤退していく可能性もある。在韓米軍がいなくなったら、次は在日米軍だ。 (安倍元首相殺害の深層 その2) 在日米軍撤退の条件となるのは、台湾が中国の傘下に入って台中の和解が実現することだろう。朝鮮半島が和解しても、台湾問題が残る限り、在日米軍は駐留し続ける。中国(中露)が強くなり、米国が弱くなる傾向なので、日本自身が米国に頼って中露と敵対し続けるシナリオは消えていく。台湾が独立して中国がそれを容認するシナリオもなくなる。武力による台湾併合は、アジアの地域覇権国になる中国の印象を悪くする。アジア諸国から尊敬されたい中国は、台湾を武力併合しない。米国の覇権崩壊など政治環境の変化によって、台湾が中国と交渉する気になるしかない。何らかの道筋で台湾問題が解決すると、米中や日中の対立も低下し、在日米軍が撤退する。米国は金融面と社会面から崩壊しかけているが、これが進むと米英が中露を敵視する力も失われ、日本や台湾は中国を敵視できなくなり、地政学も丸ごと過去の遺物となる。 (日本の隠然非米化) https://tanakanews.com/220829eurasia.htm
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