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IAEA報告書は「処理水の海洋放出」を承認していない。中国を「非科学的」と切り捨てる日本の傲慢
ビジネスインサイダー紙 , 2023/7/28
https://www.businessinsider.jp/post-273270
福島第一原子力発電所で発生した、いわゆる処理水(詳細は後述)を海洋放出する日が近づいている。
日本政府やメディアは、国際原子力機関(IAEA)が「国際的な安全基準に合致している」とした調査報告書(7月4日)によって、海洋放出の安全性と正当性が示されたかのように主張する。
だが、この報告書に、海洋放出の方針を「推奨するものでも承認するものでもない」との記載があることに、どれほどの人が注意を向けているだろう。
報告書で「お墨付きを得た」とし、地元・福島の漁民や市民団体、中国や太平洋の島しょ国など海外の反対を「非科学的」「外交カードにしている」などと決めつけるのは、あまりに傲慢な態度ではないか。
報告書提出までの経緯
まずは「処理水」問題を振り返ろう。
2011年の福島第一原発事故でメルトダウン(炉心溶融)を起こした原子炉には、その後も核燃料と構造物が溶けて固まった「燃料デブリ」を冷却するため、現在も毎日大量の水が注入されている。
燃料デブリに触れて高濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」は、原子炉建屋に流れ込む地下水や雨水と混ざり合うことで、新たな汚染水を発生させている。
現在は、汚染水に含まれる放射性物質を「多核種除去設備(ALPS)」で浄化処理しており、除去の困難なトリチウムを残しつつ、それ以外の放射性物質について規制基準を満たしたものを、日本政府は「(ALPS)処理水」と呼んでいる。
処理水は1000基余りのタンク(約137万トン分)に保管されている。
東京電力はこのタンクが2024年には満杯になると計算し、処理水のトリチウム濃度を国の規制基準の40分の1を下回るように海水で薄め、海底トンネルを通じて沖合約1キロ先の放水口から海に流す計画を立てた。
日本政府は2021年4月、東京電力が作成した「処理水の海洋放出に係る放射線影響評価報告書」と、原子力規制委員会による海洋放出計画の審査プロセスが、IAEAの安全基準に整合しているか確認を求めた。
そして冒頭でも触れたように、IAEAは7月4日、海洋放出計画が「国際的な安全基準に合致している」とする内容の調査結果を公表し、同機関のグロッシ事務局長が岸田首相に報告書を提出した。
中国などが反対する「論理」
処理水の海洋放出に対しては、全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)や地元・福島の漁業協同組合をはじめ、市民団体が強く反対してきた。
さらに、IAEAの調査報告書公表を受け、中国や太平洋島しょ国からも反対の声が上がり、外交問題に発展している。
まずは中国の主張に耳を傾けよう。
呉江浩・駐日大使と駐日大使館報道官は7月4日の記者会見で、海洋放出に反対する理由を次のように列挙した。
日本側は周辺近隣国など利益関係者と協議せず、一方的に決定した原発事故で生じた汚染水を海に放出した前例はない
「各国も原発から汚染水を排出している」との日本の主張について、排出しているのは冷却水であり、事故で溶けた炉心に接触した汚染水ではない
溶け落ちた炉心と直接接触した汚染水には60種類以上の放射性核種が含まれ、その多くには有効な処理技術がない
呉大使はその上で、「日本はただちに海洋放出計画を中止させ、国際社会と真剣に協議し、科学的、安全、透明で、各国に認められる処理方式を共同で検討すべき」と主張した。
中国政府の反対を受け、特別行政区である香港の食品衛生管理当局は7月12日、放出が実際に行われれば、福島や東京を含む10都県からの日本の水産物の輸入を禁止すると発表。
さらに、中国税関当局が日本の水産物に対する放射性物質の検査を7月から厳格化、鮮魚などの輸出が停止していることが分かり、放出問題は日中間の外交問題へと発展した。
放出開始を前に対抗措置に出たとも映る中国の対応について、日本では「中国政府は処理水問題を利用しているのではないか、との疑念を禁じ得ない」との社説や、「処理水問題が科学的議論を離れ外交カードと化している」といった政府関係者の見方を紹介する記事など、メディアが「日本政府応援団」と化して対中非難を煽っている。
だが、放出に反対しているのは中国だけではない。
オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニアなどの太平洋島しょ国が加盟する「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、IAEAが報告書を公表する直前の6月26日、プナ事務局長が声明を発表した。
笹川平和財団主任研究員の塩澤英之氏の抄訳によれば、「放射性廃棄物その他の放射性物質」の海洋投棄は「太平洋島しょ国にとって、大きな影響と長期的な憂慮をもたらす」ため、「代替案を含む新たなアプローチが必要であり、責任ある前進の道である」と、プナ事務局長は海洋放出に反対する態度を表明した。
なお、日本は菅前首相時代の2021年7月、太平洋地域の19カ国・地域の首脳と「第9回太平洋・島サミット(PALM9)」をオンラインで開いている。
菅氏はその際、「権威主義との競争など新たな挑戦に直面」しているとして、中国の脅威に対抗する結束を呼びかけたが、太平洋島しょ国側の同意を得られず、議論は海水面の上昇や海洋ゴミ、核廃棄物など汚染物質対策に集中した。
サミット後の首脳宣言には、太平洋諸島フォーラムの加盟国・地域が「海洋放出に係る日本の発表に関して、国際的な協議、国際法及び独立し検証可能な科学的評価を確保する」のが優先事項であるとの文言が盛り込まれた。
報告書は海洋放出を推奨も承認もしていない
そもそも、今回のIAEAによる調査報告書を、海洋放出の安全性や正当性を保証するものとみなしていいのか。
最も注意しなければならないのは、報告書の中に「処理水の放出は日本政府が決定することであり、その方針を推奨するものでも承認するものでもない」と明記されていること。政治的判断として海洋放出を行うべきかどうかについて、報告書は一切判断していないのだ。
政府の説明やメディア報道に接した多くの国民は、この点を誤解してはいないだろうか。
IAEAのグロッシ事務局長はNHKとのインタビュー(7月7日)で、次のように語っている。
”
「日本政府は処理水をどう扱ったらよいか聞いてきたわけではなく、基本方針を評価してほしいという要請だった。政治的にいいか悪いかを決めたわけではなく、放出に対する日本の取り組みそのものを調査した」
”
また、原子力に依存しない社会の実現をうたう認定NPO「原子力資料情報室」の関係者は、筆者にこう説明する。
”
「IAEAの報告書は、汚染水の海洋放出を正当化する内容ではありません。放出設備の性能や保管タンク内の処理水に含まれる放射性物質の環境影響などを評価しただけです」
”
原子力資料情報室は7月6日に発表した声明で、以下のように指摘している。
IAEAの安全審査の範囲には、日本政府がたどった正当化プロセスの詳細に関する評価は含まれていない
汚染水の海洋放出は廃炉作業のみに適用される利益であり、漁業や観光業、住民の生活、海外への影響も含めた社会全体としての利益をもたらすものではない
海洋放出に社会的合意が取れていないことは全漁連、福島県漁連の放出反対の決議や、太平洋沿岸諸国から懸念が上がっていることからも明らか。国際基準の基本原則に則れば、海洋放出は正当化されない
問題をすり替える自民党幹事長
自民党の茂木敏充幹事長は7月25日の記者会見で、海洋放出を批判する中国について、「科学的根拠に基づいた議論を行うよう強く求めたい。中国で放出されている処理水の濃度はさらに高い」と反論した。
しかし茂木氏の態度は、溶け落ちた原発の炉心に直接接触した汚染水を処理した水を史上初めて海洋に放出するという事実を無視し、放射性物質の含まれる濃度の問題にすり替えているように筆者にはみえる。
市民団体からは「タンク貯蔵されている水の7割近くには、トリチウム以外の放射性核種が全体としての排出濃度基準を上回って残存している」との指摘もある。放水前に処理するにせよ、指摘に対する確認や追加の調査もないまま、中国の主張を「非科学的」と決めつけることの方が、非科学的ではないのか。
※編集部注:
「タンク貯蔵されている水の7割近く」との指摘については、市民団体が指摘しているだけでなく、日本原子力文化財団が「原子力総合パンフレット2022年度版」の中で、次のように説明している。
「事故から2年後頃までは、ALPSの設備導入を検討している段階であったため、セシウム以外の放射性物質が除去できていない高濃度汚染水があり、その時期はタンクに貯蔵する際の放射性物質の濃度の基準を下回ることを優先していたため、環境へ処分するための基準を満たしていない処理途上水もタンクに貯蔵されています。
これらは、処分するための基準が満たされるまで浄化処理されますが、その間タンクに貯蔵されています(保管中の水の約7割)」
代替案含め再検討を
IAEA報告書は、海洋放出以外の選択肢については一切触れていない。中国も指摘するように、東京電力と日本政府が海洋放出以外の代替案を考慮した形跡も見当たらない。
しかし、専門家からは「大型堅牢タンクでの保管」や「モルタル固化」などの選択肢が提示されている。
海洋放出を実施した場合、放出を開始してからも増え続ける汚染水と放射性物質の総量がどこまで膨れ上がるのか、環境への負荷が未知数であることも今後の大きな問題として残されている。
8月にも開始されるという海洋放出はいったん中止し、代替案を含め再検討すべきだろう。
最後に、今後の対中関係に触れておきたい。
日本政府はバイデン政権誕生以来、台湾問題で中国を軍事抑止する安全保障政策を最優先し、対中関係は悪化の一途をたどってきた。
海洋放出を決定したことで関係悪化が加速した上、日本側は先端半導体の製造装置の対中輸出規制を強化し、軍事抑止に続いて経済安保でも中国排除に動き、日中関係は「負のスパイラル」に陥りつつある。
アメリカと中国は対立が衝突に発展しないようブリンケン国務長官をはじめ高官が相次いで訪中、首脳交流再開に向けた対話パイプを維持しているが、一方の岸田政権は対中外交の展望とパイプの欠如が否めない。
中国経済はコロナ下での経済封鎖の落ち込みからの回復力が弱く、いまなら日中双方に経済関係を強化するモチベーションがある。「負のスパイラル」に陥らぬよう、関係改善に向けた手当てが必要だ。
https://www.businessinsider.jp/post-273270
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