安倍元首相殺害の深層 その2 2022年8月8日 田中 宇 この記事は「安倍元首相殺害の深層」の続きです。7月8日に安倍晋三元首相が殺されてから1か月が過ぎた。この間に異常なことが2つ起きている。異常さの一つは、日本のマスコミが、安倍や自民党を敵視する傾向の報道を続けていることだ。実行犯の山上が安倍を殺した動機が、安倍など自民党と親しかった統一教会に対する私怨だったことから始まり「山上が、母の資産を奪った統一教会を憎むのは当然だ」「統一教会は極悪な組織だ」「統一教会と親しかった安倍など自民党も極悪だ」「極悪な安倍の葬儀を国葬にするのは良くない」といった理屈の連鎖で「殺した山上よりも、殺された安倍や自民党が悪い」という方向の主張をマスコミは続けている。マスコミは、安倍を殺した側の味方をしている。後述するように、実行犯山上を動かしていた黒幕がいそうなので、日本のマスコミはこの黒幕の傀儡・一味である。 統一教会と安倍ら自民党のつながりは大昔からのもので、日本のマスコミはこの20年以上、統一教会をほとんど批判せず、言及すらしなかった。ところが安倍が殺されるや、マスコミは統一教会と親しかったことを理由に、安倍や自民党を急に猛然と批判し始めた。マスコミのこの展開は、明らかに他意がある。私から見ると日本のマスコミは、これから書くもう一つの異常さである安倍殺害時の状況の不可解さから目をそらすための目くらましとして、統一教会と安倍の関係を喧伝している。 安倍殺害事件に関するもう一つの異常さは、安倍が撃たれた状況について、不可解な矛盾や不確定な曖昧さが解消されず、追加説明がないまま放置されていることだ。どのような銃弾が、どこから撃たれ、どの方向から安倍の体内に入り、どう致命傷になり、銃弾はどうなったか。たとえば警察庁は、撃ち込まれた銃弾が安倍の体内を貫通せず、銃撃時に体外に出ていないことを確認している。銃弾は安倍の体内にあり、延命措置や検死の際に取り出されたはずだが、取り出されたはずの銃弾は残っておらず、紛失した形になっている。日本の当局は、事件に関する最重要の証拠品である銃弾を紛失してしまった。これは過失というより、当局内の誰かかが故意に隠匿した可能性が高いと私には思える。 (【ぼくらの国会・第371回】ニュースの尻尾「消えた銃弾 安倍元総理暗殺」) 安倍に向かって何発の銃弾が撃たれたのか。マスコミは当初3発と報じていたのがその後2発に訂正されたが、実際は3発撃たれたのでないかと根強く言われている。確定でないが、安倍を撃った実行犯は山上の他にもいた可能性がある。山上が至近距離から2発撃ち、それと同時に近くの建物の上階など離れた場所から別の狙撃犯が1発撃ったとか。安倍がどのように撃たれたかについて、当局が明確な追加説明をしないため、こういうネットに出回る説を無根拠な妄想として退けられない。 安倍の体内から取り出された銃弾は、そのとき病院にいた警察によって隠匿されている。それは、警察の組織的な行為ではない。警察の組織としては「銃弾は貫通しておらず、安倍の体内から取り出されたはずだが(行方がわからない。事実確認中)」という、不可解さを認める姿勢になっている。警察の中に、他の組織とつながった筋・勢力があり、その勢力が警察の指揮系統を無視して動き、安倍の体内にあった銃弾を医師が取り出した際に受け取って隠匿したと考えられる。銃弾の隠匿が必要だということは、その銃弾が実行犯山上の手製の銃から発射されたものでなく、別の狙撃犯が撃ったものであると感じられる。山上を動かしていた黒幕がおらず、山上だけが安倍を撃った完全単独犯行だったのなら、警察の誰かが他の組織からの依頼で安倍の体内から取り出された銃弾を隠す必要などない。 この「他の組織」が、安倍殺害の黒幕であり、その黒幕が安倍の行動予定を把握した上で、山上ともう一人の狙撃犯を用意し、山上の発砲と同時に他の場所からも本格的な銃で安倍を撃って確実に安倍が死ぬように仕組み、その黒幕から頼まれた警察幹部が事件後の病院で安倍の体内から取り出された銃弾を医師から受け取って隠匿し、証拠隠滅を行ったと考えられる。警察の上層部は、誰が銃弾を隠匿したかわかっているはずだが、隠匿者を動かした他の勢力に配慮して真相究明せず、事態を不可解なまま放置している。警察に真相究明を遠慮させるほど大きな力を持った「他の組織」が、安倍殺害の黒幕としていたことはほぼ確実だ。 この「他の組織」とは誰なのか。自民党内の分裂など、日本国内に権力闘争があるのなら、その権力闘争で安倍の敵だった組織が安倍を殺した可能性があるが、最近の日本の上層部には権力闘争がほとんどない。安倍は自民党の最高権力者として党内をうまくまとめていた。中露とパイプを持って独自の隠然非米化・米中両属路線を進めていた安倍は、首相時代から、対米従属一本槍で米諜報界のスパイとして機能していた外務省を外して冷や飯を食わせていた。外務省は安倍を恨んでいたかもしれないが、外交官たちは高給取りの気取った役人たちであり、組織的に外されたからといって安倍を殺そうとは思わない。日本国内には、安倍を殺す動機と技能がある組織がない。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) となると、日本国外の外国勢力だ。中国やロシアや北朝鮮は、日本の当局を動かせない。安倍を殺した黒幕は、日本の敵の側でなく、味方の側、それも警察など日本の当局を内側から操れるほどの力を持った外国勢力だ。そんな外国勢力は一つしかない。米国だ。米諜報界は国防総省や国務省などを傘下に持ち、日本の官僚機構に横入りして日本国内の指揮系統に従わない筋を作って動かすことができる。日本の外交官たちは、自分たちの独力で安倍を殺そうとは思わないが、米諜報界が安倍を殺すなら、その後の日本で権力を取り戻せるかもしれないので喜んで機密情報の提供などの協力をする。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) 日本の警察はテロ対策の名目で米諜報界の言いなりだし、日本の防衛省は米国防総省の言いなりだ。実行犯の山上は元自衛官だが、日本の警察や防衛省は、武器の使い方を知っている元自衛官たちの動向を把握している。米諜報界が安倍殺害を企画し、日本の官僚機構に横入りして準備を進めて実行し、事後に事件を曖昧化することは十分に可能だ。米諜報界は、日本外務省などを経由して日本のマスコミの論調を操作できる。安倍を殺した真犯人の黒幕は、米諜報界である可能性が高い。 ▼日本は中露敵視を強めていない 米諜報界が安倍を殺したのなら、その目的として最もありそうなのは、日本にもっと中露敵視をやらせることだ。私は事件直後の記事で「安倍殺害犯を動かしていたのは米国の諜報界である可能性が高い。彼らは、安倍が敷いた日本の米中両属路線を潰すために安倍を殺し、同時に岸田を傀儡化して、安倍が続けてきた米中両属の路線を潰し、傀儡化した岸田に中国やロシアに対する敵視を猛然とやらせるつもりだろう」と書いた。だが、その後の現実は、私の予測とかなり違っている。岸田政権は安倍殺害後、ロシア敵視を強めておらず、逆に、実質的な敵対関係を弱める方向に、目立たない感じで動いている。 (日米欧の負けが込むロシア敵視) その兆候の一つは、日本にLNGを送っているサハリン2の天然ガス田の開発事業に出資してきた日本の商社2社に対して、ロシアが事業を国有化した後も事業に参加・出資し続けるよう、岸田政権が7月中旬に要請したことだ。ロシア政府は6月末、サハリン2を国有化して日本の2社など外国勢を締め出そうと動き出していた。日本側は、ロシアと交渉してサハリン2への参加・出資を続けるか、ロシア敵視を続けてサハリン2から追い出されるかの二者択一を迫られた。岸田政権は、ロシア敵視を強化せず、ロシアと交渉して日本勢がサハリン2に参加・出資し続ける道を選んだ。 (Japanese firms told to stick with Russian LNG project) サハリン2は日本のガス輸入の1割を占めており、閉め出されら日本のいくつかの都市がガス供給に困る事態になっていた。それを避けるため、日本側はサハリン2への参加・出資を続ける以外の道はなかったと考えることもできる。しかし、今は世界的に非常時だ。ドイツは、国内がガス不足に陥って国民生活が破綻して経済が自滅しても、ロシア敵視やめずにガスの輸入を止める道を選んでいる。米国は、対米従属のドイツに露敵視を強要して経済自滅への道を歩ませている。ドイツと同じ対米従属の日本も、日露間の政治的なパイプ役だった安倍晋三が7月8日に殺された後、米国から岸田への圧力が増し、国民生活を破綻させてもロシア敵視を優先してサハリン2のガスを止める可能性があった。だが、事態はその方向に進まなかった。 (ドイツの失敗) また日本は英米カナダに比べて、自国企業をロシアから撤退させることをやっていない。ロシアには168社の日本企業が進出しており、ウクライナ開戦直後、そのうち4割がロシア撤退の意志を表明したが、実際に撤退したのは3%にあたる5社のみだった。日本企業の撤退の少なさと対照的に、ロシアに進出していた米国企業の27%、カナダ企業の33%、英国企業の46%がウクライナ開戦後に撤退している。撤退するかどうかは最終的に企業自身の判断だが、判断する際には自国政府の意向が大きく影響する。米英カナダは政府が企業にロシアから撤退すべきだと加圧している半面、日本は政府が企業に撤退しなくて大丈夫だろうと言っていることになる。 (Japanese Companies Appear To Be "In No Rush" To Exit Operations In Russia) 日本政府は表向きロシア敵視を続けており、安倍の国葬にプーチンが参加したいと言っても禁止するなどと言っている。しかしロシア政府は、もともとプーチンが安倍の国葬に参加する予定などないと言って、日本の表明は空論だと反論している。こうした表向きの敵対的な演技の下に、日本勢がサハリン2のガス田開発への参加を続け、実質面で日本がロシアと協調し続け、ロシアがそれを受け入れる体制が維持されている。私は安倍殺害直後の記事で「岸田は米ネオコン(隠れ多極派)の言いなりで(ロシア敵視を拡大して)日本を自滅に誘導する策をやり出している」と書いたが、それは外れている。 (Putin has no plans to visit Japan to attend Abe's funeral) 中国敵視の方はどうだろう。8月4日のカンボジアでのASEAN外相会談で、岸田の右腕である林芳正外相が中国の軍事演習を批判したところ、中国とロシアの外相が怒って退席し、中国は日中外相会談もドタキャンした、と騒ぎになっている。だがもしかするとこれは、林外相がもともと「親中派」で、中国敵視を強める日本国内や米欧のマスコミ権威筋で「林は親中派だ」と批判されることを弱めるため、林が強めに中国を批判し、中露は林の「中国敵視演技」をもり立てるために、中露外相がそろって怒って退席してみせたのでないか。日露は表向き敵対だが裏の現実は協調している。日中も同様だろうと私には感じられる。 (Infuriated China Cancels Bilateral Meeting With Japan Over G-7 Statement On Taiwan) (Japan's Hayashi Says 'Logic of Brute Force' Gaining Traction in Indo-Pacific) 米国のペロシ下院議長の台湾訪問に関連して、米国の言いなりで中露敵視を強めて間抜けに自滅しているドイツでは、ベアボック外相が「中国が台湾に侵攻したら、ドイツは台湾を助ける」宣言した。それと全く対照的に、建前は対米従属だが近年中国寄りの姿勢を強めている韓国の政府は、台湾を訪問した後のペロシが韓国を訪問したのに、大統領も外相も理由をつけてペロシに会わなかった(大統領は夏休み、外相はASEAN会合でカンボジア)。韓国政府は、中国を怒らせることをしたくない。韓国は、米同盟諸国の中で最もロシア敵視をやりたがらない国の一つでもある。 (Germany Vows "Will Help Taiwan" If China Attacks, While Russia Blasts "Purely Provocative" Pelosi Visit) (Pelosi Arrives In Seoul, But South Korea's President Won't Meet With Her) 自滅的に中露敵視なドイツと、現実的に中露協調し続ける韓国は、両国とも対米従属が国是なのに姿勢が正反対だ。今の日本は、ドイツと韓国の間に位置している。私は、日本をドイツの方向に引っ張り込むために、中露とのパイプ役だった安倍が殺害されたのだろうと事件直後に考えたが、そっちの方向には動かなかった。岸田は、親分だった安倍を殺された後も、ロシアや中国と実質的に協調する安倍の路線を踏襲し、米国に引っ張られて自滅路線に入り込むドイツのような道をたどることを拒否している。 ▼日本を非米化するための事件 私が見るところ、今回の安倍殺害以降の流れ(銃弾の隠匿など)は黒幕なしに起きないものだ。黒幕になりうるのは米国(米諜報界)だけで、他の勢力が黒幕である可能性はかなり低い。米国が安倍を殺すなら、その目的は日本に中露敵視を強化させることぐらいしかないが、実際のその後の岸田の日本政府は、中露敵視を強化せず、むしろ隠然と中露と協調していた安倍の路線を意識的に踏襲している。岸田は次の内閣改造で、安倍の路線について最も詳しい前首相の菅義偉を副首相として迎え入れるかもしれないが、この人事構想は岸田が安倍の路線を積極的に踏襲したがっていることを示している。 菅の登用は、安倍を殺した米国に対する岸田の隠然とした「抗議」「反抗」を示していると私には見える。岸田や、その周りの自民党の人々は、安倍を殺した米諜報界を許さない。米国は、安倍を殺して岸田を傀儡にしようとしたが、見事に失敗している。岸田の自民党は、日本の非米化を隠然と加速していく。米諜報界の傀儡である日本のマスコミは、日本を非米化していく自民党を敵視する傾向を開始している。安倍殺害前、マスコミは自民党を批判しなかった。マスコミと自民党は、対米従属の同志だった。安倍の隠然親中親露路線も、ほとんど無視されていた。だが、状況は安倍殺害で劇的に変化した。米諜報界の傀儡のままのマスコミは、非米化を強める自民党を猛然と非難し始め、マスコミと自民党は敵どうしになっている。マスコミはこれまでも国民に嫌われる傾向だったが、安倍の死を愚弄中傷するマスコミはますます嫌われて自滅していく。 安倍を米国に殺された自民党やその系統の勢力は、日本の国是を対米従属から引き剥がし、隠然とした非米化から、顕然とした非米化・対米自立を模索していくようになるかもしれない。「日本が防衛を在日米軍に頼っている限り、それはない」と悲観的に考える人が多いかもしれない。だが私は、安倍殺害が日本をそっちの方向に動かしていく転機として用意されたのでないかと勘ぐっている。米諜報界は、隠れ多極派によって牛耳られている。彼らは、露中イランなど反米諸国を稚拙に過激に敵視することで結束・台頭させ、世界を多極化している。同時に彼らは、ドイツや豪州など同盟諸国に対して過激で稚拙な露中敵視をやらせて失敗に誘導し、同盟諸国が対米従属に行き詰まって非米化・米国離れに転換したくなるように仕向け、米覇権の自滅と多極化を進めている。米諜報界による安倍殺害は、こうした隠れ多極主義の策略として引き起こされたのでないかと私は考え始めている。 https://tanakanews.com/220808abe.htm
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