やはりMSMにとって「Qアノン」はあっては困るのか? https://news.yahoo.co.jp/byline/kazuhirotaira/20220418-00291846 ウクライナ侵攻「生物兵器フェイク」発火点は「Qアノン」支持者、その拡散の仕組みとは? 平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト 4/18(月) 7:16 この記事についてツイート この記事についてFacebookでシェア 激戦で破壊されたマリウポリのショッピングセンター=4月14日(写真:ロイター/アフロ) ロシアによるウクライナ侵攻をめぐり、「米国が生物兵器開発」との根拠のない情報が拡散している。だが、その急激な拡散の発火点となったのは、米国の陰謀論グループ「Qアノン」支持者のアカウントだったという。 「生物兵器」の陰謀論はロシア政府から米国に向けた情報戦の一端と見られている。中国もその拡散に加わっている。 この陰謀論はロシアの侵攻開始を受けて一気に拡散した。そして、メディアや人権団体の検証によると、その発火点となったのが、米国の元州兵によるツイッター投稿だという。 その拡散の仕組みとは? ●侵攻開始当日の投稿 今回の解明によって、過激グループ「Qアノン」の関係者が、ソーシャルメディアの力を利用して、わずか数週間のうちに、世界規模へのバイラルな陰謀説を巻き起こしたことが示された。 米国のユダヤ人人権団体「ADL(名誉棄損防止同盟)」は4月5日に公開したブログで、そう指摘している。同様の検証は、米NBCニュースやカナダの公共放送「カナダ放送協会(CBC)」なども相次いで行っている。 ADLが検証したのは、ロシアによるウクライナ侵攻があった2月24日、プーチン大統領による侵攻開始の声明から約4時間後にツイッターに投稿された書き込みだ。 新型コロナやウクライナ情勢を絡め、米国が「生物学研究所」で「生物兵器」を開発、との陰謀論を連続ツイートの中で主張する内容だ。 米国は、旧ソ連がウクライナなどに残した研究施設での感染対策の取り組み「生物学的脅威削減プログラム(BTRP)」に他国とともに資金提供をしている。だが、「生物兵器」の主張に根拠がないことは国連も声明で示し、欧州連合(EU)のフェイクニュース対策プロジェクト「EUvsディスインフォ」、ファクトチェックメディア「ポリティファクト」などによる検証でも、否定されている。 一方で、米国を巡る「生物学研究所」「生物兵器」に関するロシアの情報戦は、歴史的に繰り返されてきた。最近では、2018年ごろから継続的に発信されてきたが、特に2021年秋から、ウクライナ情勢の緊張が高まる中で強調されている。 ADLのブログは、こう述べている。 ウクライナ戦争が激化する中、「生物学研究所」の陰謀論は、ロシアのウクライナ侵攻の理由づけに、「Qアノン」信奉者の間で共有されるナラティブ(ストーリー)として急速に浮上してきた。 「Qアノン」は2017年10月、ネット掲示板からその動きが表面化してきた陰謀論グループ。各国に広がりを見せ、2021年1月の米連邦議会議事堂乱入事件を引き起こした勢力の一つとしても知られる。その動向が、ウクライナ侵攻をめぐって、改めて注目されている。 ※参照:Facebook、Twitterが排除する「危険な」陰謀論はどこまで広がっているのか?(08/21/2020 新聞紙学的) ADLなどが検証したツイッターアカウントは、現在は停止されているが、以前からこの陰謀論グループの主張をめぐる投稿を繰り返していたことが確認されたという。 ●爆発的な拡散の行方 このアカウントによる2月24日の投稿は、数時間後にはこれまで数々の陰謀論を発信してきた右派サイトに取り上げられる。 このツイートは陰謀論グループのフォーラムで共有され、関連ハッシュタグはツイッターやティックトックのトレンドに上がるなど、急速に拡散したという。 そして、ウクライナ侵攻開始から3日後の2月27日、駐ボスニア・ヘルツェゴビナのロシア大使館公式アカウントが、フェイスブックへの投稿で、米国と「生物学研究所」についての陰謀論を主張する。 3月4日には、ロシア外相のセルゲイ・ラブロフ氏が、「米国がウクライナ国内の生物兵器施設で病原体を開発」と発言している。 一方、前述の「生物学的脅威削減プログラム」の対象となる研究施設の存在について、3月8日に米国務次官のビクトリア・ヌーランド氏が上院外交委員会で証言。すると、これも陰謀論グループの支持者や右派によって、「生物学研究所」の「証拠」として拡散したという。 3月9日には、保守派に影響力のあるFOXニュースキャスターのタッカー・カールソン氏が、これを「ウクライナの危険な生物兵器」として番組内で取り上げた。 そして3月10日前後には、米国が「生物学的脅威削減プログラム」の資料を「ネット上から削除した」との間違った情報が、ロシアに加えて中国政府や中国メディアからも拡散される。資料は削除されていなかった。 ※参照:ウクライナ侵攻「ロシアフェイク」を中国が拡散する、そこにある思惑とは?(04/11/2022 新聞紙学的) さらにロシア外務省は3月12日、「生物学研究所」と「生物兵器」について、「人脈図」つきでロシア発祥のメッセージサービス「テレグラム」に投稿。ロシア国防省は、米大統領のジョー・バイデン氏の次男らの名前を挙げ、さらに根拠のない主張を続けている。 ●「フィードバックループ」 2022年2月24日の投稿では、ウクライナ国内の生物学研究所の場所を示した地図が添付されていた。 だが、メディア検証NPO「メディア・マターズ・フォー・アメリカ」の上席研究員、アレックス・カプラン氏やワシントン大学の研究員、マイク・コーフィールド氏、ネットメディア「ドラグネット・ニュース」などの検証によると、この地図は拡散の発火点となったアカウントのオリジナルではなかった。 陰謀論グループを支持する別のツイッターアカウントが、2021年10月ごろから同様の主張をし、遅くとも2021年1月23日には同じ地図の画像を投稿。さらに、2月24日のロシアによるウクライナ侵攻当日も、プーチン大統領の声明から1時間弱で、「攻撃対象の地図」との書き込みとともに同じ画像を投稿していた。 だがその投稿は大きく拡散することはなく、それを踏襲した内容を同じ地図画像とともに3時間半ほど後に投稿したツイートの方が、爆発的に広まった。 米ワシントン大学准教授、ケイト・スターバード氏は、ツイッター上では1月初めから2月にかけて「生物学研究所」「生物兵器」に関する投稿が徐々に増加していたと指摘する。 スターバード氏が公開したグラフによれば、2月15日ごろには1万件程度だった関連ツイートは、侵攻開始当日の2月24日には3万件近くにまで跳ね上がっている。 拡散した「生物学研究所」の陰謀論の論点は、前述のようにウクライナ情勢が緊迫する中で、ロシアが主張していた内容だ。2月24日の爆発的な拡散は、そんな情報戦の一コマとして、捉えることができそうだ。 米国での「生物学研究所」の拡散をめぐっては、ロシアメディアとの「フィードバックループ」が指摘される。 すなわちロシア発の陰謀論が米国で拡散し、その拡散をロシアメディアが再拡散するといった情報の行き来が繰り返され、増幅されていく構造だ。 ロシアが介入したとされる2016年の米大統領選では、共和党候補だったトランプ氏を後押しし、民主党候補だったクリントン氏を貶めるロシア発のフェイクニュースが氾濫し、結果的に、劣勢と見られていたトランプ氏が当選することとなった。 ※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的) 米メディア「マザージョーンズ」ワシントン支局長、デビッド・コーン氏は、ウクライナ侵攻をめぐり、ロシア政府がロシアメディアに対して、FOXニュースのタッカー・カールソン氏の放送の内容を「可能な限り使用することが不可欠」との勧告を出していた、と報じている。 また、米ニューヨーク・タイムズによると、ソーシャルメディア調査会社「ジグナルラボ」のデータでは、ウクライナ侵攻があった2022年第1四半期のロシアメディアによるFOXニュースへの言及は、前期に比べて217%増加していたという。世界の視聴者数ではFOXニュースの約3倍となるCNNは、言及数では上回るものの、前期比の伸び率は71%にとどまっていたという。ロシアメディアにおけるFOXニュースの増幅が際立っている。 ●陰謀論グループの中の混乱 米国を舞台としたこのような情報拡散は、どのような影響を及ぼしているのか。 英エコノミストと英調査会社「ユーガブ」は3月31日、米国におけるウクライナとロシアをめぐる陰謀論についての調査結果を公表している。 それによると、「米国がウクライナの研究所で生物兵器開発」という陰謀論について、半数近く(45%)は「間違い」と回答。だが、4分の1(26%)は「事実」と回答していた。 これに対して、「ウクライナ政府高官は多数がナチスかナチスシンパ」という陰謀論については、「間違い」が過半数(56%)、「事実」が17%。「ウクライナ政府は爆撃のフェイク動画を公開し、ロシア政府を非難」との陰謀論に対しては「間違い」が61%、「事実」が17%。「生物兵器」は他の陰謀論に比べても、米国で浸透していることがうかがえる。 調査では、回答者の信条や立場と陰謀論との関係についても尋ねている。この中で「『Qアノン』の主張に同意する」とした回答者のうちで、「生物兵器」陰謀論を「事実」としたのは74%だった。 「プーチン氏を支持する」とした回答者における割合(64%)や、「2020年大統領選でトランプ氏に投票した」との回答者における割合(41%)などと比較しても、その浸透ぶりが際立っている。 これらの陰謀論の「Qアノン」への拡散は、米国だけではないようだ。 オランダの調査報道メディア「ベリングキャット」のリサーチャー、アイガニッシュ・アイダルベコバ氏の調べによると、ドイツ、米国、イタリア、チェコなど各国の「Qアノン」関連のアカウントで、ロシアによる侵攻開始直後から、ウクライナをめぐる陰謀論の主張が広まっていたという。 広がりは、日本でも見られた。東京大学教授の鳥海不二夫氏は、2022年1月1日から3月5日までの291,852ツイートから、「ウクライナ政府はネオナチ」とのロシアによる主張を拡散する投稿を分析。1万件以上のアカウントが3万回以上拡散していた、という。そして、このグループのアカウントの半数近く(46.9%)が、「Qアノン」関連のツイートを拡散していたという。 ただ、「ベリングキャット」のアイダルベコバ氏の調べでは、ロシアの「Qアノン」の一部では、他国とは違う傾向が見られたという。「テレグラム」で9万人近いフォロワーを持つアカウントでは、ウクライナとロシアの連帯を呼びかける画像を投稿し、偽情報にだまされないよう、情報のチェックを呼びかけている、という。 ロシア国内は現在、国外からの情報が規制され、国内でも言論が弾圧される「デジタル鉄のカーテン」で閉ざされている。そんなメディア環境の中で、陰謀論グループにも、情報の混乱が起きているのかもしれない。 (※2022年4月18日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載) 平和博 桜美林大学教授 ジャーナリスト 桜美林大学リベラルアーツ学群教授(メディア・ジャーナリズム)、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞入社。社会部、シリコンバレー駐在、科学グループデスク、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)を担当。2019年4月から現職。著書に『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』(いずれも朝日新書)、訳書に『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)、共著に『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)。
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