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IOCとの契約を公開せよ。東京五輪「辞退で補償金1200億請求」の真偽
https://www.mag2.com/p/news/496666
2021.05.12 冷泉彰彦『冷泉彰彦のプリンストン通信』 まぐまぐニュース
新型コロナ感染症の収束が見込めず国内外で五輪開催中止を求める声が高まる中、「開催辞退を申し出た場合、IOCから莫大な補償金を請求される」という風説がまことしやかに語られています。はたしてそれは真実なのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、そのような噂話が「怪談」のように語られることを危惧するとともに、政府や開催都市である東京都が全国民に今すぐ明らかにすべきことを記しています。
東京五輪をめぐるカネの話を怪談にするな
東京五輪の開催問題をめぐって、賛成反対さまざまな意見が飛び交っているようです。ちなみに、アメリカの雰囲気ですが、現時点では五輪そのものがそれほど話題になっていません。NYタイムスや、ワシントンポストが開催への悲観論を掲げ始めましたが、こうした論説は「一部のニュースマニア」にしか届いていないのが現状です。
アメリカの場合は五輪の独占中継権をNBC放送一社が保有しているので、NBC以外のTV各局は五輪に対しては冷ややかですが、これは独占中継権を持っていない中では、通常の開催に際しても同じですから、特に何かが起きているというわけではありません。
問題は独占権を持っているNBCですが、今でも画面の右下隅に小さく五輪のロゴを表示していますし、時折「代表選手の決意」インタビューを流したりしています。ただ、全体的には全く盛り上がっていないと言うのが実情です。NBCにしても、ネットには開催に疑問を投げ掛ける種類の論説を掲げていますから、態度としては決して開催へ向けて強硬というわけではないようです。
それはともかく、五輪の開催問題については、現状としては非常に不透明となっているのは事実です。漠然と不透明であるだけでなく、この問題は一種の怪談になっています。
それは、問題の所在が明らかでない中で、様々な憶測が出たり入ったりしているからです。今は隠して先送りしていても、やがては問題が起きることは不可避であることを考えると、「一種の怪談」としか言いようがありません。
怪談の何か恐ろしいのかというと、それは「カネ」の問題です。問題としては確かに複雑であるようです。まず、現時点では、ある俗説が大声で叫ばれています。それは、日本サイドが開催中止を言い出したら巨額な補償金を取られるとか、その場合に、未来永劫、五輪の開催は二度とできないだろう、などという言説です。
まず、巨額な補償金という説ですが、まことしやかに「五輪の収入の過半は、米国のNBCの放映権料から来る。だから、五輪中止の場合は放映権料の補償をしなくてはならず、日本が言い出した場合には、その分が日本に請求される」ということが言われています。その金額は1,200億円だなどと言う報道もあります。怪談とするには十分な金額です。
では、NBCの側はどうなっているのかというと、まず2020年の3月に7月の五輪が1年延期という決定がされたわけですが、この時点では既に2020年夏の五輪放映に伴うCMの販売はほとんどが成約していたようです。NBCは強気でキャンセル不可というような販売条件があったらしく、スポンサーは一斉に反発して再交渉の結果、2020年のCMはキャンセルとなりCM契約は2021年の五輪に延長されています。
ちなみに、NBC(コムキャスト・グループ)は自社ブランドと、ディスカバリーとのJV(ジョイントベンチャー)での2種類のチャネルで、ストリーミング中継も実施する契約をIOCと交わしています。ですから、NBC地上波、NBCストリーミング、ディスカバリー/NBCのJVでのストリーミングという3つのチャネルでの放映権をNBCは買っているわけであり、その3チャネルでの広告収入で利益を稼ぐビジネスモデルとなっています。
NBCとIOCの契約に関して、その詳細は公開されていません。ですが、NBC(NBCユニバーサル)は、コムキャストというナスダック上場企業の傘下にありますから、厳格なコンプライアンス(日本式の形式だけではなく、最悪の事態を想定して訴訟に耐え得る体制)を維持しているはずです。
ということは、2020年の時点でスポンサーとの契約再交渉を行った際に、2つの点、つまり1点目としては、2021年に契約を移動する際の条件としては、NBCとスポンサーが合意できるような合理的なものであったこと、そして2点目として、仮に2021年の開催も中止となった場合に、NBCもスポンサーも合意できるような措置が取られていたことは、間違いないでしょう。
つまり、2021年に五輪が開催されれば、NBCには広告収入が入る、そして中止されれば入らないが、その場合はNBCは巨額な赤字を背負うわけでは「ない」という条件になっているはずです。これは2013年の当初の契約でそうなっているのか、2020年に再交渉したのかは分かりませんが、いずれにしてもNBCとIOCの間では、中止の場合はNBCが損をしない契約になっているはずです。独占放映権を夏季五輪1回分延長するといった条項になっている可能性もありますが、恐らくは1回分、つまり1.2ビリオン、要するに1,300億円程度が返金されるということだと思われます。
その場合は、IOCとしては大損になります。ですが、仮にNBCへの補償が1,300億だとして、これはビジネスで言えば売り上げがキャンセルされただけです。仮に中止の責任を日本に押し付けたとして、その金額を丸々であるならば、これは正に「ぼったくり男爵」ということになります。宴会のキャンセルが出て、売り上げ100万円がパーになったとして、そのレストランが食材の納入業者に100万払えと言っているようなものだからです。
それはそうなのですが、IOCというのは、「国際オリンピック運動」という大義名分の下で、インフラ整備からドーピング防止の研究まで色々な活動をしています。幹部の報酬について、例えば会長の給料は年額22万5,000ユーロ(約2,500万円)という報道がありますが、その下に役員だけでなく多くの常勤職員を抱えていますから、年額の固定費は大きいわけです。そのコストをまかなう一番の収入が消えるとなれば、辛いのは間違いないでしょう。ですから「可能な限りはぼったくり男爵」をやらないと、組織が潰れてしまうということはあると考えられます。
日本側としては、これは認められる話ではありません。ですから、2013年に招致が決まった際に交わした(であろう)契約書、そして2020年から2021年に延期を決定した際の契約改訂においては、当然のことですが、日本側としては理不尽な金銭的な責任を負わないように最大限の主張がされ、その上で、日本側とIOCが合意できたと信じます。
問題は、その契約条件がオープンではないことです。ですから、中止の際の金銭的負担について、まるで「丑三つ時にあのお墓の後ろに行くとオバケが出る」とどという言い方で、「日本が中止を言い出したら1,200億円払わされるらしい」などという「怪談」が話題になっているわけです。
話しているだけなら、面白い怪談話で済みますが、実際に「カネを払え」などと言われたら正に時限爆弾の炸裂ということになります。到底認められるものではありません。
そもそも、感染拡大の状況を検討した上で五輪の開催を決定するというのは、国にとって当然の決定です。仮に人命を優先して中止した場合に、巨額な請求が来るとか、未来永劫オリンピック招致は不可能というのは、国際常識、人間の常識に照らして認められるものではありません。
この問題を「怪談」にしないための対策は非常に簡単です。
それは、日本サイドとIOCの間の契約を公開することです。カネが絡む決定をするのであれば、そのカネの条件を明らかにするのは当然です。先ほどのたとえ話で言えば、食材納入業者の営業担当者(この場合は2013年の安倍、猪瀬、竹田、および条件改訂があったとして、2020年の安倍、小池、森、山下)が、食材納入業者の社長(この場合は日本の納税者)に何も断らずに、ある取引先のレストランに対して「宴会がキャンセルになった場合の売り上げを全額補填」などという契約を結んでいたら、即刻クビであるだけでなく、民事告発にプラスして刑事(背任)起訴されます。
こういった例示をすると「仮に納入する食材について、汚染や消費期限切れが明らかになったのなら納入業者の責任」という反論が可能かもしれません。ですが、新型コロナの問題は世界全体の問題であり、「開催国日本の感染が止められないという日本の不手際」のために中止というロジックにはならないと思います。
とにかく、五輪中止も、食材納入業者の背任も同じことです。一方的に屈辱的な契約を結んでいるのなら、結んだ当事者が悪いのですが、その前に、ともかくまず条件がどうなっているのか、国民に明らかにするべきです。反対デモなどは、それからではないでしょうか。「開催中止を言い出したら1,200億払わされるらしい」などという怪談話というのは、いい加減に止めていただきたいと思います。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)
image by: StreetVJ / Shutterstock.com
冷泉彰彦 この著者の記事一覧
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1〜第4火曜日配信。
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