「呪怨:呪いの家」は心底おそろしい。平成の凶悪犯罪を背景に新しい〈呪怨〉を描くNetflixオリジナル作品 文/天野龍太郎 2020.07.06 https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/25618「呪怨:呪いの家」は心底おそろしい。平成の凶悪犯罪を背景に新しい〈呪怨〉を描くNetflixオリジナル作品 Jホラー世代にドンズバな「呪怨:呪いの家」 Netflixオリジナル作品「呪怨:呪いの家」が話題だ。日本のNetflixオリジナル・シリーズとしては初のホラーであり、以前から配信を待ち望む声が多かった本作。7月3日に配信が始まるやいなや、口コミで、あたかも呪いの連鎖のように評判が広まっている(7月6日20:00現在、日本の総合トップ10で本作は「梨泰院クラス」を抜いて2位。1位は「愛の不時着」)。 1話約30分で全6話構成という手軽さ、視聴ハードルの低さ(にもかかわらず、めちゃくちゃ怖い)もあいまって、ビンジ・ウォッチするファンが続出。あの〈呪怨〉シリーズの最新作だから、という理由ももちろんありつつ、作品の素晴らしさや充実度を絶賛する声が多いのだ。 「呪怨:呪いの家」予告編 ところで、89年=平成元年生まれの私は、子どもの頃に90年代のJホラーや心霊/オカルト・ブームの洗礼を受けて育った。心霊写真や心霊スポットを取り上げるテレビ番組、「学校の怪談」のようなホラー映画やドラマ、それと母から聞かされる怪談話が大好きだった。それこそ友だちで集まって、部屋を真っ暗にして(ビデオ版か映画版かは忘れてしまったけれど)「呪怨」の上映会をやったこともある。当時は霊能力者に憧れていたし、他人から聞いた怪談と現実とを混同したとおぼしき体験をしたこともあった(それは、本当の心霊体験だったかもしれない)。その影響は、逃れられないほど深く人生に刻み込まれている。……まるで呪いのように。
〈呪怨〉シリーズの最新作であり、まったく新しい〈呪怨〉を見せてくれた「呪怨:呪いの家」は、そんな私にとってまさにドンズバな作品だった。というのも、80年代末〜90年代前半=昭和末期〜平成初期という時代の負の側面、その重苦しさ、怪しさ、そして暗さを、見事に映し出した物語なのだ(そのコインの表と裏の関係としてあった躁的な明るさはほとんど描かれないので、余計に恐ろしい)。それに本作は、Jホラー的な演出を洗練させた映像表現に挑んだ作品でもある。 今回は、そんな「呪怨:呪いの家」のおもしろさについて(なるべくネタバレをせずに)語りたいと思う。 物語の背景にある平成のダーク・サイドと凶悪犯罪 まず「呪怨:呪いの家」のおもしろい点は、先にも少し触れたとおり、〈あの時代〉の暗さが散りばめられていること。88年に始まり、94年と95年、そして97年(まさにJホラーという表現が発展していった時代)を舞台とする本作では、テレビというメディアを介して当時の暴力的な事件の報道がさりげなく、しかし意味ありげに挿入される。 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件と女子高生コンクリート詰め殺人事件(88〜89年)、松本サリン事件(94年)と地下鉄サリン事件(95年)、神戸連続児童殺傷事件(97年)……。連続幼女誘拐殺人事件の被疑者である宮崎勤にいたっては、彼をモデルとしていることが明らかな〈Mくん〉というキャラクター(柄本時生のヤバい怪演!)すら登場する。 「呪怨:呪いの家」オフィシャル・クリップ映像 現実にあった事件の報道を登場人物たちが見聞きする演出は、本作の背景にある時代の鬱屈とした、暗澹たる閉塞感を強調する。
そもそも本作は、冒頭で〈呪怨〉シリーズを〈作品〉だと言ってしまう。創作のもとになった実在する家はより恐ろしい場所だったのだ、とシリーズを相対化したうえで、〈呪怨〉の物語を現実の世界に組み込んでしまう。これほど恐ろしい試みがあるだろうか。 本作にはさらに、80〜90年代の数々の残虐な事件、未解決事件をほうふつとさせる要素がある。Twitterなどではそれを指摘する声がよく聞かれた。 新宿歌舞伎町ディスコナンパ殺傷事件(82年)、名古屋妊婦切り裂き殺人事件(88年)、加茂前ゆきちゃん失踪事件(91年)、東電OL殺人事件(97年)、新潟少女監禁事件(90〜2000年)……。これらの事件は直接言及されるわけではないものの、作中のフィクショナルな事件や暴力表現に翻案されている。 人間の心理と生理の恐ろしさを映し出す生々しい要素の挿入は、さまざまな暴力がその背後で繋がっており、呪いの連鎖として起こっているかのような印象を観ている者に植え付ける。 「呪怨:呪いの家」の脚本を書いているのは、「女優霊」(96年)や「リング」(98年)の脚本家である高橋洋と、その「リング」や〈呪怨〉シリーズの立役者であるプロデューサーの一瀬隆重だ。つまり、Jホラーにおける要人の2人が物語を作っている。 暴力や呪いの不条理な連鎖、という本作の特徴は、特に高橋らしいところだと思った。その連鎖が起こる場所を広げ、虚構のみならず現実にまで浸食させたことで、「呪怨:呪いの家」はきわめて恐ろしい作品になっている。 Page 2 / 2 1ページ目から読む 〈呪いの家〉こそが主役 「呪怨:呪いの家」はまた、〈呪怨〉シリーズにおいても画期的な作品である。というのも本作は、タイトルに掲げているとおりに〈呪いの家〉こそが主役だからだ。 作劇においても、観客の受容においても、これまで〈呪怨〉の恐ろしさは佐伯伽椰子と俊雄というキャラクターのモンスター性に収斂されていた。次第にアイコン化していった〈伽椰子と俊雄=呪怨〉という公式によって、ある側面では縮小されてしまったかもしれない〈呪怨〉の恐ろしさ。本作はそれを改めて土地性や場所性に宿らせることで、増幅させる。つまり、なによりもあの家こそが恐ろしい、と「呪怨:呪いの家」は語り直しているのだ。 伽椰子と俊雄というモンスターによってJホラーに新風を巻き起こした〈呪怨〉の新作でありながら、その元凶である家の恐ろしさに焦点を絞り、家を媒介にして呪いが拡散される。あるいは、その土地や場所に足を踏み入れた者が媒介となって呪いを振りまく。 決して途切れることのない、時を超えた因果の恐ろしい連なりを生み出す呪いの家――「呪怨:呪いの家」の恐怖表現の大元には、そのような前提がある。だからこそ「呪怨:呪いの家」は〈家〉という原点に立ち返った作品であり、なおかつ〈反・呪怨〉であり、〈シン・呪怨〉になっている。 新鋭監督・三宅唱の新作として 脚本を高橋洋と一瀬隆重というヴェテランが担当しているのに対して、監督は映画「Playback」(2012年)や「きみの鳥はうたえる」(2018年)で知られる新鋭の三宅唱だ。ホラーは未経験である三宅に〈呪怨〉の新作を任せる、というある種の冒険と実験もNetflixオリジナルらしい(三宅を推薦したのは高橋であるとか)。 三宅らしい若い俳優たちへの演出による、演技のリアリズムは随所で感じられる。なかでも、長村航希の演技がよかった。また照明や色調へのこだわりが映像に出ており、特に青色の表現は傑出している。「きみの鳥はうたえる」でも見られた三宅の〈青〉は本作を暗く覆っており、北野武の〈キタノブルー〉に倣って、〈ミヤケブルー〉と呼びたいほど。 「呪怨:呪いの家」オフィシャル・クリップ映像 さらにカメラワークや音響、`島邦明による最小限の効果音的な音楽の見事さを指摘する声も多い。音について言えば、声が小さく聴こえるがゆえに恐ろしい、あっちで鳴っていた音がこっちから聴こえたから恐ろしい、といった演出がたしかに何か所かであり、テレビのスピーカーで聴いていても音響デザインの巧みさを感じた。
ちなみにエンド・クレジットで使われているのは、アイヌの伝承歌〈ウポポ〉を歌うヴォーカル・グループのMAREWREW(マレウレウ)による“sonkayno”だ。トンコリ奏者のOKIとの共演やOKIのプロデュースで知られるMAREWREW。“sonkayo”は、彼女たちの2016年のアルバム『cikapuni』に収録されている。 MAREWREWの2016年作『cikapuni』収録曲“sonkayo” 怨嗟と暴力にまみれた本編とは対照的に、澄みわたった湖(北海道の屈斜路湖だろうか?)の映像をバックに無邪気でプリミティヴな〈遊び唄※〉が歌われるエンディングは印象的で、なおかつどこか空恐ろしい。音楽についてのたしかなセンスを持った三宅らしい選択だと思う。 ※〈この曲は遊び唄です。親子ネズミが罠の中にある沢山のお菓子を引っかからないように取る遊びで、お正月とかみんなが集まった時によく行っていました〉と解説されている ラストの真相はめちゃくちゃ恐ろしい なお、本作のラストについては〈投げっぱなし〉〈シーズン2ありき〉といった感想を散見する。しかし考えれば考えるほどに、あの結末部分はよく出来ていて、それゆえにめちゃくちゃ恐ろしいと思う。あの家が世にも恐ろしい歪んだ空間であるからこそのラストであって、それを読み解けないと、「呪怨:呪いの家」の本当の恐ろしさをまだ味わっていない、ということになる。 よってラストの意味がわからなかった方は、もう一度観返してみることをおすすめする。その意味に気づけたとき、プロットの見事さと本作の底知れない恐ろしさに戦慄するはずだ。 「映画秘宝」2020年8月号の「呪怨:呪いの家」特集における高橋洋へのインタビューを読むと、シーズン2を制作するかどうかは未定だそうだ。しかしもし続編を作るのであれば、オリジナル・ビデオ版「呪怨」(2000年)の前年、撮影クルーが「呪怨」を撮りはじめる99年までを描くことになるだろう、と語っている。 なので、シーズン2は〈呪怨〉のオリジンをさらに突っ込んで語ったものなるのだろう……おそらく。この恐ろしい呪いの続きをぜひとも観たい、というのがいちファンとしての切なる願いだ。 https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/25618
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