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日本人はイジメが最高の娯楽 _ 遊郭でのイジメ
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/126.html
投稿者 中川隆 日時 2021 年 7 月 28 日 12:26:17: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 日本人はイジメが最高の娯楽 _ 大矢誠が猫グロ虐待で逮捕! 2ちゃん生き物苦手板のカールおじさん 投稿者 中川隆 日時 2021 年 7 月 28 日 09:11:12)

遊郭でのイジメ


【ホラー映画予告編】インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜 - YouTube


インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%EF%BD%9E%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%91%E3%81%88%E3%80%81%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%A6%E3%81%88
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 中川隆[-15995] koaQ7Jey 2021年7月28日 12:27:18 : sS04KeZ6iI : YTM5ZlpHUU54cXc=[3] 報告
『インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜』(Imprint)2006年 角川ヘラルド・ピクチャーズ

監督 三池崇史
脚本 天願大介
原作 岩井志麻子 『ぼっけえ、きょうてえ』

キャスト

女郎:工藤夕貴
クリストファー:ビリー・ドラゴ
小桃:美知枝
内儀:根岸季衣
小桃を折檻する先輩女郎 : 岩井志麻子


明治時代の日本。アメリカ人文筆家のクリスは小桃という女を探している途中、川中の遊郭で、とある女郎と出会う。その女郎は小桃との思い出をクリスに語り出す。醜い顔をしたその女郎は 生まれたときから奇形で顔の左半分がつり上がり、その為か他の女郎達の間に馴染めなかった。

いくつもの遊郭を渡り歩くなか、とある遊郭で彼女は女郎の小桃と出会う。どの女郎からも貶され虐げられてきたが小桃だけは彼女に優しくしてくれた。そんな小桃に翡翠の指輪の盗難の疑惑がかかり、小桃は拷問をされてしまう。そしてその女郎の手によって小桃は殺されてしまう。クリスは優しくしてくれた小桃を何故殺したと問い詰める。するとその女郎は生い立ちからの不幸な運命とその呪われた体の秘密を語り出す。


原作は岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』

『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパー、『サスペリア』や『インフェルノ』のダリオ・アルジェント、『ハロウィン』や『ザ・フォッグ』のジョン・カーペンターなど、豪華なメンバーの中で唯一の日本人監督となった。ところが、放送コードが緩いケーブルテレビにもかかわらず、本作品だけはその内容、特に奇形シーンや拷問シーンがあまりにも残虐なため、アメリカでは放送中止になった。イギリスでは放映された。

また、日本でも映画倫理委員会から、審査規格外(審査適応区分外)扱いとなり、ほとんどの映画館から一般上映を拒否されたので、劇場版としては「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」以外は、シアターイメージフォーラム(渋谷)のみでレイトショーという形を取って上映された。自主規制によりR-18指定となっている。テレビ放映としては、WOWOWで「マスターズ・オブ・ホラー」シリーズの第1シーズン放映の中で放送された[3]。

アメリカ資本の映画なので、全編セリフが英語となっている。そのため原作の醍醐味である岡山弁独特の雰囲気に近づけるため“日本人訛りの英語”が使われたらしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%80%9C%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%91%E3%81%88%E3%80%81%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%A6%E3%81%88%E3%80%9C


 【オープニング】

 白地に血が滴っていって、画面いっぱいが真っ赤に染まる。その上に、“MASTERS OF HORROR”が出たあと、各作品の一部をつないだと思われる一続きのオープニング・タイトル(ニヤリと笑う人形、狼、丘の上に十字架のシルエット、振り下ろされる斧のシルエット等)が続く。

 続いて、本編。
 夜の川面に靄が立ち込めている。その上をゆっくりと1艘の小舟が島に渡る男たちを乗せて進んでくる。その中に1人だけ外国人クリストファー(ビリー・ドラゴ)がいる。
舟は流れてきた土座衛門に進行を止められる。船頭は、慣れたことのようにそれを櫂で脇に押しやるが、それは、妊婦の土座衛門なのだった……。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 アメリカ資本だけれど、監督も出演者もスタッフも日本人だから、てっきり日本語作品だと思っていたら、台詞は全編英語で、日本語字幕が出ます。あれ〜、そういうことなのかあと、まず意表をつかれました。
 制作の条件に「台詞は英語」ということがあったようで、原作にはないクリストファーという人物が追加されていて、物語は、彼の目を通して描かれます。
 フィルムかデジタルかどちらなんだろうと思っていましたが、テレビ作品なのでやっぱりデジタルでスタンダード・サイズ。でも、“赤”の発色が非常に印象的な作品になっていました。最近のデジタルはこれくらいは普通なのか、それともスタッフ(撮影は栗田豊通)の力によるものなのでしょうか。


 【原作との相違】

 @人物設定&言語 女郎(工藤夕貴)の話の聞き手を外国人とし、彼が懇ろになった女郎を探しているという設定にし、全編英語にしたところ。
岡山弁が、原作世界の土着性、忌まわしさ、地方で闇から闇に葬られるはずの因習譚・因縁話をリアルで、魅力的なものにしているのに、英語にしたことで、それが一切そげ落とされてしまったのが、残念です。「台詞は英語」が制作の条件であったとすれば、まあ仕方がないことなのですが。
 外国人記者が怪談を聞くという設定は、ラフカディオ・ハーンを思い出させたりもします。
 ちなみに、字幕翻訳は村田恵、監修はクリスチャン・ストームズ(彼は『サウスパーク 無修正映画版』『TAMALA2010』『8mile』でも監修を担当しています)。

 A折檻シーン 原作では「つるして、火のついた松葉でいぶる」といった短い描写しかないのですが、本作では火のついた線香を脇の下に押し付け、串を爪の間と、唇と歯茎の間に突き刺す、などという“映画的な描写”に変えられています。

 B状況設定 原作では、女郎による一夜の寝物語を聞き手が聞くだけなのですが、映画では、主人公(外国人記者)が、隔絶された小島に人を探しに行くという設定になっていて、ロジャー・コーマン作品をはじめ、クラシックなホラー作品(“館もの”など、の典型的な設定&導入部で、主人公はある一定の時間そこから逃げ出すことができない)を連想させます。

 C伏線 原作では、結末に関わる伏線が冒頭で示されているのですが、それがカットされているのが残念。

 D結末 聞き手を物語に関わる人物としたことで、最後は主人公を再び物語に関わらせています。恐ろしくなった聞き手が語り手である女郎を銃で撃ってしまうということですが、この時、殺される女に一瞬小桃の姿をオーバーラップさせています。本当は話をしていたのは、小桃本人ではないかと観客に思わせる仕掛けで、そういう風にも見られるように作ってあるということでしょう(エドガー・アラン・ポー『大鴉』あたりからの発想?)。
 本当にそうだったかはともかく、女郎が語る物語の中の小桃は赤髪で、女郎(工藤)は青髪、語り手の女郎(工藤)は黒髪になっています。
 最後にクリストファーは獄中で廃人のようになっていますが、これもアジアやアフリカの土着の文化、暗黒の文化に深入りした欧米人の頭がおかしくなってしまうといった物語の典型的なパターンだと思われます(ダン・シモンズ『カーリーの歌』「バンコクに死す」とか、ピーター・ストラウブ『ココ』とか、『地獄の黙示録』をはじめとする一連のベトナム戦争ものとか)。

 Eクリーチャー 『バスケット・ケース』『ワンダーアーム・ストーリー』『広告業界で成功する方法』などを連想させます。


 【感想をもう少しだけ】

 ・貧しい村・家に生まれた女が売られて女郎になるという物語をアメリカ資本で映画化というとどうしても『SAYURI』を思い出させます。工藤夕貴が出ているから尚更ですが、『SAYURI』の陰画が『インプリント』ということなのでしょう。

 ・原作もホラーと言えばホラーですが、土着性、因習性、忌まわしさがかなり強い作品になっています。つまり単なる“恐がらせるだけの作品”にはなっていないということで、胎児を“間引き”しなければならないほどの貧農たちの住む貧村があり、そうした貧農たちにも蔑まれるような一家を作り出してしまうような社会性、社会構造が存在した、というところまで書き込まれたので傑作になったのですが、映画の方はさすがにそこまでのレベルには行けていません。最終的に印象に残ってしまうのが、“折檻”と“クリーチャー”だったりします。それはもったいないですね。そこまで行けたら放映禁止、上映禁止にはならなかったと思うのですが……。

 ・ホラー映画の常道として、わざとまわりを暗くしたり、フィルターをかけて古色蒼然たる雰囲気を出したりするものですが、本作には、そういう“ごまかし”がなく、好印象を持ちました。
映画の中に、「本物の血で描いた地獄絵図」というのが出てきますが、本作自体にも「赤」を効果的に使われていて、「血で描いた映画」を意図したのではないかと思われました。
http://umikarahajimaru.at.webry.info/200606/article_6.html


レンタルショップでは「マスターズ・オブ・ホラー」というホラー映画集の一本として置いてあります。

雑誌で取り上げていたので、興味本位で借りてみましたが、前述「オーディション」の上の上の、そのまた上を行く、とんでもない作品でした。

「なんで観ちゃったんだろう。」というのが初見の正直な感想です。
題名の意味は岡山弁で「とても怖い」という意味らしいです。

ある遊郭へアメリカ人(ビリー・ドラゴ)が、恋仲だった女郎(小桃)を身請けに来ます。
しかし、小桃はすでに死んでおり、理由を問いただすと、窃盗事件の濡れ衣を着せられて、拷問の末殺されたらしい。

その濡れ衣を着せたらしい異形の女郎(工藤夕貴)に問い詰めるアメリカ人。

彼に対して淡々と女郎(工藤夕貴)が語り始めたのはまるで、この世のこととは思えないような陰惨な身の上話だった。

まず驚いたのは悪役以外でビリー・ドラゴを見たこと。   普通の人を演じてるのを初めて見ました。

そして拷問シーンのエグいこと、エグいこと。(歯茎に〇〇、爪の間に〇〇・・・)

さらに工藤夕貴の独白シーンの迫力。
この独白に合わせて回想シーンが何回か映像になるんですが、最初はかわいそうな身の上なのかな?と思ってみていたのが、だんだん方向性が変わってくるんです。

まるで人間が抱えられる全ての「業(ごう)」を含んだような身の上話に変わってきて、聞いてる側も震えがきそうです。

3日くらい夢に見るかもしれませんが、それでも観たいという方はどうぞ・・・。
http://meshifuroneru.seesaa.net/article/385518877.html
 

2. 中川隆[-15994] koaQ7Jey 2021年7月28日 12:30:47 : sS04KeZ6iI : YTM5ZlpHUU54cXc=[4] 報告
ぼっけえ、きょうてえ (角川ホラー文庫) 岩井志麻子 (著)

岡山の遊郭で醜い女郎が客に自分の身の上を語り始める。間引き専業の産婆を母にもち、生まれた時から赤ん坊を殺す手伝いをしていた彼女の人生は、血と汚辱にまみれた地獄道だった…。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%91%E3%81%88%E3%80%81%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%A6%E3%81%88-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E3%83%9B%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A9%E4%BA%95-%E5%BF%97%E9%BA%BB%E5%AD%90/dp/4043596014

そこは、鬼の世へ つながった島
底なしの痛みを知れ
恐怖にただれた空気を吸え

耳慣れた声が囁く

「この地獄では死こそが仏」


怖い…怖い…怖い…怖い怖い怖い怖い怖怖怖・゚・(つД`)・゚・
怖い…さすが三池崇史、こわい。
え、えげつねぇ…orz

なんと言ったら良いのか…自分が持てる限りの言葉を尽くしたとしても
いま感じているこの気持ちは、とても伝えきれない気がするんだガーンネコ


不謹慎とか不道徳なんという言葉では、とてもても追いつかない
この、えげつない話に、もっともっと相応しい言葉が、他にある気がして…

コレを観た後では、「クライモリデッドエンド」も「ホステル」も…
あれは、まだまだ子供だましだったと言わざるを得ない
マサキもまだまだ、ここが頂上だ!と思っていたら、まだまだ3合目!


すとーりー
日本のある時代、ある地方で、アメリカ人文筆家のクリスは愛する日本人女性・小桃の行方を求め、遊郭から遊郭へと、各地を放浪していた。

そして、彼は川の中にある浮島の遊郭を訪れるが、小桃の姿は発見できなかった。
が、その遊郭で、客引きをせず部屋の奥で座っている、一人の女郎が気になり指名する。

その女郎は、顔面の右半分が、上部に引っ張られるように歪む醜い顔をしていた。
「ウチの顔、ぼっけえ、きょうてえじゃろ……でも、ウチのアソコは
しまりがいいと評判なんじゃ」と女郎は優しくクリスに、話しかけてくる。

やがて女郎は、自らの悲惨な生い立ちと両親のことを語りつつクリスが探す小桃のことを話し始めた。
女郎は、小桃を知っていた。女郎として売られ、この遊郭にやってきた小桃は愛する男が「きっと迎えにくる」との約束を信じ、ひたすら待っていたという。
そして、ある日、小桃は首をつり自殺してしまった。

それを聞かされたクリスは、激しく落ち込んだ。
だが、その話しは果たして真実なのだろうか?

まだ怖ろしい夜は、始まったばかり……


近親相姦、堕胎、堕胎児の川流し、殺人、奇形、聖職者の禁忌、折檻…etc
これでもか!というほど、タブーをぶっ込んでみた作品。

映像がエグイ、痛い(肉体的な意味で)、そしてえげつない。・゚・(つД`)・゚・

この作品には幽霊や怪物は出てこないし、出血量も大したことがなく(常識的な範囲)
腕や首が飛ぶことも無く、あっと驚くラストもなければ。派手な演出もない。
何がこんなに背筋をぞっとさせるのか
どうしてこんなに“怖い怖い怖い怖いガーンネコ”と呟きたくなるのか…

日本の忌まわしき因習というか、時代の暗部と言うか。
派手さは無いけど、日本人のDNAに組み込まれている「恐怖」を刺激する。
堕胎児を川に流して、手を合わせる女。
子供を流すたびに、一つまた一つと増えていく風車。
映像の一つ一つが、とっても怖い。
ただの風景のはずなのに、何かが見えてしまいそうで、何かが起こりそうで。


原作小説では、根底には女の悲しみがあり、女のえげつなさが出ていたけど。
そこに三池監督が加わったことにより、それが「恐怖!」に変化した。
三池監督のこの手の映画は、正視できない作品は、本当に正視できない。
「オーディション」もコレも、無理。確実に夢に見る。


小桃を女郎達が折檻するシーンは、正視できず。消音・画面小で早送りした。
女郎の一人が、このえげつない原作を書かれた、変態エロ作家の岩井志麻先生で実に、嬉しそうに喜色満面で、爪と肉の間に針とか刺してくるンですが
先生は「眉毛なし+お歯黒」とか、こちらも高確率で正視できない。
あれで、客が取れるのか、甚だ疑問であるkyu

あとあと良く考えみると、この折檻シーンは、海外のSM動画ではよくある感じの ピアッシングとか、ケインや鞭で流血してる動画と同じレベルなんだけど
何故か、こっちの方は、正視できない(p_q)三池マジック?


この映画は、全編英語のセリフで、小桃の髪は赤色だし、着物もちょっと変わっていて
時代・場所なども特定できない、少し変わった…奇妙な日本が舞台で。
まるで悪夢の中の光景を見ているようで、いや〜な気持ちになる。

原作の岡山弁を表現するために、あえて日本語訛りにした英語もなんだか気持ち悪く…薄ら寒い。
作り話だけど、昔日本の何処かで、実際に合ったとしても可笑しくない話で なんともいえない気持ちになる。


ただ、女郎の双子の姉だけは、見れば見るほどリアル「パーでんねんundefined」っぽい
そこだけ、何とかならなかったのだろうか…ちょっと無理あるからアレ;
知ってるかな?オレたちひょうきん族のアレなんだけど。詳しくは画像検索パソコン
あそこで、どーしても笑ってしまう。世界観がちょっと崩壊ギャー


特に、鑑賞をお勧めはしません、三池崇史監督を崇拝きしている!という
タランティーノやイーライ・ロスのような人は、ぜひ観ることをお勧めします。
それ以外の方は、自己責任で観て下さいm(_ _)m
http://masaki.kotori.egoism.jp/?eid=891325


インプリント〜ぼっけぇ、きょうてぇ〜

一人のアメリカ人が遊郭にやってまいります。このオヤジ、その昔、小桃という女郎と結婚する約束をしておりまして、いつの間にやら行方が知れなくなった彼女を探しまわっているそうです。今回も空振りか、と帰ろうとするんですが、帰りの船(島そのものが遊郭になってます)がなかったため泊まる事に。ビジネスホテルやないねんから、ちゃんと女郎を買ってんか、と言われた彼は、しょうがないんで座敷の奥の方に引っ込んでる女を選びます。
そばで見てみると、顔の右半分が上に引っ張られたように変形しております。そういう醜い顔を見られたくないから奥にいたのかも知れません。まぁ、元々そういうつもりで来てた訳じゃありませんから、寝るまでの間のヒマ潰しとして話し相手になってくれたらそれでええわ、と寝っ転がるオヤジ。何の気なしに小桃のことを知ってるか?と聞いてみると、なんと知っているという。小桃はここで働いていて、ついこの間自殺してしまった、とのこと。
一体小桃に何があったのか?彼女の口から恐ろしい話が語られ始めます。

という話。
1時間くらいです。アメリカの特番?の1エピソードで、日本から三池崇史がゲストとして参加したようです。ただね、この話、えげつな過ぎてアメリカで放送禁止になったそうな。
ダメじゃん(笑)。まぁ、そういう曰く付きのモノは観たくなるのが人情というもので。

舞台は日本ですが、アメリカの番組ですので全員流暢に英語でしゃべります。ボロボロの着物着た農民風情のオッサンが、ペラペラ英語しゃべってる姿はなかなかにエキセントリックです(笑)。んで、粗筋にあるように小桃がなぜ自殺したのか、ということが顔半分が引き攣れた女の口から語られます。

小桃は女郎頭の翡翠の指輪を盗んだ疑いをかけられ、拷問にあっていた。この拷問、ちゃんと描かれるんですよ、ごまかさずに。針一本一本を手の指の爪の間に差し込まれ、爪がみるみるうちに血で真っ赤になっていくところとか、唇をまくりあげて歯茎に針差し込んだりとか。観てて、痛い痛い痛い痛いってつぶやきますですよ、ええ。女郎ですんで、目に見えるところは痛めつけない(商品にならなくなるから)ところが実に生々しい。ここが放送コードに引っかかったのか?とか最初は思ってました。最初はな(前振り)。
しかし、実際には盗んでない小桃が、指輪のありかを言える訳がなく、いつまでたっても拷 問は終わりません。責め疲れて皆が引き払った隙をついて小桃は自殺、それを彼女が発見した、ということなのですが・・・

しかし、小桃が自殺した、ということがどうも納得できないオヤジは、マジでそうなん?と彼女を問い詰めます。「本当に真実が知りたいか?」と逆に聞き返されたオッサンは、おう聞きたいわ、と回答します。

小桃が拷問にあったのは本当。ただ、自殺したのではなく、彼女が絞め殺したのだった。地獄のようなこの世にあって、希望の光を失わない小桃を天国に行かせてあげたい、というのが動機。別に憎んでいたとかそういう訳ではありません。
そして、さらに語られるその壮絶な過去。彼女は浮浪者ような夫婦の間に生まれた子で、母親は堕胎師だった。貧しい農村で養える子供の数は限られています。なので、暗黙裡に堕胎が行われておりました。木の桶に血塗れの胎児を落とし込み、それを無造作に川に投げ捨てるというまさに地獄の様な光景。私が思うに、こっちのほうがアメリカで放送禁止になった原因かいな、と。ようやく人の形をとり始めたくらいの胎児がゴミの様に流されていく姿はかなり強烈です。
で、父親は酒びたりのロクデナシで、母親を殴るだけで何にもしません。母親は傷だらけになりながらも堕胎で金を稼ぎ、その金は酒代に消えていきます。もう絵に描いたような崩壊家庭。んで、これで娘に器量がありゃあいいんですが、顔半分が引き攣れた状態なので、周囲からは化け物呼ばわりされて忌み嫌われる始末。中でも外でも安らげる場所がないそんな状態です。そして、彼女にはまだ秘密がありました。それは畸形化した顔と関係のあることで・・・

忌まわしいイメージが横溢する話でした。しかし、負の映像が醸し出す妖艶さもまた否定できません。赤を基調とした映像(髪の毛まで赤い)が、血塗れの世界と相まって美しいとさえ思えてしまうのがなんとも。
そしてなにより、おそらくこういうことが実際にありそうだ、というのが恐ろしいです。畸形のところはおいといて、堕胎とかそういうことは貧しい世界なら普通にあるだろうし。一
皮剥けば世界は醜いことがいくらでもある、と思ってしまいます。
アメリカじゃあこれをTVで流したのか〜すごいな〜(おい)。
http://www.geocities.jp/ganchanmst/eigafile/imprint.html

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べっぴんぢごく (新潮文庫) 岩井志麻子 (著)

死霊が彷徨い、腐臭漂う岡山の寒村。
村で一番の分限者の家に生れながら、牛蛙と綽名されるほど醜いふみ枝は、母シヲの淫蕩な美しさを憎悪する。しかしふみ枝の娘は、シヲに生き写しの、禍々しいまでの美貌を備えていた。
美女と醜女が一代交替で生れるのは、禁忌を犯した罰か、土俗の死霊の祟りなのか――。呪われた家系を生きた六代の女たち、愛欲と怨念にまみれた、百年の因果の物語。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%B9%E3%81%A3%E3%81%B4%E3%82%93%E3%81%A2%E3%81%94%E3%81%8F-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A9%E4%BA%95-%E5%BF%97%E9%BA%BB%E5%AD%90/dp/4101064245

岡山も、瀬戸内を離れて、北の山岳地帯に入れば、寒村が続くらしい。この物語は、明治の初期、岡山の寒村を母とともに乞食として流離っていたシヲの7歳のときから、大正、昭和、平成と世が移って、104歳で大往生を遂げるまでの一代記である。

シヲの7歳のとき、母親が殺され、左足だけを切断されて持ち去られるという事件が起き、シヲはその村一番の分限者である竹井家に引き取られた。竹井家にはとみ子という気の狂った一人娘がいて、その遊び相手を兼ねた小間使いとして追い回されることになったのである。

 とみ子が川に落ちて死んだ後、シヲは竹井家の養女に直された。「乞食(ほいと)隠れ」にもたれて物乞いをし、ときには春を売って食いつないできた乞食の娘が、村一番の家の養女となったわけだ。村人は驚き、かつ、シヲの美しさが尋常ではないことに気づくことになる。

 以下、シヲーふみ枝ー小夜子ー(冬子)ー未央子ー亜矢と、竹井家の女系が続いてゆく。シヲ、小夜子、未央子は目立つ美女で、ふみ枝、亜矢は容貌に恵まれていない。冬子を括弧で閉じたのは、彼女が奇形であったからで、未央子は冬子の子であるが、戸籍のうえでは小夜子の娘として育てられた。また、因果は巡るというべきか、ふみ枝は婚約者がありながら一夜乞食に身を任せてしまい、小夜子を生んだ。さらに、警察に追われる朝鮮人を匿ったところ、彼は奇形の冬子を抱いて逃走したが、その結果生まれたのが未央子である。朝鮮人はその後やくざとなり、成長した未央子の前に姿を現してもいるようだ。
http://ameblo.jp/yone1868/entry-10137565011.html

舞台は明治末期の岡山の寒村。

乞食の母娘。シヲの母は流れ着く先々で、身体を売って糊口をしのぐ。片足にぼろぼろの包帯。これだけは、けっしてはずさない。
道連れの琵琶法師に惨殺された母親。
シヲは、村の分限者に、無くなった娘(これも失恋の痛手で発狂している)の身代わりに引き取られる。
シヲが見合い結婚して生まれたのは、蝦蟇蛙のような醜女。その娘が、色情狂の美貌の乞食に犯されて産んだのは美貌の娘。この子が、愛人殺しで死刑になる優男との間に作ったのは、「アレ」と呼ばれる、 目鼻も手足もない「生き物」。これが、かくまった朝鮮人に犯されて生まれたのはまた美貌の娘。
この子は、街で遊び暮らすうち、やくざとして出世している父親に犯されて身ごもる。

合間に明かされる。シヲの出生のヒミツ。実は、乞食の双子の子供である兄妹の間に生まれた罪の子だった。
足の包帯の下には、良人の戒名の入れ墨。

そして生まれた醜女は、分をわきまえ、男に交わらずに生きようとしている。
演劇部で知り合った女性と同性愛的な関係になって、シアワセに暮らしているが、なんと、その相手は半陰陽。またも身ごもる。。。
http://akapandanotsuma.at.webry.info/200811/article_1.html


シヲの家系の女性は霊能力があり、死霊が見える。
舞台の寒村の家には「乞食隠れ」と言う板があり、ここが常人と乞食の境である。シヲは初めから異界の人物として描かれているのだ。「乞食」に敢えて「ホイト」とルビを振っているのは「ホト=女陰」を想起させるためであろう。シヲの母も色狂いだったのだ。

ひょんな事情でシヲは村一番の分限者の養女となる。身なりを整えたシヲは驚く程の別嬪だった。だが、賢いシヲは俗世とは一線を画し、平凡な結婚をする。そして、産まれた娘は醜女だった。

以下、相手の男の境遇は変れど、別嬪-->醜女-->別嬪の順に娘が産まれる。"アレ"も含めて、因果を背負って。シヲを除くと別嬪でも醜女でも男には苦労する。男に惚れられるも地獄、男に無視されるのも地獄。そして彼女達には常に死霊が纏わり憑く。連綿と繋がる地獄絵のような性と宿業の饗宴を、作者は時代の雰囲気と共に巧みに描く。死霊、乞食隠れの他、狂花、凶鳥、穢人の墓地と言った題材で黄泉のイメージを膨らませている点も見逃せない。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%B9%E3%81%A3%E3%81%B4%E3%82%93%E3%81%A2%E3%81%94%E3%81%8F-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A9%E4%BA%95-%E5%BF%97%E9%BA%BB%E5%AD%90/dp/4101064245


魔羅節 岩井 志麻子著

日本ホラー小説大賞受賞作『ぼっけえ、きょうてえ』や『岡山女』、『夜啼きの森』などで、岡山という地に執着してきた岩井志麻子。本作もまた、彼女が得意とする岡山を舞台にした短編小説集だ。表題作をはじめ「乞食柱」「きちがい日和」「おめこ電球」「金玉娘」など、淫靡(いんび)で挑発的なタイトルの8つの物語が収録されている。

男娼に身をやつしながら幼い妹とともに暮らす千吉。客に尻をさし出しながら、千吉はかつて故郷の村で、雨乞いの日に自らを襲った悲劇に身もだえする。神木にくくりつけた千吉の体をなぶる村の男たち。千吉の脳裏に懐かしくもおぞましいあの唄が去来する…。(「魔羅節」)

病の果てにトウビョウ様の使いとなった少女の枕元へとにじり寄る乞食の男。龍神への生贄に差し出された少年。海に消えた亡夫の代わりに、妻たちと交わる口寄せの婆。貧困と因習がはびこる明治初期の共同体で暮らす人々の生き死にを、岩井は肉感的な筆致でエロチックに描く。その行間からは、汗、白濁液、腐臭、そして血液のむせるような生臭いにおいが立ちのぼってくる。

登場するのは、人間の奥底にある暗い闇をさらけ出したような人物ばかりだ。しかし、彼らの心の内に見え隠れする深いかなしみが、読む者の心を深く打つ。「わしの名前を呼んでくれ」と叫ぶ、狂った男。タヌキの金玉が八畳敷きと聞いて「うちには入りきらんのう」と答える幼女。死体に添い寝する女。近代への移行とともに打ち棄てられていった者たちの怨嗟(えんさ)が、自分の中になだれ込んでくるような、奇妙な錯覚にとらわれる小説集だ。
http://www.amazon.co.jp/%E9%AD%94%E7%BE%85%E7%AF%80-%E5%B2%A9%E4%BA%95-%E5%BF%97%E9%BA%BB%E5%AD%90/dp/4104513016


岩井志麻子「魔羅節」

岡山市の外れの一角、最も貧しい棟割長屋に、その兄妹は住んでいた。
兄は、もう少し日露戦争が長引いていれば兵隊に取られていた年齢、妹はまだ尋常科の童子。

兄・千吉は、男の女郎をして生計を立てている。
髭剃り痕に化粧水をつけ、髪を綺麗に撫で付け、女の腰巻きを身につける。
千吉に一番古い思い出を尋ねられ、妹ハルは父親が鉱山で死んだ時と答えた。
母は頭がおかしくなり、父の所へ行こうとして崖から落ちて死んだ。

本当はもっと昔の思い出もあるが、ハルは知らないふりをした。
兄が支度を済ませた所へ、近所に住む俥屋の熊蔵が甘藷を持ってやって来た。
千吉に惚れている熊蔵は、普段からふたりに優しくしてくれた。
妻子がありながら、他の女にも平気で手を出すような男だが。
会話の最中、兄妹の故郷の村が日照りにあっているらしいと熊蔵が零す。

ハルの本当の一番古い記憶は、物心がつくかつかないかという頃。
村が大日照りにあい、ほとんどの稲が枯れた。老人は飢えと乾きで死に、子供が次々売られていった。

村人たちは、竜神様、水神様に祈祷を捧げた。
男たちが着物の裾を絡げ褌姿になり、「魔羅節」を歌う雨乞い。
しかし幼い千吉だけは、恥ずかしがってやらなかった。
それを誰かがどやしつけ、半泣きで褌姿になった。更にそれも剥ぎ取られ、下半身を曝された。
そして、異様な興奮に陥った数人の男どもに、千吉は犯された。

千吉の客として、ある商人がやってきた。千吉の故郷にも行ったことがあり、彼の噂も知っていた。
ここにいると聞き、わざわざやってきたらしい。

村を逃げ出し、人買いに攫われ、売られかけた妹の代わりを千吉が引き受けた。
あの魔羅節の日、犯された過去があったから、千吉はあっさりこの仕事を選んだ。
「今年もまた、村が日照りに苦しんでいる。魔羅節を唄いに戻らないのか?」
商人は千吉を犯しながら聞く。

魔羅節の後、本当に雨が降ってきた。千吉は雨の使いとして仕立てあげられ、毎年日照りの度、男たちに嬲られた。
それも男は知っていたからだ。
お客さんとこうして唄ってる方がいい、と千吉は答えた。

数日後、千吉の仕事場である旅館の座敷に、見覚えのある故郷の村の男たちがやってきた。
何を言われたか、他の仲居達は誰一人上がってこない。
村に戻ってくれと、男が言う。別の男が、長襦袢を取り出す。千吉が動く間もなく、彼を包んで押さえつけた。

あの商人に聞いたのか、と千吉が呻くと、そうだ、と返ってきた。
お前が戻って拝んでくれれば、すぐに雨が降る、と。
そうして、路地に停めてある車に運ばれた。それは、熊蔵の車だった。
しかし熊蔵は、中身が千吉だとは気づかない。
男たちは、村で悪さした者を連れ戻すだけだと嘘をつき、口止め料を追加してあった。
熊蔵は言いなりになった。余計にもらえた金でまた、兄妹に菓子でも買ってやろうかなどと考えている。

終わり
原文の会話文はもろ岡山弁
http://occult-atoaji.sakura.ne.jp/?p=11807


最初この本を手に取った時、凄いタイトルだなと驚いた。ペラリと1ページ目をめくり、目次を見てさらに仰天してしまった。「乞食柱」、「魔羅節」、「きちがい日和」、「おめこ電球」、「金玉娘」、「支那艶情」、「淫売監獄」、「片輪車」。これはヤバすぎる。本当に平成の世に出た本なのかと思わず我が目を疑って、発売年月日を確かめた。

「この作品は平成14年1月新潮社より刊行された」

私にとって、岡山は怖い土地だった。5歳の時、親が脱サラして商売をはじめたのと、妹が生まれたのを切っ掛けに、私は岡山に住む祖父母の家に預けられた。真偽についてはハッキリしない部分もあるので、詳しくはいえないけれど、そこは60代以上続く刀鍛冶の末裔の家だった。広い座敷の中心で、凄く怖い顔をした男たちは、刀の手入れをしている姿を見た思い出がある。

 ある日のこと、祖父に手を引かれて近くを流れる吉井川の側まで散歩に行った。確か夕暮れ時で、川面がオレンジ色に輝いていたのを覚えている。煙草を取り出して、一本吸い終えると、祖父は目を細めて語りはじめた。

「エリナ(私の本名です)見てみ。大きな川じゃろ。この川に俺の親族みんな流されたんや。夜中にドンって花火が打ち上がる時みたいな音がしてな、バーンと部屋の壁が倒れて水が流れ込んで来おった。口ん中にも耳ん中にも泥やら水やらがワヤクチャに入って、上も下も分からんようになってしもうた。

浮かんできた四角いもん......今思えば箪笥やったんやろか。それに掴まって上半身だけ水の上に出してな、やっと息が出けた。で、足を何かが強く引っ張っとるなーと思ったら、弟が顔を下にしたまま手で掴んどった。弟の名前を呼んで顔を上げさして......と思っとった矢先や、何か黒い水のうねりが来て弟を攫(さら)っていきおった。最後に弟が『お兄』って俺の事を呼んだ気がすんねんけどな、今思えば水の音がそう何かの拍子で弟の声を真似ただけかも知れん。姉やんも両親も全部この水が命を獲っていっきおった......」

 祖父は私に手を合わせるように言い、近くに咲いていた白い花を毟(むし)って川に投げた。

「火や水を使う仕事や、砂鉄もずっとここで取って来た。川の側から離れてはよう住まん」

 その晩私は高い熱を出し、祖父が何か凄く怖いことを言った気がするのだけれど、よく覚えていない。

 風が吹くと、時折うなるような音を耳にした。祖母に、何故風があのような音を出すのかと問うと、「なわめの風」だと教えてくれた。何でもお城の生垣に風があたると、縄のように捩(ねじ)れてあのような音を出すという。

「なわめの風が吹くところには家を建ててはアカンよ、風が怒りよる。家が絶えてしまうけんね」

 岩井志麻子さんの小説にも、これに似た話で家を建ててはいけない「ナメラスジ」というのが出てくる。暗く、現代の日本には似つかわしくない空気が漂う場所。そんなイメージが未だにある。無論、異を唱える人もいるだろうけど、少なくとも私にとって、岡山はそういう土地だったのだ。

 この『魔羅節』は岡山を舞台とした、陰惨な話がみっしりと詰まっている。命は脱ぎ捨てられた靴下程度にしか扱われず、どん底の中で登場人物は、饐(す)えた臭いに塗れながら夢とも現ともつかぬ世界で生きている。

 例えば、「乞食柱」は長患いの末に小蛇のトウビョウ様のお使いになったサトと、淫夢と共にやってくる乞食の話。「魔羅節」は雨乞いの為に生贄にされた過去を持つ、男娼の千吉と、栄養不足で青膨れた妹ハルの話だ。

祖父の話に戻るが、洪水で失った家族を、祖父はTという伯父に頼んで一度この世に呼び寄せてもらおうとしたことがあったらしい。

 呼び寄せた死者が祖父に何と伝えたのかと、親族のものは皆聞いたらしいが、祖父は決して誰にも内容を告げることは無かったそうだ。

 本書に収められている、「きちがい日和」はシケで婚約者を失った女たちが、生理中に籠る小屋の中で口寄せを頼む話で、蒸れた女性器の匂いと死者への情の共演が凄まじい。

 岡山は死者と生者の距離が近いのかもしれない。

 喉の渇き、性的な飢え、飢餓、喪失感、人間が最も体験したくないと思う陰惨な光景とだれしもが持っている後ろ暗い欲望。私にもこんな先祖がいたかも知れないと、一族の幻を見る。命さえもどうでもよくなってしまうような、気だるさと岡山の風に脅えながら私はこの本を閉じた。

 一番純粋で原始的な怖さと懐かしさを味わいたいなら、是非本書を手に取ってもらいたい。

 タイトル以上の剥き出しの何かが、本能を刺激する。こんな酷い物語を書くことの出来る作家は、岩井志麻子さんしかいないに違いない。
http://news.livedoor.com/article/detail/4517580/

3. 中川隆[-15988] koaQ7Jey 2021年7月28日 12:56:15 : sS04KeZ6iI : YTM5ZlpHUU54cXc=[11] 報告
スネークキャッスルSSL
ネットに流れる世界の過激SMリョナ動画の紹介です。
https://snakessl.com/index.html
4. 中川隆[-15927] koaQ7Jey 2021年7月30日 09:38:53 : FR7Mntvne3 : cFNhZkVmS0FoM2c=[13] 報告
両班(ヤンバン・特権貴族階級)

清廉を謳い文句に「儒教の国」と誇り高き朝鮮半島においても、性的愛玩を含む身分階級制度は、間違い無く存在していた。

朝鮮王朝(チョソンワンジョ)の身分制度は、上から王族、両班(ヤンバン・特権貴族階級)、中人(チュンイン・科挙に合格した役人)、良民(ヤンミン・常民と呼ぶ普通の身分)で、最下級は奴婢(ヌヒ・奴隷)である。

最下級は奴婢(ヌヒ・奴隷)は、公に王朝政府が抱える賤民(せんみん)を公奴婢(くぬひ)、地方の豪族が所有し、基本的に家畜と同じ所有物扱いの私奴婢(しぬひ)と呼ばれる身分の者が定められ、被差別階級に組み入れて隷属的に支配されていた。

つまり、公奴婢(くぬひ)と私奴婢(しぬひ)は非人(奴隷)であり、家畜同然だったから儒教の精神は都合良く及ばない理屈で、公奴婢(くぬひ)の遊技の妓生(キーセン)制度は公に存在し、私奴婢(しぬひ)は抱え主の両班(ヤンバン)の愛玩要素を含む慰め者だった。

処罰として法も倫理観も適用されない卑しい家畜身分にされた訳で、女性は結果的に性の愛玩物にされても仕方が無い。

この辺りの考え方は、ご多分に漏れず国家体制を維持する為に特権階級を設けて実力者を取り込み、王朝に忠誠心を持たせる狙いである。

貴族特権とは王権に対抗し得る有力者の懐柔目的も在るから、如何に儒教の国とは言え王権維持の為の実利的例外に性奴隷としての奴婢身分は、法の抜け道として必要だったのだろう。

都合が良い事に、人に非(あら)ずの家畜である「奴婢(ヌヒ)身分」には儒教の精神思想は除外で、奇麗事の「儒教の精神」に組しない例外の扱いだったのである。

また宮廷の医女(イニョ)も身分は家畜扱いの公奴婢(くぬひ)であり、遊技の妓生(キーセン)同様に女医と言うよりも両班(ヤンバン)のストレス解消の為の慰め者だったのが実情で、現代で言うヘルス嬢的な愛玩要素を含んでいた。

身分を示す帽子状の被り物の形状が、医女(イニョ)と妓生(キーセン)はまったく同じで、医女の身分は「奴婢(ヌヒ)」であったから、両班(ヤンバン)に取っては逆らえない性奴隷同然の存在で、医女を妓生(キーセン・日本で言う芸者)扱いする悪弊は、李氏朝鮮の燕山君の時代に生まれ、内医院(ネイオン・宮中の医局)の風紀が乱れ、「儒教の国」の精神も多分に統治上の権力的例外が存在したのである。

旧李氏朝鮮王国でも罪を犯した者の刑には、身分刑として良民(ヤンミン)から奴婢身分(ぬひみぶん)に落とす刑罰が存在した。

奴婢身分に落されると、国が所有する公奴婢(くぬひ)や個人が所有する私奴婢(しぬひ)となり、人格は認められない。

女性の場合は、公奴婢(くぬひ)の遊技・妓生(キーセン)や私奴婢(しぬひ)は抱え主の両班(ヤンバン)の愛玩、また宮廷の医女(イニョ)も身分は公奴婢(くぬひ)であり、王侯貴族のヘルス嬢的な慰め者だった。
http://jiyodan.exblog.jp/7936337/

奴婢(ぬひ)

律令制における被差別階級として、賤民(せんみん)がある。

古事記・日本書紀、神武東遷記(じんむとうせんき)などは、大和朝廷(ヤマト王権)の西日本統一過程を美化している為に何処まで信じられるか判らないが、渡来各部族や原住縄文人(蝦夷族/えみしぞく)が連合過程を経て大和朝廷(ヤマト王権))が成立した事は想像に難くない。

その過程で、原住縄文人(蝦夷族/えみしぞく)の部族長を含む渡来各部族長が、大和朝廷(ヤマト王権)体制に於いて県主(あがたぬし)や国造(くにのみやっこ)と言う称号を得て初期の貴族・御門群(みかどぐん)を形成する。

原住縄文人(蝦夷族/えみしぞく)の部族長系の県主(あがたぬし))や国造(くにのみやっこ)と考えられる主な存在に、誓約(うけい)誓約を持って天宇受売命(あめのうずめのみこと)と夫婦に成ったとされる猿田彦神(さるたひこがみ)の宇治県主(うじあがたのぬし)や越後国造(えちごくにのみやっこ)で後に奥州(東北)蝦夷族の俘囚長を務めた阿部臣(安倍氏)などが有力である。

いずれにしても、恭順した渡来部族長や恭順した原住縄文人(蝦夷族/えみしぞく)の部族長は臣王、それに従う部族長の身内までは氏姓(ウジカバネ)を授かって支配階級に列し、それ以外の従った原住縄文人(蝦夷族/えみしぞく)は「良民」、反抗した原住縄文人(蝦夷族/えみしぞく)は「俘囚(ふしゅう)・非人(ひにん)・賤民(せんみん)・奴婢(ぬひ)」などと呼んで隷属させた。

賤民(せんみん)を、姓(かばね)を有しない自由民の下人(げにん)と非人(ひにん)に分け、非人(ひにん)を奴婢(ぬひ)と称して律令制における被差別階級に組み入れ、隷属的に支配していた。

公に大和朝廷政府が抱える賤民(せんみん)を公奴婢(くぬひ)、地方の豪族が所有し、基本的に家畜と同じ所有物扱いの私奴婢(しぬひ)と呼ばれる身分の者が定められていた。

「奴(ぬ)」が男性奴隷、「婢(ひ)」が女性奴隷で、その身分も親子代々受け継がれたものだった。

奴婢(ぬひ)は制度上人間扱いしない所有物であるから、奴(ぬ)は力仕事で酷使し、婢(ひ)は仕事をさせながら持ち主の慰め者として扱われた。

永きに渡り続いた血統に拠る差別の基本だった氏姓制度において、百姓の下に在ったのは下人(げにん)であり、その下に在ったのが非人(ひにん/奴婢・ぬひ)である。

百姓までは姓(かばね)を有する言わば支配階級の血筋であり、下人(げにん)、非人(ひにん)は被支配階級の血筋である。

下人(げにん)、非人(ひにん)も農作業はするが、正確に言うと百姓ではない。
百姓が農業従事者の総称に成ったのは江戸期に入ってからで、それまでは支配階級の血筋(姓/かばね)を持つものは商人であれ、工業従事者であれ、「百姓」だったのである。

非人の内、穢多(えた)に関しては人別別帳に記載がないものを言い、別に非人々別帳に記載される卑しい身分の者の事である。

穢多(えた)は読んで字のごとく「穢(けが)れ多き」と言う意味だが、仏教の教えに絡んで家畜の屠殺(とさつ)やその皮革の取り扱い、或いは死人の始末や磔獄門などの刑死の下働きを生業とした特殊な身分の者のとされた。

尚、江戸期の刑法で男性なら非人手下(ひにんてか)、女性なら奴刑(しゃつけい)に拠る非人・穢多(えた)身分とする刑が存在した。

日本国内では、渡来氏族が反抗的な蝦夷族を制圧して母国に倣った奴婢制度(ぬひせいど)について、「早い時期に消滅した」と言う説がある。

しかし渡来氏族系と被支配階層の旧蝦夷系の身分差別が変遷しながら明治維新の版籍奉還(はんせきほうかん)まで続いていた。

版籍奉還(はんせきほうかん)とは、千八百六十九年(明治二年)に諸大名から天皇への領地(版図)と領民(戸籍)の返還を意味し、つまり奴婢制度の前提は支配階級の所有権で、制度上領民は領主の持ち物だった。
http://jiyodan.exblog.jp/7940340/


穢多頭(えたかしら)・弾左衛門(だんざえもん)

穢多頭(えたがしら)・矢野弾左衛門(やのだんざえもん)は、江戸時代の被差別民であった穢多・非人身分の代々世襲頭領で、江戸期を通じて十二代(十三代名があるが、初代と二代は重複)を数える。

戦国期、小田原近在の山王原の太郎左衛門が後北条氏が認めた関東の被差別民の最有力者で在ったが、徳川家康が関東支配を始めると、徳川家康は鎌倉近在の由比ヶ浜界隈の有力者・弾左衛門に被差別民支配権の証文を与えた。

山谷堀の今戸橋と三谷橋の間に弾左衛門屋敷はあり、屋敷一帯は浅草新町とも弾左衛門囲内とも呼ばれた広い区画であった。

弾左衛門囲内は、周囲を寺社や塀で囲われ内部が見通せない構造になっていて、屋敷内には弾左衛門の役宅や私宅のほか蔵や神社が建ち、穢多頭(えたがしら)差配の三〜四百名の穢多役人(えたやくにん)家族が暮らす住宅も在った。

弾左衛門は、支配地内の配下は勿論の事、関東近国の天領の被差別民についても裁判権を持っており、罪を犯したものは屋敷内の白州で裁きを受け、屋敷内に設けられた牢屋に入れられた。

弾左衛門(だんざえもん)・矢野家は、幕府から関八州(水戸藩、喜連川藩、日光神領等一部を除く)・伊豆全域、及び甲斐都留郡・駿河駿東郡・陸奥白川郡・三河設楽郡の一部の被差別民を統轄する権限を与えられ、触頭(ふれがしら)と称して全国の被差別民に号令を下す権限をも与えられた。

「穢多頭(えたかしら)」は幕府側の呼称で、自らは代々長吏頭(ちょうりがしら)・矢野弾左衛門を名乗り称した。
矢野家は浅草を本拠とした為に、通称として「浅草弾左衛門」とも呼ばれた。

大きな権力を世襲する弾左衛門(だんざえもん)家であるが、身分はあくまでも非人・穢多頭(えたかしら)であり、名字帯刀を許された訳では無いので矢野と言う名は私称で、公文書に矢野が使用される事はなかった。

弾左衛門(だんざえもん)は、非人・芸能民・一部の職人・傾城屋(けいせいや・遊廓/ゆうかく)などを支配するとされ、傾城(けいせい)は囲われた一郭を意味し廓(くるわ)と同じ意味である。

傾城(けいせい)は公許の遊女屋の集合設置場所を意味し、遊女の元々の起源は神社の巫女による官人の接待とされ、平安期の白拍子などもその遊女の分類に入る。

芸能民に関しては、猿飼(さるかい)・大道芸を生業とした乞胸(ごうむね)などが、非人同様に弾左衛門(だんざえもん)の差配下にあった。

また町方の庶民が罪を犯し、町奉行所の裁きで女性の罪人が非人穢多(えた)身分に落される「奴刑(しゃつけい)」や男の罪人が非人穢多(えた)身分に落とされる「非人手下(ひにんてか)」は、弾左衛門(だんざえもん)に下げ渡され、女性は廓(くるわ)に売られ、男性は市中引き回し刑や処刑場の手下(てか)となる。

つまり穢多頭(えたかしら)・弾左衛門(だんざえもん)は、今風に言えば、さしずめ「囚人ビジネス」を代々家業として手掛けて居た事になる。

弾左衛門(だんざえもん)は幕府から様々な特権を与えられ、皮革加工や燈芯(行灯などの火を点す芯)・竹細工等の製造販売に対して独占的な支配を許され、多大な資金を擁して権勢を誇り、格式一万石、財力五万石などと伝えられた。
http://jiyodan.exblog.jp/13932753/

身分制度と五パーセントの悪魔の犠牲者

為政者が統治を安定する為の手法として、「出世」を目標にさせて忠誠心を醸成させる事が身分制度の目的である。

しかしそれだけでなく、「自分より不幸な存在が在る。」と言う比較感を創出する事で不満を逸らせる狙いが、身分制度の陰に隠されている。

他国の事例でもほとんど同じだが、こうした隷属民の比率は五パーセントから十パーセント以内の少数である。

何故ならば、この賤民(せんみん)の存在が、被統治者の不満をかわす為の物で、「統治の安定」と言う政治的効果を狙ったものだからである。

狙いを明確にすると、惨めな身分の下層階級を作り出して大多数の比重を占める一般民衆の「不満と抵抗をそらす役割」を果たさせるのが目的である。

つまり数パーセントを犠牲者にして、一般民衆を自分達よりも下の身分の者が居る事で納得させ、武士支配を容易にするのが狙いである。

従って、この身分差別制度は「狙いが先に在ったもの」で、その差別を始めた被差別側には、被差別の強制世襲まで負わされる負い目や必然性などまったく無い。

大和朝廷は成立後、中華文明の身分制度を模倣採用した。

つまり、「中世」に制定された「律令制(りつりょうせい)」に於いて、同じ下層階級の非支配者層の民は「良民(常民)」と「非良民」に分けられていた。

支配階級の氏姓制度と下層階級の「良民(常民)」と「非良民(賤民・せんみん、奴婢・ぬひ)」の組み合わせで、身分別の居住エリアの分類が始まり、それぞれの居住地区が「本所と散所」に分離され、「散所(さんじょ)」に住む「非良民」と言う不当な身分の既存化・固定化が促進された。

此処で言う「中世」とは、おおむね平安時代終わり頃の十一〜十二世紀の事である。

当初、身分制度の最下級に在ったのが被征服部族である縄文人(蝦夷族/えみしぞく)の抵抗勢力俘囚(ふじゅう/奴婢身分・ぬひみぶん)だった。

平安末期から戦国時代末期の十六世紀まで、この身分制度は多少の変遷を伴いながら実質的に続いた。

この時代、戦乱や飢饉が繰り返される中で、所有地または耕作地を失い生活ができない人々を排出した。

その中には荘園の免税地(散所)などに住み、公家や寺社に使われて労役奉仕をする事で生き長らえる道を選択した為に、その居住区が発生して「非良民・賤民(せんみん)奴婢(ぬひ)」の身分が定着した。

賤民(せんみん)奴婢(ぬひ)身分は、我が国日本では律令制(りつりょうせい)の解釈が完全消滅する江戸末期まで、お隣の朝鮮半島では両班(ヤンバン・特権貴族階級)制度が解消される大韓帝国成立まで、人間性を認められず「家畜身分」だった。

人間は残酷な生き物で、自分が安心する為に「見下す相手」を作りたがる。

それは現代の学校でも企業でも同じ事だが、多くの無知な者が、必ず虐めたり見下したりする被害者を作りたがる。

根にあるのは、生きる事に対する自信の無さ、「不安感」である。

こうした民衆心理を、巧みに利用したのが卑劣で不当な江戸期の身分制度だった。
子供の社会で起こる「虐(いじ)め問題」も、根にあるのは虐(いじ)める側の「不安感」である。

本来、その「救い」となるべきが「信仰の教え」の筈(はず)であるが、どう言う訳か宗教指導者は、信者を増やす為に不安心理を煽りたてる。

つまり、この差別願望と信仰は、精神的には究極の所で「同根」であり、いずれも目的は自分を安心させる為のものである。

この不合理な身分制度は、、千八百七十一年(明治四年)明治新政府発布の戸籍法に基づいて、翌明治五年に編製された壬申戸籍 (じんしんこせき)が発効され言われ無き差別は建前上なくなったが、その後も社会的に消滅するには尚時間が必要だったのである。
http://jiyodan.exblog.jp/14240868/


閏刑(じゅんけい)としての奴刑(しゃつけい)

江戸期の講談話しなどで、生き残った心中の片割れの女性が女郎に売られる話がある。

実は、江戸期に於ける穢多(えた)・奴婢(ぬひ/奴隷)身分つまり非人の補充は、主として罪を減じた閏刑(じゅんけい)に拠るものである。

町人身分の男は人別改帳から除籍(本籍を除き)し、穢多頭(えたがしら)に下げ渡され非人手下(ひにんてか)としての人生が待っている。

町人身分の女性なら奴刑(しゃつけい)と呼ばれる身分刑で、人別帳から除籍され穢多頭(えたがしら)に下げ渡された後に女衒(ぜげん)に売り渡されて遊郭女郎に身を落として客を取る。

非人手下(ひにんてか)と奴刑(しゃつけい)は犯人の社会的身分に影響を与える身分刑で、言わば良民身分から奴婢(ぬひ/奴隷)身分に落とされる刑である。

江戸期の司法は身分によって犯罪の構成や刑の適用が違い、閏刑(じゅんけい)は身分者や弱者に関する刑罰で、身分の高い有位者或いは僧侶・婦女・老幼・廃疾の人に閏刑(じゅんけい/本刑に代えて科せられる寛大な刑罰)として行われる事が多い。

律令制の下では、官吏の免官、僧侶の還俗(げんぞく)などの寛大な刑罰を閏刑(じゅんけい)とし、江戸時代には、武士の閉門、婦女の剃髪刑(ていはつけい)などの寛大な刑罰を閏刑(じゅんけい)とした。

江戸期の刑罰にも身分刑は存在し、大名・大名・旗本の場合は死刑を免じてその領分・地行所の没収、役儀取上・御家断絶を意味する改易と言う武士に対する閏刑(じゅんけい)が在った。

江戸期当時の町家女性の刑罰には余り死罪などは為されず、大罪でも晒(さら)し刑である罪状書きの高札で罪を示しての市中引き回しの上、穢多(えた)・非人に身分を落とす奴刑(しゃつけい)と言う「身分刑」としての閏刑(じゅんけい)が一般的である。

穢多(えた)・奴婢(ぬひ/奴隷)などと言うと随分古い話しだと思うかも知れないが、江戸期にもまだこの身分制度は存在し、その身分に落とす身分刑も存在した。

つまり町奉行所では女性には刑一等を減ずる慣習があり、よほどの重罪でなければ女性に死刑判決が下る事がなく、見せしめの為に「奴刑(しゃつけい)」とする事が多かった。

奴刑(しゃつけい)とは庶民たる婦女にのみに適用される閏刑(じゅんけい)で、女性の罪囚に対し人別改帳から除籍(本籍を除き)し希望者に下付し奴婢(ぬひ/奴隷)として無償で下げ渡される刑罰で、早い話が女郎屋に下し置かれて建前では一生遊郭から出られない身分刑である。

そもそも奴刑(しゃつけい)の名称そのものが、大和王権成立時から鎌倉時代中期まで続いて居た奴婢制度(ぬひせいど)に起因したものであるのは明らかである。

奴婢(ぬひ)は所有権が発生する制度で、この閏刑(じゅんけい)としての奴刑(しゃつけい)に依り、穢多頭(えたかしら)・弾左衛門(だんざえもん)に下げ渡された婦女は、その後遊郭に売られる婢(ひ)の立場に置かれる。

人別改帳から除籍された女罪人を受領した非人総取り締まり役の穢多頭(えたがしら)は、それが衒(う)り物になる女性だったら女衒(ぜげん)に売る権利を暗黙の了解で認められていた。

理論的には、処罰として法も倫理観も適用されない卑しい家畜身分にされた訳で、女性は結果的に女郎にされても仕方が無い。

そして衒(う)り物にならない女性女性の場合は、そのまま非人手下(ひにんてか)の群れの中に留め置かれて慰め者の日々を過ごす事になる。

つまり「奴刑(しゃつけい)」は、事実上の娼婦刑だったのである。

苦界と言うからには接客態度で客から苦情を言われたり、客取りに励まなければお仕置きの私刑(リンチ)に遭うのが相場の業界で、勿論、過酷な肉体労働であり半端な気持ちでは女郎は勤まらない。

この遊郭女郎にして客を取らせる現代で在ったら人権問題に成りそうな奴刑(しゃつけい)の刑罰でも、当時のおおらかな性習俗の価値観では死刑よりは随分お情けのある裁きで在った点は、現代の感覚とは大分時代的な相違がある。

それにしても、現代では終身系に相当する非人手下(ひにんてか)や奴刑囚(しゃつけいしゅう)を早々に牢屋敷から穢多頭(えたかしら)に下げ渡して無駄飯を喰わせない辺り、経費の点では現代より遥かに経済的である。

確かに人道人権問題は残るが、犯罪を犯された上にその被害者まで税金で間接的に受刑者を喰わせるのは釈然としない話で、被害者側の人権はどうなっているのか?
被害者側からすれば、死刑に成らないなら「一生酷い目に合って貰いたい」と想うのが普通の感情かも知れない。

穢多(えた)は読んで字のごとく「穢(けが)れ多き」と言う意味だが、仏教の教えに絡んで家畜の屠殺(とさつ)やその皮革の取り扱い、或いは死人の始末や磔獄門などの刑死の下働きを生業とした特殊な身分の者の事である。

非人手下(ひにんてか)とは庶民のみ適用される刑で、罪囚の庶民たる身分を剥奪し庶民の人別改帳より除籍した上で非人頭(えた頭)に交付され非人に身分を落とされ非人別改帳(ひにんべつあらためちょう)に登載し、病死した牛馬の処理や死刑執行の際の警護役などの使役をさせた。

なお、犯罪内容が凶悪な場合は遠国非人手下として遠方に送られる。


只し、こうした身分刑は日本だけの存在ではない。

例えば、隣の国・旧李氏朝鮮王国でも罪を犯した者の刑には、身分刑として良民(ヤンミン)から奴婢身分(ぬひみぶん)に落とす刑罰が存在した。

奴婢身分に落されると、国が所有する公奴婢(くぬひ)や個人が所有する私奴婢(しぬひ)となり、人格は認められない。

女性の場合は、公奴婢(くぬひ)の遊技・妓生(キーセン)や私奴婢(しぬひ)は抱え主の両班(ヤンバン)の愛玩、また宮廷の医女(イニョ)も身分は公奴婢(くぬひ)であり、王侯貴族のヘルス嬢的な慰め者だった。

朝鮮王朝(チョソンワンジョ)の身分制度は、上から王族、両班(ヤンバン・特権貴族階級身分)、中人(チュンイン・科挙に合格した役人身分)、良民(ヤンミン・常民と呼ぶ普通の身分)、最下級は奴婢(ヌヒ・奴隷身分)で、日本の制度と若干の共通性がある。

日本では、吉原以外の闇娼婦が摘発されれば、吉原へ三年間無償奉公させるのもこの奴刑(しゃつけい)の一種である。

何もこの奴刑(しゃつけい)、実は満更日本の昔話とばかり言い切れない。
身分刑とは若干異なるが、台湾(中華民国)にも奴刑(しゃつけい)と似たような事例がある。

台湾(中華民国)は現在でも大陸(中華人民共和国)と国交緊張関係にあり、皆兵政策で徴兵制度が布かれている。

未だ軍票が在る国で、若い連中が徴兵され娯楽も無い金門島を始め馬祖島・澎湖島・蘭嶼島など離島防衛への将兵派遣で困難が生じた。

離島に派遣されると何の楽しみも無く、若者は離島派遣を嫌がって敬遠するし、対大陸防衛で財政負担が多いのに女囚が増えて財政を圧迫していた。
そこで必要に迫られて考え出したのが、女囚の判決刑期減刑(短縮)と引き換えに離島防衛将兵の性的慰安(慰問刑)を務めさせる事である。

この従軍慰安婦もどき、勿論奴隷制度では無く、台湾(中華民国)では臨時措置的なれっきとした国法根拠があり、この交換減刑(短縮)は本人の希望に拠るもので強制では無いが、犯罪行為に対するお仕置き的な意味合いがあるのは当然である。

台湾は売春を禁止されている国だが、徴兵々士の離島赴任慰安欲求と、懲役には違いないが女囚の「お仕置き懲役」を組み合わせた現実的な刑の執行方法は例外刑(慰問刑)として認められて居るのだ。

国情が違えば国策の対応が変わるの当たり前で、この話しは台湾(中華民国)離島派遣経験がある若者多数から直接聞いた話だから事実である。

現在の日本でこの制度を「合理的だ」と評価すれば「人権だ何だ」と袋叩きだろうが、考えて見ればそんな良い悪いの判断はいったい何時(いつ)誰がどう言う価値基準で決めたのだろうか。
現にそれを承知で、女囚の交換減刑(短縮)希望者は後を絶たないのである。

日本国内では、渡来氏族が反抗的な蝦夷族を制圧して母国に倣った奴婢制度(ぬひせいど)について、「早い時期に消滅した」と言う説がある。

しかし渡来氏族系と被支配階層の旧蝦夷系の身分差別が変遷しながら明治維新の版籍奉還(はんせきほうかん)まで続いていた。

版籍奉還(はんせきほうかん)とは、千八百六十九年(明治二年)に諸大名から天皇への領地(版図)と領民(戸籍)の返還を意味し、つまり奴婢制度の前提は支配階級の所有権で、制度上領民は領主の持ち物だった。

奴刑(しゃつけい)の名称と奴婢(ぬひ)についての関連性も無視し、ある時期から奴婢(ぬひ)の名称が使われなくなった事だけを根拠にするのは如何なものだろう?

第一、科学でも歴史でも定説は常に翻されて学問は進むものだから、自分の思考でもない定説をひけらかして証拠のごとき主張は浅学と言える。
http://jiyodan.exblog.jp/14334387/
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八百屋お七と天和の大火(てんなのたいか)

天和の大火(てんなのたいか)とは、「八百屋お七の火事」とも呼ばれた江戸の大火である。

千六百八十三年一月二十五日(旧暦天和二年十二月二十八日)に駒込大円寺から出火したとされ、正午ごろから翌朝五時頃まで延焼し続け、死者は三千から三千五百名余と推定される。

この天和の大火により焼き出された加賀藩御用達の大商人(おおあきんど)・八百屋・八兵衛(太郎兵衛説あり)の一家が吉祥寺(本郷の円乗寺とも言う)に避難して八兵衛の十六歳に成る娘のお七が、寺小姓・生田庄之助(山田左兵衛説あり)と知り合い恋仲になった。

所が、やがて八兵衛の八百屋が再建され、お七は寺の小姓と離れて暮らさねば成らなくなり、寺小姓・生田庄之助へ恋しさが募ったお七は、また家が焼ければ会えると想った。

為にそのお七はまた会いたい想いばかりで、幸い大きな火事にはならなかったが、あちこちに放火してみつかり捕縛されてしまった。

放火は大罪で死罪(火刑)が相当だったが、捉えた奉行所ではお七を哀れに想いなんとか助けようとして、当時の十五歳以下の罪が減一等規定を適用しようと何度も「十五歳であろう」と年齢を尋ねたが、お七は頑として十六歳と正直に申告した。

現代のような戸籍制度がない時代の事で、年齢の確認は本人の申告次第で在った為にそこで奉行所の意図を汲み「十五歳」と応えればお七の命は助かったのだが、お宮参りの記録まで提出して十六歳で在る事を証明した。

実はこれには訳が在り、当時の死罪相当刑の女性の罪一等を減じれば奴刑(しゃつけい)となり、人別改帳から除籍(本籍を除き)され、非人・穢多(えた)として穢多頭(えたがしら)に下げ渡される。

奴刑(しゃつけい)を科せられた女の非人・穢多(えた)は、下げ渡された後に女衒(ぜげん)に売り渡されて遊郭女郎に身を落として客を取らされるのが相場だった。

判り易く言えば、十六歳の八百屋お七は命が助かっても下げ渡された穢多頭(えたがしら)に陵辱された後、一生遊郭女郎として客を取らされる運命が待っていたのだ。

苦界と言うからには接客態度で客から苦情を言われたり、客取りに励まなければお仕置きの私刑(リンチ)に遭うのが相場の業界で、勿論、過酷な肉体労働であり半端な気持ちでは女郎は勤まらない。

こうした奴刑(しゃつけい)が存在した事実を過去の汚点として、体裁の為に触れずに「お七が素直過ぎて嘘が付けなかった」とする解説が目立っている。

まぁ、人情話しの越前守・大岡忠相や遠山金四郎景元が、映画やテレビドラマのお情けの裁きで、死罪を減じて「奴刑(しゃつけい)」と言う訳には行かないので「遠島刑」で誤魔化す事になり、通念として事実が歪められたのかも知れない。

時代ごとの民衆意識と定め(司法)には、時と伴に「ずれ」が生じる事は多い。

元々「奴刑(しゃつけい)」に裁かれるような大罪を犯す女性は、相当の「阿婆擦(あばず)れ」か群れ婚状態の共生村社会の在方から出稼ぎで流れて来たものだから、そう女郎家業には抵抗がない。

死罪を免じるのだからお情けの裁きで在ったが、それが氏族である百姓文化側に育ったお七は大店の娘で、受け取り方が違った。

この奉行所の慈悲とお七との量刑上の価値観に対する認識の違いは、お七が町場ではなく村落部の人間であれば夜這い文化の共生村社会でさほど苦にならない女郎の生業(なりわい)が、既に性の習俗に変化が起こりつつ在った町娘には大きな抵抗に成った為である。

放火の大罪を犯せば火刑か、命が助かっても女郎屋に売り飛ばされて客を取らされる事は当時は周知の事実で、まぁ本人が「死んでも女郎は嫌」と言う事なら火刑も仕方がない。

死を選んだお七は、ご定法通り八百八町を引き廻しの上、鈴ヶ森刑場で火炙りの刑(火刑)に処せられ、浄瑠璃や歌舞伎芝居などの題材と成って今に伝えられている。

お七がこの連続放火事件を起こすきっかけになった火災が天和の大火(てんなのたいか)だった事から、天和の大火(てんなのたいか)を人々が「八百屋お七の火事」と呼んだ。
http://jiyodan.exblog.jp/13894455/

女衒(ぜげん)

女衒(ぜげん)は「女衒(おんなう)り」の意味で、主に若い女性を買い付けて遊郭などで性風俗関係の仕事を強制的にさせる人身売買の仲介業者である。

歴史は古く古代からこのような職業が存在していたと考えられ、古くは「女見(じょけん)」と言い「七七四草(ななしぐさ)」には「女見の女を衒(う)る所より、女衒と書き、音読み転訛してゼゲンと呼ばれるに至れるならん」とある。

女見(じょけん)は文字通り遊女(娼婦)としての商品価値を見極める品定めの意で、その目利きの良い者をそう呼んだと言う。

江戸時代の女衒(ぜげん)は、身売りの仲介業として生計を立てていた。

女性を苦界(遊郭)に落とす職業など「酷い話だ」とするのは簡単だが、当時の身分事情には違う事情の側面も垣間見える。

江戸期当時の女性の刑罰には余り死罪などは為されず、穢多(えた)・非人に身分を落とす閏刑(じゅんけい)が一般的であり、女罪人を受領した非人総取り締まり役の穢多頭(えたがしら)は、それが衒(う)り者になる女性だったら女衒(ぜげん)に売る権利を認められていた。

基本的に女性に科される見せしめの為の「奴(しゃつ)刑」であり、受刑した非人は既に人ではないから女衒(ぜげん)に売られても文句は言えない。

最も、世間も裁きを言い渡す方も、穢多頭(えたがしら)が女衒(ぜげん)に売り渡すのは承知の上で、言わば苦界(遊郭)で身をひさぐ事が、実質的な刑罰の執行だった。

しかし女郎に成る事は、生まれ付いて先祖末代まで穢多(えた)・非人とされた女性や貧しい家の女性にとっては喰って行ける道だった。

そして、そうした境遇に生まれの女性や、この刑罰に拠って穢多(えた)・非人に落とされた女性にとって、女衒(ぜげん)の行いはその境遇から抜け出し、差別を抹消できる唯一の方法でもあった。

女衒(ぜげん)に売られて遊郭を回りに回ればいつしか出自が判らなくなり、年季明けや身請けなどで無事に遊郭を出て来る事が出来れば、町人になる事が出来た。

この女衒(ぜげん)にも仲介ルートがあり、地方の女衒(玉出し)が貧しい家の親や兄、叔父などから十代前半の若い女性を主として買い、それを都会の女衒に売り、都会の女衒はその女性を遊郭などに売った。

江戸期が終焉を迎えた明治維新、欧米列強の影響で人身売買禁止法が制定され女衒は消えたかと言うと、それは表向きの話で実際はそのような事はなかった。

明治期から大正・昭和期になっても貧しい家では女衒により女性の売買が続行され、当時日本は現在の台湾や南樺太を領有し、大韓帝国(朝鮮)を併合し傀儡国家・満州国を建国して、国の内外に娼婦として売り飛ばされて行った。

強制で在ったのか或いは高額の金を条件に本人や親の承諾が在ったのかは定かでは無いが、内地(本土)の女性以外にも日本領朝鮮や台湾から、現地女性が女衒の仲介を経て「からゆきさん」と呼ばれる娼館の女郎に売ったりしたとされている。

この事実に、朝鮮人が朝鮮人の女性を拉致し売り飛ばしたや日本人が強制的に連行して慰安婦にしたとの証言も存在し、従軍慰安婦問題として現在でも未解決となっている。

この女衒(ぜげん)に相当する職業は、現在でも国や地域によっては半ば公然と行われている所もある。
http://jiyodan.exblog.jp/13883910/

吉原遊廓(よしわらゆうかく)と廓内女郎折檻(くるわうちじょろうせっかん)

遊郭(ゆうかく)は傾城(けいせい)とも言われ、傾城(けいせい)は囲われた一郭を意味し廓(くるわ)とも同じ意味である。

元々遊郭(ゆうかく)の発生は、風紀の取り締まりなどを求め「他所での開業を認めない」と言う為政者側の管理思想が背景にある。

江戸幕府は、遊郭惣名主・甚右衛門と条件を交わして江戸市中の遊女街を一ヵ所に集めた公娼(公許)の地を吉原遊郭(よしわらゆうかく)と呼んだ。

また、江戸・吉原のみならず大坂や京都、長崎などに於いても大規模な公娼遊廓が存在し、地方都市にも小さな公娼(公許)遊廓は数多く存在した。

吉原遊廓は敷地面積は二万坪余り、最盛期で「数千人の女郎(遊女)がいた」とされ、最大級の規模を誇った公娼街である。

芝居(しばい)の猿若町と日本橋、そして吉原が江戸市中の中でも「一日に千両落ちる場所」と言われて、吉原遊廓は最大級の繁華街と言う事ができた。

そして誤解が多いのだが、吉原遊廓の女郎(遊女)は借金に縛られ女衒(ぜげん)に奉公期間を売られた年季奉公の女性とする解説には欠落がある。

実は吉原遊廓の女郎(遊女)には、重罪を犯して町奉行所で裁かれ、罪一等を減じられて現代で居言う終身刑にあたる奴刑(しゃっけい)に科された者がいた。

つまり吉原の女郎(遊女)には年季奉公の女性と、建前終身非人として遊廓で客を取る奴刑者(しゃっけいもの)の二通りが居たのだ。

女郎(遊女)の年季明けの者の平均年齢は二十七歳で、女郎(遊女)に病死が多く寿命が短いは俗説であり、当時の町人の罹病率と極端な差はなく、早期身請けを含む年季明け率は約八割で、実稼動期間は十年から十五年と言われている。

奴刑者(しゃっけいもの)が年齢を重ねて女郎(遊女)としての仕事が難しくなった場合は「やり手(女郎上がりの世話係り)」「飯炊き」「縫い子」等に再雇用された。

女郎(遊女)にはランクが在り、美貌と機知を兼ね備えて男性の人気を集める事が出来る女性であれば、女郎の中でも高いランクに登る事が出来た。

女郎の最高のランクは、宝暦年間まで「太夫(だゆう)」と呼ばれ、以下「局(つぼね)」、「端(はし)」とされていたが、湯屋を吉原に強制移転した際に花魁(おいらん)と呼ばれるようになる。

花魁は気位が高く、振袖新造と呼ばれる若い花魁候補や禿(かぶろ)と呼ばれる子供を従えており、気に入らない男性は「中々相手にして貰えなかった」と伝えられている。

まぁ、多分にスター娼婦を演出する商売上の付加価値創造と言う所だが、吉原遊廓は一歩中に踏み入れたら寺社奉行所は勿論、町奉行所も管轄外の別世界で、非ずの場であるから非人差配の穢多頭(えたかしら)が管轄していた。

つまり日常生活の場とは異なり、非ずの場であるから粋に振舞う事が男性のステータスと特殊な世界に考えられ、そうした夢想空間として演出され、男性の下心を上手く使ってお金を搾り取るのが遊廓全体の仕事である。

尚、吉原遊郭に於ける遊女の変形として、湯女(ゆな)と言う営業形態も在った。

投げ込み寺(浄閑寺)の事を、女郎(遊女)の末路とする解説が多いが、実際には吉原の掟を破った者に限られている事が、最近の研究で明らかになっている。

浄閑寺に投げ込まれてのは、「心中」「枕荒らし」「起請文乱発(恋文乱発勧誘)」「足抜け(逃亡)」「廓内での密通」「阿片喫引(アヘンきついん)」など吉原の掟を破った者と奴刑者(しゃっけいもの)に限られている。

この吉原の掟を破って死に到った場合、人間として葬ると後に祟るので、「犬や猫なみに扱って畜生道に落とす」と言う迷信により亡くなった女郎(遊女)は素裸にされ、荒菰(あらごも)に包まれ、浄閑寺に投げ込まれた。

吉原遊廓内では町奉行所もその権限が及ばないから、「心中」「枕荒らし」「起請文乱発(恋文乱発勧誘)」「足抜け(逃亡)」「廓内での密通」「阿片喫引(アヘンきついん)」など吉原の掟を破った場合、これを裁くのは持ち主である遊廓主である。

また、「足抜け(逃亡)」などで遊廓外に抜けた場合は、その探索を穢多頭(えたかしら)とその配下の穢多役人(えたやくにん)が受け持った。

吉原の掟を破った場合、女郎(遊女)は折檻(せっかん)にかけられるが、その折檻にも誤解が在り、そのまま  店に  置くにしても他所に売るにしても肉体(からだ)は売り物だから痛め付けると言うよりも苦しめる事を主眼にした見せしめを施した。

例を挙げれば、寝させない、食事(水)を与えない、丸裸にして縄で縛り上げ  て吊るし、  そのまま水に漬けて呼吸を苦しめるなどである。

先を考えない竹木での吊るし叩きなどは、遊廓主が痛め付けて死んでも構わないと判断した特殊な場合だけで、その場合は文字通り「打ち殺す」在った。
http://jiyodan.exblog.jp/14047710/

5. 中川隆[-15926] koaQ7Jey 2021年7月30日 09:40:31 : FR7Mntvne3 : cFNhZkVmS0FoM2c=[14] 報告
遊女の一生

 いくら着飾ろうと、江戸中の男たちに愛されようと、しょせん遊女は商売道具でしかなかった(「遊女」を「芸能人」に置き換えれば現代に通じるか)。

 休みもほとんどなく、食事も粗末なものが出るだけだ。いいものを食べたければ、懸命に働いて客からお捻りをもらい、そのお金で自前の食べ物を買っ
たり、見世にあげた客に台の物をとらせご相伴にあずかるしかないのである。

 さらに、着飾る着物、帯、化粧品に至るまで、すべて自分で買い整えねばならない。そのために、見世から借金しなければならなかったから、借金は増
える一方である。

 大名や大商人が贔屓にしてくれる遊女はほんの一握りで、ほとんどの遊女が手練手管を労して客からお金を吸い上げることに精を出した。

 『傾城の恋は誠の恋ならず 金もってこいが本のこいなり』

 遊女の務めは「苦海十年(苦界とも書く)」と呼ばれ、十八歳から二十七歳くらいまでが吉原で遊女として商売できる期間である。この期間に、身を売っ
た代金、つまり身代金を働いて返さねばならない。これに加えて、前述のように借金が加算されていく仕組みになっており、馬車馬のごとく働かされる。

 遊郭の掟や慣例も遊女たちを苦しめた。その掟の見張り役が、遊女上がりの遣手たちである。

 遊郭の一ばんの掟は、見世の若い衆と遊女が男女の仲になってはいけないというものだ。見世側とすれば、商品に手をつけられてはその商品が働か
なくなる。つまり、若い衆といい仲になると、その遊女が客を取りたがらなくなるのである。

 この関係が深くなってしまうと、やがて手に手を取り合って遊郭から逃げ出すということも起こる。いわゆる駆け落ちだが、見世側としては、黙って見逃すわけにはいかない。吉原の地回りなど大勢を使って二人を見つけ出すのである。

見つけ出された男はほとんどの場合殺されてしまった。

遊女は吉原へ連れ戻され、凄惨な折檻を受けることになる。

殺してしまえば商品としての価値がなくなってしまうが、それでも他の遊女たちへの見せしめの意味もあり、命を絶たれてしまう遊女もいた。

 遊女が苦海から抜け出る方法は三つしかなかった。一つは年季奉公を勤め上げた、いわゆる「年明き」で遊女から足を洗う場合。二つ目は、金のある
客に見初められて「身請け」される場合。そして三つ目が死んだ場合。

 吉原の年明きは二十八歳なので、この年になった遊女は見世から暇を出される。中には遣手として見世に残る遊女もいたが、多くは吉原の外を望ん
だ。吉原を出た遊女は、年明きになったら一緒になろうと約束していた男と所帯を持ったり、そのまま吉原以外の色里・岡場所に行く女もいた。

 客に身請けされるのが遊女の幸せといわれるが、なかなかそんな客は現れない。特に太夫クラスの上級遊女になれば、身請け金は膨大な額だったの
である。もともとの身代金に加え、これから働いて稼ぐであろう金額、これまでの借金、見世や周囲の人間に出す祝い金など、合計すると何百両にもな
る。このような大金をぽんと出すのは、大名や大商人以外は不可能である。

 中級あたりの遊女でも、やはり百両前後はかかったという。ランクが下がれば身請け金も下がるが、宵越しの金は持たねぇと突っ張る江戸っ子には数
十両のまとまった金は調達不能だろう。それでも、中にはコツコツお金を貯めて、身請けした町人もいたようである。

 死ぬほど辛い苦海・吉原では、実際に死んだ遊女の数は知れない。粗末な食事で馬車馬のように働かせ、体力は消耗する一方だが、さらに病気が追
い打ちをかけた。遊女たちが一ばん恐れた病気が梅毒であった。

 梅毒はもともと西インド諸島の風土病で、コロンブスが西インド諸島に到達し、スペインに帰国した際、その船員たちがヨーロッパに運んだといわれてい
る。シャルル八世のナポリ攻撃以来ヨーロッパから世界に広がり、日本にも十六世紀の半ば南蛮船の来航によって上陸した。ちなみに日本の文献には
それよりも前、1512年に「梅毒」という言葉が登場している。

 当時梅毒は、「かさ」などと呼ばれていた。感染すると感染部におできのようなかたまりができ、これがかさぶたのようになるからである。この「かさ」が
潰れると、痛みを伴うがしばらくすると治ってしまう。実際は一次症状が収まって潜伏しているだけであるが、当時の医学知識ではこれで治ったと思って
いた(治ってしまう場合もあったが)。

 一度「かさ」にかかって治った(と思っている)遊女は、二度と梅毒にかからないとされ、客の方でも病気のない遊女として認知された。見世からも一人
前の遊女として扱われ、遣手は客にどんどん勧めた。おまけに病気が潜伏している影響か、妊娠しにくい身体になっているから、見世としては大変重宝
した。こうして、梅毒はどんどん広がっていったのである。客の方でも、梅毒にかかることは一種のステータスで、遊びを極めているという目で見られた。

 何年か後、再び症状が現れると、今度は皮膚にゴム状の腫れ物が出て、その部分の肉が落ちる。鼻が落ちるといわれる梅毒の症状はこの時期だ。
やがて神経系が冒され、死に至る。

 こういう症状が出ると遊女としての価値はなくなり、吉原を追い出されたり、生きたまま投げ込み寺へ捨てられたという。悲惨な結末が遊女を待ってい
たのである。 

 梅毒とともに遊女を悩ませたのが妊娠だった。妊娠は遊女の恥とされ、さまざまな避妊法を用いたが、当時の知識では妊娠は避けられない出来事だ
った。

 当然見世側とすれば中絶させたが、この手術も原始的なもので危険極まりないものだった。中条流というのが堕胎専門医師の看板で、中絶に失敗し
て命を落とす遊女も多かったという。

 堕胎できずに子供を産んでしまった場合もあった。この場合は、見世の子供として育てられ、女の子なら遊女の道へ、男の子なら見世の若い衆として
将来は決められた。まさに、吉原生まれ吉原育ちの遊女もいたわけである。
http://home.a05.itscom.net/hotaru/page168.html

遊郭の規律

遊女たちは、厳格な規律に縛られていた。
遊女の掟

遊女には守らなねばいけない鉄の掟があった。吉原遊郭では、「吉原の掟」と呼ばれ恐れられていた。「枕荒らし」と呼ばれる盗みや、「アヘン喫引(きついん)」といった犯罪行為。「起請文乱発」と呼ばれた無節操な恋文営業、「心中」や「密通」のような恋の諍い。

これらのほかには、「足抜け」と呼ばれる逃亡などが掟によって禁じられていた。

遊女は身体を売る商売。
肉体を痛めつけるわけにはいかない。
些細な罪なら、精神的な苦痛を与えるものが多かった。
だが、掟を破ろうものなら、手ひどい折檻が待ち受けていた。


折檻執行人

折檻を執行するのは遊女上がりの女性であることが多かった。彼女らは「やり手」と呼ばれ、いまのやり手の語源でもある。

せっかん役がなぜ女か。
それは、男は女の涙に弱いから。遊女を責める際に、冷徹になりきれないことも多かったのだ。

掟破りをした遊女に折檻を命令するのは楼主の仕事だ。

「働きが悪い」「遊女同士の喧嘩」のような、些細なことが原因の折檻は、楼主の妻や、妾、娘分などが命令していた。
特殊な治安体制

遊郭は町奉行所や寺社奉行の管轄外。

 江戸幕府が設置した、穢多頭(えたかしら)・弾左衛門・(だんざえもん)という特殊な部署が治安を守っていた。

 遊女が逃亡すると、穢多頭と、その配下である穢多役人(えたやくにん)が捜索を行った。
http://shichikasha.info/stories/1/chapters/1014


吉原の掟・・・

「心中」
「枕荒らし」
「起請文乱発」
「足抜け」
「廓内での密通」
「阿片喫引」

「心中」
男女が来世で結ばれることを願って一緒に自殺すること。近松門左衛門の「曽根崎心中」以降巷間心中が流行した時代があり市中に「心中禁止令」が出された。ことに同作は安遊女のお初と町人徳兵衛の心中事件がモデルであったため、遊郭ではことさら厳しかった。


「枕荒らし」
遊女が客の財布を盗むこと。

「起請文乱発」
起請文とは本来誓約書のことであるが、遊郭では遊女が客に出した

「私はあなたのものになりたく思っています。ウソではありません。だからまた来てください」

という内容のラブレター。これを乱発すると悪質な客引き行為とされた。


「足抜け」
遊郭内からの脱走行為。大抵の遊女は人身売買されていたので、その代金が返済されないと解放されない。客や実家がその代金を遊郭の亭主に支払って自分のものにすることを「身請け」という。

「廓内の密通」
遊郭の若い衆(男性従業員)や遊女の間夫を、正規の料金を廓に支払わずに相手する行為。

「阿片喫引」
アヘン=ケシから作った麻薬を煙管(キセル)を使用して吸うこと。

吉原のような高級遊郭以外の、場末の私娼窟のような所でも適用された有名な「遊女の掟」ですね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1023463190
いわゆる駆け落ちだが、見世側としては、黙って見逃すわけにはいかない。吉原の地回りなど大勢を使って二人を見つけ出すのである。遊女は吉原へ連れ戻され、凄惨な折檻を受けることになる。

凄惨な折檻というのはこういう感じでしょうね:

15 :名無しさん@ピンキー:2001/06/29(金) 01:25 ID:R0emiL.6

飲み屋のババアから、終戦直後のパンパン(ストリートガール)の「オサネ切り」リンチの話を聞いたことがあります。

オサネ=クリトリスですね。

いくら言って聞かせても、ナワバリや掟を守らない女がいると、まずリンチでボコにする。それでも聞かないやつを、みんなで押さえつけて、クリトリスをちょん切ったそう。

慣れてる女がいて、包皮をつまんでキュッと上の方にしごくと、クリのあたまがプルッと出てくるのだそうです。

そこをカミソリでスパッと切ると、その瞬間、切断面からおしっこみたいに血がピュと出て、切られた女はほとんど失神、あるいは失神寸前の状態になるそうです。

これをやられた女は、娼婦としては使いものにならなくなるらしい。

お客がオサネのない女をいやがるとか言ってた。もちろん私生活のセックスも楽しめなくなって、つらい思いをするそうです。

ああ。こわ。
http://mimizun.com/log/2ch/sm/993375254/


_______

クリトリスを切り取られた激痛に泣き叫ぶ香月には、容赦なく、次の子宮摘出が待っていた。体内に器具を入れ、強引に引きはがすという乱暴なもので、女性にとっては、精神的にも、肉体的にもこれ以上ない苦痛を与えるものだ。

「どうだ、香月、クリトリスを切られて痛いだろうな。しかし、おまえに対する拷問はまだ始まったばかりだ。次は子宮だぞ。ここに同意書があるから読み上げてやろう」

「もう...好きにすれば...いいわ」

「私、香月は子宮を摘出されることに同意し、一切の不満を申し立てません。また摘出の為に、どれだけ激しい苦痛があろうともかまいません。これ以降、少しでも、 性的な興奮を憶えた場合は、肛門を含めて、体のいかなる部分を拷問されることに同 意します...どうだ、合意するか」

「お尻だけは許して下さい。お願いします...」

「なんだと、肛門は許してくれだと。だったらここに書いてあるとおり、濡らさなければいいじゃないか。流すのは、血だけにするんだな」

香月を大の字に縛り付けている柱のロックを外す。彼女を、ほぼ水平にし、上半身を起こして、切り取られたクリトリスのあたりからうっすらと血が流れている所を、自分でも見えるようにする。

「かわいそうに、一番感じる部分を千切られて、これから子宮を摘出されるんだぞ。そんなことさえされなければ、これだけのいい体だ。男がいくらでも寄って来るだろうに。それも、もう、一生ありえないことだな。私が若いお前の、女らしい体を見る最後の男になるわけだ。せっかくだから、よく、見せてもらうぞ」

「好きにすればいいわ」

「女を失おうとしているんだ。まさか、触られようと、弄られようと、ここを濡らす事はないだろうな。それに、もし、濡らしたら、お前の一番嫌いな肛門を拷問されるんだからな。これから取られてしまう子宮はこれか? そうか、これが、子宮口と言う

 やつだな。こいつを箝子で挟んでおいて、引っ張りだすことになる。痛いだろうよ、きっと」

「ひ、酷い!!」

「おやっ、何だ。お前、オマンコが光ってるじゃないか!」

「そ、そんな...う、嘘です!!」

「どうしようもない助平女だな、香月は。自分で一番嫌だと言っておきながら、そこを責めて欲しいというわけだ」

「お尻だけは...許して下さい...お願いします」

「まあいい。こっちは、後で、じっくりと責めさせてもらうからな。それじゃ、いよいよ、お前の子宮摘出をはじめるぞ。こいつでな。どうだ、すごい形してると思わないか。こんなものが体に入っていくんだぞ!」

「い、嫌っ!!」

「最初、入れる時は、こういう風にすぼまっている。その後でこうすると見ろ、広がるだろ。中から出て来るこいつがお前の子宮口をがっちりと掴み、外側のギザギザの部分が子宮の表面にのびて、がっちりと食い込む。そうしておいて、思いっきり引っ張るとどうなると思う? うまくすれば、卵管もろとも子宮が出て来る。へたすれば途中からちぎれてぐずぐずの肉になって出て来る」

「そんな事して...何が面白いの?」

「さあ、はじめるぞ。目をそむけるなよ。良く見てるんだ」

「あぁーっ」

何十人もの娘達に使われた後、ろくに手入れがされていない拷問具には、あちこちに錆が浮き、表面がざらざらになっている。その拷問具が自分の股間に伸びて来るのを見て、香月の表情が引きつるようにこわばる。拷問具の先端がやわらかな女の入口にあてがわれた。先端を回転させながら、じわっと体内に押し込んでゆく。

「目を閉じるな。見るんだ」

「ゆ、許して...」

先端が中に入った所で、レバーを引くと外側が彼女の体内で広がり、その状態でさらに押し込む。先端が子宮口にあたった。第二のレバーで香月の子宮をがっちりと掴む。あと少しで、女を引き千切られる恐怖で全身を震わせ、泣き始める香月。初めは啜り泣きだったのが次第に号泣に変わっていく。拷問のクライマックスが訪れようとしていた。

道具を掴む手がさすがに汗ばむ。手の平の汗をぬぐい、つかみなおす。香月の体内からおびただしい液体が流れ出ている。女として、最期になるであろう液体だ。二つのレバーにさらに力を加える。錆びた金属が子宮にざっくりと食い込んだに違いない。

次の瞬間だ。屋敷中に響き渡るような絶叫。悲鳴などという生易しいものではない。絞り出すような、苦痛の叫び。股間から顔を出した子宮口を見て、香月がさらに声を上げる。乳首に無数に刺された針の痛みも、クリトリスを切られた痛みも、すっかり、忘れさせるような激痛。無限に続くかと思われるような、体の芯を襲う、ちぎれるような痛み。

いつものことだが、子宮を一気に引き剥がすのは極めて困難だ。いくら、力一杯に、引っ張ってもそう簡単にちぎれるものではない。また、そんな目に会う女の絶叫と激痛に歪む表情がどうしても手の力を削いでしまう。結果として、彼女の苦痛はさらに長引くことになってしまう。最も、この段階でやめたところで彼女にとっては、既に手遅れである。掴まれて、引っ張られた子宮口は、既に、原形を留めぬ位に潰れており、その周りに食い込む金属によって子宮の表面は、すっかり、傷つけられている。私は、子宮全体の摘出はあきらめ、ギザギザの歯を下に移動させて子宮口の根元を掴み直した。

「お前の女としての機能は既に完全に破壊されたぞ!」

「あぁぁぁーっ」

「子宮はもう完全につかいものにならなくなっている。これからこのコリコリした子宮口だけを千切ってやるからな」

「ひ、ひと思いに、こ、殺して!!」

私は、握った道具をゆっくりと回転させる。子宮口に食い込む歯が回転する度に、肉を少しずつ傷付けていく。女の体内組織は、そんな力に到底耐えることはできない。そして、五分後、赤い小さな肉塊が私の手の道具に付いているのを見て、香月は失神した。

股間から鮮血を垂れ流したまま、ぐったりとした香月を床に転がす。先程までの香月の絶叫が嘘のように、今は静まり返っている。既に、女とは言えない体となった香月。しかし...私は大きな疑問にとらわれ始めていた。確かに、香月は二度と子供を作ることはできない。普通の意味では、香月は、既に女ではなくなっている。だが、本当にそうだろうか。毎月の生理は、もう無いだろう。だからといって、香月の顔が男のようになるわけではない。子供は生めなくとも、男の欲望を受け止める穴は、今でも、存在しているではないか。香月は動物の雌としての役割を果たす事はできなくなっているが、人間の女として、快感を感じる機能はまだ持っている。ひょっとしたら、毎月のわずらわしいものから解放され、妊娠の危険からも完全に解放された香月は、いままで以上に女としての喜びを感じ、その快感に、何の心配もすることなく身を委ねられるようになったとは言えないだろうか。間違いない。あれほどの苦痛に見まわれながらも、激しく濡らしていた香月は、こうなる事を望んでいたのかもしれない。女としての快感、オマンコよりも数倍も感じるといわれる肛門さえ残しておけば、香月は、いままで以上に自

由に女でいられるのだ。そんなことは許すわけにはいかない。性器破壊という女性にとって本来耐えられない精神的、肉体的な苦痛が香月の場合は、解放の快感になっていたのかもしれない。それは断じて許すわけにはいかないことだ。香月に対する本当の拷問は、香月が望む自由な女への道を完全に断つことだ。彼女の肛門、オマンコ以上の快感の源を完全に破壊することだ。失神した香月の顔には、女でなくなった事への悲しみなど、これっぽっちも浮かんではいない。そうだったのか。彼女が潜在意識の中で望んでいたのはこういう事だったのだ。そうと分かればやる事は明らかだ...

私はぐったりとした彼女を鞍馬の上にうつぶせに縛りつけた。お尻の谷間から肛門が恥ずかしげに覗いている。いや、恥ずかしげにと言うのは私の気持ち、私の期待だ。実際には、香月の肛門は解放され、ようやく主役に躍り出ることができる喜びで、生き生きとしているではないか。鞍馬の白い革の表面に、彼女の性器から滴る血が垂れている。

もうすぐ、別の場所からの血がそれに加わることになるだろう。私は、香月の肛門が二度と快感を与えることが無いようにするための道具を揃え、彼女を失神からさめさせるために長い針を手に取った。彼女の白くて柔らかいお尻の肉にそれを深々と突き立てる。

「い、痛い!!」

「気が付いたか、肛門を拷問するのに失神したままでは面白くないからな。お前の性的 な快感の源をこれから破壊してやろう。二度とお尻で感じることなどできないようにしてやるから、覚悟するんだな」

「そ、そんな...ひ、卑怯よ!!」

「何とでも言え、叫べ。どうせお前には助けは来ない。もうすぐお前は、気持ちいいと

 思う事が一生できなくなるんだ。だが殺しはしない。潰れた性器、潰れた肛門はここの医療スタッフがちゃんと治療してくれるだろう。排泄機能だけはな。これからの長い一生をお前は快感とは無縁の世界で生きていくことになる」

「い、嫌よ!!」

私は、肛門拡張器を手に取った。普通の物よりは、はるかに広がる範囲の大きい物だ。

しかも、肛門の内側に触れる部分はヤスリのようにギザギザになっている。これを香月のお尻の穴に入れ、ぐりぐりと回転させればどうなるか。彼女のお尻の谷間を指で左右に広げる。さっきまでボールペンを押し込まれていた肛門が縮こまっている。私はクリームをたっぷりと指に付けると、肛門に塗り、拡張器を当てがった。先端が触れる。きゅっと肛門が動く。

「お、お願い!! お尻だけは許して!!」

「今更何を言ってももう遅い。ここをたっぷりと苛めさせてもらうからな」

拡張器はずぶっと言う感じで香月の体内に入っていった。

「ようし、広げるぞ。肛門の中に何を隠しているのか良く見せてもらうぞ」

「い、嫌ぁーっ!!  」

「お前の肛門が開いていくのが分かるな」

「い、痛い!! もう、許して」

「痛いだと。こんなもんで痛がっていてどうする。まだ始まったばかりだぞ。普通だったらこの位までだな。見えるぞ。汚いものが入ってるのが」

「ひ、酷い!!」

「もっと、ひろげてやる」

「さ、裂けるーぅ!!」

「まだ、まだだ。」

香月の肛門は、普通の限界を越えて開かれていった。あと少しで裂けると言う所で止める。既に直径は3センチを越えている。そのままの状態でやすりのように毛羽立った拡張器に回転を加える。

「ぎゃーっ!!」

「どうだ、体の内側がけずれていくのがわかるか」

「とうとう血が流れてきたぞ。このままぐるぐるまわしながら、もっと開いてみるか」

「お、お願い!! もう、ゆ、許して!!」

肛門が限界を越えた拡張で悲鳴を上げる。今にも裂けそうだ。その開ききった肛門にナイフを突き刺す。しばらくすると、彼女の肛門はナイフを突き刺した周りから裂け始めた。

「ぐぇーっ!!」

「どうだ、体が裂けていくのを感じるか。」

私は近くのインターホンで医療スタッフを呼び出した。

「私だ。もうすぐ、終わるから待機していてくれ」

「彼女はどういう状態ですか」

「クリトリスは切り取った。乳首と乳房は針だらけになっている。子宮口は引っ張り出してあって、今、肛門が裂け始めている。これから膣と肛門の両方に火薬を詰めて焼くつもりだ。」

「分かりました。その程度だったら、楽なもんです。さっきの女の子の場合は、膣と肛門の両方に、ドリルの先端に付けた金属ブラシを10センチ近く押し込まれて、回されたのでしょう。中がめちゃくちゃになってましたからね」

「それでどうなった」

「大丈夫ですよ。排泄だけはできるように手術しておきましたから」

「相変わらず、腕がいいな」

「もちろんですよ。ところで、そこの子、ただ、火薬で焼くんじゃなくて、肛門と膣の間を切ったらどうです」

「そこまでして大丈夫か」

「ええ、単に、排泄の区別がつかなくなるだけで、命に別状は」

「よし、火薬に火を付けたら、切ってしまおう」

「分かりました。いつでもいいですよ」

香月は、肛門が裂けていく苦痛で悲痛な叫び声を上げている。私は、細長く形の整えられた火薬を彼女の膣と開ききった肛門に一本ずつ押し込んだ。導火線が下に垂れている。

久々の日本人である香月は、実に良く私を楽しませてくれた。が、もうおしまいだ。ライターで火を付ける。導火線特有の激しい煙が上がる。

「お前の性器と肛門の両方が、もうすぐ、焼かれるからな」

「ひ、ひと思いに、こ、殺して!!」

火は確実に火薬に近付いて行く。そして...彼女の体内で、くぐもった音と共に小さな炎が二つ、一瞬だが見えた。香月の絶叫は、炎と同じように、ほんの一瞬だった。
http://homepage3.nifty.com/kichiku/b/mayumi/ro04.htm

6. 中川隆[-15920] koaQ7Jey 2021年7月30日 09:58:35 : FR7Mntvne3 : cFNhZkVmS0FoM2c=[21] 報告
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7. 中川隆[-16781] koaQ7Jey 2021年7月31日 14:12:18 : dfoc7jMUiU : My5La1lxb2JvRVU=[53] 報告
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8. 中川隆[-17187] koaQ7Jey 2021年8月16日 07:59:24 : Zuf7i5dxxo : MFFxVTlPQ00xLjI=[18] 報告
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