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2022年7月24日 18時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/191500
ウクライナよりも近い場所で、置き去りにされた100万人規模の難民がいる。ミャンマーで迫害を受け、バングラデシュに逃れたイスラム教徒少数民族ロヒンギャたちだ。大規模な難民流出が始まってから、来月で5年になる。帰還を含め、問題は棚たなざらしだが、昨年のクーデター後、ミャンマー関連のニュースとして取り上げられる機会は激減した。このまま、風化させてよいのか。(特別報道部・北川成史)
ロヒンギャ 仏教徒が9割のミャンマーで西部ラカイン州を中心に暮らす少数派イスラム教徒。2017年の大規模流出前の推定人口は、州人口の約3分の1にあたる約100万人。ミャンマーでは先住民族とみなされず、多くはバングラデシュからの不法移民扱いで無国籍になっている。
◆執拗な監視 キャンプ制御図る当局
バングラデシュ南東部コックスバザール県には、ロヒンギャ難民のキャンプが30以上に区分けされて点在する。
2017年8月25日、ミャンマー西部ラカイン州で、それまでの抑圧に反抗したロヒンギャの武装勢力が警察や国軍の拠点を襲撃。反撃に出た国軍などによる殺人や性暴力が広がった。国連人権理事会の調査団は死者は少なくとも1万人と積算。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、70万人以上が隣国バングラデシュに逃れた。その前の難民を入れると90万人を超える。
コロナ禍での入国規制が緩んだのを機に、フォトグラファー新畑克也さん(43)は6月下旬、キャンプを訪問。最新情勢を記録しようと意気込んでいたが…。「写真どころじゃなかった」
キャンプの入域許可を取ったが、バングラデシュの武装警察や情報機関員ら7人が、前後を挟んで付いてきた。「悪い意味でのVIP待遇だった」。難民たちに怪訝けげんな目を向けられた。
新畑さんは18年にもキャンプを訪れたが、執拗しつような監視はなかった。「キャンプの制御を図る当局の圧力がすごく強くなっていた」
◆落ち込む必要資金の充足率
国際NGO「難民を助ける会(AAR Japan)」東京事務局の中坪央暁ひろあきさん(59)も6月下旬、キャンプを訪れた。現地での援助活動団体のため、当局のつきまといはなかったが、警戒感の高まりは感じた。
キャンプの周囲に有刺鉄線とフェンスが張り巡らされていた。中坪さんがコックスバザール駐在だった19年時点にはなかった。
一方で「居住性は若干高まっていた」と語る。丘陵地を切り開いたキャンプの土砂崩れや水害を防ぐため、国連機関などが植樹を進めた結果、緑が増えた。レンガやコンクリートによる道路舗装、簡易水道や排水路の整備も進んでいた。
だが、中坪さんは今後を案ずる。「ただでさえ時とともに薄れつつあったロヒンギャへの関心が、ウクライナ危機で吹っ飛んでしまった。難民支援の活動や資金が先細る危険がある」
援助機関とバングラデシュ政府は毎年、共同で難民対応の計画を作り、必要資金を国際社会に求めている。ただ、その充足率は19年の75%をピークに20年は65%、昨年は72%と落ち込み気味。今年は4月時点で、資金8億8100万ドル(約1200億円)に対する充足率が1%と反応が鈍い。
◆人口増え過密化、職の奪い合いに
キャンプ内での人口増も懸念材料だ。ある援助関係者によると、昨年、推奨される4回の検診を受けた妊婦は約4万人。検診を受けない妊婦もおり、出生数は年数万人とみられる。
難民の半数以上は18歳未満。だが、帰還を前提とするバングラデシュ政府は、小学校程度の教育しか認めない。やることがなく、犯罪に走る若者もおり、管理強化の一因になっている。
「流入当初は保護の対象だった難民が、地域社会にとって負担になっている」と中坪さんは懸念する。
難民は就労禁止だが、フェンスができてもキャンプ外に出て、安い賃金で農業や建設などの単純労働をするため、地元の貧困層の職を奪っている。日給の相場が500タカ(約700円)から300タカ(約400円)に下がったとの話もある。
過密化し、周辺と軋轢あつれきが生じているキャンプ。バングラデシュ政府は対策として、ベンガル湾の離島バシャンチャールに住宅を建設し、難民を移住させる事業を20年12月に始めた。計10万人を移す計画で、今年6月末時点で約2万7000人が島に渡っている。
国連は、移住が自主的になされるとの前提のもと、島での人道支援を実施している。日本政府も1月、国連の活動に政府開発援助(ODA)で200万ドル(約2億7000万円)を拠出すると発表した。ただ、島からの脱出者が相次いでおり、自主的な移住か疑問が残る。
◆国軍クーデターが帰還阻む
アウンサンスーチー政権下のミャンマーは17年11月、バングラデシュと難民の帰還で合意している。だが、ミャンマーでの安全への不安から希望者が現れず、帰還が進まぬまま、昨年2月にミャンマー国軍のクーデターが起きた。
帰還を巡る両国間の協議は中断していたが、実権を握った国軍は今年に入り再開した。迫害の張本人の国軍に、やる気はあるのか。
今月、バングラデシュを訪れ、政府関係者らと話した立教大の日下部尚徳准教授(南アジア地域研究)によると、ミャンマー側は帰還対象候補に、イスラム教徒のロヒンギャではなく、混乱の中で一緒に逃れたヒンドゥー教徒ら約400人を提示しているという。
日下部さんは「本格的な難民帰還にはつながらない。国軍が帰還事業を利用し、『多民族共生を目指している』と世界にアピールして、統治の正当性を高めようとする可能性がある」と取り繕いに注意を促す。
クーデター後も、国軍のミンアウンフライン総司令官はロヒンギャを民族として認めない姿勢を明示している。日下部さんは「ミャンマーが民主化しない限り、ロヒンギャ問題は解決しない」と強調する。
バングラデシュにいるロヒンギャ男性(30)も「国軍の支配下で、国籍と尊厳を得られないミャンマーには戻らない」と力を込める。
クーデター後、民主派が国軍に対抗して樹立した「挙国一致政府(NUG)」は昨年6月、ロヒンギャに国籍を与えるとの声明を出した。ただ、武力に任せて抵抗を弾圧する国軍の支配をNUGは崩せていない。
◆解決に向け日本は仲介を
恵泉女学園大の大橋正明名誉教授(国際開発学)は「ミャンマーの本格的な社会変化が見通せない中で、ロヒンギャが帰還できず、ビハール人と同じ道を歩む恐れがある」とみる。ビハール人は1940年代、英国からの独立を巡る混乱期に、インドからバングラデシュ地域に逃れた非ベンガル系のイスラム教徒。国籍を得て、徐々に社会に溶け込んだ。ただし、それには30年以上を要した。
大橋さんは国際社会に息の長いロヒンギャ難民支援を求め、特に日本に注文する。「日本は経済支援などを通じ、バングラデシュとミャンマー両国に関わってきた。身近なアジアでの問題として、外務省や国際協力機構(JICA)に特別チームを設け、解決に向けた仲介役を担うべきだ」
◇
AARと上智大アジア文化研究所は8月20日、ジャーナリスト堀潤さんをファシリテーターに招き、オンラインのトークセッション「ロヒンギャ難民を忘れない」を開く。参加無料。問い合わせは同会=電03(5423)4511
◆デスクメモ
ロヒンギャ難民、アフガニスタン戦禍、そして自民党と旧統一教会。くしくも本日の「こちら特報部」記事は、いずれも、宗教が大きく影響したことがらばかりだ。本来は人々に平和と安寧をもたらすはずの教えが、なぜこのような苦しみや疑念を呼ぶのか。そう問わずにいられない。(歩)
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