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シリコンバレーの巨大企業による検閲は言論統制との戦いで転換点になる可能性
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202101110000/
2021.01.12 櫻井ジャーナル
ツイッターやフェイスブックはドナルド・トランプ米大統領の発言封印を決めた。ツイッターは一部の書き込みが削除されたとして決定を撤回したが、フェイスブックは利用を禁止し続けている。公的な色合いが濃いサービスを提供する私企業が大統領に対するサービスの提供を拒否しているわけだ。
今回の場合、サービスの内容は言論に関わるもの。NSAの内部告発者であるエドワード・スノーデンは今回の出来事がデジタル時代における言論統制の戦いで転換点になると指摘している。私的企業が独自の判断で言論を統制する時代に入ったのだ。言論の自由は民主主義の重要な柱のひとつであり、シリコンバレーの巨大企業が民主主義の根幹を揺るがす力を獲得したことを示している。
トランプの言動を嫌う人はツイッターやフェイスブックの決定に喝采しているようだが、気に入らない言論を封じるという行為は民主主義の否定にほかならない。権力犯罪を公表してきたウィキリークスにアメリカの支配者は怒り、その象徴であるジュリアン・アッサンジを秘密裏に起訴、属国であるスウェーデンとイギリスを利用して逮捕、拘束している。
今年1月4日にイギリスのバネッサ・バラツァー判事はアッサンジのアメリカへの引き渡しを認めない判決を出したが、その理由は健康的な問題や自殺の可能性。戦争犯罪を含む権力犯罪を明らかにすることは重罪だというアメリカ側の主張を認めている。これは国民の知る権利を否定する判断であり、ジャーナリズムに対する死刑宣告に等しい。この判断はツイッターやフェイスブックの決定とつながっている。
かつて、日本では政府による露骨な言論への介入があった。2001年1月30日にNHKは「女性国際戦犯法廷」を題材にしたETV特集「問われる戦時性暴力」を放送したのだが、放送前日の29日にNHKの松尾武放送総局長(当時)と、国会対策担当の野島直樹・担当局長(同)らが中川昭一や安倍晋三に呼び出され、議員会館などで面会、放送内容を変えさせたのである。「強制性があったことを証明する証言や証拠がない」と信じていたらしい安倍は彼の考えに反する主張を封印したのだ。
それに対し、東京高裁は、松尾放送総局長や野島国会担当局長が国会議員などと接触した「際、相手方から番組作りは公正・中立であるようにとの発言がなされた」ため、「松尾総局長らが相手方の発言を必要以上に重く受けとめ、その意図を忖度してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み、直接指示、修正を繰り返して改編が行われたものと認められる。」と2007年1月29日に言い渡している。
言論統制にはカネもかかわってくる。例えば2008年11月、トヨタ自動車の相談役だった奥田碩は首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、「正直言ってマスコミに報復してやろうか。スポンサーでも降りてやろうか」と発言、マスコミの編集権に経営者が介入するやり方があるとも口にしている。
カネの力を利用したマスコミのコントロールだが、暴力も効果的な手段だ。1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が襲撃された事件の真相は不明だが、マスコミの報道姿勢に少なからぬ影響を与えた。
日本の場合、何らかの方法で「空気」を作り出せば、マスコミ側が勝手に自主規制を始める。理想、理念、目標がないためなのか、彼らは雰囲気や空気を読み、成り行きに従って行動、自主規制や自主検閲を強化してきた。戦前も戦後も変化はない。現在は「新型コロナウイルス」という空気に合わせ、マスコミは恐怖を煽っている。
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