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ANA、子会社CAにPCR検査補助業務を強制、業務後にコロナ検査なしで国際線乗務
https://biz-journal.jp/2021/05/post_224801.html
2021.05.10 18:00 文=松岡久蔵/ジャーナリスト Business Journal
ANAのボーイング767-381(「Wikipedia」より)
大型連休明けの5月7日以降、ANAホールディングス(HD)の完全子会社エアージャパン(AJ)社員が、成田空港国際線での新型コロナウイルスのPCR検査の補助業務を強制されていることが、わかった。5月から雇用調整助成金を受けないことを決めたANAHDが、国から受注した業務を十分な説明もないまま、グループ子会社に押し付けた格好。AJの現場CAなどからは「通常フライトで同乗したクルーや顧客に感染させる恐れもあり、非常に危険だ」と批判が起きている。
■3月末にいきなり検査補助業務の受託決定を通知
AJはANAHDが100%出資し、成田空港にベースを置く。ANAグループで成田=シンガポール、バンコク路線などアジア・リゾート路線を担う。
AJ社員が、会社側から検査補助業務である「検疫業務」を国から受託したということを知らされたのは、ほんの1カ月半前の3月末だった。「検疫補助業務を受託することになりましたので、個人情報のデータを送ってください」との通達。業務内容は成田第一ターミナルで顧客が検疫でのPCR検査を受ける際の受付や誘導、必要書類の確認といった補助業務。会社側は1日あたり120人が必要といい、月に1人10日程度は業務としてシフトに入ってほしいという。
従業員代表向けには2月末に一応「検討中」ということで前触れの連絡はあったものの、突然の決定に大部分の社員は衝撃を受けた。感染のリスクもある業務なだけに、「同居する家族への感染が不安だ」と伝えた社員もいたが「昨年11月から別の子会社でも同じ補助業務をしているが、今まで感染者が出たことはない」と何の根拠もない返答が返ってきただけで、どのような感染対策がとられているかなどの説明もなかった。
4月から強制的に研修が始まったが、賃金が上乗せされるのかなど条件面の説明も当初はない拙速ぶりだった。業務開始直前の4月末に会社側から報酬が説明されたが、例えば9時〜17時30分の7時間30分勤務では一日、1万2300円の手当。その他、早番、遅番、5時間勤務などあるが、時間帯は会社が決める上、感染リスクがあること考えれば割に合わない額だ。AJの管理職は一切業務に携わらず、現場CAは全員業務として参加を強制されるという。
■検疫補助業務の不十分な感染対策、その直後にPCR検査なしで乗務
この検疫補助業務の運用体制についても、現場から不安の声が上がっている。まず、会社側は「検疫補助業務に従事するCAについては、国が濃厚接触者に当たらないと指定したのでPCR検査はしない」と説明したという。外国からの旅客にコロナ陽性者が発生した場合でも、CAたちはPCR検査を受けることができないまま、CAとしてそのまま乗務することになり、乗客などに感染が拡大する懸念がある。
さらに、会社側は「感染者はこれまでに出ていない」と安全性を強調するが、それも相当疑わしい。
「海外ステイ先ホテルでは、ホテルスタッフが私たちに、病院スタッフのようなガウンやヘッド防護カバー、シューズ防護カバー、という厳重な防護姿でソーシャルディスタンスも取った上で対応をしてくれますが、それでもスタッフにコロナ感染者が発生しています。
また、海外の空港の検疫補助業務スタッフは病院スタッフのような厳重な防護で臨んでいますが、私たちはポロシャツにパンツのみ勤務日に受け取って着用しろと言われ、支給品もビニール手袋と機内サービス用貸与品防護メガネのみです。マスクや靴は自前で用意で必ず着用、フェイスシールドでさえ、使いたければ自前で用意しなければならず、これでは会社が従業員の安全保護義務を放棄しているとしか思えない」(現役CA)
■会社側は受託理由について「東京五輪のため」と説明
会社側が検疫補助業務を受託した理由も大いに疑問がある。なんと「オリンピックのために1日の成田空港入国者が4万人を想定されているので、AJとしても検疫補助業務に行く必要がある」と説明したのだ。現在のようなコロナ禍の情勢では、オリンピックの観客など海外から来るわけもなく、AJを含めて1日何百人もの人員が本当に必要なのか甚だ疑問だ。また、AJのCAには業務を管轄する上司は誰なのか説明されていないため、問題が起きた場合には誰が管理責任を取るのか不明だという。
あまりに強引な会社の姿勢にAJの従業員は怒りを感じているが、社内には労働組合もなく、雇用情勢が厳しい現状で泣き寝入りを強いられている。管理職から「嫌なら会社を辞めたら」と言われた社員もいるという。
■「副業探せ」一転、「検疫補助業務を優先しろ」「誓約書を書いただろ」
国際線の需要がしばらく戻らないこともあり、AJ社員は昨年11⽉頃に(1)希望退職、(2)1〜3年の休業、(3)グループ内企業に転職(Peach Aviation、ANAウイングス)、(4)現役を継続するなどの選択を迫られた。
退職に関しては通常の退職金に上乗せするとの内容だったが、5年以内に同業他社に転職した場合、上乗せした退職金は返金しなければならないなどの制限があったという。先の現役CAは「フルサービスキャリアに就職したのに、AJがLCCになるとニュースで知り、転職を考える人もいるはずなのに退職後の自分のキャリアに制限がかけられるのは人権侵害だ」と憤るのは当然だろう。
AJのCAの昨年度の給料は、最低賃金と国からの休業補償手当で賄われていた。休業補償は5月から支給されなくなってしまうため、それ以降は副業をしなければ生活の維持ができない。このため、会社側も副業を認め、社内でも紹介していた。以下はCAの証言。
「スケジュールが月末に出るからという理由でアルバイトに不採用になった人や、面接で『コロナに感染しているかもしれないリスクのある国際線CAは雇えない』と断られた人もいました。こんな状況でもやっと採用してくれた副業先にも都合があるのに、あまりにも無責任で失礼だと会社に伝えましたが、『副業で会社の業務スケジュールを乱すことのないよう誓約書を書きましたよね』と一言だけ。退職、休職の締め切りは1月頭の締め切りだったので、それならばそれで早めに伝えてほしかった。
検疫補助の仕事を発表されたのは3月末で、こんなリスクの高い仕事をさせられるのであれば、休職を選んだCAも多かったはずです。それで再度休職を募集してほしいと会社側に伝えたが、今のところは予定がないと取り付く島もありませんでした。すべてが急すぎます。皆、詐欺にあったようだと思っています」
■説明会で「エールを送りたい」と無責任発⾔の幹部がANAHD幹部に出世
3月末の従業員代表向けの説明会では、当時の現場責任者でANA元CAの塩見敦与客室部長と、村部由佳夫副社長が挨拶で、検疫補助業務への導入に反対の声や、会社側の強引なやり方への不満が上がっていたにもかかわらず、以下のよう説明会を締めたという。なお、この2人は4月で異動した。以下は村部氏。
「毎月繰り返し伝えてきたことは、素直な職場の声を正しく伝えていただきたいということ、会社側には聞く耳を持つということである。現場で起きていることを伝え合い、憶測で物事を進めることのないようにしたい。従業員懇談会は大変有意義に機能していると捉えている。皆で意見を出し合い一歩一歩進めていくのがAJのスタイルであり、周囲からの期待である。皆さんと過ごした時間はありがたく貴重なものであり、この先AJがANAグループを牽引できるような存在になると自負している。この度異動になるが、今後もAJを支えていきたいと考えている」
以下は塩見氏。
「4年間お世話になりました。新型コロナウイルスの影響によりフライト機会が激減し、AJのCAの1カ月1便のフライト機会を確保、雇用を守ることを行う1年であった。第3ブランド設立に向け、AJのCAと共に頑張りたい気持ちはあるが、バトンを渡したい。これまで客室乗務員に関わる業務に携わってきたが、来年度は初めて客室から離れる職場に異動することになり、チャレンジの 1 年になる。引き続きAJも新しい環境への対応により変化があるが、全員でチームワーク良く話し合いながら、チャレンジすることで、良い結果につながると信じている。職場は離れるが、これからもエールを送り続けたい」
いかがだろうか。これだけ従業員に不誠実な対応をとっておきながら、「毎月繰り返し伝えてきたのは会社側には聞く耳を持つこと」「意見を出し合い一歩一歩進めているのがAJのスタイル」「AJのCAと共に頑張りたい」「エールを送りたい」などと、無神経な発言ができることに驚きを禁じ得ない。
なお、塩⾒⽒は4⽉、ANAHD執行役員に昇進した。
■AJ社員、ANA社員との非常に大きな待遇格差
AJは、ANAの訓練所でANAと同じ訓練を行い、制服やサービスもANAと同じだ。AJの便にANAから出向のCAが乗務したり、また逆にANAの便にAJのCAが乗務するなど、混合でフライトすることもある。しかし、ANA本社のCAとは待遇が雲泥の差だ。
まず、賃金がまったく違う。基本的にフライトに応じた出来高払いだが、「保障賃金」として月に18万円支給される。これは、フライト数が少ない場合などに18万円が⽀給されるということだが、病⽋などで休むとここからさらに差し引かれるシステムになっている。この18万円は、何年、何十年勤めても変わらない。
⼀⽅、悪い⾯はANAのCAと同様だ。上司の匙加減ひとつで決まるという極めて恣意的で曖昧な評価制度が実施されており、 SNS投稿も異常なほど監視されている。SNS教育では「警察に逮捕されることもあるので知っておくように」とまずありえない内容で脅され、実際に「不適切な投稿」をしたCAが、ANAのCAと同じように処分された例もあるという。
■ANAHD、AJのLCC化を社員に事前に通知・説明しない不誠実対応
コロナが流行した昨年4月からフライトは月1本程度で、昨秋には派遣社員であった外国人パイロットは全員解雇となった。今は出向で来た数十人のANAのパイロットで運航を継続している状況だ。しばらく航空需要は戻らないということで、ANAHDは2020年10月、AJは22年以降に現在のフルサービスキャリアからLCCになることを決定したが、詳細は明らかになっていない。
この際も今回の検疫補助業務の受託決定と同様に、会社側からの従業員側への説明はなく、社員は報道で知ったという。AJの現役CAによると「会社に問い合わせても、『私たちもニュースで知りました』との返答しかなかった。会社の上層部が知らないなんてあり得ないし、もしそうだとしたら上層部も知らないまま会社が変わるなんて、それもまた問題だ」とANAHDの不誠実な対応を批判する。
■ANA「安全が第一」と言う割に、従業員の安全を守らない、乗客にも感染リスク
ANAのCAがコールセンターや地方の企業などに出向していることは盛んに報道されているが、子会社であるAJ社員が検疫補助業務に従事させられていることを報じているメディアは皆無である。一方、AJのCAは会社側から「検疫補助業務中はAJのCAとわかるものを身につけてはいけない」と指示されているという。「うちのCAは感染リスクをとってまでよく検疫補助業務を頑張っているでしょう」と胸を張って堂々と言えないということは、⼦会社のCAに感染リスクを負わせて働かせることにやましさを覚えている上に、そのCAたちが業務直後に検査も受けずに通常通り乗務することが露見することを恐れているからではないのか。いかにも外面ばかりを異常に気にするANAらしい対応だが、そのようなザル対応で一番被害を被るのは乗客である。誰が乗っただけで感染リスクのある飛行機に乗りたいなどと思うだろうか。
特にAJは国際線に特化しているため、国内線より⻑時間、乗客と機内という密室いる。コロナに感染していても、無症状や潜伏期間だったら⾃覚症状がないまま、CAを経由して乗客に感染が広がる可能性は⼗分にありうるのではないか。機内のみならず、空港や通勤時に近くにいた人、家族、さらには世界中に感染症を広める原因になるかもしれないと思いながら働かせられるAJのCAの心理的負担に対する想像力のかけらも見られない。これこそ、ANAHDの経営幹部が⼦会社の⼈間に対して持つ差別的意識の現れといえよう。
ANAグループでは社員に「安全第一」を心がけるよう強調している。だが、自分の会社の従業員の安全も第一に考えられないような経営陣に、そんなことを宣う資格はない。ANAHDの片野坂真哉社長は日本経済新聞のコラム「私の課長時代」で、1990年にAJをつくったことを「難産だった」と述懐しているが、生みの親ならなおさら、人様に言えないような面倒ごとを押し付けるのではなく、丁寧で責任ある対応が求められる。即刻、検疫補助業務の体制を強化すべきで、それができないなら業務受託自体を取りやめるべきだろう。さもなければ、積極的に新型コロナウイルスを感染拡大させる恐れがある企業グループとして批判されても、文句はいえまい。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)
●松岡 久蔵(まつおか きゅうぞう)
Kyuzo Matsuoka
ジャーナリスト
マスコミの経営問題や雇用、農林水産業など幅広い分野をカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや文春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。ツイッターアカウントは@kyuzo_matsuoka
ホームページはhttp://kyuzo-matsuoka.com/
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