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夏、ガソリン価格高騰の予兆…深刻なトラック運転手不足、インフラへのサイバー攻撃
https://biz-journal.jp/2021/05/post_225676.html
2021.05.13 05:45 文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー Business Journal
「Getty Images」より
米石油パイプライン最大手のコロニアル・パイプライン(本社はジョージア州、ロイヤル・ダッチ・シェルなどが出資)は5月7日、「サイバー攻撃を受けてすべての業務を停止した」とする緊急の発表を行った。
コロニアルが保有するパイプラインの全長は8850キロメートル、メキシコ湾岸(米南部テキサス州)から北東部(ニューヨーク州など)をつなぐ大動脈である。このパイプラインにより1日当たり約250万バレルの石油製品が輸送されている。東海岸の燃料消費の45%を賄う量であり、ガソリンやディーゼル燃料など幅広い用途に使われ、主要空港や米軍施設にも供給されている。
サイバー攻撃が仕掛けられたのは6日である。犯行を行ったグループは、ランサムウェアを使ってわずか2時間のうちに100ギガバイト近いデータをコロニアルのネットワークから抜き取った。ランサムウェアは、データを暗号化してシステムを停止させ、金銭を要求するマルウェア(不正かつ有害に操作させる意図で作成されたソフトウェアの総称)の一種である。
7日になってサイバー攻撃に気づいたコロニアルは、関連システムをオフラインに切り替え、すべての業務を一時的に停止し、8日には「ランサムウェアが関係している」とコメントした。犯行グループは暗号通貨で身代金を要求していたといわれている。
米連邦捜査局は10日、「攻撃を実施したのは『ダークサイド』と呼ばれる集団だった」との見解を明らかにした。昨年になって存在が明るみになった集団であり、企業を恐喝する巧妙な手口で知られている。ダークサイドは10日、「私たちは政治とは無関係だ。目的は金稼ぎである」との声明を出したが、ロシア政府との関係が取りざたされている。
米国家情報長官室は4月公表の報告書で、ロシアや中国、イラン、北朝鮮を名指しした上で「国家やその仲間が行うサイバー攻撃の脅威は深刻だ。攻撃対象に基幹インフラが含まれ、一般市民に悪影響が及ぶ可能性が高まっている」と警告していた。その背景には近年、マイクロソフトのメールシステム(中国が関与)やソフトウェア会社ソーラーウィンズへの大規模なサイバー攻撃(ロシアが関与)が発生していたからだが、エネルギー分野でも天然ガス関連施設がランサムウェアによる攻撃で2日間操業が停止した事例がある。
コロニアルのパイプラインは1960年代から操業しており、「サイバー攻撃に対してシステムが脆弱だったのではないか」と指摘されている。
今回のパイプライン攻撃は、新型コロナウイルスのパンデミックが影響しているとの見方もある(5月10日付BBC)。パンデミックにより自宅からパイプラインの制御装置を操作するエンジニアが増加したことから、ダークサイドがアクセスしやすい環境が生じたというわけである。ダークサイドは、パソコンを遠隔操作できるソフトウェアなどに関係するログイン情報を買い取り、ポータルに大量のユーザー名とパスワードを投入することによりパイプラインの遠隔操作ができるようになったのではないかと推測されている。
■パンデミックとガソリン価格
5月8日付ウォール・ストリート・ジャーナルが「数日以内に復旧しなければ、商品市場は大荒れになるだろう」と報じたように、燃料需要が増加する夏の旅行シーズンを前に発生した今回のサイバー攻撃によりパイプラインの稼働停止が長引けば、原油価格が高騰し、国民生活や経済活動に大きな影響が出ることが懸念されていた。
操業停止が長引く場合に備え、燃料取引会社がガソリンを輸送・貯蔵するためのタンカー確保に動くなどガソリン価格が高騰する兆しが出ていたことから、米連邦当局は9日、「地域的な非常事態」を宣言した。ガソリンを輸送するトラック運転手は通常、1日当たりの運転時間が11時間に制限されているが、影響を受ける17州とワシントン向けにガソリンを輸送するトラック運転手に対して「1日当たりの運転時間が規定を超えても構わない」とする規制の緩和を行ったのである。
市場関係者は固唾を飲んで10日月曜日を迎えたが、米WTI原油先物価格が高騰することはなかった。コロニアルが「週末までにパイプラインの操業再開を目指す」と発表したことで、「数日以内に再開すれば東部への燃料供給や価格への影響は限定的だ」との観測が広がったからである。パンデミックによる航空機燃料の需要減などで東海岸の石油製品の備蓄量が例年の1.5倍の水準だったことも幸いした。
しかし「これで一件落着」にはならないかもしれない。今回のサイバー攻撃が起きる前から「今年の夏のガソリン価格は高騰するかもしれない」との危惧が生じていたからである(5月6日付OilPrice.com)。
パイプライン稼働停止の代替手段として期待されていたトラック運転手の不足がその理由である。ガソリントラック運転手の高齢化が長年進んでいたが、パンデミックにより仕事が激減したことで大量の運転手が早期退職してしまったのである。過去のパンデミックでは資産価格の下落を伴うことが多かったが、コロナ禍では株価と住宅価格が高騰したことで老後の備えができたとして、パンデミック以降に引退を決めた高齢者の数は全米で120万人に上るとされている。
一方、パンデミックにより訓練施設が閉鎖され、新たな担い手が生まれないことから、時給を大幅に引き上げてもトラック運転手の確保が難しいという構造的な問題から、「現在1ガロン=2.9ドル前後のガソリン価格が夏までに3.5ドルにまで上昇する」との予測が出ている。米国のガソリン価格が3ドルを超えると消費者に影響が出るといわれている。バイデン政権の悩みの種がまたひとつ増えてしまったのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)
●藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
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