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(回答先: 文春記事で爽彩さんの凍死が自殺ではないことが確認されました。 投稿者 中川隆 日時 2021 年 8 月 03 日 20:14:00)
低体温症の角度から見た「体感温度」について、書いておきます。
登山者の体の熱の奪われ方には、大きく分けて、「乾性寒冷」(冬山)と、「湿性寒冷」(3季の風雨)とがあります。
風速が1m増すごとに1度ずつ体感温度が下がる、という「算出法」でいえば、冬山では、「体感温度マイナス30度」は、ごく普通の条件。
それよりも「体感温度」がはるかに高い春や秋山などで、低体温症の遭難事故が起こるのか、数字のうえでの疑問が出るところです。
トムラウシ遭難調査報告書で、調査チームの医師は、「乾性寒冷」よりも「湿性寒冷」の方が、実は熱を奪われやすいと述べています。
これは、水の気化熱が1ccあたり約350カロリーもあることから、濡れた衣類と体からは大量の熱が逃げていくため。
さらに
「風が強ければ、体温の下がる速度は加速度的で、低体温症の悪化が早い。」、
「体温の放射を防ぐには、乾いた衣服を重ね着して、肌との間に空気層をつくることが重要。」
としています。
また、この報告書では、従来言われてきた「体感温度」は、裸の人体の条件でのもので、保温衣料を用いることで大きく条件は緩和されるとしています。
低体温症の危険がありうる条件では、保温用の衣類をタイムリーに用いることが、死活的になってきます。自分は、この衣類で保温するということで、しっかり用意し、臨機に使う。
この際に、セーターやフリースとともに、肌に接する下着がかなり肝心であることを強調したいです。
体温の低下と、症状の現れ
もう1つ、低体温症による体温の低下と、症状の段階的な進展についての目安を上げておきます。
「IKAR (国際山岳救助協議会)による低体温症の現場での治療勧告 1998, 2001編」によると、低体温症の症状は、体温の低下と症状の進行ごとに、次のように規定されています。
(一部訳文あり。http://www.sangakui.jp/medical/ikar/)
段階
HT1 35−32度。 震えあり。意識清明。
HT2 32−28度。 震えなし。意識障害。
HT3 28−24度。 意識なし。
HT4 24−15度。 生命兆候なし。
HT5 15度以下。 死亡。
それから、トムラウシの遭難事故調査報告書でも、体温と症状を、次のように示しています。
36 ℃
寒さを感じる。寒けがする。
35 ℃
手の細かい動きができない。皮膚感覚が麻痺したようになる。しだいに震えが始まってくる。歩行が遅れがちになる。
35 〜 34 ℃
歩行は遅く、よろめくようになる。筋力の低下を感じる。震えが激しくなる。
口ごもるような会話になり、時に意味不明の言葉を発する。無関心な表情をする。眠そうにする。軽度の錯乱状態になることがある。判断力が鈍る。
*山ではここまで。これ以前に回復処置を取らなければ死に至ることあり。
* 34 ℃近くで判断力がなくなり、自分が低体温症
になっているかどうか、分からなくなっていること
が多い。この判断力の低下は致命的。
34 〜 32 ℃
手が使えない。転倒するようになる。
まっすぐに歩けない。感情がなくなる。
しどろもどろな会話。意識が薄れる。
歩けない。心房細動を起こす。
32 〜 30 ℃
起立不能。思考ができない。錯乱状態になる。震えが止まる。筋肉が硬直する。不整脈が現れる。意識を失う。
30 〜 28 ℃
半昏睡状態。瞳孔が大きくなる。脈が弱い。呼吸数が半減。筋肉の硬直が著しくなる。
28 〜 26 ℃
昏睡状態。心臓が停止することが多い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
低体温症による遭難事故の経過を見ていて、こんなことを思っています。
そう思う根拠は、単純なことです。
体温低下は、低体温症の症状を一段一段、時間的余裕をもってゆっくり下がっていくわけではない。
とくに薄い防備で強風にさらされた場合は、症状の各段階を短時間で駆け抜けてしまうからです。
だから、自分や周囲が「危うい」と自覚できる瞬間は、実際にはしばしば見逃されてしまう。
例えば、体温の低下が進みだしたとき、低体温症の危険を本人が察知できるのは、激しい寒さの感覚と猛烈な震えです。
この猛烈な震えは、自分で低体温症におちいりかけていることに気づく、最初で、そして最後の関門になっています。
ここを過ぎると、寒さの感覚や震えによる熱の産生という自己防衛反応はなくなる。
救助にあたっても、
「活発な震えは熱産生に最も重要な手段である。糖分を含む飲物でカロリーを補給し、震えを促進する(糖分を含む事は温かい飲料より重要)」(アラスカ州寒冷障害へのガイドライン2003(2005改訂))
とされるほど、大事な指標になっています。
ところが、その大切な局面で、保温が不備だったり、パーティーの事情があって行動を停止・あるいは制限するなどして、熱の産生が負けていると、体温の降下は、「激しい寒さの感覚と猛烈な震え」の体温水準を、短時間で通り過ぎて、より下がってしまう。
トムラウシ山遭難事故では、15分当たりコア体温1度低下という、猛烈な体温低下も検証されています。
その体温降下の途中の段階で、「激しい寒さの感覚と猛烈な震え」という段階は短時間で突破され、寒さを感じなくなり、危険に無関心になる無防備な段階にいたってしまう。
こうして、登山者は、本人らは大丈夫だと思っているうちに、もはや自分一人では後戻りできない感覚や意識障害の段階に入って行ってしまう。
つまり、低体温症の一連の症状の中には、ここが、地獄の三丁目! という「震え」のフェイズが多くの場合にあるのですが、
ところが、防寒が不備で気象条件が激烈なときは、そこを本人が自覚しないうちに通りすぎてしまうのではないか、ということです。
「震え」のフェイズがかならずあるかといえば、これには個人差があります。ない場合もある。
体温の急激な低下についてのデータ
◇体温の急激な低下のデータとしては、トムラウシの事故調査報告書に記述があります。
「低体温症が始まると、前述したとおり、体温を上げるために「全身的な震え」が 35 ℃台で始まるのが特徴的であるが、今回の症例ではこの症状期間が短く、一気に意識障害に移行した例もある。あまりにも早い体温の下降で人間の防御反応が抑制され、30 ℃以下に下がっていったと思われる。」
「マイクル・ウォードは『高所医学』という本の中で、
「低体温症になると 2 時間以内に死を来すことがある」
と述べている。この遭難事故でも、発症から死亡まで 2 時間と思われる症例がある。条件が揃えば、人体の核心温が一気に下がり、死に至る温度の 30 ℃以下に、急激に下がるのに 2 時間とかからない、ということになる。
なぜ急激な体温低下を来したのかは、体力、気象条件、服装を含めた装備、エネルギー源としての食料摂取などを、総合的に検討してみる必要がある。」
「体温の下降は 1 時間に約 1 ℃ の割合で下がった計算になるが、本人によるとストーンと下がるような状況で意識を失った、と証言している。」
「小屋を出発した時の体温が 37 ℃に近い温度だとして、心停止の温度が 28 ℃以下だとすれば、体温が 9 ℃下がるのに 2 時間と要していなかったことになる。これは単純に計算すると 15 分で 1 ℃下がったことになり、この急激な下がり方であれば、「震え」で体温を上げることはとても間に合わないことになる。」
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