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金欠アメリカの病理=浜矩子・同志社大学教授(2003年3月2日毎日新聞朝刊から)
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投稿者 M 日時 2003 年 3 月 05 日 16:53:07:


[時代の風]金欠アメリカの病理=浜矩子・同志社大学教授
[写真]
=加古信志写す
 ◇デフレ下の「寄生経済」

 アメリカは火の車経済だ。ブッシュ大統領がイラクに対して拳を振り上げ、腕に覚えのあるところを誇示しているが、その陰で、アメリカの台所事情は誠に厳しい。対外赤字がどんどん膨らんでいる。経常収支の赤字幅が、今年は5000億ドルを超えることになりそうだ。GDP(国内総生産)比で5%という規模である。財政収支も赤字になった。ITバブルに沸いていた間は、税収が増えて黒字化したが、宴(うたげ)終われば、あっという間に赤字財政に逆戻り。かくしてアメリカの「双子の赤字」が再び世間を騒がせる状況となっている。

 ちなみに、アメリカが火の車経済なら、日本は宝の持ち腐れ経済である。世界最大の純債権国だから、宝の山はどこよりも大きい。それなのに、日本経済はデフレによる縮みの病でフラフラだ。宝の山が用をなさない。ただただ、持ち腐れていくばかり。しかも、日本の宝の山は、どこで持ち腐れ状態にあるかといえば、こともあろうに、それは多分にアメリカのお蔵の中においてである。火の車経済の台所は、日本からの投資を頼りにやりくりされている部分が大きい。それなのに、アメリカの腕力誇示に対して、日本は何も物をいわない。情けないこと、はなはだしい。

 色男、力と金は無かりけりなのだというが、日本には、力はないが金がある。アメリカには、金こそないが力がある。両者合わせて色男の出来上がりといけばいいが、そうならないところがこの二人組は悲しい。

 むしろ、両者合わせて醜男(ぶおとこ)ぶりが倍加している。こんなコンビはいいかげん解消してもらいたいと思うが、どうも、現状はその逆だ。金と力が引き合う構図に、両国政治の知性のなさという共通点まで加わって、日米一蓮托生(いちれんたくしょう)の度合いはむしろ深まる様相を呈している。

 ところで、火の車のアメリカ経済についてここで注意しておくべきことが一つある。火の車状態そのものについていえば、これは今に始まった話ではない。双子の赤字という言い方は、レーガン政権の時に定着した。アメリカは昔から金食い虫だ。だが、レーガンのアメリカとブッシュのアメリカとの間には、一つの大きな違いがある。それは、レーガンのアメリカがインフレ経済だったのに対して、ブッシュのアメリカはデフレ経済だということである。

 物価水準が全般的に下がるところまではいっていないが、今のアメリカのインフレ率はきわめて低空飛行だ。IT革命下の激烈なコスト競争・価格競争が、物の値段を上げにくい経済実態を仕立て上げてきた。数量景気といえば聞こえがいいが、その実は、なかなか辛(つら)いのがアメリカ企業の実像だ。そもそも、今日のデフレ現象は世界中を巻き込んだグローバル・デフレであるから、鎖国をしない限り、アメリカだけがその影響を免れるわけにはいかない。

 かくして、デフレ化が進む。だが、それでも輸入は増えてしまう。他人の生産力に依存して、他人の資金力を寄り頼んで生きる体質は、アメリカ経済に染み込んでいる。だから、デフレ化しても、輸入の伸びにはなかなか歯止めはかからない。

 むろん、バブル下の吸引力に比べれば、アメリカの輸入吸引力は低下している。それが日本をはじめとする他の国々の輸出見通しを暗くするわけだが、それでも、対外収支の赤字幅が劇的に縮減するところまでは、なかなかいかない。そうなった時のアメリカ経済は、今に比べて随分と規模が小さくなっているはずだ。そこまで小さくなってくれた方が、世界経済のバランスはよくなる。アメリカも火の車状態から解放されて、肩の力が抜けるから、そうそう高く拳を振り上げることもなくなるかもしれない。

 だが、さしあたり小さいアメリカは視野に入ってきていない。大きいアメリカが抱えるデフレ下の双子の赤字が、ひたすら膨らむ一方だ。これで頭が痛いのが、FRB(連邦準備制度理事会)のグリーンスパン議長である。洋の東西を問わず、中央銀行家は苦労が多い今日このごろだ。

 中央銀行家としての手腕が、ほとんど神格化されているグリーンスパン氏である。だが、デフレ下の火の車経済は誠に始末におえない。デフレ深化が怖ければ、早めの金融緩和が肝要だ。早めに動くのは、グリーンスパン議長の身上でもあるはずだ。しかし、ここにきて、手綱さばきにややためらいがみられる。

 それもそのはずだ。デフレ経済には利下げが必要だ。だが、利下げをすれば、ドルが売られる。ドルが売られれば、火の車経済は成り立たない。アメリカがドルで借金することを、他の国々が拒否し始めれば、アメリカ経済は破たんする。強いドルは、火の車経済の存立要件だ。武士は食わねど高楊子(ようじ)。だが、見えを張りすぎると、無理がたたって、これまた経済が破たんする。高楊子も、餓死してしまったのでは、意味がない。極細の綱の上を行く曲芸に、グリーンスパン議長といえども、身がすくむのは、当然だ。

 折しも、ドルを巡る状況は極めて危うい。さしあたりは、有事のドル買いならぬ有事のドル離れが先行している。その煽(あお)りを受けての分不相応な円高、そしてユーロ高に、日欧経済が痛めつけられて苦悶(くもん)したりしているから、グローバル時代の世の中は厄介だ。それはともかく、デフレ下の火の車経済は、悪の枢軸との対決もさりながら、みずからの赤字体質を早くなんとかした方がいい。

 (2003年3月2日毎日新聞朝刊から)

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