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イラク情勢が米国の消費動向に暗い影を落とし始めた。ガソリン価格高騰や株式市場低迷で、消費者心理は9年半ぶりの水準まで冷え込んだ。その一方で、テロ再発の不安心理にあおられて食料品などを大量に買い込む動きも見られる。家計が「生活防衛色」をさらに強めれば、米経済の足取りは一段と重くなりそうだ。(ニューヨーク 河野 博子、坂本 裕寿)
ボストンに住むサラ・バスキンさん(26)は今年7月の結婚式を控えて、頭の痛い毎日だ。勤務先だった広告会社のリストラで職を失ってから、外食の回数を極力減らすなど、生活切りつめが続く。
「再就職に備えて大学院に行くつもり。学費の負担は重いけど、これは将来への投資だから仕方がない。車を売ってがんばるわ」とあきらめ顔だ。
米国民の多くは今、将来への不安感から消費を手控えようとしている。
全米5000世帯の購買意欲や雇用、所得の見通しなどをもとに算出した2月の消費者心理指数(85年=100)は前月比15ポイントも減って64・0で、93年10月以来の水準に落ち込んだ。下落は3か月連続。イラク情勢が緊迫度を増すにつれ、消費者心理が急激に悪化した現状を物語っている。
原油価格は1バレル=40ドル目前と90年10月の湾岸危機の際に付けた史上最高値(41・15ドル)に迫る勢いだ。ガソリン価格は1ガロン(約3・8リットル)=2ドル以上と1年前より50%以上高く、車社会の米国を直撃している。消費者が最も身近に感じるだけに、民間研究機関ケンブリッジ・リサーチのダニエル・ヤーギン理事長は、「実体経済への影響以上に心理的な影響が大きい」と言う。
株式市場低迷も、家計の金融資産を目減りさせている。市場関係者の間では「投資家はイラク問題が解決するまで株式市場を敬遠し、銀行預金などに資金を移動させている」(米有力証券UBSペインウェバー)との見方が強い。
一方でテロ警戒グッズ買いだめの動きも目立つ。
先月7日から27日までの20日間、米政府はテロへの警戒度を示す5段階の色表示を2番目の「オレンジ」に引き上げ、国土安全省は、「ペットボトル入り飲料水、粘着テープ、懐中電灯、電池などを用意する」「食糧3日分の買い置き」「非常時の家族間の連絡方法を決める」などの対応策を呼びかけた。
その結果、生物化学兵器による大気汚染に備え、窓やドアのすき間をふさぐための粘着テープは、突然、人気商品に。米国粘着テープ市場の46%を生産する「ヘンケル・コンシューマー」(オハイオ州エイボン、従業員650人)は製造ラインをフル稼働させ、40%の増産体制を取っている。
ペットボトル入り飲料水生産大手の「北米ネッスル・ウォーターズ」のキム・ジェフリー最高経営責任者は読売新聞の取材に、「国土安全省の呼びかけの後、売り上げは6、7%伸びた」と話した。小売り最大手のウォルマートは先月17日、「ペットボトル入り飲料水、粘着テープ、缶詰、電池、救急医薬品キットなどは、テロ攻撃への恐れが高まったことから、全米で売り上げが3―5%アップした」と発表している。
もっとも粘着テープの効用には、さすがに「ばかげている」との批判もある。だが、トム・リッジ国土安全長官は、「すぐに使わなくても、しまっておけばいいんです」「化学物質に汚染された空気の塊が移動するまでの4―6時間、退避する場所が要る。粘着テープは必要でしょう」と、繰り返す。テロの影におびえる米国民は、この“勧告”に耳を傾けているようだ。
(2003/3/8/23:24 読売新聞 無断転載禁止)