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日銀熟柿「落ちてくる」
19日に5年の任期が切れる速水優・日本銀行総裁の後任に元日銀副総裁の福井俊彦・富士通総研理事長(67)を起用し、新副総裁には武藤敏郎・前財務次官(59)と、東大教授の岩田一政・内閣府政策統括官(56)を充てる人事が先月24日に内定したが、人選を巡っては、2年近い紆余(うよ)曲折があった。政府・日銀が一体となってデフレ退治を目指す狙いを込めた人事の決着までを検証する。(政治部・経済部取材班、敬称略)
◆「ドラマ」は2年前から
■決着
小泉首相は2月24日昼過ぎ、福田官房長官と首相官邸で協議し、日銀新総裁の人事を決めた。「福井総裁、武藤、岩田両副総裁」とする人事案を見た小泉は、「これでお願いします」と、さらりと答えた。
だが、実際には小泉と福田、官房副長官の古川貞二郎の3人が、事前に極秘の人選を進めていた。「4日前の20日には福井氏ら3人の内諾を確認していた」と、政府関係者は打ち明ける。
小泉から直接電話で要請を受けた武藤は、その時について「向こう(首相)は断ると思っていないようだった。『赤紙召集』ですよ」と、受諾の気持ちを振り返る。
表面上は静かに最終局面を迎えた日銀総裁人事だったが、水面下ではさまざまな動きがあった。
■封印
実際の選考は、速水優総裁が辞意を漏らした2年近く前にさかのぼる。
「心身共に疲れた。まだ任期に満たないが、辞任する。後任は福井がいいと思う」
速水は2001年3月、周囲にこう漏らし、当時の宮沢喜一財務相や森喜朗首相にも、その意向を伝えていた。
しかし、速水は首相となったばかりの小泉から慰留され、同じ日銀出身の福井へバトンタッチするという筋書きは封印された。
■対立
構造改革を旗印に首相に就いた小泉は、閣僚や郵政公社トップ人事で民間人の登用を進め、次期日銀総裁候補にも、民間人起用を模索した。小泉と親交の深い田中直毅・21世紀政策研究所理事長や今井敬・日本経団連名誉会長のほか、岸暁・東京三菱銀行相談役らの名前が浮かんでは消えた。
しかし、速水は「次は福井」の考えを決して捨てなかった。事務報告などで官邸の福田を訪れる度に「次期総裁は福井で」と繰り返し、人目を忍んだ電話での売り込みも、速水が最後のG7に出発する直前の先週まで続いた。その都度、福田は「お待ちください。まだ決めてません」となだめたのだった。
速水が福井にこだわった背景には、副総裁の山口泰との間に「確執」があるためとの見方もある。
日銀内には、次期総裁に山口を推す声もあったが、「いちずに思い込むタイプ」(日銀幹部)の速水と、「理論を重んじる」(同)山口は、2000年8月の「ゼロ金利」解除を巡って対立して溝が深まっていた。
■忍従
日銀は、速水を除けば、次期総裁に向けた組織的な人事工作は手控えた。日銀と旧大蔵省のOBらが事実上後釜を決める「談合人事」に対する世間の批判と、小泉の反発を恐れたためだ。
しかし、日銀OBで財界と太いパイプを持つ三重野康・元総裁が動いた。有力財界人らに「各国中央銀行の総裁と金融の専門用語を使って直接電話でも話さなければならない」と、日銀総裁の特殊性を訴え、水面下で「福井総裁」実現の地ならしを進めた。
数多くの次期総裁候補が取りざたされる中で、日銀は「福井は“秤(はかり)の分銅”。いろんな候補と福井と(重さを)比べるうちに、ぐるっと回って福井に戻ってくる」(幹部)として、静観していれば熟柿(じゅくし)が落ちてくるとの狙いを持っていた。
ただ、昨年12月中旬、自民党幹事長の山崎拓が小泉に、中原伸之前日銀審議委員の起用を進言した時ばかりは、日銀内に緊張が走った。中原は審議委員を務めた間、日銀執行部の方針にことごとく反対し、一定の物価上昇率の実現を政策目標に掲げる「インフレ目標」導入などを強く主張したからだ。このころ、中原は周辺に「日銀が私の悪口を言い回っている」と嘆いた。
財務省OBが次期総裁に就く可能性も薄らいだ。昨秋、ある自民党幹部が「財務省は速水総裁が日銀なので『次は我々の番』と思っているようだ」と小泉の耳に入れると、首相は「なんだっ、財務省はそんなことを考えているのか」と激怒していたという。一方、財務省側にも「ここで目立てば“大蔵復権”の批判を浴びる」(幹部)との慎重姿勢があり、福井支持に傾いた。
■綱引き
一方、自民党内では、首相が「下手な動きをしにくい党内環境」(森派幹部)が続いていた。今年1月21日、役員会で山崎と堀内総務会長が激論を交わした。
山崎「デフレ対策は日銀による金融面での対応をしっかりしていくことでやりたい。予算審議をする時だから、財政出動は考えられるものではない」
堀内「インフレ目標だけ出すのは反対だ。政府と日銀の具体的対応策があって初めてインフレ目標が出てくるものだ」
「反山崎」の自民党幹部らには、財政出動によるデフレ対策重視への政策転換を狙い、山崎の動きを封じようとの思惑が絡んでいた。
官邸は、首相主導を演出する狙いのほか、総裁人事が政争の具になることを避けるためにも、与党側には2月24日まで候補者名を漏らさなかった。
◆露と消えた「竹中構想」
■断念
自民党内の綱引きを横目に、竹中経済財政・金融相は、新鮮な人事を支持率アップにつなげたい小泉の意向を踏まえ、「サプライズ(驚き)が必要」と、財界人や学者、ジャーナリストの中から人選を進め、1月上旬、首相に十数人の総裁・副総裁候補リストを提出した。
竹中の考える“本命”は、小林陽太郎・経済同友会代表幹事か牛尾治朗・前同友会代表幹事だったと見られるが、首相は最終的に新総裁人事の主導権を福井を推す福田に委ね、竹中構想は幻に終わった。
2月19日、竹中は首相と会談し、首相の意向を探ったが、首相は笑いながら「まだ決めてないよ」と答えた。竹中は周囲に「誰が選ばれようと、首相の判断だから喜んで受け入れるしかない」と語り、内心の無念さをにじませた。
■演出
福田は2月12日、政府与党連絡会議で、人選について与党側から一任を取り付けた。
同月18日朝、東京・虎ノ門のホテル・オークラの一室にいた自民党の山崎と中川国対委員長のもとに福田から電話が入った。
福田は、21、22日にパリで開かれるG7後の週明け24日に新総裁を内定する日程案を説明。山崎、中川の内諾を得ると、速水が希望し、自らの腹案でもあった福井の総裁起用に向けて、大詰めの調整に入った。
問題は、インフレ目標政策などに消極的と見られた福井では「インパクトに欠ける」(与党筋)ことだ。このため、政府と日銀が一体でデフレ退治に取り組む姿勢を副総裁人事で演出することになった。
塩川は、調整能力が高い武藤の起用案を早くから温めていた。「今回の目玉は総裁じゃなく、副総裁の武藤」(政府筋)と評されるように、政府と日銀の政策の一体感を示す存在となった。福田は“竹中リスト”に載った岩田を副総裁に充てることで、バランスを取ることにも腐心した。
「国会同意人事の手続きを進めて欲しい」。24日午後3時過ぎ、株式市場が閉まると、福田は与党3党の幹部らに人事案を伝えた。福田は、自民党の青木幹雄参院幹事長にも、事前に候補者名を伝えていなかった。
青木は、参院の公明、保守新党に自分で伝えられなかったことに憤り「こんなことでは困る」と電話口で福田に抗議した。官邸は日銀にも最後まで情報を流さず、福田が速水に電話したのは与党の後。新日銀法で独立性を強めた日銀に、徹底した情報管理で政府の存在感を見せつけた。