現在地 HOME > 掲示板 > 国家破産19 > 535.html ★阿修羅♪ |
|
阿部 重夫 (『選択』編集長)
ロンドンのベーカー街も、いざ行ってみれば殺風景な街である。第2次世界大戦中のSOE(特殊作戦執行部)ビルは秘密工作の本拠らしい暗い建物だし、名所のシャーロック・ホームズ
博物館もさっぱり愛嬌がない。名探偵をしのぶとすれば、あの飾りっ気のなさだろうか。
「すべての条件のうちから不可能なものだけを切り捨てていけば、たとえどんなに信じ難くても事実でなくちゃならない」(『四つの署名』)
いい言葉だ。ホームズのこのプラグマチックな「否定」の精神は、作者ドイルの独創というより、この国に脈々と流れているものだと思う。
たとえば「オッカムの剃刀(かみそり)」の先例がある。14世紀英国のスコラ哲学者ウィリアム・オッカムに発する。イスラム哲学者イブン・シーナー経由のアリストテレス哲学がキリスト神学と衝突して「異端」を疑われた時代に、彼は平たく言えば、四の五の屁理屈をこねるなと唱えた。論理の節約という剃刀をふるったのだ。
ヒュームやバークレーの懐疑論をはじめ、アングロサクソンの底には常にこの剃刀がある。企業社会もそれを欠いたら機能しない。と思って、シリコンバレーの花形産業の分厚い決算書に何日も目を凝らしてみた。無機質な財務諸表の数字の羅列に疲れ、あごを出しそうになると、あの「不可能を切り捨てよ」というホームズの呪文を唱える。霊験あらたか、ナスダックに出すアニュアルレポート(年次報告)と、ダウンロードした証券取引委員会(SEC)のファイリングデータ(日本の有価証券報告書に相当)の基準が違うのに気づいた。
どうして今までだれも指摘しなかったのか。この二重基準がマイクロソフト、インテル、オラクル、シスコシステムズ、デルなどで見かけの一株利益を膨らませてきたことは否めまい。ニューヨーク・ダウの優良銘柄だって叩けばほこりが出てくる。極めつけはGE(ゼネラル・エレクトリック)だろう。
GEの収益の4割はノンバンク部門GEキャピタルが稼いでいる。その高い収益性は、短期の資金調達手段コマーシャルペーパー(CP)で低利調達できたことによるが、それは格付けの「錯覚」のおかげなのだ。シティバンクなどより見劣りするGEキャピタル自体を格付けせず、神話に包まれたGE自体をトリプルAとしていたからである。しかもCP市場は一昨年来、崩壊同然で、GEの「勝利の方程式」が崩れている──。
GE発行のCPや社債のお得意先だった資産運用会社ピムコの「カリスマ運用者」がそう批判してから、GEは「落ちた偶像」となった。「名経営者」ジャック・ウエルチの後を継いだジェフリー・イメルト会長は猛然と反論するが、株価は下がって勢いを失う。市場は見抜いたのだ。ウェルチのGEも、金融資本家と寡占という二つの「禁断の実」をかじっていたことを。
幾度かの恐慌を生き延びた資本主義は、そこで「否定」を発動させる。放っておけば資本がメルトダウンするからだ。ホメオタシス(平衡維持)である。アングロサクソン型資本主義は、いわば「オッカムの剃刀」の遺伝子が組み込まれているのだ。
ここに鉱脈あり。眼光紙背に徹するように、企業財務の手品を見破ること。ジョージア工科大学の2人の教授が書いた大著『金融の数字ゲーム』がいい教科書になる。まさに「浜の真砂は尽きるとも」の実例の宝庫だ。いかなる厚化粧も、オッカムの剃刀には勝てない。ジャーナリズムよ、奮起せよ。剃刀を持たない連中に限って「言論の自由」をふりかざすが、どうせ竹光では敵を切れるものか。
正確に引用しておこう。オッカムはこう言っている。
「必然なく、あれこれと多くを言いたててはならない」(『命題集第一巻註解』)
分かるかね、ワトソン君。
----------------------------------
★『自分らこそが高い評価を享受するための「ルール」を、「権威」をひけらかし演じることで、考えなしの動物民に漠然と服従を強いる』おなじみの方法論──
貿易、人権、軍事、金融、投機、会計、資源、司法、特許、標準規格、果ては国際カルト教団の「選民や救世主の条件」…