現在地 HOME > 掲示板 ★阿修羅♪ |
|
「最近の円安には行き過ぎた面があり、こうした行き過ぎた円安は是正されるべきであると私はかねて主張している」(塩川正十郎財務相が昨年12月20日付の日本経済新聞への寄稿で)−−。政府与党の一部や野党の間から、デフレ対策として為替相場の円安を望む声が強まっている。果たして、円安はデフレ脱却の救世主になり得るのか。「デフレと生きる」総集編(中)は、円安政策をめぐる論争を振り返る。
みずほ総合研究所の真壁昭夫主席研究員は、円安待望論の背景にある狙いとして、1)円建ての輸出の手取り代金が増え、輸出企業の収益が改善する、2)円安によって輸入品の物価が下げ止まる可能性があり、根強いデフレ予想を緩和できるかもしれない、3)円安になればドル建てでみた日本の賃金が減るため、海外との相対的な調整によって、日本の割高な労働賃金を引き下げることができる−−点を挙げる。そのうえで、真壁氏は次のように言う。
「円安は経済にプラスという人と、日本の購買力が落ちるのでマイナスという人がいるが、これは実は2人とも正しい。円安になれば企業収益が良くなる、物価が下げ止まる、労働賃金を調整しやすくなるというのは、短期的にはその通り。ところが、長期的にみた場合、円安が定着すれば、国内の資金は海外に逃げ出すし、海外の投資家も日本の資産を買わなくなる」−−。
円安政策は近隣窮乏化か
カーネギー・メロン大学のアラン・メルツァ−名誉教授は「日本は(物価を調整した後の)実質為替相場の調整が不可避な状況にある。日本の圧倒的多数の産業はかつての優位性を失い、他国に比べて割高になった。日本のモノを買う人にとって重要なのは、日本のモノの価格をその人の国の通貨で換算した価格だ。もし名目の為替相場が調整しなければ、日本国内のモノの価格が変わるしかない。だからこそデフレが起きている」と指摘する。
メルツァー教授はさらに「デフレは実質為替相場が自ら調整しようとしているサインにすぎない。円の実質為替相場を調整するには、為替相場が下がるか、国内の物価が下がるか、2つしか方法はない。後は、どちらかより痛みが少ないか、という問題だけだ」と言う。円安誘導策には、失業を輸出する近隣窮乏化政策だという批判も根強い。しかし、メルツァ−教授の同僚であるベネット・マッカラム特別教授は次のように語る。
「為替相場が下がれば、輸出を刺激し、日本の所得を増やす方向に働く。わたしの試算では、非常に早い時期に、所得増加による輸入の増加が、為替引き下げによる輸入の減少を上回るという結果が出た。円相場の引き下げは、日本の輸入を減らすことにはならず、日本の貿易相手国にとっても不利にはならない。だからこれは、近隣窮乏化政策ではない。日銀の金融緩和が日本の輸入を減らすと米国が考えているのなら、それは間違いだ」−−。
円安誘導は技術的に可能か
米国の経常赤字への不安からドル安懸念が根強いなか、円安に誘導することは可能なのか。プリンストン大学のクルーグマン教授が「日本経済を回復させる最も精緻な提言」と絶賛する同僚のラース・スベンソン教授の主張はこうだ。1)一時的に1ドル=150−160円程度に固定(ペッグ)する、2)経済が回復し、物価が物価水準目標パスに達するまでペッグを続けると宣言する、3)目標に達した後は変動相場制に戻し、1−2%のインフレ目標に移行する−−。
「たとえば、日銀は今日から同160円にすると宣言し、その水準で無制限に円を売買すると約束する。弱い通貨をペッグしようと思えば、中央銀行は限られた外貨準備で自国通貨を買い支えなければならないが、強い通貨が上昇するのを防ぎ、ペッグを維持しようと思えば、中央銀行は通貨をもっと多く発行するだけで良い。これはしばしばインフレに結び付くが、日本にとって必要なのは、まさにインフレだ」とスベンソン教授は言う。
こうした主張に対し、青山学院大学の小宮隆太郎教授は「為替相場は1国だけの問題ではなく、2国間の問題だ。国際通貨基金(IMF)協定第4条に『為替相場を操作することによって輸出を増やし、景気を回復させるようなことはしてはいけない』という趣旨のことが書いてある。円安になれば、近隣諸国は皆『困る』と言うに決まっている。経常収支が黒字の国がもっと黒字を増やして景気を回復する、などということは、国際的に通用しない」と反論する。
円安の弊害
同大学の野口悠紀雄教授は「円安で助かるのは自動車を中心とする伝統的な輸出産業だが、つい最近まで強い競争力を誇っていた電機は、今や時代の変化についていけず、どの企業も苦しんでいる。次に自動車で同じことが起こるだろう。円安によって伝統的な産業を温存することは望ましいことではない。(円安で)表面的にデフレが収まっても、真の解決にはならない。問題の本質はデフレそのものではなく、日本を取り巻く環境が変わったという事実だ」と言う。
帝国製薬の村山昇作社長も次のように語る。「円売り介入をして円を押し下げれば、消費が増えるのか。年寄りは不安になってもっと貯蓄をするだろう。外国が日本のモノを買わないから景気が悪いわけではない。景気が悪いのは、日本人がモノを買わず、貯蓄して自分を守ろうとしているからだ。これは極めて国内的な問題だ。なぜ海外まで巻き込む必要があるのか。高過ぎる日本の貯蓄率を是正しなければ、何も解決しない」−−。
ただ、90年代初めのスウェーデンや通貨危機後の韓国など不良債権問題に苦しんだ国は、難局を乗り切るうえで自国通貨安が助けになったことも事実だ。米コロンビア大学大学院ビジネススクールのヒュ−・パトリック日本経済経営研究所長は「これは経済的な問題ではなく、米国や中国がどの程度円安を容認するか、という政治的な問題だ。これらの国と交渉し、1ドル=150円まで容認されるというのであれば試してみれば良いが、現実には難しいだろう」と言う。
最大の問題は日本の政治力
国際政治という観点から、前台湾総統の李登輝氏が同160円での為替ペッグを提案している点は注目に値する。「日本政府自身が、米国など関係諸国が反対すると思って尻込みしている。日本にそのような思い切った政策を取れる指導者がいないことが最大の問題だ。台湾は問題ないし、反対させない。小泉首相はブッシュ大統領と会い、『為替ペッグをしなければ日本は伸びない。日本が伸びることがアジアの民主化のためにも不可欠だ』と説得すべきだ」−−。
三井物産戦略研究所の寺島実郎所長は「半世紀を過ぎても、日本は米軍基地や日米安全保障の仕組みなど、この国の主権そのものが侵されるような問題を抱えている。国際社会の常識として、この国は本当に自立しているのか、その根幹を問うこともなく、中国や韓国への薄っぺらなナショナリズムに傾斜している。国家としての在り方を考えたとき、まずこの国の50年を規定してきた米国との位置関係で、筋道を通すことから始めなければならない」と語る。
円安政策が実験であることは間違いない。しかし「いくら金融市場に流動性を供給しても、大きな変化は起こっていない。恐らく、銀行部門を経由する必要のないルートを試すべきではないかという点で、われわれすべての合意が得られるはずだ。それが外国為替市場だ」(メルツァ−教授)−−。代表的なマネタリストですら、金融緩和の手段として、国債購入より外債購入の方が望ましいとみていることは、今後の金融政策を考えるうえで重要なポイントになる。