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世界を揺るがすマネーギャップ
貯蓄と投資の危険なアンバランスを
このまま放置すれば恐慌に突入する可能性も
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)
ウォール街は、単なる地名ではない。金融の巨大機構とそれを支える精神、つまり飽くなき貯蓄願望と投資意欲のシンボルでもある。
シンボルとしてのウォール街は過去30年、とくにここ10年間はアメリカと世界を自信満々で闊歩した。個人も企業も国家も、ごく普通の投資信託から新興市場国の債券まで、さまざまな手段で新たな貯蓄と投資のチャンスを得た。
米株式市場の活況に代表されるウォール街の繁栄は、資金が所有者から利用者へと、かつてなくスムーズに流れた時代の象徴だった。当時の資本は「攻め」一辺倒で、ドットコム企業や第三世界諸国、通信産業に次々と群がった。
私たちは今、攻めの資本の誤りと行きすぎがもたらした「守りの資本」の時代を迎えている。それがいつまで続くのか、答えは誰にもわからない。
攻めの資本は、90年代の好景気を強力に後押しした。そして守りの資本は、低成長と景気低迷を特徴とする時代の到来を告げている。あるいは、もっと深刻な事態が起きるかもしれない。
投資家たちが逃げ出した
時代の振り子は、極端なまでに大きく揺れた。攻めの資本が金融界に残したのは廃墟の山だ。
米株式市場では、ピーク時の2000年3月に17兆ドルを突破した全株式の時価総額が、今年は50%近い下落を記録。ヤフーやAOLタイム・ワーナーといった当時の花形企業のなかには、80%以上も株価が下がったところもある。
ニューヨーク大学スターン経営大学院のエドワード・アルトマンの試算によると、今年9月末の時点で9000億ドル近い債券や銀行融資が返済不能、もしくはそれに近い状態にある。99年の3倍だ。
巨額の損失に肝をつぶした投資家は、大挙して逃げ出した。2000年のベンチャーキャピタル投資(新興企業に投資された民間資金)は総額1080億ドル。それが今年は200億ドル前後まで落ち込むとみられている。
今はあらゆるタイプの資金提供が落ち込んでいるといってもいいほどだ。投資家は消極的で、企業はすでに多額の負債をかかえ、負担を軽くしたがっている。
FRB(Federal Reserve Board /Board of Governors of the Federal Reserve System:米連邦準備理事会)の低金利政策にもかかわらず、米国債と社債の金利差は広がっている。投資家が米企業への資金提供に二の足を踏んでいる証拠だ。スタンダード&プアーズによれば、今年9月までの米企業の社債発行額は、昨年を24%下回っている。
この変化には、古典的な景気循環の側面もある。19世紀には、運河や鉄道などへの投資ブームが急激に落ち込んだことが、景気低迷の主要因となった。現在も過剰投資が、通信産業をはじめ多くの業界に苦痛をもたらしている。今年、米企業の設備稼働率は76%前後に低迷。67〜2001年の平均82%を大きく下回っている。
昔からある過剰投資の治療法は、痛みと忍耐だ。弱い企業は破産もしくは合併される。それ以外の企業も投資を減らし、債務の返済に回す。余分な投資が削減され、企業のコストが下がってはじめて、収益は上昇に転じる。
アメリカは今、この調整過程のさなかにある。2000年後半以降、設備投資は激減。通信、小売り、コンピュータなど、多くの業界で整理統合が進んでいる。それでも十分な収益が上がっていないのは、さらに調整が必要な証拠だ。
新興市場への投資が激減
ただし、今回の景気循環には新しい側面もある。大きな危険をはらむ世界経済の動向だ。グローバルな規模でみると、貯蓄と投資は互いに関連性を失いつつあるようにみえる。この10年、日本と欧州の余剰貯蓄はアメリカと新興市場に流れ、それが投資に回っていた。
だが、このシステムはもう限界なのかもしれない。日本と欧州は貯蓄を使いきれず、アメリカと中国やブラジル、韓国といった新興市場国も余った資金を吸収できない。このままでは、世界規模で投資が大きく落ち込むおそれがある。
新興市場への外国資本の流入は、実は以前から失速していた。97〜98年のアジア金融危機で、銀行融資や証券投資は激減。IMF(International Monetary Fund:国際通貨基金)によれば、2001年の証券投資は96年の800億ドルから100億ドルまで減った。
資本の流れを支えていたのは外国直接投資、つまり多国籍企業による工場の新設や現地企業の買収だった。IMFによると、96〜2001年の直接投資は1480億ドルから2140億ドルに増加した。
だが今は、それも減少に転じた。9月末の時点で、今年の途上国向け外国直接投資は昨年より23%も減少したと、国連貿易開発会議(UNCTAD:United Nations Conference on Trade and Development)は報告している。
アメリカの投資が減少したのも、外国の影響が大きい。FRBによると、今年前半に外国人が購入したアメリカ株は総額350億ドル。昨年のほぼ半分だ。
90年代、外国企業は好景気のおこぼれにあずかろうと、クライスラーなどの米企業を買いあさった。だがUNCTADによれば、今年は外国企業による米企業買収も、昨年のほぼ半分に減った。
もっと有効な資金の使い道が本国にあるのなら、外国資本の撤退も悪いことではない。しかし日本も欧州も、なんとか貯蓄を投資に回そうと四苦八苦しているのが現状だ。低金利という従来型の投資刺激策も効果は上がっていない。
投資が増えないのは、経済的要因に加えて社会・政治的要因が足かせになっているせいかもしれない。日本と欧州は規制や独自の商慣行によって、自国の産業を保護してきた。保護市場は外国企業の参入がむずかしい。新しく企業を起こすのはさらに困難だ。
冷えきった投資マインド
「今はとにかく投資マインドが冷えきっている」と、ゴールドマン・サックス(ロンドン)の主任エコノミスト、ジム・オニールは言う。その結果、ウォール街の金融システムは縮小しつつある。
栄光の90年代には、猛烈な勢いで拡大が続いていた。たとえばゴールドマン・サックスの全世界の従業員数は、2000年のピーク時には97年の倍近い2万3000人弱に達した。欧州やアジアの支社も急激に増えた。
今はどこも苦戦中だ。企業合併も株と債券の引受数も、取引自体も減った。ゴールドマン・サックスは従業員をピーク時から10%削減。もっと減らした企業もある。
今後、状況はさらに悪化するおそれがある。金融危機は多くの場合、大手銀行や投資会社の破綻を招く。投資家や預金者の間に不安が広がれば、恐慌が起きかねない。
FRBのアラン・グリーンスパン議長は先日、米銀行は債権の証券化やデリバティブ(金融派生商品)を通じてリスクを分散していると指摘した。確かに大半の銀行は、現在も経営は順調だ。
しかし、日本やドイツの銀行はアメリカより弱い。銀行以外の業種で問題が発生する可能性もある。
「アメリカの銀行は損失を事前に分配した」と、ブルッキングズ研究所のマーティン・メイヤーは言う。たとえば保険会社に、だ。損失の規模はまだ判明していない。
さらに重大な問題は、世界がすべての貯蓄を生産的に使えるかどうかだ。そもそも金融市場の社会的機能は、貯蓄と投資の仲立ちにある。うまくいけば事業は成功し、社会は豊かになり、生活水準は上がる。投資家も、利息や配当や売却益を手にすることができる。
現状は、イギリスの偉大な経済学者ケインズが分析した大恐慌時代と不気味なほどよく似ている。ケインズの理論によれば、将来への不安が大きいと、貯蓄願望がふくらむ一方で投資意欲はしぼみ、両者のギャップが大きくなる。通常は金利の引き下げで投資を増やし、貯蓄を減らす対策を取るが、将来がひどく不透明な時期には効果があるとはかぎらない。
恐慌が起きかねない場合、政府は景気を維持するために財政赤字を拡大させてもかまわないと、ケインズは説く。さもないと、生産と雇用の減少が続き、景気の下降に歯止めがかからなくなる。
もっとも今は、ケインズ流の解決策は取りづらいかもしれない。多くの政府がすでに巨額の財政赤字をかかえているからだ。さらに厄介なのは、ケインズの時代と違い、貯蓄と投資のアンバランスが世界全体に広がっていることだ。
国際金融問題のシンクタンク、グループ30のジェフリー・ベルは、「(各国政府による)外国為替規制の撤廃は世界経済にきわめて大きな影響を与えた」と指摘する。
第2次大戦後、多くの国が国家間の野放図な投資を食い止めるために外国為替規制を行った。だが、70年代にグローバルな貿易や外国旅行が盛んになり、外国からの投資に対するニーズが高まると、こうした規制は時代遅れになった。
74年にはアメリカが、79年にはイギリスが規制を撤廃。その他の欧州諸国も徐々に続き、多くの途上国もグローバル化の熱狂のなかで撤廃に踏み切った。
その結果、資本は自由を手に入れた。世界の金融センターであるニューヨーク、ロンドン、東京は、資本の中継拠点となり、銀行や多国籍企業、年金基金、裕福な個人投資家は世界中の好きな市場に投資できるようになった。
こうして生まれた貯蓄と投資のグローバルな流れが、今では危機にさらされているらしい。90年代後半になると、アメリカは外国から押し寄せる巨額の貯蓄を有効に活用しきれないことがわかった。
新しい投資先はどこに
IMFによると、アメリカ株に占める外国人株主の比率は、94年の7%から2001年には12%にアップ。社債の外国人保有率も14%から24%に増えている。外国人投資家も、アメリカの金融市場で大きな損失をこうむったのだ。
途上国も余剰貯蓄の重要な受け皿だが、資金を引きつける魅力は低下しているようだ。アジア金融危機と、政治家や親族のコネで金が動く「縁故資本主義」は、新興市場のリスクを浮き彫りにした。
だが、それに代わる新しい投資先は見えてこない。大量の余剰貯蓄をかかえる日本と欧州は、自国の余剰分も吸収できないようだ。
日本では、体力のない企業を倒産から守ろうとするあまり、銀行が巨額の不良債権をかかえ込んだ。欧州では、手厚い福祉(そのため税金は高く、失業者は積極的に仕事を探さない)と、新興企業の成功を阻む複雑な規制が経済成長の足を引っ張っている。
それでも、世界経済を再び活性化する方法はいくつも考えられる。場合によっては、金利の引き下げが今も有効な支出の刺激策になるかもしれない。アメリカの企業統合が新たな投資の呼び水になる可能性もある。豊富な外貨と購買欲をもつ中国やインド、ロシアが、世界の貿易と投資に刺激を与えることも期待できる。
うまく機能しているときのウォール街は、新しいテクノロジーや生活水準の向上、夢の実現を可能にする資本主義の輝けるシンボルだ。だが機能不全に陥れば、不安定化と富の浪費、挫折をもたらす資本主義の悪夢と化す。
生産的な投資先のない貯蓄が世界中を埋め尽くす。そんな事態を回避したければ、常に新しいビジネスチャンスをねらっているウォール街に期待するしかない。
日本とヨーロッパは
貯蓄を使いきれず
アメリカや新興市場も
資金を吸収できない
状態になっている
機能しているときの
ウォール街は資本主義の
輝けるシンボルだが
機能不全に陥れば
資本主義の悪夢と化す
ニューズウィーク日本版
2002年12月25日号 P.48
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