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経済紙誌を読む 危ない「51社リスト」の真偽
http://www.sankei.co.jp/advertising/toshin/spe0211/kei_read-021118.html
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『徒然草』の一五五段に怖い話がある。枯れ葉は落ちたくて落ちているのではない。新芽のもえ出る力に押し上げられ、耐えきれずに落ちていくのだという。自然界の淘汰(とうた)・再生は過酷だ。
「産業再生機構」をどうつくるかの論議が熱を帯びてきている。半官半民といっても役所主導のこの組織の役割は、過剰債務企業の中から再生できそうな企業を選別してリストラを手伝うことだ。枯れ葉と新芽のたとえで言えば、新芽が逞(たくま)しく枯れ葉を押し出していきそうな木と、新芽のパワーがなく老木化する木を選別し、前者を育てる(再生)。後者を切り倒す(債権回収)。その選別を「閻魔(えんま)大王」ならぬ政府のコントロール下にある組織が行う。
十一月十三日付日本経済新聞では、産業再生機構および、その上部組織である産業再生・雇用対策戦略本部についてさまざまな側面から、議論を提起しているが、最後に行き着く課題は「国が企業をどのように選別するか」だ。生き物である産業や企業の新陳代謝、淘汰(とうた)を部外者が介入してどこまでつかめるのか。どうしても介入者自身の思惑がからむ。とりわけ政治がからむと経済原理を逸脱し、一種のプロパガンダの世界に入ってしまう危険性がある。
「竹中チーム」の周辺から出てきた「五十一社リスト」問題もそのにおいがする。大体「五十一社」とはどこなのか? 日本経済新聞紙上に発表されたりは絶対にしないが週刊東洋経済誌十一月十六日号は「五十一社リスト」を堂々と(?)掲げ、同誌が太鼓判を押すオックス情報社の「倒産警報格付け評点」を示しながら、本当に危ないのは「十七社」しかないと言い切っている。そのうえ「五十一社」に入っているオーエムシーカード、東京建物、住友不動産、三越といった企業は安定度を高めており、なぜ「五十一社」に入れておく必要があるのかと言及している。
「政治二流、経済一流」と豪語していた日本の経済も二流化して、今や二流の政治の介入を受けていると思うと、情けなくなる。我々の経済システムが、資本主義に立脚していることをもう一度、思い出すべきだ。そこでは、新芽と枯れ葉の戦いが常態化しており、ケインズのいったアニマルスピリッツが息づいていなければならない。(市川アソシエイツ代表 市川周)
岩崎慶市のけいざい独言 "豪腕"なき中国経済の行方http://www.sankei.co.
jp/advertising/toshin/spe0211/kei_doku-021121.html
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どうもあれから日本と中国経済の明暗が分かれたような気がする。次期首相に内定していた朱鎔基副首相(当時)が、香港での世界銀行・国際通貨基金総会にさっそうと登場したころである。
朱氏は五年前の前回の共産党大会で打ち出された国有企業への一層の株式制導入など市場経済化加速策を引っさげてきた。香港返還、アジア通貨危機の直後で市場は極めて不安定だった。
なのに、氏は「香港は世界経済と中国の重要な交差点になる」とうたいあげた。えらい自信だと思ったが、実際、その後の中国経済は"独り勝ち"を続けてきた。
日本は程なく金融危機に陥り、いまだにその構造に苦しむ。一方の中国は香港市場のクラッシュを乗り越えて二ケタ近い成長を続け、いまや「世界の工場」といわれるまでになった。
日本企業などの直接投資を呼び込みつつ、国有企業改革を断行した結果である。当時はテレビなどの家電分野で世界最大の中国企業がいくつも生まれることなど、想像だにできなかった。
モノづくりが中国に一極集中するとの脅威論が出るのも当然である。この強い中国は朱氏の豪腕に依るところが大きいが、それは同時に脆(もろ)い中国も浮き立たせた。
国有企業改革は失業圧力になる。今党大会で初めて都市部の実質失業率を7%としたが、20%との説もある。失業は社会不安や国有企業に根を張る党基盤の弱体化につながる。胡錦濤新体制が私営企業家の入党という「三つの代表」思想の徹底を打ち出した背景には、こうした事情もある。
「金融社会主義」もそのままだ。国有企業の成功は一握りで、大半は競争力をなくし経営悪化が進む。そこに貸し込む四大国有銀行の不良債権比率は依然、30%台といわれ邦銀の比ではない。
この強弱混在が中国経済の最大の特徴である。しかも、世界貿易機関に加盟した以上、通貨制度改革や資本取引自由化への圧力も強まる。中国経済の本格的構造調整はこれからであり、その軋轢(あつれき)は内部崩壊の危険性をはらむ。
朱首相の後継が実務能力にたける温家宝副首相であることがはっきりした。さてしかし、豪腕なしで改革開放の求心力をどう維持するのだろう。(論説副委員長)