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「仮にそうした状況に陥れば、FRBがより長期の資産(筆者注:国債など)を購
入するなどして流動性(同:資金)を供給できる」
これは、11月13日に開かれた米上下両院の合同経済委員会での、グリーンスパ
ンFRB(連邦準備制度理事会)議長による議会証言の一節である。
“底打ち”が確認できない株式市場、思うような回復を見せない企業部門、好調続
けてきた個人消費に陰りの懸念、イラク攻撃や朝鮮半島問題など国際政治上の不透
明要因の拡大などなど難しい局面に差し掛かる米国経済。そうした事態を前に“手
の内”の狭まるFRB(2001年1月以来、12回の引き下げの結果、限定的な
利下げ余地、“ゼロ”まで1.25%)。
前回11月8日配信号にて、正念場を迎える米国金融政策と、その中での「金」と
題して書かせていただいたが、その際は「利下げ(金融政策)」の有効性について
取り上げた。今回は、(ついに)米国でも現れているデフレ傾向について取り上げ
てみよう。冒頭のグリーンスパン議長の発言中の「そうした状況」とは「デフレ」
を指している。
まずデフレの定義だが、一般には、継続的に物価が下がる経済現象をいう。余談で
はあるが、これはIMF(国際通貨基金)による国際的定義であって、日本政府は
「景気後退を伴った物価の下落」をデフレとしていた。それを変更しデフレを政策
的に意識したのは(ほんの少し前)昨年の3月のことだった。言うまでもなく(物
価の方は数年前から下げ続けていたにもかかわらず)それまではデフレ状態とは政
府自体が認識していなかったので、「デフレ」を旗印とした対策は、取られていな
かったわけだ。いま足元で物議を醸している「総合デフレ対策」が、後手に回るの
もいたし方なしというところか。
さて、そのデフレだが、モノの売れ行きが悪い(景気が悪い)ので価格を下げる
(物価の下落)という「消費デフレ」と株価や不動産価格の下落が続くという「資
産デフレ」に分けられる。そしてさらに、海外から安い商品が入ることでもたらさ
れる「輸入デフレ」とでも呼ぶべきものもある。
そこで米国の話だが、一応これまでのところデフレ状態にはなっていない。先のグ
リーンスパン議長の議会証言でも、現実に米国経済がデフレに陥っている(あるい
はその懸念すら)「証拠はない」となっている。その言わんとするところは、米国
経済は、穏やかに物価が上がる状況(ディスインフレ)であって、一部に物価の値
下がりは見られるものの、全体ではデフレ状況は見られないということであろう。
中央銀行にとってインフレを阻止あるいはインフレから抜け出すことより、デフレ
状況から抜け出すほど難しいことはないとされている。背景は、デフレが進行し、
いわゆる「真性デフレ」状態に陥ると中央銀行の政策手段である金融政策が効かな
いとの分析があるからだ(残念ながら日本が該当している)。FRBが、日本を反
面教師にして先手を打ち続けてきたことは、前回触れたとおりである。
このようにデフレには陥っていないとされる米国経済ではあるが、バブル崩壊以降
の状況を見ると、それほど楽観できないのも、また事実である。
「資産デフレ」の方は、当欄で過去何度か取り上げたように株価は急落したものの
住宅価格の上昇が続いていたため、日本のような状況には至っていない。ただし、
足元で心配されているのは、過熱する住宅市場の持続性と借金を膨らませた個人部
門の行く末、またその消費への影響である。ここまでの株式市場の展開の下では、
さすがの米国消費者もスタンスを変えるのではとの懸念もある。事実、個人の景気
の先行きへの自信も揺らぎ始めている(10月の消費者信頼感指数9年ぶりの低水
準)。米国では、ここにきて小売業のなかに業績予想を下方修正するところが出て
いるが、客単価の下落が収益に響き始めていると指摘されている。実体経済の方
は、年初の2001年10〜12月期の経済成長率発表のおりに示された物価上昇
率では、すでに前期比マイナス0.3%(GDPデフレーター)と50年ぶりのマ
イナスを記録している。その後は、プラスで推移しているものの、安い輸入品の増
加などから消費者物価の上昇率は1%台の低い水準にとどまっており、この先、小
売現場の競争が激しくなると商品価格に下落圧力がかかり、デフレ傾向が強まりそ
うだ。
メーカーの出荷段階での価格を示す「生産者物価指数」も、昨年の10月以来おお
むねマイナスを続けている。この10月にプラスに転じたものの、これは原油価格
の上昇を映したもので、その持続には疑問符がついている。背景にあるのは、中国
製品の流入である。90年代の自由化の流れの中、安くて品質の良い中国製品が競
争力を持ち、先進国での価格下落(つまりデフレ化)に拍車を掛けている。そもそ
も、社会主義の中国には、かつて工作機械など先端的な製品の輸出は厳しく規制さ
れていた。それが、東西冷戦の終了後、規制が解かれ、グローバル化も相まって、
中国は海外からの投資と輸入で優秀な生産設備を手にした。そして安い人件費を梃
子(てこ)に輸出攻勢を掛け始めた(世界の工場としての中国)。先に「輸入デフ
レ」と表現したが、それは“世界の(政治的社会的)構造変化が生み出したデフ
レ”でもあるわけだ。それが従来から見られたデフレ状態に輪を掛けた形になって
いる。そこが米国経済にしてもネックになっている。
考えてみれば、すべて日本経済が先行して巻き込まれている現象である。その日本
は、ゼロ金利に追い込まれ、ついに政策余地がなくなり、“実験”とでも呼ぶべき
段階に至っているわけだ。
次回は、そのデフレ環境と金価格について考えてみよう。(11月20日記)
金融・貴金属アナリスト
亀井幸一郎
※本レポートは執筆者の個人的な見解を述べたものであり、実際の投資にあたってはお客様ご自身にてリスクをご判断ください。