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* 実験は開始された*
ウッドストック・フェアの開催日の2日前から既に5万人の若者達が会場に到着していた。ドラッグは即座に行き渡り始めた。多くは彼らの赤ん坊を連れて来ていたが、ロバーツが書いているところによれば、これらの乳児にさえドラッグが与えられた。ロバーツは「赤ん坊たちは近くの湖で裸で泳ぎ、マリファナを吸い、音楽浸けになった。」と書いている。
ニューヨーク・タイムスが行ったアンケート調査によれば、これらの参加者のうちの99%がマリファナを使っていたことが示された。また、麻薬使用により誰も逮捕されなかったと報告した地方警察官は完全に打ちのめされていた。8月17日付のニューヨーク・タイムスに載ったある警察官のコメントには、「もし我々がやったら(逮捕したら)、サリバン及び隣接する3つの地域には収容する場所など無くなっていただろう。」とある。
マリファナの使用などは最悪のものではなかった。これに続いて、元々のMKウルトラ計画に沿うかたちでLSDの大量配布が行われたが、これらのかなりの部分は、これ以前の5年前からケン・ケーシーによって行われてきたLSD入りのコカ・コーラによってばら撒かれたものだ。ロバーツは冗談めかして、「かわいそうな警官がいたんだが、奴は交通整理中にLSD入りのコークを渡されたのさ。しばらくしたら、そこら辺の車は渋滞で凍りついたわけなんだが、奴はまだ道のところでヘルメットを振り回していたんだ。それて、とうとう運転してる連中にそこからつまみ出されたというわけさ。」などと書いている。
この後の3日間に亘って、会場に着いた約50万人の若者達はドラッグとロック浸けになった。また、豪雨のために泥の中に膝まで浸かったが、避難所も無ければ出口も無く、車は8マイルも離れたところに停められていた。ローズンマンが書いているところでは、「ウッドストック実験とは、24時間休みなく演奏させ、ガキどもを絶えずトランス状態に置いておくことだった。」ということだ。
(開場して)24時間以内には300人以上の若者達が極度に体調を崩したと医療班に報告されているが、このあとには数千人が担ぎ込まれた。8月17日のニューヨーク・タイムスのレポートには「今夜、フェスティバルのアナウンサーはステージ上から、”粗悪な薬”(LSDのこと)が出回っていると警告した。彼は、”皆さんは毒物を摂っているわけじゃない。ヤクは毒じゃありません。少し粗悪なだけで、死ぬことはありません。もし、毒だと思うなら、それは違います。しかし、もし心配ならば一錠の半分をヤッてください”と聴衆に呼びかけた。」とある。
この、あらかた50万人に対するアドバイス「一錠の半分を」というものは、まさにMKウルトラのエージェントであるウェイビー・グレイビーによって為されたのだった。
気分が悪くなる人が増大したために、ニューヨーク市に対して緊急医療チームの要請がなされ、50人以上の医者とそれに伴う看護婦が派遣されたが、ウッドストックが終わるまでには約5000に上る治療ケースが報告されたのだった。
*オルタモント:スナッフ・フィルムの制作*
1960年代に於ける最後のロック”フェスティバル”はサンフランシスコ郊外のオルタモント・レース場で行われた。トリの演奏者は、ビートルズが世に出て以来、今やロック界の頂点に君臨するローリング・ストーンズだった。このコンサートの提案者はMKウルトラのエージェントであるケン・ケーシーだった。
今度は、聴衆はあからさまな悪魔への賛美のなかで狂乱へと落とし込まれた。これは結果として文字通り悪魔の集会となったのだったが、最終的には4人が死亡し、数十人が殴られて怪我をした。ローリング・ストーンズのリード・シンガーのミック・ジャガーはルシファーの役を演じたが、この時の演奏は今日の”ヘビー・メタル”コンサートの幕開けとなったのだった。
40万人以上が参加したオルタモントのコンサートはウッドストックすらもはるかに下回る準備のもとに開催された。食料や水ですら殆ど供給されなかったが、大量のドラッグだけは出回っていた。ウッドストック同様に、このコンサートは麻薬の集団実験の道具にされていたが、とくにLSDに重きを置いていた。作家のトニー・サンチェスはオルタモントに集まった人々を以下のように描写している。
「午前中を半ば過ぎるころまでには、25万人を越える人々がひしめき合い、事態は混沌としてきた。LSDの模造品が溢れ、人々はそこら中で狂乱していた。メキシコのマリファナ、カルフォルニアの安ワイン、アンフェタミンなども加わって、誰もが演奏の始まるずっと前からひどく酩酊していた。・・・」
「午後になる頃にはあらかた全員がトリップしていたが、ある男などは麻薬のおかげでレース場に掛かる橋から飛び出そうとして死にかかっていた。また、その反対側では、排水溝に飛び込んだ若い男が溺れかかって助けを呼んでいたが、酩酊した人々はこの男が沈みかけるのをぼんやりと眺めているだけだった。誰も自分が正気なのか幻覚を見ているのかわからないようで、彼が死んだのかどうかは、とりあえずどうでも良かった。他の場所では産気づいた女の子から赤ん坊を取りあげるために医師たちが忙しくしていた。・・・」
地獄への道はまだ続く。ローリング・ストーンズはコンサートの警備の為にギャング団であるヘルス・エンジェルスを500ドル分のビールで雇ったと言われている。しかしながら、彼らへの本当の報酬とは麻薬の販売によるものだった。
ヘルス・エンジェルスは強盗、強姦犯及び殺人犯などから構成されるギャング団だが、これは西海岸全域における麻薬売買の元締めとしてよく知られているものだ。
フェスティバル開催中、50万人に近い群衆はストーンズが現れるまで1時間半以上待たされていた。やっとグループがステージに現れた時にはちょうど日没になったが、これは特別な証明効果を狙ったものだった。ミック・ジャガーは絹のマントを羽織り、照明に当たると赤く輝いた。ジャガーはルシファーを真似ていたのだ。
作家のサンチェスの次の描写は、彼の言うところの”悪魔儀式”についてである。グループの演奏が始まると、「不思議なことに、数人の若者が自分たちの服を脱いでしまい、取り憑かれたようにステージに這い上がってきた。そして、エンジェルスに蹴りまくられるために自分達を犠牲に捧げたのだった。彼らは蹴られて血まみれになればなるほど興奮していた。それは、まるで超自然的な力が乗り移ったようであり、自分達をサタンの下僕に捧げる人身御供としていたのだった。」
ステージの群衆のなかにメレディス・ハンターという黒人の男が女友達一緒に立っていた。ハンターはこの後すぐに人身御供として突き出された。
ストーンズはこの時、”悪魔を憐れむ歌”と題された新曲を発表したばかりだったが、この曲はすぐにこの国でナンバーワンになっていた。曲の冒頭ではミック・ジャガーは自分自身をルシファーになぞらえている。オルタモントでこの曲が歌い始められるやいなや、聴衆は総立ちとなり、熱狂的に踊り始めた。
サンチェスは次に何が起こったかを書いている。
「6フィートくらいのグリズリー熊のような体格をした4人のヘルス・エンジェルスがメレディス(ハンター)にすり寄ると、彼の髪の毛を引っ張って喧嘩を売ろうとした。・・・
喧嘩が始まると、加えて5人が応援に駆けつけてきたが、その間にメレディスは群衆のなかに紛れ込んで逃げようとした。エンジェルスの一人が彼の腕を掴み、この黒人男性の背中にナイフを突き立てた。ナイフは深く貫通するには至らなかったが、メレディスはこの時、自分の命のために闘わなければならない事を理解した。彼はポケットから銃を抜き出し、相手の胸を狙って構えた時、エンジェルスが狼の群のように彼に覆い被さった。一人が銃をもぎ取り、もう一人が顔を殴りつけ、狂ったように彼の背中を殴られるあいだにメレディスの膝が崩れ落ちた。
エンジェルスがハンターを始末し終わった時、観客の何人かが手当をしようとしたが、一人のエンジェルがそれを遮って立ちはだかり脅すように言ったのは、「奴に触るんじゃない、どのみち死ぬんだ、死なせてやれ。」という言葉だった。
メレディスが実際に拳銃を持っていたのかは誰もわからない。後に逮捕者は出されたが、誰もが目撃者としてエンジェルスと関わり合いになるのを恐れたために一人も起訴はされなかった。
この血塗られた殺人が行われる最中にもローリング・ストーンズは「悪魔を憐れむ歌」を演奏し続けた。メンバーの全員が目の前でメレディス・ハンターが殺されるのをステージ上から見ていたのだ。これに加えて、驚くべきことにこの殺人の一部始終がコンサートのフィルムスタッフによって撮影されたのだが、このフィルムは後になってストーンズの曲の題名でもある「ギミー・シェルター」というタイトルで全米に発表されたのだった。
この殺人はサタニストによって計画されたものだったのだろうか?「究極の邪悪」の著者であるモーリー・テリーは悪魔カルトが自分達の殺人儀式の映像を内輪で流通させている様子を描いている。これらのフィルムは”スナッフ・フィルム”と呼ばれているが、テリーによれば、7件に及ぶニューヨークのサムの息子連続殺人事件のうちの一件は実際に現場の近くに停めたバンの中から撮影されたということだ。このフィルムは裕福なサタニストに買い取られた。「ギミー・シェルター」は大々的にヒットし、いまでもあなたの街のビデオ店で数ドルも出せば買えたり借りれたりする。
* ”ヘヴィー・メタル・ロック”の裏側
オルタモントと同じ年の1969年は、オジー・オズボーンの邪悪な経歴が始まった年でもある。オズボーンはブラック・サバスを結成したのだ。このバンド自体、ローリング・ストーンズを手本にしていた。これに続く15年間は、オズボーンのような薬浸けの若者達が「大金」を求めてレコード契約を競い合うということが続いた。彼らが「成功」する鍵となる基準は、いかに退廃と邪悪を表現できるかに掛かっていた。これらは”ヘヴィー・メタル”グループと呼ばれた。
1985年には、ニュー・ソリダリティー紙が、これは今では連邦政府によって強制的に廃刊させられているが、”悪魔教会”の第三階級のメンバーであるヘゼキア・ベン・アーロンへのインタビューを行っている。ベン・アーロンは今では熱心なクリスチャンであるが、インタビューの中で彼は、ブラック・サバス、ブルー・オイスター・カルト、ザ・フー、オジー・オズボーンその他の多くのヘヴィー・メタルのロック・グループを始めさせたのは彼の”教会”であったことを暴露している。悪魔教会は当時、高僧アントン・ラ・ヴェイに率いられていたが、いろいろな報告が示すようにラ・ヴェイはただのサーカスのライオン使いであり、真の高僧であるケネス・アンガーのフロントマンであった。
アンガーはまた、かつてローリング・ストーンズをオカルトに勧誘したことでも知られている。
以下はインタビュー記事の抜粋である。
「私は教会のために働いていました。教会にはまた、外部の会社と繋がりを持った人たちがいました。この人たちは、アップル(ビートルズによって設立された)、ワーナー・ブラザースその他のレコード会社と繋がっていました。ある人は私のところに来て、”今、テープを持ってるんだけど良かったら聞いてくれよ。このロックバンドに興味があったらスポンサーになって欲しいんだ。”と言うので、私は”いいよ、聞いておくよ”と言いました。」
・・数日後にベン・アーロンは電話をかけて会議を持ったのだが、彼の提示した条件というのは「そちらに10万ドル渡しましょう、そのかわり他とは契約しないように。それから、壁の後ろはハーフ・ミラーになっていることは知らなかったことにしてくれ。そうしたら録音と写真を撮って全てをビデオにも収めよう。払い戻しに関しては、もしバンドがうまく行かなかったらかなりひどいことになる。場合によっては6割は戻してもらうよ。」というものだった。
アーロンの記事は続けて、「我々は君たちを店に連れて行ってユニフォームやアンプを用意しよう。これらは全て我々が渡した金の中から支払われる。我々が演奏ツアーの準備をし、取材などの予約も入れよう。」と言ったと書いている。
アーロンはこの時、もしバンドがうまく行かなかった場合には資金を回収することや他の「方策」をとることなどを説明している。この他の「方策」というものは、多くのロック・スターが自殺していることの鍵になるように思われる。地下に潜るドラッグ・マフィアは支払わない者を消す手広い手段を持っている。
あなた方の何人かは1966年にビートルズのジョン・レノンが以下のように国際紙に述べたことを覚えているかもしれない。
”キリスト教は終わるよ。これは終わるんだ。縮んで消滅するのさ。これは論議の余地がない。僕の言っていることは正しいし、いまにそれは明らかになるのさ。僕らは今ではイエスより人気があるからね。”
彼が間違っていることが明らかになることを願う・・・
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追記
もう一人のビートルズであるジョージ・ハリソンが暗殺未遂の後にガンで死去して1年後に、彼の最後のアルバムが発表された。このCD作品のタイトルは”Brainwashed”、「洗脳された」というこのタイトルでハリソンは何かを告げているのだろう。
ハリソンは操り人形だった自らの半生に気が付いていたので命を狙われていたのだろう。一方、多分早い時期にそれに気が付いていたのはレノンだったのかもしれない。彼は22年前の真珠湾攻撃の日に殺された。
数々のヒット曲を作ったアーティストに純粋な動機が無かったとは思いたくないが、ロックとされている音楽形態は常にここに述べられているような作為的な欺瞞が付きまとう。今となっては毒を抜かれたただの娯楽となってしまったようだが、もともとの機能として大衆の問題意識を逸らせて社会的なコントロール基盤の強化をはかるという意味では既に半世紀に亘る歴史が築かれてしまっている。
また、健在なビートルであるポール・マッカートニーはsir を名乗り英国王室と親しい関係を続けている。これはローリング・ストーンズも実は同様であり何らかの「功績」を認められているということを示唆している。
ストーンズはツアーの興行収入よりも、その数10トンに及ぶツアー機材に紛れ込ませた麻薬の運搬業による収入のほうが多いという報告もあり、この「功績」からか近年ビートルズ同様貴族に叙されている。
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