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ビル・トッテン氏:題名:No.560 技術は文明に何をもたらしたか
投稿者 あっしら 日時 2003 年 2 月 07 日 14:10:59:


From : ビル・トッテン
Subject : 技術は文明に何をもたらしたか
Number : OW560
Date : 2003年2月6日
 2003年の株式会社アシスト「新春の集い」では、「技術は文明に何をもたらしたか」をテーマに話を聞いていただいた。本稿はそれをまとめたものである。 昨年、一昨年とITをテーマにしたが、ITだけにとらわれると重要なことが見えなくなるとの危惧を感じた。そこで今年は広く技術全般について考え、さらに世界に目を向けてみた。すると、そこには近未来小説と見紛うばかりの状況が繰り広げられていた。人間が技術を人間の幸福のために使い、発展させていくには、やはり人間の知恵と努力より他にない。その第一歩として、まず、現状の把握と認識から行いたいと思う。

(ビル・トッテン)

技術は文明に何をもたらしたか
(2003年 アシスト『新春の集い』より)
 
 コンピュータ・ソフト業界で30年以上ビジネスに携わり、近年の日本の社会状況ならびに世界に目をやった時、コンピュータだけでなく、より広く「技術」という側面から、その進歩が人類にもたらした功罪について考えてみたいと思うようになった。
 技術に関連する最も大きな出来事は、約200年前のエネルギー革命である。消費をするのは生き物だけだ。自動車は人間が運転しない限り燃料を消費しないし、テレビも人間が見ない限り電力を消費しない。また、物を生産するために使われるエネルギーも、200年前までは動物や人間、または風や川のような自然のエネルギーだけだった。したがって、歴史を振り返ると、常に経済の均衡は主に供給が不足する場合の方が多く、現在のように過剰な時代はこれまでになかった。これを大きく変えたのが石炭、石油、原子力といった人工的なエネルギーで、それらを使い始めてからエネルギー量はほぼ無限に増やすことができるようになった。
 そして「技術」はこれらのによってもたらされた。電報、電話、鉄道、自動車、飛行機、コンピュータ、ロボット等々、すべて人工的なエネルギーが使われ、また、このエネルギー革命が人口の急増など様々な影響を及ぼした。中でも人類が受けた最も大きな影響の一つが、その破壊力、大きな殺人の力を与えられたことだと思う。つまり技術を進歩として誇らしく捉える一方で、爆弾や核兵器など、人間同士が敵対するための力が増強され、その技術を支配または管理しているのも人間であることを考えれば、技術の進歩を手放しで喜んではならない、何かがおかしいと考える時がきていると私は思うのである。

石油依存社会

 エネルギー革命と技術進歩の象徴として、アメリカには自動車社会がもたらされた。世界石油消費量の4分の1を占めるアメリカの石油消費の3分の2は、自動車のガソリンに使われる。世界の石油埋蔵量の7割は中近東にあり、アメリカは石油の55%を輸入に頼っている。アメリカが今のペースで石油を消費すれば、あと10年で自国の石油は枯渇するといわれているが、イランには53年分、サウジには55年分、イラクには526年分石油が残っている。だから必然的にアメリカは、フセイン政権を倒し親米政権を立てて、そのおまけに石油を取る戦略を選ぶことになる。つまり便利な自動車という道具が、環境汚染という問題だけでなく、使い方を間違えると人類すべてに大きな悪影響を及ぼす原因にもなることがここに示されている。
 もう一つ、アメリカでは技術革新によって農産物の生産量が増大した。しかし今、アメリカ人の6割は肥満で、子供たちの肥満も過去20年間に倍増し現在では25%である。技術で生産量が増えても、人間が正しく管理していればこのような事態にはならなかったはずだが、食品業界はたとえ身体に有害でも、利益を上げるために際限なく食料品を提供する。数を売るのが難しければ容量を1.5倍に増やした超大型サイズの飲み物や食べ物を提供する。その一方で、地球上には8億4,000万人の慢性的な飢餓状態の人々がいて、1日2万4,000人が飢餓によって死亡している。
 食料といえば、生物工学における進歩も同様である。遺伝子組み換え技術、または一般的に使用される農薬がどこまで人間の体に影響を及ぼすのか。あるいはクローン技術で動物を作っているが、それが人間に適用されたらどのような結果がもたらされるのか。ヒトラーはユダヤ人を虐殺して支配民族を作ろうとしたが、クローン技術では試験管でそれが可能になるかもしれない。
 このようなことを考えた時、是非お読みいただきたい本がジョージ・オーウェルの『1984年』である。約50年前に書かれたこの本を単なる空想小説と一蹴する人は、どうか現状を見て欲しい。

オーウェルの世界
 
 『1984年』には3つの大国が出てくる。3国は絶え間なく戦争をし続け、互いに領土拡大を狙う。主人公はその1つに住んでいるが、その国は徹底した独裁国家で、国民には一切の自由も与えられてない。過去の歴史も最近の情報も国が都合よく毎日書き替えてしまう。密告社会で親も子も互いに監視し合っている。いたる所にモニターが設置され、常時監視されている。これは今のアメリカに極めて酷似している。
 絶え間なく戦争をしているというくだりは、アメリカも1941年からずっと戦争をしている。敵はドイツ、日本、ソ連、中国、ベトナム、パナマ、イラク、最近は国だけでは足りずにビン・ラディン個人とも戦争をしている。スパイ活動としては、エシュロンを使って世界中の電子通信をチェックし、バージニア州の巨大なコンピュータセンターでキーワード検索して分析を行っている。
 2001年9月11日以降アメリカが始めたTIPSという制度は、全米の300万人のトラック運転手、郵便や宅配便の配達人、電気・ガス会社の作業員など、一般家庭との接点を持つ労働者を組織化して「怪しい人物」を政府に知らせるというシステムである。また、最近ではインフォメーション・アウェアネス・オフィスが作られた。これはテロ対策のためにインターネットを開発した技術部隊であるDARPA(Defence Advanced Research Project Agency)の配下でクレジットカード、銀行振込といった現金払い以外の金のデータを分析している。
 また、これは研究段階だが、街角にカメラを設置して人々を監視しようとしている。大都市では、顔や歩き方を分析するソフトを作って監視し、人口の少ない田舎では手のひら大の無人カメラを飛ばして写真を撮るという技術研究が実際に行われている。現実になっているものには、警察がGPS用のチップを怪しいと思われる車につけたり、オレゴン州ではGPSの設置を法律で義務づけることを検討している。さらにNASAはマインド・リーディングという、人間が何を考えているかを調べる技術を研究中であり、名目はハイジャック防止のためという。しかし実際にそのような技術が完成し暴君の手にわたったら、20年遅れたもののまさに『1984年』の世界ではないだろうか。

社会への影響

 技術進歩に加え、大店法の緩和でコンビニやスーパーが増加した。インターネットで食材を配達してもらうこともできる。これらはたしかに便利だが、それが社会にどんな弊害をもたらしたかを考えたことがあるだろうか。
 日本の就労者6,000万人のうち900万人は小売業に従事している。大店法緩和でその数は変わっていないが、今ではその3割がパートやアルバイトになった。つまり日本の就労者の5%がパートになったということだ。ハンバーガー店の店員の92%、コンビニの79%、喫茶店の76%、これらは皆パートだ。彼らの賃金は正社員の半分に満たない。日本の就労者の5%の人々の給料が半分になるということが日本社会にもたらす影響は小さくない。
 資本主義の都合のよい点は、自分の利益しか考えなくていいということだ。地域社会や国や環境のことは考えなくていい。自分だけ、自分の会社だけが儲かればいい。しかし、地域や社会が弱体化すれば結果的に皆が損をする。コンビニや大規模スーパーがいくら便利でも、技術が人間の幸福のために効果的に使われているかどうかは疑問だと思う。
 同様に、金融業界では高度な技術を使って24時間インターネット取引などが可能になり、日本の総生産を10円とすると、株の売買は3円分にも相当する。株式市場は、企業が資本を調達する場だといわれている。それもたしかにあるが、それは株式市場における全取引高のわずか2%にすぎない。新規に株式を発行すると企業に資金が入るが、この新規発行株式は2%だけなのだ。新規株を買った人がそれを他の人に売っても、その企業に追加のお金は入ってこない。株取引額の98%は、上場されている株が再び売買された金額である。これでは競馬場となんら変わりはない。つまり、どちらの株が早く上がるか予測して賭けているだけである。
 それにもかかわらず、政府や国会の重要な話題は「株価はどうなっている」だ。私は株式市場は資本を集めるのに逆効果でさえあると思う。なぜなら、お金があって投資しようかという時、新しい機械の開発に投資すれば利益の回収に数年はかかる。しかし、当たれば数分でお金が増える競馬場のような場所が用意されていれば、正常な先行投資の代わりに株式市場という賭博場へお金が回ってしまう。これによってさらにまともな投資が行われにくくなるからだ。
 また現在、世界で1日平均150兆円の通貨売買が行われている。通貨売買が世界の貿易取引額の27倍、世界の総生産の9倍にもなる。なぜそこまで通貨売買をする必要があるのだろうか。そのために巨大な情報システムが作られ、主に金融機関などの機関投資家が、預金や保険料、年金基金を使って売買を行っている。
 政府やエコノミストは、これからは「自己責任」だと国民にいう。しかし、金融機関は巨額の通貨売買や株取引を行い、失敗して不良債権が増えたら国民の税金で補填して欲しいと政府に泣きつく。すばらしい技術をもってして、なぜこのような矛盾や不公平な結果がもたらされているのだろうか。

責任は国民にあり

 これらはなぜ起こり、誰の責任なのだろうか。それは私の責任であり、貴方の責任であると思う。今日は、技術がもたらす問題ばかりを列挙しているが、私がいいたいことは、「私たちはこれらを他人の問題ではなくて、自分の問題として考えているだろうか」ということである。
 ある人は、個人ではどうすることもできない、これは政府の問題だ、というだろう。もちろん政府には大きな責任がある。政府はいつも製造側、企業側の味方であり、生産者対消費者であれば、常に生産者の立場に立ち、また企業対従業員であれば企業の側に立つ。これは何も日本政府に限ったことではない。ほとんどの国がそうだ。だからこそ、こういうことを政府に任せてはいけない。
 しかし、選挙の投票率を見れば、国民は選挙にも行っていない。政治は圧力で動くのだから、国民が圧力をかけなければ、圧力をかけているところの力で動くのは当たり前だ。したがって、これからは政府に圧力をかける国民にならなければいけない。
 また人工的なエネルギーによる技術がもたらしたもう一つの大きな影響は、世界がボーダレスになったことである。飛行機でどこへでも行ける。インターネットで世界の情報が入手できる。だがこれらは表面上にすぎない。インターネットで大企業の社長やビル・ゲイツにいくらメールを出しても、無視されるだけだ。イタリアでもフロリダでもどこへでも行けるが、お金持ちだけの排他的なクラブには決して入れてもらえない。
 このボーダレス世界で、日本の半数の大企業の売上の多くは海外からもたらされ、半数以上の社員は海外にいる。日本でもアメリカでもドイツでも、このような多国籍企業の利害は同じだが、これら企業と各国の平民との利害関係は異なる。さらにはボーダレス化によって大金持ちや多国籍企業は、自分たちのバーチャルな国を作ることができるようになった。首都はダボスで、1月末に彼らは会議を開いているところである。

すばらしい新世界

 日本の最近の税制を見て欲しい。減税は富裕者の所得税や大企業の法人税ばかりで、一般国民には増税である。大企業の福祉を増やして、弱者の福祉を切り捨てているが、これも日本だけでなく、アメリカ始めほとんどの先進国がそうである。国同士の闘争から、エネルギー革命とすばらしい技術発展と輸送、通信の発達で、世界で階級闘争が起きているのである。ところが私たちはそれにほとんど気づいていない。そこで紹介したいのがもう一冊の本、約60年前にハックスリーによって書かれた『すばらしい新世界』である。
 オーウェルは暴君が恐怖で平民を支配する世界を描いた。このハックスリーは、娯楽とマインドコントロールでの支配を描いている。今の日本はまさにハックスリーの世界である。テレビや漫画、おもちゃとして携帯電話を使い、日本人はほとんど頭を使わなくなった。考える能力がなくなったから支配者は好き勝手なことができる。支配者はメディアを握りマインドコンロールを流し、一般国民はそれに乗せられるという構図が出来上がっている。かつてニクソン大統領は「同じ嘘を、いくらそれがばかばかしいものでも、繰り返し言い続けると、人は真実として信じるようになる」と自慢気にいった。そして現代人はその通りになった。考える習慣も、考える能力も失われた。これは偶然ではない。ハックスリーを読めば、支配者の筋書き通りだということがわかるだろう。

哲学へ戻れ

 34年前に私が日本に来た時の教育と今の教育の違いは、昔は哲学中心の教育だったのに対し、最近は大学が専門学校の役割しか果たさなくなったことだと思う。なぜ東大に行くかと聞けば、いい仕事に就くためだという。それでは専門学校と変わらない。昔の教育の多くの部分を占めていた、仕事に直接には役立たないかもしれないが、人格形成のための哲学や歴史が、現代ではほとんど教えられなくなっている。効率、経済性、テクニックばかりが強調されて教えられ、理念、価値観、道徳は教えられない。
 もし私たちが技術を国民の幸福のために管理し、支配しようと思うのであれば、それは技術の問題ではなく哲学の問題である。善悪の区別ができてこそ、その技術をどう使うべきか、またはどういう使い方は禁止すべきか、どういう規制を作るべきかがわかる。今そのような区別はなされていないし、政府もメディアも学者もそれをしていない。
 このままいくと10年後、20年後に、日本だけでなく人類がどうなるのか、私はひどく不安になる。恵まれた文明の中で生活し働く我々は、今、技術以前にそのことを課題にすべきであると思う。

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