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「マイノリティ・リポート」、「ギャング・オブ・ニューヨーク」、「K-19」、「ハリー・ポッター」正月映画のラインナップも揃った。
2000年の実績によると、全米で年間460本の映画が公開され、それらは75億$(約9000億円)の興業収入を稼ぎ出した。(同年の日本の興業収入は約2000億円)映画市場は過去10年の間に55%も成長しており、一時期の低迷からは脱したようである。無から有を産むエンターテインーメント・ビジネスの中では充分に巨大な規模を持つ映画産業の中で、最も息が長く、巨額の富を生みだしているのが、遙か銀河を舞台にした一大ファンタジー・スペクタクル、スターウォーズシリーズである。
「スターウォーズ」をこの世に送り出したのは、1944年西海岸カリフォルニア州モデスト生まれのジョージ・ルーカスという青年であった。高校時代からスピード狂で、レーサーになることを夢見ていた彼は、62年6月交通事故のため映画界へ転向し、南カリフォルニア大学映画科へ進学した。後の巨匠コッポラの助監督を勤めながら71年監督としての処女作「THX-1138」を発表したルーカス頭の中には、既にスターウォーズの構想があったという。しかし当時の映画界にはSF映画はヒットしないというジンクスがあり、師匠のコッポラは彼に低予算の青春映画の製作を勧めた。1973年5月「アメリカン・グラフティ」の製作を終えたルーカスは、次回作「スターウォーズ」のスポンサー探しを始めた。当初の製作費は350万$と見積もられていた。大手スタジオのユナイテッドは13頁の粗い企画書を一目見て、資金の大きさと特撮の困難さを想像し、首を横に振った。ユニバーサルも同様の反応であった。結局資金を提供したのは、20世紀フォックスであった。プロダクション部門の幹部になっばかりのアラン・ラッド・ジュニアは「THX-1138」以来、ルーカスの才能を高く評価していたのだ。
幾多の交渉の末、ラッドとルーカスは73年8月合意に達した。内容は17頁のハリウッド式の合意の証「取引メモ」となった。ハリウッドでは誰もが契約書を作りたがらない。映画関係者は皆約束に縛られることなく、取れるものは自分の物にしたい、と考えるからである。この取引メモは業界の大手と駆け出しの映画監督という両者の力関係を反映して、資金提供者に有利に出来ていた。フォックスはTV放映、ビデオ化を含む全世界での配給権を手中に収め、ルーカスが手にしたのは監督費10万$、脚本料5万$、相棒ゲイリー・カーツのプロデューサー料5万$、そして将来の映画の収益の40%であった。しかしルーカスにも再交渉の余地は残されていない訳ではなかった。3週間後「アメリカン・グラフティ」が大ヒットすると、ルーカスは一躍花形映画監督となる。周囲は彼に50万$のギャラの上乗せをそそのかした。しかしルーカスが選んだのはドルではなく、続編の制作権、出版権、サウンド・トラックの権利、マーチャンダイズ(関連グッズ)の権利等、映画がヒットしなければ屑にしかならない種々雑多な付属物であった。67年の「ドクター・ドリトル」で関連グッズの在庫の山を築き上げたフォックスは、何故ルーカスがとりわけマーチャンダイズ権に固執するのか理解できなかった。勿論当時のルーカスとて関連グッズで儲けようなどとは考えていなかった。ただ、グッズの販売に興味のない会社に任せていたら売れるものも売れなくなる、だから自ら販売できるようにしよう、とその程度の考えであったらしい。一方ではルーカスはこの作品に失敗したらおもちゃ屋になる、ということを真剣に検討していた、とも言われている。
新しいキャラクターが追加され、脚本が何度も書き換えられる。キャスティングが進行し、ロケ地が選ばれる。準備が進む中当初の350万$を遙かに超え、予算は850万$になろうとしていた。今や1本あたり5500万$(1$=120円として約65億円)かかるという、いわゆる"ハリウッド映画"の世界の中でも当時の850万$はビッグ・バジェット・シネマであった。ちなみに鮫の模型だけに15万$をかけたという76年の大ヒット作「ジョーズ」、そしてホラー映画としては空前のヒットとなった「エクソシスト」の製作費が1000万$である。シルベスター・スタローンの出世作となった78年の「ロッキー」は100万$である。当時のフォックスはハリウッドの基準では優良企業の部類に入ってはいたが、総資産僅か1億5000万$、売上3億$という吹けば飛ぶような存在であった。フォックスの財務担当役員クリス・カラボウスクは呻いた。「ばかでかいぬいぐるみが動き回る映画に大金がかけられるのか?」チェニジアの砂漠で撮影が開始された「スターウォーズ」が完成したのは、アップルコンピューター設立されたのと同年、王貞治が756号のホームランを打ち、ハンク・アーロンの記録を更新した77年のことであった。
SFXを365カット使った121分のこの作品は5月25日全米、カナダ43劇場で公開された。映画は関係者の予想に反して大ヒットした。人々は暴力とセックスの描写が続く当時の映画に飽き飽きしており、最新のテクノロジーを使いながらも正義は悪に勝つ、というシンプルで古典的なストーリーを持つ冒険映画「スターウォーズ」を支持したのだ。配給収入は翌年1月には1億2700万$を超え、「ジョーズ」を破り歴代1位となった。フォックスの株価は一気に4倍に跳ね上がる。しかしルーカスはまだ、経済的な意味でご馳走にありつけた訳ではなかった。いくらヒット作を作ってもあちこちから鮫のように貪欲な関係者が現れ、自分の権利を主張して分け前を掠め取り、映画を作った当のクリエイターにはほとんど何も残らないというのがハリウッドのやり方である。ルーカスは関連グッズへの権利を行使するしかなかった。彼はシンシナティの玩具メーカー、ケナー社に関連グッズの独占権を年間10万$でライセンスした。ルーカスの取り分はライセンス料の他に販売総額の15%である。ルーカスは関連グッズが大ブレイクして、ようやく金を手に出来る状態であった。しかもこの時の彼は大金を手にしなければならない状態にいたのである。フォックスとの間の「取引メモ」には、2年以内に続編を作らねばスターウォーズの全ての権利はフォックスのものとなる旨の規定があったからだ。ルーカスは自分の映画を守るためには、続編の製作費を自ら用意しなければならない、と覚悟を決めていた。
ここで、マーチャンダイジング・ビジネスの基本に戻ろう。リスクとリターンはトレード・オフの関係にある。マーチャンダイジング収入は今日では劇場収益の3倍以上とも言われているが、映画のキャラクターに頼るこのビジネスは、在庫と返品の山を築きかねないリスクの高い商売であることも事実である。このビジネスにとって最大のリスクは企画、製作を経て商品が店頭に並ぶまでの1年程度の間にブームが去ってしまうことだ。「スターウォーズ」は1977年の夏に公開されている。ここで商品の企画を始めたとすると子供達がおもちゃを手に出来る1年最大のイベント、クリスマスには商品は間に合わない。ケナー社の担当者は苦しみぬいた。スターウォーズ・グッズは最大の商機を逃してしまうのか?苦心の末生まれたのが、「フィギュア・コレクター認定パッケージ」という長方形のレターセットであった。この商品はスターウォーズ・フィギュア・コレクターの認定証とフィギュアを並べる厚紙の台紙が入っていた。フィギュアの製造は12体が予定されており、パッケージに同封された申込書をケナー社に送ると、翌年に第一弾のルーク、レイア、R2-D2、チューバッカーの4つが受け取れる約束になっていた。これでケナーは全米の子供達にクリスマスプレゼントを届けることができた。そして、この一種のコール・オプションは売れまくったのだ。
映画の大ヒットはキャラクター・ビジネスの商機を作り、グッズの売上は続編の製作費を稼ぎ出す。成功の車輪が回転を始めていた。映画がシリーズ化され、キャラクターの寿命が延びれば延びるほど、マーチャンダイジング収入は増加するのだ。続編の商談においてフォックスは、ルーカスが強大な存在になったことを思い知らされた。第1作の製作においてフォックスは850万$を貸付け、収入の60%を持っていった。続編ではフォックスは製作費負担はしない代わりに、配給費用を払った挙げ句、収益の77%はルーカスに払わねばならなくなった。契約はさらにフォックスの配給権を7年に制限し、TV放映権とマーチャンダイジング権は全てルーカスの手に渡った。SFX605カット、前作の倍以上の2500万$を費やした「帝国の逆襲」は、1980年5月21日全米公開。その週末の3日間だけで興業収入400万$を超える記録的なヒットとなった。更に「ジェダイの復讐」を加えた3部作の興業収入は19億$以上になったという。500以上の新キャラクターと75以上のメカニックが登場する予定の新シリーズの第1弾である「エピソード1/ファントム・メナス」、そしてこの夏日本でも公開され初日の興業収入が約3010万$という最新作「エピソード2/クローンの攻撃」、これら総てを合わせるとすでにルーカスはシリーズのキャラクター・ビジネス収入だけで40億$を稼いだという。巨額の富がルーカスにもたらしたものは、贅沢な生活ではなかった。それは大手スタジオからの独立である。彼は脚本、キャスティング、予算配分、その他映画製作における完全な自由を手に入れた。彼の映画製作チームであるルーカス・フィルム社は世界最大のインディペント映画会社である。
ケナーは「スター・ウォーズ」及び「フィギュア・コレクター認定パッケージ」の大ヒットにより92年に業界2位のハスブロに買収された。ハスブロ全社の売上に占めるスター・ウォーズの関連グッズの割合は6%を占めるという。ルーカスはハリウッドのルールに従わなくても映画ビジネスで成功出来ることを証明した。サクセス・ストーリーは何時でも楽しい。そして一つの偉大な成功を創り上げるのは、組織の力や偶然だけでなく1人1人の名前と顔を持った人間の行動の軌跡である。残念ながらルーカスに偉大な成功をもたらすきっかけとなるアイデアを思いついた、ケナー社の社員の名前は明らかにはされていない。この名前の知られていないアイデアマンを讃えながら本年最後の与多話を終わることとしよう。
http://www.ex.sakura.ne.jp/~ere/slg/index.html