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「人類平和」と「国民の安寧」を願う「慈母」?!
「生まれて何も知らぬ吾が子の頬に/母よ 絶望の涙を落とすな/その頬は赤く小さく今はただ一つの巴旦杏(はたんきょう)にすぎなくとも/いつ 人類のための戦いに燃えて輝かないということがあろう……」
これは、貧困と病苦とたたかったアナーキスト詩人・竹内てるよが、戦前の一九三三年に発表した『頬』という詩の冒頭部分。この詩を「子供を育てていた頃に読んだ忘れられない詩」として紹介しつつ、子供の未来を信じることの尊さを公(おおやけ)の場で訴えた御仁がいる。皇后・美智子がその人。スイスのバーゼルで開かれた国際児童図書評議会記念大会での皇后のこの英語でのアピールが、いま右派論壇で波紋を巻き起こしている。
この皇后のあいさつに噛みついたのは、右派系雑誌『発言者』グループの一人である八木秀次(高崎経済大学助教授、『正論』十二月号)。「『人類のための戦い』とは国家破壊のための暴力革命ではないのか」「詩の意味は、母は絶望してはならない、この子供たちもいつの日か人類のために立ち上がる革命の闘士となるのであるからということ」「日本の皇后のお立場にある方がその存立基盤を否定するアナーキストの考えに同調されるというメッセージを全世界に向けて発せられた」ことになるのは「皇統の永続を願う民の一人として、誠に畏れながら残念」と。
なんとも無粋な噛みつき方ではあるが、天皇主義者なりの筋は通しているというべきか。そう、皇后のスピーチはたしかに変。八木とは違う意味でだが、その鉄面皮さを見逃すわけにはいかない。
竹内のうたう「絶望の涙」の背後には、竹内の壮絶な人生がある。物心つかないうちに実母と生別し、二十歳で結婚し一児をもうけながら、二十四歳でかかった脊椎カリエスのために寝たきりとなり、子供と切りはなされ離婚されたという……。
だから、竹内のうたには、子供を奪った<家>という制度(その根幹をなす天皇制)への怒りがある。この竹内のわが子への思いを、「貧困をはじめとする経済的、社会的な要因」「紛争の地で日々を過ごす不安」(同あいさつ)などとはおよそ無縁な・人民の上に君臨する超越的人格としての天皇家の育児≠ニ重ね合わせることほど、竹内の詩を愚弄するものはないではないか。
皇后(とそのゴーストライター)は、戦前の竹内が、「強権と専制者」による「間違った道徳」「あらゆる支配者の圧迫」との闘いをうたった『叛く』(一九三〇年)の詩人であったことを知らぬはずはない。それを百も承知の上で、皇后・美智子は、アナーキスト詩人の絶望をも包み込む全国民・全人類の普遍的な母≠ナあるかのようにみずからを押し出しているのだ。「産経新聞」が、「母として……あふれる真心」「皇族の立場からではなく、一人の人間として心情を吐露する姿勢」が、五十ヵ国四〇〇人の式典参加者を感動の渦に巻き込んだ、などと、この皇后のあいさつを絶賛してみせているのも、ハハンとうなずける。その意味では、八木の非難などは、大御心の深さをわかっていない≠ニ一蹴されるべきもの、というわけか。
なんのことはない、これはもう天皇教≠フ二十一世紀バージョンではあるまいか。戦後民主主義の申し子でありカリスマ性ゼロのジミー%V皇明仁に成り代わってそのキサキの聖化がはかられているというわけ。
実際、このところの皇后のパフォーマンスの突出ぶりは尋常ではない。皇后単独での外国訪問じたいが皇室史上初。それだけでなく、十月十九日には、六十八歳の誕生日に当たっての宮内記者会の質問への文書回答に曰く、「小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、驚きと悲しみと共に、無念さを覚えます。何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません」と。現在直下のホットな国際問題に絡んで、かくも踏み込んだ発言を皇族がおこなったのは前代未聞。これまた、「世界の平和」と「国民の安寧」を思う慈母のごとき皇后≠ニいうキサキ像を全国民に刷り込んでいく思惑にもとづくものであることは明らか。
しかも、女ばかりが生まれるなかで、将来の女帝誕生≠にらんでの布石として、女性皇族の位置を高めていく思惑も見えかくれしている。
反北朝鮮の排外主義の狂騒と軌を一にして、それに心棒を通すべく、新たな天皇教が煽られていることに、ゆめゆめ警戒を怠ることなかれ。