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『AERA』2002/12/02
「死亡８人」に重大疑問
「死亡３、不明５」だった
北朝鮮取材班
首相訪問のその朝、北ではあわただしく安否構報の書き換えが行われた。複数の
関係者の新たな証言。少なくとも５人は生きているのでは──。
日朝首脳会談の事情に詳しい関係者は、周囲を見回した後、小声で舞台裏を打ち
明けた。
９月１７日の首脳会談で朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）側は、拉致被害者の
うち蓮池薫さん夫妻、地村保志さん夫妻、そして曽我ひとみさんの計５人の生存
を認めた。が、ほかの被害者８人については「いずれも北朝鮮国内で死亡」と日
本側に伝えた。その「８人死亡」が、やはり、大ウソだったというのである。
「『５人生存、８人死亡』と書かれた書類は９月１７日の日朝首脳会談直前に出
来きあがったものだ」
事務方の資料が一転
北朝鮮の内部事情を知る立場にある彼によれば、北朝鮮政府の事務方は、金正日
総書記から拉致を認める方向で安否情報の資料を整えるよう指示された。資料が
出来上がったのは首脳会談当日の早朝。もとの文書にはこう書かれていたとい
う。
「５人生存、３人死亡、５人消息不明」
が、この文書を見た金総書記は怒り出し、事務方に作り直しを命じたらしい。激
怒のもとは「５人消息不明」の部分。事務方が書き直した結果、
「３人死亡、５人消息不明」が、
「８人死亡」となった。「消息不明」の５人が「死亡」に変わったわけだ。
書き換えは、小泉純一郎首相ら日本政府一行を乗せた政府専用機が羽田空港を
たったころに進められたという。
事実とすれば、まさに泥縄で、拉致被害者と家族の運命を分けたあの文書はでっ
ちあげられたことになる。
平壌に着いた日本政府一行に北朝鮮側は会談の前、「事務レベルの協議をした
い」と申し入れる。協議の場で渡されたのが、書き換えられた「５人生存、８人
死亡」文書だったわけだ。
この関係者の解説。
「『８人死亡』を突きつけることで、『これ以上、がたがた言うな」と、日本側
を脅す狙いだったのでは。交渉の冒頭、まず一発かますのは北朝鮮の常套手段
だ」
安否情報が書き換えられたとの証言はこれだけではない。別の事情通の耳にも、
ごく最近入っていた。情報源はさきの関係者とは別。
彼の見立てはこうだ。
「総書記は、拉致問題にケリをつけ、早く国交正常化交渉に入りたかった。安否
情報に消息不明者がいれば、日本側は安否の再調査を要求するに違いない。する
と拉致問題決着は会談後に持ち越される。それでは駄目だ、と消息不明者をゼロ
にしたのではないか」
表にできない事情が
総書記の真意はわからない。しかし、関係者や事情通の解説通り、拉致問題を沈
静化させ、問題を早期決着させようとしていたのなら、現実は総書記の描いたシ
ナリオ通りにはいかなかった。
（中略）
北朝鮮の発想としては、「死亡」と発表したのに日本側の圧力で「実は生きてい
る」と後に前言を翻すことになれば、人命を何とも思わない自らの体質を改めて
世界中に知らしめることになる。が、「消息不明」なら、「調査の結果、実は生
きていることがわかった」と言い抜けることが可能だからだ。
その場しのぎの記録か
「帰国した５人は日本に帰しても心配ない生活環境にあり、思想教育にも適応し
ていたと北朝鮮当局は判断した。日本に行っても、必ず北朝鮮に戻ると考えてい
た。しかし消息不明と当初書かれた５人は、帰国組より表に出しにくい状況にあ
るのではないか。生活面か、思想教育面のどちらかで、北朝鮮側が彼らを日本に
出すのに自信が持てなかった」（日朝関係筋）
別の関係者は、
「彼らが、帰国した５人以上に北朝鮮の対南（韓国）、対日工作に関与させら
れ、いわば、内情を知りすぎているため表に出せない」と話す。
拉致議連の平沢勝栄衆院議員に、この「新情報」について聞くと、
「一般に、消息不明だとの同答は、本人たちが生きている何よりの証拠と考える
のが普通だ。『５人』が正確かはわからないが、私たちは８人の大多数が生きて
いると考えている。北朝鮮の発表を既成事実化させてはいけない」
と話した。
（中略）
８人のうち、誰が「消息不明」で、誰が「死亡」とされていたかは現段階ではわ
からない。
が、ここにきて浮上しているのが、１３歳で帰宅途中に拉致された横田めぐみさ
んの生存情報だ。
生存情報は複数から
（中略）
「めぐみさん生存情報」は、まず１１月１６日、共同通信が、
「９７年、対日関係の窓口で金総書記の側近だった金容淳書記が日本政府に対
し、『拉致被害者とされる人たちの中で、少なくとも横田さんは生きている』と
伝えていた」
と報じた。日本政府に対する北朝鮮の説明では、めぐみさんが．平壌市内にある
病院「４９予防院」で首をつって自殺したのは９３年３月１３日となっている。
配信記事によれば、この情報を話したのは「当時の橋本龍太郎政権の中枢にいた
関係者」。その情報源ではないかと複数の関係者に指摘された国会議員はアエラ
の取材に対し、
「私は話していない。そんな話も聞いたことがない」と完全否定。さらに、
「そんな情報があるとすれば、金容淳書記と親しかった別の先生（議員）の筋か
ら出たものではないか」
と付け加えた。
めぐみさんらの生存情報は別ルートでも、「北朝鮮に拉致された日本人を救出す
るための全国協議会」（救う会）に今年７月、伝えられた。北朝鮮の動向を探り
続ける韓国情報機関の幹部からだった。
「救う会会長の佐藤勝巳氏によると、幹部の話はこうだ。
「６月にカナダで行われた主要国首脳会議（サミット）で、小泉首相は拉致問題
を取り上げ、プーチン・ロシア大統領らに問題の重要性を訴えた。それを知った
北朝鮮側は『拉致事件を国際問題にするつもりか』と驚き、１０人ほどの拉致被
害者（家族を含む）を別の招待所に移動させた。どこからどこに移されたのか、
具体的な場所はわからない。現在も調査中だ」
その「１０人ほど」の中に、横田めぐみさんも含まれていたというのである。
「こちらから聞いたのではなく、向こうから『新潟の行方不明になった少女も生
きている。推測の部分もあるが、間違いないと思う』と言い出した」（佐藤氏）
「話すと国際問題に」
ところが、だ。「８人死亡」の安否情報を北朝鮮側が発表した９月１７日の日朝
首脳会談の後、話は一変する。
「北朝鮮は、めぐみさんは死んだと言ってるぞ。生存情報は本当なのか」
電話でそう問いただす「救う会」側に、「生存情報」を伝えていた当の幹部は電
話に出ず、代わりに部下が、
「いましゃべると国際問題になるから言えない」「ウソを言ったのか」と詰め寄
ると、その部下は「ウソは言っていません」と答えたという。
「太陽政策」を掲げ、北朝鮮とのの融和の立場を取る韓国の金大中政権は９８年
２月の発足以来、北朝鮮を瀬戸際に追いつめない路線を進めてきた。２０００年
６月の南北首脳会談以降、その路線は加速度を増した。政権末期を迎え、レーム
ダック化を深めるいまもその方針は変わっていない。
（中略）
「めぐみさん情報」をめぐり、日朝首脳会談の前後で韓国情報機関が見せた「救
う会」側への対応の落差も、首脳会談後も金大中政権の方針が変わらない以上、
「もはや表だって答えることが幹部としてはできなくなった」ためではないか。
有本さん生存説も続々
めぐみさんについては、夫だったとされる「キム・チョルジュ」なる人物の名前
が故・金日成首席の弟と同じであること、娘と断定されたキム・ヘギョンさんも
その名前が金正日総書記の娘と同名であること、と奇妙なことだらけだ。
日本のマスコミのインタビューに答えるヘギョンさんの堂々とした態度は、「と
ても北朝鮮の普通の子どもとは思えない」（佐藤勝巳氏）ものだった。
奇妙な話はまだある。
９９年ごろ、金総書記が最も信頼する側近の朝鮮労働党大幹部が、かねて親交の
ある日本の政財官界に影響力を持つ人物に語ったとされる話だ。
「めぐみさんは、労働党の幹部と結婚し、子供も男女一人ずついて幸せに慕らし
ている。だから捜さないで欲しい」
これらの話を踏まえ、北朝鮮に詳しい事情通は、「金総書記が７０年代に結ばれ
た相手の一人に、高英姫という日本からの帰国者の女性がいる。子供もいる。彼
女の影響か、総書記の家は日用品も日本製が圧倒的に多い。子供のため、学習教
材や背を仲ばす機器が日本から取り寄せられたこともあったと聞く。８０年代の
一時期、まだ１０代のめぐみさんが日本語の話し相手という形で、高氏やその子
供と接する機会があったのではないか」
とみる。
「生存説」が、日朝首脳会談の直前まで流れていたのが、欧州に留学中に拉致さ
れた有本恵子さんだ。
「小泉首相の前に姿を見せる」「北朝鮮出国に向け、すでにロシアのウラジオス
トクで待機している」
との情報まであった。拉致間題関係者の一人は、
「両政府間の交渉に影響があってはいけないので詳細は言えないが、確かな証拠
がある。有本さんは生きてるんだよ」と力説する。
帰国した５人の家族を日本に呼び寄せる問題で日朝関係はこじれている。が、め
ぐみさん、有本さんはもちろん、死んだとされる８人全員についての真相が明ら
かにならない限り、日朝の国交が正常化することはない。
題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。