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江畑謙介『世界軍事・兵器情勢`98』(時事通信社)p.262-265
イラクの大量破壊兵器隠しの知られざる実態
●核開発の懸念はないとIAEAは宣言したが
1998年2月のイラク危機は、国連の大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)による
査察機能の限界を世界に知らしめたものであり、また冷戦後において、米国を中心とする世界の
多くの国が世界平和実現の基本と位置づけてきた、大量破壊兵器(核、化学、生物兵器とその
運搬手段としてのミサイル)の拡散防止の実現が、いかに困難で脆弱なものかを改めて印象付けた。
91年の湾岸戦争の結果として、イラクが受け入れた停戦条件の一つに、イラクは停戦後15日
以内に大量破壊兵器の研究開発の内容を完全に明らかにしなければならないというものがあった。
しかし、イラク政府は15日どころか、以後7年間にわたり、その言葉と行動を左右にして、
国連への完全な公開を逃げ回ってきた。
イラク側は「一応これで全て」と資料や施設を見せたりするのだが、査察チームがいろいろ調べて
みると、どうもそれだけではないと考えざるを得ない証拠が見つかる。また、同国内の協力者から
「あそこに隠している」という情報も入ってきたりする。
国際原子力機関(IAEA)はこの7年間の査察と廃棄作業の結果、イラクの核兵器研究開発に
ついてほとんど懸念がなくなったとしたものの、化学、生物兵器についてはなくなるどころか、
疑惑と疑念が増大している。
イラク政府は生物兵器に関する研究は、湾岸戦争直前の90年10月に研究をやめて
関連施設や材料はすべて廃棄したとしていたのだが、95年ごろになって生物兵器を
量産していた証拠が見つかり、それまでは造ったことがなかったと主張していた炭疽菌を、
1万9000リットルも生産していた事実を認めるに至った。
また、これも造ってはいないとしていたVX神経ガスを、95年になって「数グラム」造ったと
認め、96年には4トンも生産していた事実を明らかにした。VXガス生産に必要な
前駆物質を750トンも輸入しているが、その使い道についてはいまだにかなりの量が
不明のままになっている。
化学・生物兵器を充填した弾道ミサイルの弾頭は、実験用として5発造られ、さらに実戦用として
75発が造られた事実も査察で明らかになった。スカッド弾道ミサイルはイラン・イラク戦争前に
819発が輸入され、そのうち817発まで使用や廃棄が確認されているが、2発は依然として
行方不明であり、国内で生産した射程延長型のアル・フセインになると、一体何発が造られ、
今、何発残っているのかに関して、信頼に足る情報がないし、もちろん確認もできない。
無条件査察といっても、独裁政権の国がその気になって隠そうと思うと、かなりの隠匿ができる
という事実を世界に見せつけた結果になる。こうなると、もはや懸念すべき状態にはないと
IAEAが宣言したイラクの核兵器研究開発も、本当に大丈夫かという疑問が出てくる。
●次々と明らかにされる偽装・隠蔽工作
実際、イラクの核兵器研究開発は、湾岸戦争前の予想をはるかに上回る大規模なものであった。
湾岸戦争開始時点で、イラクの核兵器開発は第一号を完成させるまでに、およそ2年という
状態にまで迫っていた。これはイラク国内で濃縮ウランないしプルトニウムを生産するという
前提での話であり、もし核兵器に使用できる濃縮ウランや高純度プルトニウムが他から入手できる
なら、もっと短期間、つまり半年とか1年以内に完成できただろうと推測されている。
ソ連の崩壊により核兵器と関連物質、機材流出の危険が大きく高まった現状からみると、湾岸戦争が
91年前半に起こったのは、世界の安定からみると幸いであった。
しかし、イラクが現在の政権である限り、核兵器の開発保有をあきらめないであろうことは容易に
予想される。湾岸戦争前の時点でイラクの核兵器に従事していた科学者の数は約7000人、
技術者の数は2万人と推測され、現在もこの基本的な科学、産業基盤は維持されていると考えられる。
国連による査察でも、ツワイサの核研究施設では建物の中にもう一つの建物を造り、外部からは
その本当の目的が分からないようにしている事実が明らかにされた。タルミヤやアシュ・シャルカットの
施設では、故意に建物の外形をその本来の目的からは外れる設計にしたり、電力や水の供給路を
隠したり、意図的に保安、警備態勢を緩いものとしたり、外部への排水、熱などの排出をできる
だけ少なくするように配慮したり、工場の稼動状態をごまかすような工夫をしたりするなどの
偽装、隠蔽努力をしていた事実が明らかとなっている。
これらは米国やロシアの偵察衛星の監視をごまかすためと考えられる。イラン・イラク戦争のときに、
イラン・コントラ事件で米国がイランに兵器を与える相殺行為として、イラクにはイラン軍の配置などに
関する偵察衛星写真を提供したといわれる。ここからイラクは、どうすれば偵察衛星の監視をごまかせるのか
を学んだのではないかと推測されている。それが事実とするなら、米国にとって自業自得といえばそれまで
であるものの、大量破壊兵器拡散防止という、世界の基本方針からは極めて憂慮すべき事態である。
となると、現在行われているU−2偵察機や国連のヘリコプターなどによるイラクに対する空からの
活動監視方式も、下手をすると相当に見落としがあるのではないかという懸念が出てくる。
イラクは多くの研究、生産施設を地下に造り、分散してきた。ウラン濃縮方式もカルトロンという
極めて単純にして効率の悪い装置による方式のほかに、ガス遠心分離機を二万機並べる方法も実現
しようとしていた。その遠心分離機に使う部品の多くがまだ隠されているのではないかという疑惑が
ある。遠心分離機に使う高硬度のマレージング鋼20トンと、炭素繊維は国連の査察団に提出されたが、
これではまだ数千基の遠心分離機に使う量でしかない。一方では、かつて犬猿の仲であったシリアとの
間に秘密核兵器開発計画を進めているという情報も伝えられている。
イラクの大量破壊兵器開発が、いかに高度な秘匿努力の下で進められているか、その規模と内容に
世界が気付き始めたのは、ようやく最近になってからであり、一体どのくらいのものが隠されている
のかについては、想像を絶しているというのが現状である。(98.3.17)