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政権内部の分裂からブッシュ大統領の介入姿勢がふらつき
現地で和平仲介に取り組んだ国務長官の努力は無に帰した
ファリード・ザカリア(本誌国際版編集長)
ジョージ・W・ブッシュ米大統領が外交政策の「ドリームチーム」を発足させたとき、精鋭たちの対立をまとめることができるのかと危ぶむ声は少なくなかった。
だが、そんな心配は無用とされた。大統領が決断を下せば、全員が足並みをそろえる。意見の相違があってもリークや裏切りは起きない。みなプロなのだから、と。
だがこの3週間、ブッシュ政権の外交政策は迷走して内部分裂をきたし、アメリカが世界の信用を大きく失う事態となっている。
この間、アメリカの政策は目まぐるしく変わった。3月30日にイスラエル軍がヨルダン川西岸侵攻を開始したとき、ブッシュは「イスラエルには自国を守る権利がある」とイスラエルを擁護した。
だが攻撃が激化し、アラブ諸国での反発が強まると、ブッシュは姿勢を一転させる。4月4日、ブッシュはホワイトハウスでコリン・パウエル国務長官とともに演説を行い、パレスチナ自治政府のヤセル・アラファト議長に自爆テロを非難するよう求める一方、イスラエルに撤退を求めた。
2日後、ブッシュはあらためてイスラエルに「遅滞なき撤退」を要請。翌日にはパウエルが中東に出発。そして2日後、イスラエルが二つのパレスチナ自治区からの撤退を発表すると、ブッシュは「これは(停戦に向けた)始まりだ」との声明を出した。
もちろん、そうはならなかった。そしてこのころには、国防総省とディック・チェイニー副大統領のスタッフが、ブッシュの方針に対して宣戦布告を行っていた。
イスラエルとパレスチナの問題には不介入の立場を取るよう助言してきた彼らは、今度はパウエルの使命を失敗させることにねらいを定めた。大統領は国務長官の和平仲介を援護する声明を出すべきではない、と進言したのだ。
シャロンは見抜いていた
議会でも民主・共和両党の議員たちが、ブッュでなくイスラエルのアリエル・シャロン首相の側につきはじめた。パウエルがアラブ諸国首脳との会談を重ねている最中に、キリスト教右派や新保守派がホワイトハウスへのロビー攻勢に出たのだった。
結果は成功だった。4月11日にアリ・フライシャー大統領報道官は、「大統領はシャロン首相を和平の人と信じている」と述べた。
4月15日にホワイトハウスは、イスラエルに撤退しないよう求める集会にポール・ウォルフォウィッツ国防副長官を送り込んだ――パウエルがエルサレムでイスラエルに撤退を求めていたさなかに。
シャロンはワシントン政治の内情を知り尽くしており、どんなサインも見逃さない。パウエルの虚勢も見破っていた。シャロンは二つの自治区からの撤退を決めた際、パウエルを立てて共同発表することはせず、単独で発表を行った。
イスラエルのある有力政治家は、私にこう打ち明けた。パウエルがなんの権限も与えられていなかったことに驚いた、と。
さらに、失敗を成功と呼ぼうとしたブッシュの対応が、政策の混乱に輪をかけた。ブッシュは4月17日、シャロンは和平の人であると繰り返し、イスラエル軍がラマラ包囲を続ける必要性も「理解している」と発言した。前述のホワイトハウスの演説では「ラマラを含むパレスチナの全都市」からの即時撤退を求めていたのにだ。
シャロンの侵攻が長期的にどのような結果をもたらすのかは、イスラエル国民が判断すべき問題だ。だがアメリカにとって、それは大打撃をもたらした。
破綻した対アラブ政策
同時多発テロ以後、アメリカは二つの目的でアラブ世界への働きかけを進めてきた。各国に政治改革を促すことと、対イラク政策への支持を固めることだ。
だがパレスチナ情勢が極度に緊張し、この問題は完全に吹き飛んでしまった。今やアラブ諸国との対話の内容はパレスチナ問題のみ。イスラエルの侵攻で勝利を得たのはイラクと、中東の政治的過激派勢力だ。
マーチン・インディック元駐イスラエル米大使は、「この状況では、アメリカのイラク介入にクウェートやトルコの同意を得ることさえ話にならない」と言う。
先行きはどうあれ、明らかなことが一つある。全面的な支持を与えられたスポークスマンの存在なしに、大統領が外交政策を完遂することはできない、ということだ。国務長官を支えることができないなら、長官を交代させるべきだ。
今のブッシュは、同じく南部の州知事出身で外交経験に欠け、ブレーンが内紛を繰り返したかつての大統領と同じ道をたどっている。あのカーター時代の再来を望む人がいるだろうか。