一九九一年の湾岸戦争時、米軍をはじめとする多国籍軍がイラクで使用した劣化ウラン弾により被爆、白血病などのがんになったとされる現地の子どもたちを日本で治療する計画が動き出した。「世界唯一の戦争被爆国で先進的治療を受けさせたい」という現地の要望を受け、東京の非政府組織(NGO)「アラブの子供たちを助ける会」(ジャミーラ高橋代表)が進めている、その取り組みを紹介する。
今年一月十五日。高橋さんは、イラクの首都バグダッドに降り立った。食糧や薬品などの救援物資などを届けるため、たびたびイラクを訪問しているが、この時は白血病、がん患者が入院している国内四カ所の病院を視察するのが目的だった。
バグダッド市内にあるマンスール医療センター病院の病室では、青白い顔の子どもたちがぐったりと横になっていた。
母親の一人は息子の下腹部の大きなしこりを見せた。がん化した腫瘍(しゅよう)だった。別の子どもは腹部全体が膨らんでしまっていた。湾岸戦争後の経済制裁のため、医療器具、医薬品は慢性的に不足。入院しても十分な治療はできない状態で、次々に亡くなっているという。
子どもたちには、母親や親せきが心配そうに付き添っており、高橋さんが撮影の許しを頼んだところ、「向きをかえるのさえつらいようで、嫌がられた。何とか母親が説得し、インスタントカメラで撮影を許された」。
高橋さんは、その場で出来上がった写真を子どもたちに見せた。すると「表情がぱっと変わってにっこりした。インスタントカメラが珍しかったんでしょう」。その姿に周りの子も「自分も撮影して」と、せがんだという。次々に撮影しては写真を子どもたちにプレゼントしていると、すぐ使い切ってしまった。
高橋さんはその後、バグダッドの南東、クウェート国境に近い都市、バスラのサダム教育病院を訪問。応対したジョワード・アル・アリ医師は「女性の肺がん、若者の卵巣がんなど、過去に症例がない患者が続々入院してくる。放射線治療の器具もなく、手術で摘出するしかない。医者が百人いても足りないぐらいだ」と絶望的な状態を説明した。
同医師によると、九八年のバスラ市内のがんによる死亡者は湾岸戦争前に比べ、十倍以上に急増したという。
高橋さんは、ジョワード医師らから「日本は広島、長崎を経験していて進んだ被爆治療ができる環境があるはずだ。ぜひ日本の技術で患者を助けてほしい」と、熱心に頼まれた。
計画では、まず、イラク政府が推薦した医師二人を東京に招き、治療方法などを研修してもらう。その後、国内で子どもたちを受け入れる可能性がある病院との交渉を行い、いったん当面現地で使用する薬品を持ち帰るという。実施時期などはイラク側の回答待ちだ。
自身もイスラム教徒である高橋さんは「世界がイラクを『悪者』と決めつけ、経済制裁をかける間に、何の罪もない幼い命が、十分な治療を受けられずに次々に消えています。一人でも多くの子どもたちを救いたい」と、子どもたちの渡航・滞在費と治療費のため、募金への協力を呼び掛けている。
文・上田融/紙面構成・谷村卓哉
■湾岸戦争で使用…微粒子で汚染
劣化ウランとは、天然ウランから濃縮ウランを作る際にできる放射性廃棄物「ウラン238」を指す。比重が重く、砲弾の先端につけると貫通力が増すため、多国籍軍はイラク側の戦車や装甲車に対し約三百トンの劣化ウラン弾を使ったとされる。
装甲を貫通した劣化ウラン弾は空気と反応して燃え、ウラン微粒子が飛散する特徴がある。これが人の肺に入るほか、土壌や地下水を汚染し、戦争を体験していない子どもも、次々に被爆している原因とも。一方、派遣された米兵らにも体調異常が相次ぎ、「湾岸戦争症候群」として社会問題化、関連が指摘されたが、「(劣化ウランの)影響が半減するまで億年単位もかかる」といわれ、問題の長期化も危ぐされている。
■募金は…
郵便振替00150−1−23356「アラブの子供たちを助ける会」。問い合わせは高橋さん=電03(3332)1265。Eメール=jamila@gray.plala.or.jp