コリン・パウエル米国務長官にとって、4月5日は65回目の誕生日だった。だが、元同僚の一人は気の毒そうに言う。「誕生日のプレゼントが中東訪問とはね」
パウエルに課せられた使命は、「ミッション・インポッシブル」ともいうべき難題だ。軍人時代のパウエルは、用心深いことで有名だった。とくにアメリカを「勝利なき泥沼」に引き込むことは、なんとしても避けようとしてきた。
そんなパウエルにすれば、今度の中東訪問は悪夢に近い。イスラエルのアリエル・シャロン首相とパレスチナ自治政府のヤセル・アラファト議長。ますます憎悪をつのらせる仇敵同士に和平を働きかけなければならないのだから。
パウエルは著書で「成功するための13カ条」を列挙しているが、その1番目はこうだ。「状況は自分で思うほど悪くない。次の日の朝になれば好転してみえる」
残念ながら、今の中東情勢に好転の兆しはみえない。ジョージ・W・ブッシュ米大統領は中東政策を急転換。「紛争終結のために積極的に関与する」と宣言した。だがブッシュ政権は、ここ数十年で最も厄介な問題に巻き込まれてしまったのかもしれない。
インティファダ(反イスラエル闘争)の開始から1年半、事態は悪化する一方だ。シャロンもアラファトも、残された手段は戦争だけだと確信しているようにみえる。
パレスチナ自治区への大規模侵攻を決断したシャロンは、アラファトのいるラマラの議長府に攻撃を加え、自治区の主要都市を制圧。パレスチナ側の自爆テロをひとまず抑え込むことに成功した。ブッシュが「侵攻停止」を呼びかけた2日後には軍事作戦を拡大。ヨルダン川西岸ジェニンの難民キャンプを攻撃して、数十人のパレスチナ人武装勢力を死亡させた。
政権内に深刻な対立が
一方のアラファトは、ラマラの議長府に閉じ込められたまま、ろうそくの明かりの下で世界に支援を訴えている。だがデニス・ロス元中東特使は、今のアラファトは「最高の気分だろう」と語る。監禁されたおかげで世界の同情を一身に集め、アメリカを再び引っ張り出すことにも成功したからだ。
テロ戦術に屈したとみられるのを嫌うブッシュ政権は、アラファトの役割をなるべく小さく抑えようとしてきた。だが中東の外交筋の間では、パウエルがアラファトと会見する以外に事態の打開策はないという見方が広がっている。
パウエルは中東と同時に、ワシントンの動きにも用心しなければならない。本誌が得た情報によると、ブッシュ政権の内部には深刻な意見の対立がある。
一方には、シャロンの好きなようにさせればいいと考えるポール・ウォルフォウィッツ国防副長官らの強硬派。これに対して国務省高官は、ここで紛争解決に乗り出さないと大統領の指導力が問われると主張してきた。
アラファト排除も検討
両者の論争は、ひとまず国務省側が勝利したようだ。先週末の4月6日、当初はイスラエル軍の撤退期限を設けることに消極的だったブッシュも、「遅滞なき」撤退を主張するパウエルに同調。これを受けてシャロンも、軍事作戦の迅速な完了を約束した。
とはいえ、政策論争がさらに激化すれば、ブッシュが強硬派寄りの姿勢に戻る可能性もある。政策転換を決めた今も、ブッシュはアラファトとの交渉に気乗り薄だ。一方、自爆テロとの戦いを対テロ戦争の一環と位置づけるシャロンには、深い共感を寄せている。
ブッシュは6日の記者会見でこう言った。「アラファト議長は指導力を発揮できず、人々を失望させた。機会は何度もあったのに、指導者として行動しなかった」
こうした発言には、2004年の大統領選挙を意識した有権者対策の面もあるようだ。アラファトに厳しい態度を示せば、シャロンの行動を縛る決定に反発する保守層をなだめることができる。大きな政治的影響力をもつユダヤ系社会の歓心も買える。
ブッシュ政権のある高官によれば、アラファトの扱いをめぐってブッシュとパウエルの関係が緊張した時期もあったという。
それによると、このとき政権内のタカ派が大胆な提案を出した。交渉からアラファトを排除すると同時にアメリカが停戦案を示し、双方に回答を迫るというものだ。だが結局、「強硬すぎる」として却下されたと、この高官は言う。
確かにアラファト抜きの交渉は、現実的とはいいがたい。「パウエルがアラファトと会わないなら、パレスチナ側の当局者は誰も会わない」と、和平交渉の代表を務めたサイブ・エレカトは言う。
それにアラファトを排除しても、次の指導者が穏健派とはかぎらない。パレスチナ人の激しい怒りを考えれば、アラファトが拒否した和平案の受諾を表明できる人物がいるとは考えにくい。
複数の条件がそろえば
パウエルの使命をさらに厄介なものにしているのは、ブッシュ政権の熱意を疑問視する見方が中東に根強く残っていることだ。ブッシュ自身、主要な関心の対象は対テロ戦争であり、中東紛争の解決ではないと明言している。
ブッシュ政権は中東問題に関与し続けるしかないと、パウエルの側近は言う。だが、「イラクと対テロ戦争という優先課題がほかにある以上、この問題に全力で取り組むのはむずかしい」と、中東での経験が長い米外交官は語る。
当然ながらブッシュ政権は、パウエル訪問に過大な期待が集まらないように予防線を張っている。「パウエルが行ったとたん、双方が『OK』と言うとは誰も思わない」と、米政府高官は言う。
シャロンが当面はテロ対策で成果を上げたと判断し、アラファトが自爆テロの抑制に動き、アラブ諸国がサウジアラビア提案の和平案を推進する――いくつもの条件がそろえば、パウエル訪問の追い風になる可能性はある。
イスラエル軍は撤退するだろうと、ある米政府高官は言う。「大統領ははっきりと言明した。最終的にはイスラエルも、アメリカとの対立は避けたいはずだ」
「和平の実現には忍耐が必要だ」と、現時点で唯一の停戦案をまとめたジョージ・ミッチェル元上院議員は語る。「頭の中から『失敗』という単語を排除して、後退をしてもひるんではいけない」
政治家パウエルにとって、今回の中東訪問は最大の試練だ。軍人時代の自分が作った13カ条をあらためて胸に刻むべきなのかもしれない。成功するための第4のルールは「なせば成る!」である。