いつの時代も、風刺漫画は世相を知るよい手がかりを与えてくれる。
最近もこんなのがあった。ヨーロッパの指導者たち(トニー・ブレア英首相、ゲアハルト・シュレーダー独首相、ジャック・シラク仏大統領らの面々)が円卓を囲み、中央に1台の黒電話がある。するとベルが鳴り、いっせいに全員が受話器に飛びつくのだ。
この話には下敷きがある。隠密外交の達人ヘンリー・キッシンンジャー元米国務長官が、かつてもらしたこんな苦言だ。ヨーロッパと話をしたいとき、さて私は誰に電話すればいいのか?
今はヨーロッパの人たちが同じ問いを自らに投げかけている。3月にはブリュッセルで「ヨーロッパの将来に関する会議」と銘打った欧州委員会の諮問委員会が開幕、協議は来年まで続く。
ヨーロッパの人たちは、この会議を歴史の「分岐点」と呼ぶ。その意義は、1787年に新大陸で開かれた13州代表者会議に匹敵するらしい。そう、アメリカ建国の父たちが集まって憲法を起草し、合衆国の誕生に道を開いたあの会議に。
EU(欧州連合)加盟15カ国と13の加盟候補国から選出された105人の代表は、同じくらい壮大な野心をいだき、同じくらい重い問題に取り組んでいる。ヨーロッパとは何か。政治・経済的にアメリカに対抗しうる「欧州合衆国」をめざすべきか。問題に応じて協力し合う国民国家の緩やかな集合体であるべきか――。
曖昧なアイデンティティー
今のEUには民主主義が不足している。むしろ貴族主義的。これをどう変えていくか。EUの大統領を直接選挙で選べばいいのか、全員一致の原則を捨てるとすれば、多数の横暴を防ぐにはどうすればいいか。
こうした問題を解決するために、約200年前のアメリカのように、あらゆる問題を協議したうえで合意を取りつけ、新憲法に盛り込むことになっている。
この会議から最終的に何が生まれるのかは、誰にもわからない。確実に言えるのは、明日のヨーロッパが今日のヨーロッパと大きく異なるということだ。アイデンティティーだけでなく、世界における役割や各国との関係も再構築されることになるだろう。
こうした議論には、懐疑的な声も少なくない。「ヨーロッパとは何か、どこへ向かおうとしているのかという問いそのものがばかげている」と、コロンビア大学欧州研究所のグレンダ・ローゼンソル所長は言う。「答えが出るはずはない。そもそも『ヨーロッパ』など存在しないのだ」
いや、それでもヨーロッパは存在する。問題は数十年の歳月を経てもなお、その概念が定まっていないことだ。
まず、最も単純な事実的側面から見てみよう。独仏の提唱により52年に欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が誕生したのが欧州共同体の始まりだ。58年にはローマ条約に基づき欧州経済共同体(EEC)が発足。この共通市場がしだいに発展して12の加盟国を数えるにいたり、92年のマーストリヒト条約で15カ国からなる今日のEUの基本が形成された。
その後も拡大は続き、2004年末までに10カ国の新規加盟が予定されている。加盟候補国はバルト3国から旧東欧共産圏諸国、マルタやキプロスといった地中海の小国にまで及んでいる。その後には、ブルガリアとルーマニア、トルコが控え、将来的にはモルドバ、ウクライナ、ロシアの加盟も視野に入れている。
欧州諸国はこのプロセスを「拡大」と呼び、旧来のヨーロッパの概念を吹き飛ばす地政学的な「ビッグバン」だと考える。
だが、その方法については意見が大きく分かれている。カギを握る問題は金だ。EU予算の純拠出国であるドイツとイギリス、スウェーデン、フィンランドは、経済圏の拡大でさらに負担が増える事態は避けたいと考えている。
拡大をめぐる内部対立
拠出金を上回る助成金を得ているフランスやスペイン、アイルランド、ポルトガルといった受益国は、既得権益を手放そうとしない。加盟国が増えれば、当然ながら助成金はより貧しい東欧諸国に流れることになる。こうした将来を見込んで、現加盟国と加盟候補国の間ではすでに熾烈な予算分捕り合戦が始まっている。
さらに昨年ニースで開催された欧州首脳会議では、EUにおける議決権の配分をめぐり、激論が戦わされた。現在、主要な政策決定は全会一致で決定され、小国にも拒否権が認められている。ドイツやフランスなどの大国は、特定多数決により決定する事項を増やし「持ち票」を再配分することで、加盟国の規模と経済・軍事力を反映させたい意向だ。
基本的なアイデンティティーの問題でも、各国の溝は深まるばかりだ。マーストリヒト条約に盛り込まれた政治的・経済的に統合された「超国家」創設の理想は、すでに揺らぎつつある。
経済統合を進める一方で政治的独立性は維持すべきだというのがイギリスの主張。この考え方は長年、フランスやドイツをはじめとする大陸のヨーロッパ諸国には受け入れられてこなかった。だが最近では、保守派のシルビオ・ベルルスコーニ首相率いるイタリアもイギリス陣営に歩み寄りつつあるようだ。
スペインやデンマーク、アイルランド、さらに最近の選挙で保守派が勝利を収めた国々でも同様の傾向が見られる。欧州共同体の「建設者」を自任するフランスでさえ、欧州連邦国家の創設に対する熱意を失いつつある。
プリンストン大学ウィルソンセンターのマーティン・ウォーカーに言わせれば、こうした事態は「実存的な危機」だ。ヨーロッパが「ある」のは確かだが、それが何であり、どこへ行こうとしているのかは見えてこない。
自己認識の混乱は、国際関係にも影響を及ぼすだろう。長年、ヨーロッパは超大国アメリカと外交的に渡り合えるだけの影響力をもとうと努めてきた。だが昨年の同時多発テロでは、ヨーロッパの弱体化が露呈した。欧州とアメリカの軍事的な「能力格差」は大きく、ますます拡大している。
欧州諸国は共同防衛軍の創設について協議しているが、実現のための予算割当や国内法の整備に向けた努力はほとんどなされていない。野心的なヨーロッパ主義者が提唱している「共通外交政策」の策定も、実現の見通しは薄い。
各国が外交政策の主導権を手放すとも思えない。昨秋、同時多発テロが発生したとき、カメラが向けられたのは欧州委員会のロマーノ・プロディ委員長でも、EUの外交・安全保障政策を指揮するハビエル・ソラナ上級代表でもなく、各国の大統領や首相だった。「この事実だけでも、統一ヨーロッパの屋台骨のもろさがうかがわれる」と、戦略研究財団(パリ)のフランソワ・ヘイスブールは言う。
最近では、ジョージ・W・ブッシュ米大統領の対イラク強硬政策と「悪の枢軸」発言をめぐり、対米関係もぎくしゃくしている。
団結なくして未来はない
ヨーロッパがアメリカの独断専行に反発するのはいいが、アメリカの独走を許してきたのは彼ら自身なのだ。アフガニスタンにおける戦争でも、イギリス以外の同盟諸国は、人道支援や戦後の平和維持活動を除けば、ごくわずかな貢献しかできなかった。
これは不幸なことだ。なぜなら今の世界にはヨーロッパの確固たる指導力が必要だからだ。現に昨年も、ヨーロッパはいくつもの地球規模の問題に関して、一致団結してアメリカに立ち向かった。
地球温暖化に関する京都議定書の問題では、ヨーロッパは批准推進派の先頭に立ち、離脱を表明したアメリカを批判した。ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約からの撤退にも反対した。朝鮮半島における緊張緩和の維持にも、ヨーロッパは大いに貢献した。
アメリカの一極支配には、必ずしも世界中が満足しているわけではない。ヨーロッパが団結して独自の外交路線を打ち出すことで救われる部分はたくさんあるはずだ。そのためにも、まずは足場を固める必要があるが。
シュレーダー首相(ドイツ)
『誰が何と言おうと欧州連邦を実現させる』
オルバン首相(ハンガリー)
『われわれを二流国扱いするな』
ブレア首相(イギリス)
『ヨーロッパ合衆国なんてまっぴらだイタリア、スペインと手を組んでドイツに対抗しよう』
シラク大統領(フランス)
『まずい、最近存在感が薄れてきたな…』
ベルルスコーニ首相(イタリア)
『イタリアの力を見せつけるチャンスだ誰にも支配させないぞ』
拡大するEUの行く先は?
現在EUに加盟申請しているのは東中欧諸国など13カ国。2004年までには、このうち最大10カ国が加盟するとみられている
焦点は農業補助金
EU拡大に際し、最大の争点となりそうなのが加盟国への支援策。農業人口が多い新規加盟国は、高額の農業補助金に期待を寄せる。だが財政は厳しく、予算負担が多いドイツなども「大きなEU」は望んでいない。欧州委員会は1月、農家への直接補償額は当面、現加盟国の25%に抑えるなどの予算案を提示。これに対し、ポーランドやチェコは猛反発、国民の加盟意欲がそがれかねないとしている。
加盟への期待と現実
■現加盟国市民でEU拡大に反対な人
30%
■加盟候補国市民で、国民投票が行われたら加盟に賛成票を入れる人
79%
■EUを信頼している市民
加盟国
41%
加盟申請国
62%
Michael Meyer
ビジネス担当記者。ワシントン・ポスト紙を経て83年より本誌記者。88〜92年のベルリン支局長時代にはベルリンの壁崩壊に立ち会い、東西統一後のドイツの苦悩を世界に伝えた。