http://www.mri.co.jp/TODAY/KOBAYASHIS/2002/0417KS.html
昨年7月、欧州議会はエシュロン特別委員会が作成した報告書を採択した。報告書によれば、米国、イギリスなど五カ国が世界的規模の通信傍受網を運用し、個人や民間企業の通信を対象に情報収集している。1948年に米国とイギリスとの間で締結されたUKUSA協定に基づく通信傍受システムであるエシュロンが、冷戦崩壊とともに諜報目的から言わば産業スパイシステムに変貌した可能性が高く、もしそうならEC法に違反していると指摘している。
エシュロンの存在は以前から取りざたされていた。世界各地の米軍基地に何故か民間の衛星通信を受信する大型パラボラアンテナが設置されていることや、1999年にエシュロン運営国の一つであるオーストラリアの情報担当者がその存在を暴露するなど、状況証拠は数多い。最近では、米国同時多発テロの直後、アルカイダのメンバーが携帯衛星電話を使って幹部に攻撃成功を伝える連絡をしたのが傍受されたと報道され、これもエシュロンの成果と考えられている。
エシュロンが存在するとして、その能力がどの程度のものなのかは誰も知らない。中心的運営機関と目される米国NSAが沈黙を続けていることも不気味さを助長し、エシュロン万能説が生まれた。電話、ファックス、電子メールなど森羅万象あらゆる情報が収集され個人生活や企業活動がすべて監視されているとの懸念である。一方では過大評価を指摘する声もある。エシュロンの技術的可能性への疑問に留まらず、エシュロンが対象とする電子的情報傍受(SIGINT)が過大視された結果、従来の人的活動による情報収集(HUMINT)能力が低下したと主張する。エシュロンの手柄ですばやく犯人を割り出した9/11のテロも、情報収集のIT化が進んでいなければ、そもそも事件そのものを未然に防げた筈との見解すらある。
エシュロンの主な傍受対象は衛星通信で地上通信は手薄になっているらしいし、しかも例えば電子メールが実際に送られる際には細かくパケットに分割され、パケット毎に異なる経路で相手に届くので傍受すると言っても簡単には行かない。文章の意味理解も現在の技術では非常に限定的なものにならざるを得ない。技術的に考えると、広域的な情報傍受で得られる断片的情報から隠された意味を類推することは人手を介しても容易では無い。とは言え、エシュロンの存在が不気味であることに変わりは無い。エシュロン特別委員会報告書も過大評価を戒めつつ自己責任で情報保護を徹底するよう呼びかけ、バックドア(利用者に気づかせないままに他人がネットワーク経由で侵入できる経路)が無いことの保証があるオープンソースや暗号ソフトの利用を奨めている。
「エシュロンは神と同じだ。誰もその姿を目にしたものはいないが、その存在を信じないものもまたいない。」と欧州委員会のビトリノ委員は言う。神を引合いに出すならこのIT時代の神は、玉石混交、天文学的な量の断片的情報相手に世界規模で昼夜を分かたず不眠不休の活動に精を出している。布教活動の効率は良いとは言えず、神性の源は全知全能の摩訶不思議な能力ではなく、想像を絶する計算パワーとスケールにある。それが現代における神の脅威の実体である。