【ベツレヘム(ヨルダン川西岸・パレスチナ自治区)井上卓弥】
イエス・キリストの生誕地とされる町は見る影もなく荒れ果てていた――。パレスチナ武装勢力や修道女、市民らが聖誕教会に立てこもって約2週間。包囲するイスラエル軍との緊張が続くベツレヘムの中心部に14日入った。投降を拒否する約200人が逃げ込んだ教会は有刺鉄線と狙撃兵に阻まれて近づけない。教会の近くではイスラエル兵に家族を撃ち殺された人々が悲嘆に暮れていた。
「イスラエルの狙撃兵は無人の通りで、動くものすべてを狙った。野良犬や猫まで撃ちまくった」。キリスト生誕2000年を祝う一昨年の大聖年に合わせて整備された教会近くの街路でムハマド・ラハムさん(72)がうめいた。新約聖書の中で救世主の誕生を告げたとされる「ベツレヘムの星」をかたどった「平和の泉」に、猫の死がいが浮かんでいた。
イスラエル軍は同日昼、聖誕教会に面したメンジャー(生まれたばかりのイエスが入れられた飼い葉おけの意味)広場付近の外出禁止令を初めて一時解除した。
「平和の泉」の向こう、約100メートル先に聖誕教会の白い壁が見えた。立てこもる人々への食糧援助もままならない状況が続く。「バン、バン、バン」。時折、銃声が響く。双方の銃撃戦で教会の建物の一部が損壊している。
メンジャー広場の西約100メートルで雑貨店を営む女性、スマイヤ・ムサアブディさん(64)は親類ら12人と暮らしていた。イスラエル兵士の急襲を受けたのは2日朝。「開けろ」という命令に従おうと、部屋の入り口に寄ったところ、鉄のドア越しに撃ち込まれた。
スマイヤさんは機関銃の弾丸十数発を受け、吹き飛ばされて即死。ソファに横になっていたスマイヤさんの息子バレットさん(37)も頭を撃ち抜かれた。「赤十字の車が来るまで1日半も、血だらけの遺体のそばで息を殺して隠れていた」。スマイヤさんの娘イマンヌさん(36)はソファに黒く染み込んだ血痕に目をやった。
近くに住むヤフヤ・ハキム君(12)は、自宅のガラス窓を機関銃で砕かれた。恐怖で正気を失ったハキム君は家の中に飛び散った100発を超える薬きょうを袋に入れ、うつろな表情で通りを歩く人々に見せていた。父親のアブドラさん(40)は「息子の精神的ショックが心配だ」と話した。
パウエル米国務長官の仲介にもかかわらず衝突収拾のめどは立たず、ローマ法王庁(バチカン)は聖誕教会の惨状に重大な懸念を表明している。