【イスラマバード春日孝之】米紙ウォールストリート・ジャーナルのダニエル・パール記者がパキスタンでの取材中に誘拐、殺害された事件にパキスタン軍情報機関(ISI)が関与していた可能性が極めて高いことが1日、分かった。ISIは主犯格として逮捕されたイスラム武装組織のシェイク・オマル容疑者について「裁判で死刑を」と政府首脳に進言していることも判明した。同容疑者はISIの“子飼い”であり、進言は「口封じ」が目的とみられる。
ISI関係筋によると、オマル容疑者はISIの働きかけで結成されたパキスタンの武装組織「ジャイシ・モハマド(マホメットの軍隊)」の幹部。「ISIの最も重要な操り人形」としてパキスタンがインドと領有を争うカシミールでの秘密工作や、ウサマ・ビンラディン氏の組織「アルカイダ」との連携を担ってきたという。
ISI筋によると、オマル容疑者は1月23日のパール記者誘拐の実行犯として2月5日、当局に出頭、逮捕された。しかし、当局が逮捕を発表したのは1週間後の12日。ISIは13日のムシャラフ・パキスタン大統領とブッシュ米大統領の会談直後に同記者を解放し、オマル容疑者も「嫌疑不十分」で釈放するシナリオを描いていたという。
しかし、同記者がアルカイダとISIのつながりなどパキスタンの国益にかかわる「核心情報」を得ていたことが判明、「ジャイシ・モハマド」が殺害に踏み切った。同組織とISIの関係から「背後にISIの意思が働いた可能性は濃厚」(同筋)とみられる。
米国の身柄引き渡し要求を振り切る形で、オマル容疑者に対する対テロ特別法廷が5日に開廷、1週間後に判決が言い渡される見通しだ。
しかし、同容疑者は誘拐の実行犯と認めたものの、殺害には関与していないと主張。しかもパキスタン刑法では、遺体や凶器が未発見のままでは死刑判決は不可能だが、ISIは「死刑判決」と「即時執行」を政府首脳へ働きかけている。
■反米招いたイスラム弾圧 武装勢力、危機感強め
【イスラマバード春日孝之】米紙ウォールストリート・ジャーナルのダニエル・パール記者誘拐殺害事件に、パキスタン軍情報機関(ISI)が関与していた可能性が濃厚になってきた。ISIの反米的な動きの背景には、米国がパキスタン政府に対し、イスラム過激派の徹底的な取り締まりを要求してきたことへの反発がありそうだ。
パキスタンの最大の懸案はインドと領有を争うカシミール紛争だ。インド支配地域のカシミールでは89年以来、パキスタンのイスラム武装勢力が対インド闘争を続けているが、ISI筋によると、武装勢力はいわゆる「実働部隊」であり、実際にはISIが背後で指揮してきた。
以前は、武装組織「ハルカト・ムジャヒディン」が中核的な役割を担い、カシミールだけでなくアフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンや、ウサマ・ビンラディン氏の組織「アルカイダ」とも連携活動をしていた。
しかし、米国が同組織を「テロ組織」に指定して監視を強めたため、ISIは代替組織の必要に迫られた。こうして99年に結成されたのが、パール記者を誘拐・殺害した「ジャイシ・モハマド」だった。
しかし、昨年の米同時多発テロ以降、「対テロ戦争」を続ける米国は、アルカイダ掃討作戦の一方で、その関連組織とみなす「ジャイシ・モハマド」などパキスタン国内のイスラム武装組織の徹底弾圧を要求。政府はこれまでに2000人以上を逮捕した。これはISIにとり、カシミールでの「手足」を失うことを意味し、危機感を募らせていた。
ISIは「国家内の国家」とも呼ばれ、独自の動きをすることも少なくない。ムシャラフ大統領は2月13日のブッシュ米大統領との会談で、パール記者解放に向け楽観的な見方を示していただけに、惨殺に至ったことで「大統領は顔をつぶした」形となった。今回の殺害事件の真相を政府上層部がどこまで関知していたかは不明だ。
政府やISI部内では「対米協調路線は国益に反する」との意見も根強い。ISIが当初、米国への「警告」を込めてパール記者誘拐の「絵を描いた」としても、殺害そのものは「ISI内部の不満分子」の指示で行われた可能性もある。
[毎日新聞4月2日] ( 2002-04-02-03:01 )