米政府の核政策が揺れている。1月に米議会に提出された「核配備見直し報告」は、今月になって機密部分が明らかになり、米国は非核保有国に対する核攻撃の可能性に加え、凍結中の核実験再開も視野に入れていることが明確になった。ブッシュ政権は戦略核弾頭の大幅削減をめざす一方、核兵器の使用をより現実的な選択肢として検討しつつあるようだ。
【ワシントン布施広】
「もし他国が新型核兵器を開発し、非核保有国への先制攻撃を想定するなら、米国はその国を危険な『ならず者国家』とみなすだろう」。12日付のニューヨーク・タイムズ紙の社説は、こう書いた。見出しは「核のならず者としての米国」だ。
米国は他国の振る舞いばかり批判し、自国の姿勢を省みない、とする痛烈な皮肉である。昨年9月の同時多発テロ以来、米マスコミは安全保障に関する政府批判を抑えてきただけに、異例の社説とも言えた。
「見直し報告」の機密部分は、3月9日付のロサンゼルス・タイムズ紙を皮切りに、複数の米紙やシンクタンクが内容を公にした。要点は(1)朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の韓国攻撃やイラクのイスラエル攻撃などに対応する戦力の用意(2)地下の大量破壊兵器貯蔵庫などを破壊する新型核爆弾の開発(3)92年からの核実験凍結に関して「無期限には継続できないかもしれない」と、再開に含みを残している――の三つだ。
核疑惑がつきまとう北朝鮮やイラクも、現時点で核攻撃能力を持っているとは考えにくい。カーター政権は78年、「核兵器を持たない国には、米国は核兵器を使わない」と宣言しているだけに、「見直し報告」は米国の核使用の原則を変えるものと受け取られた。
だがフライシャー大統領報道官によると、クリントン政権時代のペリー元国防長官は96年、米国と同盟国への大量破壊兵器使用を企てる「いかなる者にも」核で反撃する方針を示唆。コーエン前国防長官も00年、同趣旨の発言をした。「いかなる者にも」と言う以上、非核保有国も当然含まれるとして、ブッシュ政権は「米国の核政策に変化はない」と説明する。
また米国は地中3〜6メートルまで貫通する核爆弾B61を既に保有しているため、「見直し報告」で言及された地中貫通爆弾は「新型爆弾」ではないと主張する。これらの説明にも一理はあるが、地下深く造られた施設を破壊する爆弾は、B61をはるかに上回る貫通力が必要だ。大量破壊兵器の貯蔵施設を核兵器で破壊する発想は、従来の核使用の原則から踏み出したものと言えよう。
核兵器は従来、実際には使われない最終兵器というイメージが強かったが、「見直し報告」が核兵器の具体的な使途に言及し、核弾頭の信頼性や安全性を保つために核実験再開にも含みを残した点で、米国が核使用への傾斜を深めたとみられるのはやむを得ない。
今やロシアは米国の敵ではなく、同時テロを境に、「見えざる敵」が米国にとっての脅威となった。それにつれて、米国の核戦略も模索の時代に入ったと言えるだろう。
[毎日新聞3月27日] ( 2002-03-27-19:04 )