昨年末から続いている『アルゼンチン金融危機』は、日本の統治者も、金融危機に対処する“生きた実例”として重大な関心を寄せているだろう。
経常収支赤字で厖大な公的対外債務を背負ったなかで起きた金融危機は、将来日本で起きるかもしれない金融危機とは異質のものだとは考えているだろうが、金融危機における“預金者対策”の在り方ということでは細かく情報を収集しているはずだ。
日本の“小金持ち”=中産階層のなかには、中南米の後進国に起こった毎度おなじみの金融危機だと受け止めている人もけっこういるだろうが、昨今の経済事情から明日は我が身かと危機感を抱いている人も少なからずいるのではないかと考えている。
アルゼンチン問題の全体については、「論議・雑談1」ボードに簡単ながら書き込んでいるので、ここでは金融危機に絞る。
■ 金融危機の焦点はドル建て預金の取り扱い
アルゼンチンで続いている金融危機を報道で見聞きする限り、「ドル預金をどうするか」の一点にかかっているようだ。
アルゼンチンには、通帳の残高表示としては存在しても、それに見合う実物のドルはないのである。
まず、支配層に属する資産家や銀行の金融資産は、今回の危機が噴出する前にドルのかたちで逃避しているから問題はない。
これは、彼らの側に立った論評であり、経済社会全体の視点でいれば、彼らが金融資産を外国に逃避させたことで、ドル預金に見合うドルがないのである。
また、一般勤労者や失業者は、多くがその日暮らしだから、生活がより困窮しているとはいえ、直接的な金融資産の実害は少ない。
金融封鎖で直接的な実害を被っているのは、銀行を信用し、金融資産を定期預金に託していた“小金持ち”である。
金融封鎖の措置に対して鍋やフライパンを叩いて抗議しているのは彼らである。
払い戻しされないこともさることながら、ペソがドルに対して1/3の価値になったことで、ペソ建て預金は実質価値が1/3になっている。
これは、1千万円預金していたら、払い戻しができないうちに300万円の価値になってしまったと考えればわかりやすい。
アルゼンチン産の物価は3倍にはなっていないだろうが、輸入物価は3倍前後になっているはずである。
もちろん、ドル建てで預金している“小金持ち”は、きちんとドルで払い戻ししてもらえれば金融資産は劣化しないが、そのような見込みはまずないだろう。
アルゼンチンの金融危機を突き詰めると、“小金持ち”がドル建てで行っている定期預金を払い戻しできないことである。
■ 金融危機の解消策
“遊び”でしかないが、革命的政策や“持ち逃げ金融資産”の回収策は別として、アルゼンチン政府が現在の金融危機に対して採りうる政策を考えてみた。
● アルゼンチン政府の政策動向
アルゼンチン政府は、「一定額以上の預金を国債証書に置き換える」という政策が“小金持ち”たちの猛反発を受け頓挫し、「裁判所の判断での払い戻しや必要最小限の引き落としを認める」という一時しのぎの政策で銀行の営業を再開した。
しかし、新規の預金や外国からの投資がまったく期待できない状況では、少しずつとはいえ預金を払い戻していけば、銀行は破綻への道を突き進むことになる。
銀行経営者のなかには、ずるずる払い戻しを続けるより、早く商売を畳んだほうが得策だと考える人も出てくるから、破綻が現象しやすい。
裁判所から早めに払い戻し命令を受けた預金者は助かり、それが遅れたりもらえない預金者はババを掴むことになる。
IMFとの交渉は続いているようだが、「変動相場制」と「緊縮財政」を条件とする融資は、すぐにはアルゼンチン政府に受け入れられないだろう。
表立って打ち出されている「変動相場制」と「緊縮財政」はともかく、融資を受けた資金を何に使えるのかという問題がある。
IMFは、アルゼンチン政府がドル預金者への払い戻しに融資した資金を使うことは許さない。政府の対外債務や外貨準備として活用することを求める。もちろん、IMFが新規に融資する資金がきちんと返済されるようIMFの監視が続く。
減額はされるだろうが、対外債務を支払うために新たに対外債務を背負うというかたちになるIMF融資は、対外信用を一時的に回復できる手段とはいえ、アルゼンチン政府やアルゼンチン国民にはそれほどありがたいものではない。
アルゼンチン政府は、対外取引を継続するために最終的にはIMFから融資を受けざるを得ないが、より有利な条件を引き出すよう粘るだろう。
1,400億ドルと言われる公的対外債務をどこまでカットしてもらうかが、最終的な争点になるだろう。(50%はカットされることになるだろう)
「緊縮財政」は、歳入と歳出の均衡を意味するから、現状レベルの歳出を維持したければ増収になる増税を行わなければならない。
韓国は付加価値税10%導入でそれを実現したが、アルゼンチンが、資産家増税や高所得者増税を行わずに増収につながる増税が実現できるか疑問である。
「変動相場制」もしくは「大幅切り下げの固定相場制」は、アルゼンチンが対外債務を返済するための原資となる外貨=ドルを稼ぐためには不可欠な政策である。
しかし、金融危機の今それを強く打ち出せば、預金価値が目減りする中産階層の猛反発を受けることになる。
IMFの条件を呑むにしても、“今そこにある危機”を乗り越えることが先決なのである。
劇薬や手術を駆使してでも金融危機を収拾しなければIMFとの交渉さえまともにできず、金融危機による経済活動の停滞状況は、経済をさらに悪化させる。
● 行き着く先はハイパーインフレ
“持ち逃げ金融資産”の回収はできない(しない)というコンセンサスは支配層でまとまっているから、アルゼンチン政府も、いつかは、ハイパーインフレをもたらすかたちで事態を収拾するしかないと考えているはずだ。
そして、ドル建て預金についても、ペソで払い戻しすることで強行突破するしかないとも思っているだろう。
(現在のアルゼンチン金融危機を緩和的に解消する唯一の方法は、ドルで“持ち逃げ”された金融資産の回収である)
そのような政策を、誰が、いつ、行うかということが「政治問題」になっているというのが実相であろう。
言ってしまえば、誰が憎悪と非難の矢面に立つのか、どういうタイミングでそのような政策を打ち出せば跳ね返りが少なくて済むのかという“身勝手”な悩みである。
違う言い方をすれば、経済状況がさらに悪化し、中産階層が預金価値の保全よりも困窮からの脱却を求めるようになるまで待っているのだ。
銀行や政府に対する信頼が決定的に瓦解したアルゼンチンでは、一定額以上という条件であれ、預金を国債に置き換えることはできないだろう。
受け取った国債がきちんと利払いされ償還されるのか、国債の償還がされるまでペソが現在の価値を維持されているのかと考えただけでも受け入れられないものだ。
とにかく金融機能停止状態をいつまでも続けるわけにはいかないので、中央銀行が商業銀行に潤沢な貸し出しを行った上で、ドル預金はペソで払い戻すというかたちで金融危機を終息させることになるだろう。
そして、そのような政策で起きる流動性大幅増大・長期の生産活動停滞・疲弊した国民生活向け財政支出の組み合わせで一気にインフレが進むことになると予測される。
■ 結局誰が儲け誰が損をしたのか
儲けたのは、中産階層の預金をごっそり持ち逃げした外資銀行・国内大手銀行をはじめ、事前にドル金融資産を外国に逃避させた資産家である。
また、アルゼンチン国債を販売して手数料を稼いだ金融会社も儲けている。
損をしたのは、タダでさえぎりぎりの生活を強いられてきた一般勤労者や失業者を脇に置くと、小金を貯め込んでそれを銀行に預金していたアルゼンチンの中産階層と日本でも数多く被害にあっているドル建てアルゼンチン国債を購入した外国の経済主体である。
また、今後儲ける可能性があるのは、アルゼンチン経済危機で80%くらい価格が下落したドル建てアルゼンチン国債を買い取った経済主体である。
対外債務が全額免除される可能性はないので、50%くらいの債権カットであれば、安く買ったドル建てアルゼンチン国債で大きな利益を上げることができる。
アルゼンチン金融危機からは、預金通帳や債券に記載されている金額や利子率がそれほどあてにできるものではないこと、銀行や統治者は、何よりも自分たちの利益を優先し、ひとのお金を掠め取ることに何のためらいも持っていないことを学ぶべきである。
(統治者は、危機が到来しても、なかなか実効性のある政策を遂行できないこともわかる)
そして、付け加えるのなら、経済事象には必ず予兆があるのだから、今を見て将来どういう事態が起こりそうかを考えるヒトには救いがあるということである。アルゼンチンの大資産家が儲けたように...
後始末は国家が暴力的に行うが、それまでは暴力的に奪われるのではなく、経済論理で奪われることが“救い”であり、強欲者が掠め取りにためらいを感じない支えでもある。
「騙す人より騙される人が悪い」、「騙される人は愚か者」と考える人が、国家を統治し、経済を支配していることをお忘れなく。