武者 陵司 むしゃ りょうじ=ドイツ証券チーフストラテジスト
米国の金融緩和は、前例のない積極的なものである。欧州もアジア諸国も、一様に緩和している。日本では、空前のペースでベースマネーが供給されている。金融緩和のレベルを示す長短金利のスプレッド(イールドカーブ)は、米国などで過去20年間で最高のレベルに達している。
この結果発生した過剰流動性は、1999年のそれを上回るもので、ミニバブルが世界の随所に起こっている。韓国などでは、資産価格が急騰している。米国でも住宅価格が堅調とされている。世界の株式も、2001年9月11日をボトムとして、大きく反発している。
通常であれば、これは(1)流動性循環→(2)金融資産の価格循環→(3)実物経済循環と継起的に点火され、本格的株高、景気回復に帰結するはずである。実際、原油をはじめ、化学製品、半導体、液晶など商品市況が世界的に上昇していおり、市場参加者が、デフレからインフレへと投資の軸を移しているのは、無理ないことである。
しかし今回ばかりは、過剰流動性は、株高、景気拡大の持続をもたらさないだろう。米国の著しい金融緩和の目的が、バブル後遺症、アセットデフレの押さえ込みにあるからである。実際、景気が悪化するよりも前に、先回りしての金融緩和は、極めて異例であった。大きく下落した株式の逆資産効果の解消や、株価下落で劣化した金融資産収益を、利下げ効果で相殺したのである。また、株価下落で大穴があいた米国金融機関、企業、投資家のバランスシートは、利下げで大分埋められたはずである。
しかし、この局面での金融緩和は、すでに形成されてしまった多くの「過剰」(過剰信用、過剰供給力、過剰なバリュエーション)を温存し、デフレ圧力、つまり非効率性、低採算性を長引かせる可能性が強い。一部にインフレの兆しが出ているが、それはむしろ例外である。
米国ではPPI(生産者物価指数)の伸びは大きく低下しており、GDPデフレーターは01年第4四半期に前期比マイナス0.2%と、50年ぶりでマイナスとなるなど、デフレが進行している。これは同時に、企業のプライシングパワーの著しい低下を物語っている。また、景気が十分に悪化せず、賃金上昇率が4%前後で高止まりしているために、単位労働コストの伸び率は高く、企業の採算性は大きく悪化している。デフレの負の側面である。その下で企業の設備投資は大きく抑制されているのである。90年代の日本の金融緩和が、まさしくそれであった。過剰に供給された資本は借り入れ能力、意欲を失った企業には移植されず、貨幣の流通速度の低下、資本効率の低下に帰結し、結局は「流動性の罠」に陥ったのである。
以上の事情は過剰流動性、つまり行き場のない資金余剰が世界的に長期にわたり続くことをも意味する。その資金は、デフレ下で企業収益が圧迫されるので株には向かいにくく、債券に集中することとなる。ひとたび、期待されている力強い景気回復が不可能なことが見えてくれば、世界的債券高が予想される。スティープ化した主要国のイールドカーブは、半年以上のタイムスパンで見れば、長期金利が低下する形でフラット化していくものと予想される。株式はトレーディング相場を継続。最終的なベストパフォーマーはデフレ環境の受益者、金利敏感セクターであろう。