株式にっぽん2002年5月1日号・市場解説リポート・ある日突然・・・新円切り替え断行?四谷紀夫
◆財政再建の荒業
株価は一万円大台に乗せ、一万円以下の異常な状態から解放されて、ひとまずは三月危機は乗り越えた。小泉首相はじめ政府要人からは同様の発言が相次いだ。
だが、本当に日本経済の危機は去ったのであろうか。確かに大銀行が経営危機に見舞われ破綻といった状況は遠のいためかもしれないが、財政構造は何一つ変わっていないのである。
国民は、むしろわが国の財政が破綻し、国そのものが行き詰まることに不安を感じて小泉首相を選択したのではなかったか。もちろん小泉首相の狙いは新規国債発行額を三〇兆円の枠内とし、歳入の面から歳出の規模をしぼり、支出の抑制や効率化につなげようというものだった。昨年の財政諮問会議では経済目標を民需主導に切り替え、財政均衡を果たしつつ、日本経済の再生を目指すとした。一〇年後にはプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字にし、中期的に実質一・五%程度の成長を見込むとした。
これは、早期の不良債権処理、規制改革などの実行が前提になる。
だが、今の状況では、デフレはさらに進行し、税収減で政府債務は増える一方であろう。国および政府の長期債務残高は二〇〇一年度末で六七五兆円に達する。これは名目GDPの一・四倍だ。
当然のことながら海外格付け機関は、日本国債の引き下げに動くだろう。政府はなんとかして、債務を切り捨てようとまなじりを決することになる。その方法は、これまた常識的に増税しかない。しかし、一気に消費税の引き上げとなると国民の反感を買う。
ではどうするか。金持ちないしは不当にカネを利得している層から、より多く納税させるたのであれば国民の不満は小さくなる。いわゆるガス抜きである。
そのもっとも分かりやすい方法が新円と旧円との切り替えである。すでに昭和ニ一年二月一七日に実施された新円と旧円の交換、預金封鎖という経験をしているからだ。
◆情報収集と資産分散を
さて、新円発行とは具体的にどのようなことなのか。例えば旧円一〇〇円に対し、新円九八円とか九五円にすれば、政府の税収は大幅に増えることになる。
ちなみに、昭和ニ一年二月の新円切り替えのときはどうだったのであろうか。
敗戦直後の破局的インフレを打開するためニ一年の年明け、「経済危機緊急対策」の骨子を具体化、当時の渋沢蔵相を中心にまとめられた。それは預金封鎖、新円切り替え、財産税実施のための財産調査などの金融非常措置が軸となった。
もう少し具体的にみてみよう。終戦後のインフレは爆発的な勢いで進んだ。昭和二〇年八月の終戦から四カ月後の一二月の小売り物価は終戦時に比べ二倍にハネ上がったが、翌年二月には約三倍に高騰。このためカネよりモノという換物運動が激化し、破局的なインフレが襲ってくるかにみえた。
大内兵衛東大教授は二〇年一〇月のラジオ演説で、「戦時の政府債務を棒引きにするぐらいでなければ、戦後再建は難しい。渋沢蔵相は蛮勇をふるえ」と述べたという。これはきわめで示唆的な発言である。当時大蔵省では、約一〇○○億円の財産税を画策、その財産を調べるためには新紙幣を発行し旧紙幣と交換する、同時に交換する際に預金の封鎖が必要、といったことを考慮していたといわれる。
なぜ、財産税なのか。終戦後のモノ不足のなか、ヤミ屋が横行し、表沙汰にならないヤミ金(カネ)、つまりアングラマネーは巨額に達していたとみられ、これを徹底的に摘発する必要性に迫られていたからだ。
いずれにしても三月二日をもって旧紙幣の通用は認められなくなり、三月七日までに、すべて預金されなくてはならないことになった。
なお財産税で個人から約五〇〇億円を吸収したといわれるが、当時の推定国民資産額の約五四〇〇億円からすれば、巨額の課税といえよう。
当時の状況は、今と酷似しているようにみえる。バブル崩壊で疲弊した経済に対応して需要拡大に費やした財政資金は、これまた巨額に達している。
いずれ政府債務残高は一〇〇〇兆円に達しよう。もはや手がつけられなくなっている。とすれば、終戦時と状況はあまり変わらない。多分、政府が債務を棒引きにして日本経済再生を図ろうとする気持ちは理解できくはない。
加えて、今わが国にはアメーバのように急膨張しているアングラマネーが存在するといわれる。それは数十兆円とも一○○兆円とも指摘されている。これはなにもわが国だけの問題ではないにしても、早急に整理するに越したことはない。だとすれば、こうした資金を一網打尽にする絶好のタイミングと、官僚たちが考えたとしても当然といえば当然である。
では、こうした新円切り替え、預金封鎖などの政府の思惑に対して個人投資家はどう対処するべきなのであろうか。
日本国籍を有する限り、日本国の政策に従うのは当然である。だが、少しでも被害?から逃れるためにはどうしたらよいのか。
まず、情報にめざとくなることが肝要だ。終戦時と同様、政策が発表される以前に、かなり具体的な議論が起きてくるはずであり、事前に察知することは可能である。いわんや今は情報化時代である。
そうした議論が盛んになるなかで、カネの流れに微妙な変化が生じてくると見られる。例えば為替市場では、キャピタルフライト、つまり円の外国通貨への逃避が激しくなり、円安が一気に加速されることが考えられる。これは最初のシグナルと見てよいだろう。また株式市場もひょっとして急動意をみせるかもしれない。
個人投資家としては、こうした相場の動きをしかと見極めることがなによりも必要なのではなかろうか。