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世界トップクラスの金鉱山会社の動きが金市場に好影響を与えている。
今回の主役は生産規模年産およそ200トンの南アフリカ最大規模で世界有数の金鉱山会社アングロ・ゴールドである。世界最大の産金国南アフリカ全体の生産量が428トン(2001年)なのでアングロ1社でそのほぼ半分を占める規模である。
同社はヘッジ戦略に前向きに取り組んできたことでも知られる金鉱山会社でもある。そのアングロ・ゴールドが「積極的に」ヘッジの解消を行う意向を明らかにした。現地4月11日のことである。
「鉱山ヘッジ」とは、簡単に説明すると将来生産見込みの「金」を現物を借りることであらかじめ市場で売却する行為およびその関連取引全体を指す。金業界では「ブリオン・バンク」と呼ばれるJPモルガン・チェースやスイス・ユニオン銀行などいわゆる欧米の「投資銀行」を主な窓口(仲介者)として借りた「金」現物は、生産した金で、あるいは市場から買い戻した金で返済することになる。鉱山会社は生産物で価格変動のある「金」を前もって売ることにより、売却価格を固定することで経営計画が立てやすくなる。また価格の値下がりから利益を守ることも期待できる。その名のとおりの「ヘッジ」となるが、逆に金価格が上昇すると“得べかりし利益を失った”ことになる。つまり本来的に“将来の価格下落”を前提にした財務戦略だけに、金価格の上昇が続くと積極的にヘッジを行っている企業の担当者は落ち着いてはいられなくなる。
「どうしてそんな価格で売ってしまったのか」と株主総会で追及されかねない行為に転ずるリスクがある。
したがって投資家サイドからは、鉱山のヘッジ動向を見ていると鉱山会社が金市場をどう展望しているか(強気か弱気か)ということを知る手段のひとつとなる。
今回アングロ・ゴールドが表明した「ヘッジの解消」とは、もっぱら市場での金の買戻しを意味しているが(鉱山部門は2000年に十数年来で初めてネットで買い越し…・2002年1月30日配信号参照)、手短にいうと金市場の先行きを上昇の可能性大と判断したわけだ。
ポイントはその影響力である。アングロ・ゴールドのように規模が大きくかつ積極的にヘッジ活動を行ってきたところの決断は、業界内(同業他社)はもとより金市場参加者また(証券関係のアナリストなど)株式など金融市場への影響力も大きい。
ところで同社はもともとヘッジに関しては最大で生産量の2年半分との社内規約があるとされていた。先にあげたように年産約200トンであるからヘッジ総量は500トン程度との推察はできたわけだ。今回明らかにされたところによると同社は、2001年の4Q(10〜12月)に170万オンス(53トン)のヘッジを既に解消したとしている。同時にヘッジ残を1460万オンス(454トン)としているので、やはりヘッジ総量は500トン程度であったわけだ。
問題の足元2002年1Q(1−3月)の状況については、同社の決算発表が今月4月30日に予定されており、そこでヘッジ動向も公表される見通しとなっている。おそらく更なる解消が進んでいるものと思われるが、果たしてどうか。
じつは2001年後半から今年にかけ、南アの通貨ランドは対ドルで37%もの急落状態となっている。売りが加速した背景に市場操作の疑いありとのことで当局が調査中でもあるが、通貨急落の結果南ア・ランド建て金価格はこの1年余りで62%もの上昇となっている。南アを拠点とする鉱山会社は人件費など主要コストをランドで支払っており、こちらにとっては増益要因となっている。従来であれば、この機会を捉えて売っておこうという動きが見られたことだろう。
そうした環境(価格上昇)の中での“ヘッジ解消への舵取り”は、更なる価格の上昇に自信を深めた証でもある。こうした動き(ヘッジ解消の動き)は年初から想定されていたとはいえ、市場が期待している以上の結果に結びつくとファンドの動きを巻き込んで急な値動きに結びつく可能性が高くなる。これまでは、鉱山の方針転換は需給バランスの改善からどちらかというと「価格の下支え」的な穏やかなものとして受け止められてきたが、よりアグレッシブに価格押し上げ要因として作用する可能性も無視できなくなってきた。
来週から5月中旬にかけて、鉱山の1Q決算発表、中東情勢の行方、金市場内ではNY市場でのオプション取引最終日などなど注目イベントが続くため、値動きが大きくなる局面がありそうである。(4月15日記)
金融・貴金属アナリスト
亀井幸一郎