田中 志保記者
金融市場では、政府が追加の財政政策に踏み切れば、海外の格付け機関が4月か5月にも日本国債の格付けを「A」まで引き下げる可能性がある、との声が聞かれる。それに伴い、市場の一部からは予期せぬ円債売り、長期金利の急上昇というシナリオがささやかれている。ただ、仮に「A」まで格下げされても、実体経済への悪影響は少ない、というのがマクロ経済の専門家の一致した見方。その背景には、国債の国内保有率が高いことや、企業の資金需要の弱さがある、という。
<「A」への転落、市場混乱の懸念>
今年2月、ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、日本国債の格付けを現在の「Aa3」から最大で2段階引き下げる可能性があると発表した。スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)も、昨年11月に日本国債の格付けを「AA」に引き下げ、将来さらに引き下げるとの姿勢を示している。ムーディーズの場合は2段階の格下げで、“元利払いはできるが、将来その確実性を低下させることが起こり得る”という「A」債券となる。S&Pなら3段階の格下げで、「A」まで転落する。
「A」に格下げされると、日本国債は主要7カ国(G7)の中で、もっともリスクが高い国債となり、韓国などの国債と同格となる。「A」は、2005年以降に適用開始予定の新BIS(国際決済銀行)規制(バーゼル合意)で、保有高の20%がリスク資産としてみなされる。
金融市場では、日本国債がすでに過去数回、格下げされている経緯から、次の格下げの可能性を冷静に受け止めるとの声は多い。ただ一方で、「格付けがそこまで下がると、予期せぬ円債売りや、急スピードで長期金利が上昇するなどの出来事が起こるかもしれない」(複数市場関係者)との懸念もある。
格下げの時期については、国際証券金融市場調査部のチーフマーケットエコノミスト、一戸三千雄氏によると、ひとつのタイミングは日本政府が追加的な財政政策に動いた場合。追加デフレ対策の時期や税制改正前倒しの議論の時期を考えると、「(格下げは)早ければ4−5月中」と同氏はみている。また他の市場関係者は、ムーディーズは2月の発表の際、次の格付けは1カ月〜3カ月後としていたことから、「5月がデッドライン。おそらくゴールデンウィーク明けだろう」(市場関係者)と見込んでいる。
<実体経済への影響は限定的>
ただ、エコノミストらからは、その実体経済への影響は限定的、との声が多く聞かれる。
その大きな理由は、日本国債はほとんどが国内投資家によって保有されており、海外勢が一時的に売りに回っても影響は小さい、とみられる点にある。「日本国債は国内の貯蓄で賄われている市場で、95%が国内の保有」(国際証券、一戸氏)というように、海外勢の保有はわずかしかない。国内投資家の安全志向が高いためで、その点、日本国債は、「利回りは低くても、安全性という面で評価されている」(さくら投信投資顧問・チーフマーケットエコノミスト、宅森昭吉氏)という。したがって、海外投資家が一時的であれ円債売りに回ったとしても、「日本国債は国内の保有比率が高いので、円債売りが加速するようなことはない」(東京三菱証券・債券ストラテジスト、佐藤慎一氏)という。
金利上昇が一過性で限定的と予想されることから、国債の格下げが企業の資金調達の大きな障害になることはない、とみられている。
長期金利の上昇については、「短期的に終わる」(日興ソロモン・スミス・バーニー・ディレクター、藤井知子氏)、「格下げだけで金利が2%、3%を超えるようなことはない」(東京三菱証券、佐藤氏)との声など、限定的との見方が多い。
財務省理財局の国債課長、村尾信尚氏は、「長期金利は、期待インフレ率や期待成長率を反映するものだが、成長率やインフレ率の見通しが、ゼロやマイナスといったさなか、長期金利が暴騰するといったシナリオは想定しにくい」と説明している。
また、現状では、そもそも企業の資金需要自体、少ない。あおぞら銀行のシニアエコノミスト、清水康和氏は、「最近の不況下では、企業は資金調達よりも融資の返済に余念がなく、企業の資金需要は依然として弱い」と話す。企業の資金需要が回復を始めれば、金利の上昇がボディーブロー的に効いてくる可能性はあり、東京三菱証券の佐藤氏は、「企業の資金調達が強いときは、例えば金利の0.1%上昇でも影響がある」という。ただ同氏も、「今の状況下では影響が大きいとはまず考えられない」と指摘、短期的には格下げが資金調達の障害になるという事態はない、との見方が大勢となっている。