財務省が国債市場の抜本改革に動き出している。10年国債発行額の約4割を引き受けているシンジケート団(シ団)の廃止を視野に入れながらシ団シェアを段階的に引き下げる一方、米国のプライマリー・ディーラーや英国のマーケット・メーカーなどと類似の制度を導入する方向だ。財務省はシ団シェアの低下に対する市場の反応をみながら、最終的な決断をする構えだ。
プライマリー・ディーラー制のような新たな仕組みを導入するのは、シ団の機能を段階的に削減するのに伴い、国債の発行・流通市場が不安定になるのを防ぐのが狙いだ。市場に影響力のある一部の金融機関を、いわば“世話役” に選任、プロに目配りをしてもらう。その代わり、こうした金融機関に一定の特権も与える。
米国式?英国式?フランス式?
プライマリー・ディーラー制度は、米国の制度で、それに選ばれる金融機関は、国債入札で、大きなプレゼンスを有する証券会社や銀行などだ。現在は 22社。こうした金融機関は、連邦準備制度の下で、ニューヨーク連銀が日々行っている「公開市場操作」に参加できる特権を与えられている。
一方、英国のマーケット・メーカーは、すべての国債について、売り買いの気配値を示し、売買注文に応じなくてはならない義務を負う。また、入札に積極的に参加する義務、債務管理庁に市況・自社ポジションに関する情報提供を行う。一方、債務管理庁の諮問会議に出席できるほか、ストリップス債の分離と再構成を行うことが認められている。16社前後が指定されている。
また英米では落札義務を課していないが、フランスでは、長期債、中期債、短期債でそれぞれ発行額の2%を取得することを義務付けている。日本では米国のように中央銀行のオペ(金融調節)への参加を特権として認めることはせず、英国のマーケット・メーカーに近いものになる可能性が高い。
国債市場懇談会
市場の意見や学識経験者の意見を聞くために財務省が開催している「国債市場懇談会」では、10月から国債の一定比率以上の入札実績をメンバー選任の要件とする。
同省が、先月、市場懇メンバー選任の要件を客観的な基準にし、これを公開したことから、市場関係者の間では市場懇メンバーが日本版世話役のメンバーになるのではないか、との観測が流れ出した。つまりフランスのようにメンバーに、一定比率の落札が義務付けられるというものだ。
ただし、市場懇のメンバーをそのまま日本版マーケット・メーカーにするのか、それとも別の選考基準を導入するのかは、いずれにしても財務省の「胸先三寸」であることには変わりはない。
米国の教訓
米国では4日、ザイオンズ・ファースト・ナショナル・バンクとBMOネスビット・バーンズがプライマリー・ディーラーの資格を返上した。ここ数年の金融界の再編もあって、プライマリー・ディーラーの数は減少傾向にある。
だが、両者が今回、資格返上に踏み切ったのは、プライマリー・ディーラーの資格に伴う権利や義務は、市場で総合的に業務を展開する会社でなくてはむしろ重い負担になるため、一部の業務に特化することを選択したのだ。
プライマリー・ディーラーに選ばれる名誉と打算。米国で急速に進んでいる金融界の革命は金融機関の戦略にも大きな影響を与えている。日本でも、どのような権利義務を課すかによって、要件は満たしても、辞退するところが出てくる可能性もある。米国での経験は日本の教訓となる。
効果への疑問
こうした市場安定化策の効果については、みずほ証券高田創チーフストラテジストが「市場に金利上昇への不安感が強いときに、シ団の比率を下げていく以上、何らかの保険があったほうがいい」と指摘するように、肯定的にとらえる見方もある。
だが、国内大手証券金融市場部の担当者によると、現在でも、シ団のメンバーのなかには、引き受けた国債がいらない場合、額が確定したとたんに転売してしまう会社もあり、シ団制度が値崩れを防いでいるとはいえない、という。
しかし、国債の発行年限の多様化につれてシ団の引き受けは発行額全体の9%程度に過ぎない。市場の安定化機能という面では、そもそもシ団は役割を終わっている、とみるのが一般的なようだ。このため、シ団のような強制力を持たない新たな制度の市場安定化機能は市場を安心させる一定の効果はあるが、それ以上のものではないとの見方も多い。
補助輪を外す恐さ
市場関係者には、未達(落札額が発行予定額に達しないこと)が起きても何も騒ぐ必要はない。未達のときにどうするかのルールだけ作っておけばいい、などとして、未達が国内外の金融・経済に大きな影響を与えるという一部の見方を否定する見方が強い。
日本の国債市場の草創期から今日まで、長年、市場の安定性を担保するという意味で、重要な役目を演じてきたシ団。だが、最近の不要論や国際的な潮流に押されて、シ団を構成する大手金融機関からも、廃止されるのは「時間の問題」との声が挙がっている。
とはいえ、長年慣れ親しんできたシステムを変えると、相互の理解不足やちょっとした風説で、マーケットそのものが大きく揺れる可能性はある。ましてや、財務省の国債管理政策に、不信感が募れば、その様相はさらに深まる。
財務省と市場。国債市場にまつわる制度改正は、まるで臆病な子供が自転車に乗れるようになったにもかかわらず、恐くて外せなかった補助輪を一つ一つ外すことにも、似ている。