昨年末からの株価下落で一時は緊迫した「3月危機」は、政府の空売り規制などで「封印」されたかにみえる。しかし、市場は依然、不良債権処理を注視しており、4月半ばまでに公表される金融庁の特別検査の結果に市場が失望すれば、危機は再燃する懸念がある。本腰を入れて危機に対応しようとしない小泉純一郎首相の姿勢にも、批判が強まりかねない。
大手行は、3月末の保有株含み損が、昨年9月末より大幅に減少したことから、とりあえず3月期決算を乗り切った格好だ。しかし、景気回復の遅れから不良債権の残高が今後も増えるのは必至で、「金融システムが不安定な状況は変わっておらず、いずれ公的支援が必要になる」(金融筋)との声は根強い。
01年度決算から導入された時価会計では、含み損は一定の基準に基づき、利益と資本から差し引かれる。含み損が増えると銀行株が下落したり、銀行が発行する社債の利回りが上昇して金融システムを揺るがす。3月末の大手行の株の含み損は昨年9月末より1兆5000億円も減り、「救われた」(大手行幹部)格好だが、1年前の昨年3月期末の含み損は約2700億円で、銀行経営が深刻な状態には変わりはない。
ペイオフ凍結解除で、4大グループ中心に個人預金が急増したり、年後半からの景気回復期待が広がり始めていることで、大手行には楽観的な見方も出ている。
しかし、大手行の不良債権額は、昨年3月末比で最低でも5兆円増える見通し。昨年来、ゼネコンや流通などの問題大企業の淘汰・整理が進んでいるが、「いくら処理しても新規発生が止まらない」(大手行役員)のも事実。市場では、「生産性が高まるような構造改革は進んでおらず、再建計画も中途半端なものが目立つ」との指摘もあり、来期も不良債権処理額が銀行の収益を上回る「最悪の事態」が続く可能性がある。
銀行体力の衰えを背景に、銀行が資本を充実させるため発行する劣後債も格下げされる見通しで、今後、資本の調達策が厳しくなることを懸念する声もある。
株式市場でも「不良債権処理は先送りされた」との見方が大勢。金融システム不安がくすぶったままでは「米国頼みの回復しか期待できず、株価の上昇基調は02年後半まで続かない」(外資系証券)との見方が強い。税制改革や規制緩和などによる構造改革の後押しと需要喚起策、銀行への金融支援を催促する相場展開になることも考えられる。【藤好陽太郎、吉原宏樹】
金融庁の特別検査の結果は、金融行政に対する市場の不信感を意識した首相の指示で公表されることになった。株価の回復もあり、金融庁は「特別検査で不良債権を積極的に処理しても、02年3月期の大手行の自己資本比率はおおむね10%台」と見込み、「公的資金の再投入は不要」と主張する見通しだ。
しかし、不良債権問題の象徴とされるダイエーやゼネコン(総合建設会社)の株価は、特別検査を踏まえた再建策が発表された後も低迷、市場の不信感は根強い。政府は追加デフレ対策として税制改革などの検討に着手しているが、「即効薬」ではなく、デフレが長引けば新たな不良債権が発生し続ける。
市場が特別検査の結果や公的資金の再投入見送りを「問題先送り」と判断すれば、再び株価は下落する恐れがある。4月1日のペイオフ凍結解除で預金者は金融機関の財務内容に敏感になっており、個別行の株価が急落するようになれば、預金流出など金融システムの動揺に直結する懸念は否定できない。【木村旬】
政権の正念場と見られていた「3月危機」は、緩やかな株価上昇に救われた。小泉首相は「危機だと言われていたけど起きなかったじゃないか」(27日)と胸を張り、福田康夫官房長官は「うまく行っているのではないか」(29日)と3月を総括した。「危機の根っこは残ったまま」という市場の声をよそに、熱さがのど元を過ぎ、政権の緊迫感も衰えた。
総合デフレ対策をまとめた2月27日。小泉首相は「これで終わりじゃない。具体策を引き続き検討する」と追加策に言及した。2日後、政治評論家たちにも「次の手立てはできるだけ早くやる」と語っている。
だが、緊張感は続かなかった。株の空売り規制が予想以上の効果を上げて平均株価が1万1500円を超えると、首相は「支持率が下がると株価が上がるんだったら、もっと支持率下がってもいいな」(3月4日)と軽口をたたいた。
危機の本質は不良債権処理の遅れに伴う金融システム不安にあるにもかかわらず、政府は「株価危機」にわい小化した。このため、3月の平均株価が企業決算の安全圏内に収まるメドがつくと安堵感が広がった。首相は22日、「来年度予算に勝る(デフレ対策の)追加措置はない」と発言し、軌道修正した。
首相は29日、経済評論家の田中直毅氏を官邸に呼び「改革の実を国民に見せるにはどうしたらいいか」を話し合った。改革は進んでいる、という首相の「自意識」だけは強まっている。 【伊藤智永】