今月上旬、経済紙の1面に「ソフトバンク、あおぞら銀行株式の大半を売却へ」という見出しが躍った。昨年末頃からこの“噂”は霞が関、それも総務省筋から漏れ出していた知る人ぞ知る情報だった。それがどうしてこの時期に表面化したのだろうか。一般的には、誰かがこの記事でアドバルーンを上げたと見るのかもしれない。しかしその出元が、ソフトバンク<9984>の孫正義社長本人だと伝えられるに至っては、やはり驚かざるを得ない。鳴り物入りで銀行経営に乗り出したはずのソフトバンク。そこで今、何が起きているのか―。
●大きく浮上する外資ファンド
ソフトバンクが株を売却する相手は、外資ファンドの「サーベラス」だという。サーベラスは、すでにあおぞら銀行の株式を当初の5%から11%余りまで買い増している。あおぞら銀行の経営へ関与を強めようとしているさなかであり、ソフトバンクに対して強く株式の売り渡しを迫っていた、とも言われている。大手紙フロント面を賑わせた記事の内容はここまでは正確だ。しかし、どうしてソフトバンクがそこまで追い込まれているのか―記事はその肝心な部分を明らかにしていない。
●苦しい懐事情〜それでも“新事業に注力”を崩さず
ソフトバンクは、2001年9月期決算で連結の最終損益が初めて赤字に転落した。赤字額は540億円余り。世界的なIT不況と日米の株安の直撃を受け、苦しい懐事情を映し出しているのが去年の夏以降に起債した総額800億円の個人向け普通社債だ。この3月末までに、これまで発行した普通社債や転換社債の償還が270億円必要で、さらに来年度は450億円が必要になると見込まれている。
また、Yahoo!BBの事業を軌道に乗せるため、多く見積もって1000億円規模の資金が必要になる、とされる。この償還資金を中心に賄うため、個人向け社債の発行に踏み切ったわけだ。ソフトバンク関係者は「個人向け普通社債による800億円が集まらなければ、今も続いている“綱渡り資金繰り”がショートし、今3月期にも行き詰まる危険すらあった」という。
BBの事業展開を進めている中、償還資金さえも事業につぎ込みたいと孫社長は考えているらしい。しかし、孫社長が危機感の乏しい一方で、ソフトバンクの発行する社債は、額面を割り込んでの取引が続いている。つまり今後、社債を発行しても確実に資金が集められるという確信がそこにはないのである。こうした状況を受けて、ソフトバンクは自らが持つ株式などの資産の売却や子会社の清算などに躍起になっているのだ。それでも自ずと限界がある。
この3月期決算は、去年調達した800億円で、何とか乗り切れると見られている。しかし、この資金の一部もすでにBBの事業資金の一部として使われたという関係者もいる。来期の償還資金も、心もとないのが実情だ。あおぞら銀行の株の売却を急ぐ意味はそこにある。債務の圧縮が本当の目的ではない。売却で得られる資金は、不安定な償還資金を手当てし、来年9月の中間決算を乗り切るための苦肉の策なのだ。いくら周囲から「売却の前途は多難」と言われようとも。
●厚い壁が立ちはだかる株売却〜“しのげるだけしのぐ”?
売却するためには、パートナーである東京海上火災保険<8751>、オリックス<8591>両社の同意が必要なのは当然である。また、サーベラスがこれ以上経営に影響力を行使する事に、2社が“ある種のアレルギー”を持つであろうことも予想される。さらに金融庁はどうだろうか。兆単位の血税を投入して負の遺産をきれいにした旧日債銀を、いわば孫社長の言葉を信じてソフトバンクなどの連合に売却したのだ。信じた側にも責任はある、と指摘されるかもしれないが、当局にすれば新生銀行の反省から外資への売却を嫌っての選択だったはず。今になってサーベラスが筆頭株主に躍り出ることなど考えたくもないだろう。
しかし、もしこの株売却を認めなければ、ソフトバンクにナスダックの命運まで預けている当局もまた、ソフトバンクの経営が不安定になるのを黙って見ているしかなくなってしまう。関係者の中には、今の持ち株会社形態をやめ、より資金の流れは不透明になっても、関係会社群の資金をより柔軟にグループの事業展開に使えるように、企業の在り方自体を見直した方がいい、と言う人もいる。だが、こうした場合、孫社長の支配力がグループ全般に強まることになり、それを嫌う金融関連の同社グループ企業が脱藩に動き出すという最悪の事態を招く危険性も孕んでいる。“今は売れるものを売り、しのげるだけしのぎたい”―孫社長のホンネはここに込められているのかもしれない。
(東山恵 市川徹)