二元的所得課税への期待が高まっている。政府税制調査会などで議題にのぼっており、ペイオフ解禁で個人金融資産が流動化する時期を迎えて、証券界でも間接金融から直接金融へのシフトを税制面で支援するものになりうる、との声があがっている。また、二元的所得課税によって、現行税制に資産運用の視点を組み込むことができるのではないか、との声も聞かれる。
「政府税調で石会長が二元的所得課税について議論していく姿勢を示しており、これから改めて議論を深めていくことになるだろう」と、政府筋の1人は指摘する。デフレ対策で税制改正に注目が集まる中、二元的所得課税が、今後の税制論議の大きな議題として浮上してきている。
また、一部報道で、経済財政諮問会議が今月中に発表する税制抜本改革の論点が伝えられたが、ここでも二元的所得課税が盛り込まれる見通しという。市場関係者の間では、「民間議員である本間正明・大阪大学教授が、二元的所得課税に前向きだ」(シンクタンク関係者)とみられている。
二元的所得課税とは、利子収入や株式譲渡益などの金融関連所得を一括して把握、これに比較的低い一定の税率で課税しようというもので、累進税率が適用される給与所得などの勤労所得と切り離して扱われるためにこう呼ばれている。スウェーデンなど北欧諸国ですでに導入されており、日本でもこれまで政府税調などの場で何度か議論されてきた経緯がある。
間接金融から直接金融へのシフトが叫ばれて久しい。不良債権問題による間接金融の機能低下もあって、預貯金に偏った個人金融資産を資本市場に呼び込むため、税制面でこれをサポートしようという考え方は、「個人投資家の市場参加が戦略的に重要であるとの観点から、その拡大を図るために、貯蓄優遇から投資優遇への金融のあり方の切り替えなどを踏まえ、税制を含めた関連する諸制度における対応について検討を行う」という形で、経済財政諮問会議の”骨太の方針”にも盛り込まれた。
こうしたなか、証券界でも、政府税調・金融小委員会のメンバーでもある野村総研の水口顧問が、「二元的所得課税論は、実務的にみて現実的な選択肢だ」と高く評価しており、この考え方には注目が集まっている。
<金融所得課税という受け皿>
証券界で二元的所得課税に期待が集まる背景には、「現行制度では、預貯金利子など間接金融に関する所得への課税に比べ、譲渡益課税など直接金融に関する所得への課税のほうが不利になっている」(大和総研制度調査室長、吉川満氏)との不満がある。
関係者の多くが指摘するのが、預貯金利子への課税は源泉分離課税が維持されるのに対して、譲渡益課税は源泉分離課税の廃止が決まり、申告分離課税に一本化される点。新光証券総合企画部制度調査室では、「納税手続き面での不公平感は大きい。金融商品に対する課税方法は、基本的に同じであるべきだ」としている。証券会社が源泉徴収を行い申告を不要とする制度もできるが、複数の証券会社にまたがった譲渡益と譲渡損失は損益通算できないなど、使い勝手の悪さが指摘されている。
このため、課税面でのイコール・フッティングを確保するためには、金融所得課税という受け皿を作り、この枠のなかで一体的な取り扱いを受けることが現実的な方法、との声が多い。
また、大和総研の吉川室長は、「現行制度では、株と株式投信と株式のデリバティブ商品は、投資特性の似た商品であるにもかかわらず損益通算ができない。これは不合理だ」と指摘、金融資産による所得を一括して扱う金融所得課税という枠組みができれば、この是正もやりやすくなる、とみている。
新光証券の制度調査室でも、「預貯金利子と株式譲渡益とは性格が異なるため、利子所得まで踏み込んでの損益通算が可能かどうかは、議論が分かれるところだろう。だが、基本的には、金融資産からの所得は利子も含めてすべて損益通算すべきだろう」としている。
また、金融技術の高度化により、利子、譲渡益、配当などに類別しきれない中間的な所得を生む金融商品が増えているため、現在の課税方法は有効性が薄れてきている。さらに、これを逆手にとれば、デリバティブなどを使って一番有利な税制を利用できるよう、所得の種類を変えて合法的に節税することも可能。大和総研の吉川室長は、「北欧での二元的所得課税導入の背景には、こうした税金逃れ抑止という要請もあった」という。金融商品の多様化を考えれば、日本でも、これら金融関連所得を一括して扱う税制の受け皿が必要になっている、との声が多い。
一方、二元的所得課税については、2000年7月の政府税制調査会による”わが国税制の現状と課題”に、「資本は労働より流動的である(供給の価格弾力性が大きい)ことを前提として、勤労所得に対しては累進税率を適用する一方、資本所得に対しては勤労所得に適用する最低税率以下の税率により分離課税することが望ましい」と紹介されている。このため、「議論の行方次第では、現行制度より実質減税となる可能性もある」(投信)ことから、関係者の関心を集めている。
<求められる資産運用の視点>
あるファンドマネジャーは、利子や譲渡益など所得の種類ごとに課税方法を変える現在の所得税制には、個人の資産運用という観点が希薄なのではないか、という。「資産運用という観点からいえば、運用益は、運用資産額に対するインカムとキャピタルを含めたネットの損益で測られる。その意味で、損益通算は当然だ。個人金融資産が1400兆円に膨らむ一方で高齢化社会の進展による老後資金確保の必要もあり、個人レベルの資産運用の規模や重要度は以前より増している。所得課税のあり方も、こうした変化に対応していくべきなのではないか」(投信)としている。
日本が豊かになるにしたがって個人金融資産は生活資金の貯蓄の枠を越えて積み上がり、IT化の進展によって個人が手にする運用情報が飛躍的に拡大した結果、積極的に運用益をねらう資産が増加している。運用資産はパフォーマンスを求めて、マーケットの局面に応じて投資先を変えてゆく。運用という点では、リスクとリターンの総体としてのパフォーマンスの前ですべての金融商品は等価であり、いわゆる”グローバリズム”の進展が資金移動のスピードを早めている。
「こうした時代にあって、金融商品間に税制上の差をつけることは、パフォーマンスによる資金移動を阻害することになり、結果的に効率的な資金配分を歪める。効率性の追求という意味では税制を含めた政策判断より市場メカニズムが優れていることは、社会主義の失敗からも明らかだ。パフォーマンスを求める運用資産と、事業資金を求める産業セクターとの出合いは、”みえざる神の手”にゆだねられるべきであり、税制はこれをスムーズに行えるように環境を整えるものであるべきだ。その意味からは、金融所得課税は、資産運用の視点を税制に組み込むためのくさびになりうる。個人金融資産が1400兆円に膨らんでいることを考えれば、日本の税制にはこうした視点が必要になっているのではないか」(投信)という。
<具体化への課題>
ただ、二元的所得課税制度を日本でどう具体化していくかについては、議論は定まっていない。納税手続きを公平化するにしても、譲渡益課税の申告分離一本化が決まったばかりであり、これを再び源泉分離との併用に切り替えることは難しい。一方で、預貯金は資産運用として以外に、生活資金のセキュリティ確保や送金の便などの観点から学生や老人まで国民が幅広く利用する金融商品でもある。このため、「預貯金利子すべてに、申告分離課税を採用することが現実に可能かどうか」(政府筋)という意見も出ている。
さらに、「たとえば、ストックオプションは、給与と金融資産の両面をあわせもっている。こうしたものにどう線を引いていくのか」(政府筋)など、解決すべき課題は多い。
また、これまで政府は、総合課税を目指して日本の税制を構築してきているが、二元的所得課税を取り入れた場合、税制の目指す方向が切り替わる可能性もある。総合課税からの脱却になるのか、「金融所得課税は、金融所得のなかでの総合課税だ」(政府筋)という方向で議論をまとめるのか、まだみえてきていない、という。
政府筋は、「二元的所得課税は、まだ議論の入り口にたったところで、これを取り入れるという前提で議論するわけではない。選択肢のひとつとして議論していこうということだ」と慎重なスタンス。
大和総研の吉川室長は、個人的な見解と断ったうえで、「証券界としては、直ちに検討に着手して、税制要望などを通じて二元的所得課税を求めていくことになるのではないか。しかし、来年度税制改正ですぐに実現をはかるということではなく、タイム・スパンとしては、遅くとも前回の税制改正で決まった譲渡益課税などに関する時限的優遇措置が切れるあたりの具体化を目指して、中期的な課題となることを覚悟して取り組んで行くということではないか」としている。