識者を自任するのであれば、駆使してはならない反則技があ
る。それは「陰謀史観」だ。「世の中が悪いのは誰々のせい」と
言い募り、「その悪人さえいなくなれば、世の中は良くなる」
という論法。分かりやすいし、勧善懲悪で人々に強く訴える
効果的な手法だ。
この陰謀史観の前には冷静な現状分析など跡形もなく吹っ
飛ぶ。憎悪を人々の心に植え付け、世の中の複雑さを無視して、
悪人さえ成敗すれば素晴らしい明日が来ると思い込ませる。政
策論というものはそういう陰謀史観を克服する努力によって発
展してきたのだが、いつの世であっても陰謀史観の魔力は人々
の心を惑わすものらしい。
結果的に陰謀史観へとたどり着いた識者なら、その仮説が真
実であることを立証するために努力すべきだ。一握りの人々が
この世を思うがままにコントロールしているという俗説が真実
なのだということを、事実の列挙によって証明しなければなら
ない。その努力があってこそ、近代科学を標ぼうすることがで
きる。それができないのなら、天の怒りを鎮めるために、乙女
の生贄(いけにえ)をささげた太古の原始宗教と変わるまい。
ところがわが国では、この手の陰謀史観が大流行。識者の皮
を被った俗物がうそ八百を垂れ流している。不良債権処理を怠
り続けた結果、回り回って経済や金融が悪化している責任を誰
かになすりつけるため生贄を探している。まるで魔女狩りだ。
最近の標的は外資。当局の高官が永田町の先生方を説得する
ために使った説明資料によれば株を空売りする外資は諸悪の根
源だそうな。「東京から撤退を考えている外資が大多数であ
り、食い逃げに走る可能性が大」だから、「場合によっては、証
券会社でなく社員本人を標的にした処分を考える必要」などと
明記してある。脅迫されたトレーダーが空売りポジションを急
いで買い戻す婆が目に浮かぶ。
しかも、外資が空売りをして金融危機をあおるのは「外資の
東京支店は年俸一億円に上る金融の専門家を各行あたり百人か
ら百五十人採用してしまっており、新しい不良債権の材料がな
いと、人員を抱えきれなくなっていた」からだと力説するのだ
から、ヘソが茶を沸かす。これが、わが国最高峰を極めた官僚
の脳みそなのだ。外資憎しで盛り上がるのはよいが、本当の問
題点を追及することを忘れるようになっては、ますますもって、
この国は終わりである。(祥)