2月上旬までは悲観一色だった株式市場が明るさを取り戻している。金融危機懸念から、株安・債券安・円安のトリプル安という「日本売り」が深刻になりかけたが、いまではトリプル高だ。日経平均株価のバブル後最安値9420円は、3月12日には1万1607円にまで回復。企業業績に大きな影響を与える期末株価は、昨年3月末の終値1万2999円も視野に入ってきた。
反転の契機は、空売り規制強化などを柱とした政府の総合デフレ対策(2月27日)だった。それだけでなく、企業の景況感が好転しているという観測も広がっている。3月6日の財務省景気予測調査は2001年第4四半期から大企業景況感が改善したことを示した。3月の月例経済報告での総括判断も上方修正された。米国の景気回復テンポが予想以上に速まっているのも追い風だ。
春。ウキウキしたくなる季節だが、これで楽観していいのだろうか。設備投資や個人消費は引き続き低調だ。不良債権の最終処理の行方もまだ不透明なまま。金融危機はある種、フタをされたのかもしれないが、そのマグマは依然、強まっている。決算発表が始まる4月から5月にかけての激震前の静けさなのかもしれない。株価上昇の深層と、3月決算を分析した。
北野 一(東京三菱証券チーフストラテジスト)VS武者 陵司(ドイツ証券株式調査部長チーフストラテジスト)
株価上昇は「本物」か 「年40〜50%上昇へ」(北野)×「方向感のない動き」(武者)
―― 株価の現状をどうみるか。
北野 もともと2002年の展望にあたっては、(1)米国をリード役に世界経済が回復、(2)円安を背景に外需主導で日本の景気底入れ、(3)そうして循環的に環境が良くなれば、不良債権問題への悲観論も修正――の3点を考えていた。
実際には不良債権問題への悲観論は強まり、日本は構造問題を抱えているから、米国が良くなっても、景気回復できないという議論になった。しかし、現実に米国景気の回復が市場予想を上回り、過度の悲観論の修正が、株価に反映されている。
武者 悲観論の極から反転した面はあるが、それとは別に二つの力が働いた。一つは株価対策だ。3月期末決算に向けて、空売り規制などやアナウンスメント効果を含めた対応がうまく効いた。もう一つは、米国の景気回復への期待が高まり、米国の株価が反発した。持続可能かどうかは議論しなければならないが、現在の株価水準にはこうした背景がある。
―― 総合デフレ対策への評価は。
北野 評価できるとすれば、その名称だ。テレビで紺谷典子さん(日本証券経済研究所主任研究員)が「高齢化対策という言葉を使わないでほしい。『対策』の前の言葉はネガティブにとれる」という趣旨の発言をしていた。その意味で「デフレ対策」という言葉の出現は「デフレは悪」という認識が共有化されたことを意味する。「実質所得は増える」など以前は「良いデフレ」論もあったが、一方的にデフレが続き、不公平感が高まっている。
株価対策に関しては、そもそも、株価を人為的に操作できるとは思っていない。「市場が歪んだ」という認識を参加者に持たせた点で、空売り規制は将来に禍根を残した。
―― 不良債権処理をめぐる「3月危機」は回避できたのか。
武者 「3月危機」とは、株価下落を起点とした信用不安と、それを引き金に抜本的対策を求めるコンセンサスの形成だったのだろうが、期末の株価がしっかりしそうだという環境では、回避の可能性が高い。
ただ「3月危機」とされた最大の要因は、4月のペイオフ解禁で、信用の最後の切り札がなくなる点にある。ペイオフ解禁は、単に預金が保護されなくなるだけでなく、銀行の債務が守られる「国家信用保障制度」がなくなることを意味する。銀行に対する債権者が、債権保全に不安になって動き出すことは十分あり得る。連鎖的な不安心理の高まりが危機に結びつくことは、目先は沈静化されそうだが、危機のタネは常にあり、いつ起きても不思議でない時代に入った。
北野 「危機」は繰り返し言及されてきたが、「3月」に意味があるとすれば、ペイオフ解禁のほかに、1999年3月期に始まった会計ビッグバンが02年3月期で終わることが指摘できる。連結決算や時価会計など、会計の透明度が増し、銀行は株式評価損を貸借対照表に反映させることになった。その損失規模が明らかになったため、株価は下がり、さらに不安心理が増幅するスパイラルが起こりつつあったのが、足元だろう。ただ、そのピークは02年3月期であり、同じ種類の危機を繰り返すことはない。
―― 今後の株価レンジをどうみるか。
武者 予想しがたいが3月末は1万〜1万2000円。どこかで大底を入れて回復し、年末に1万2000円になるとこれまで言ってきたが、日本経済が過去をリセットする感じはいまだない。ボトムレンジで方向感のない動きが続く可能性がある。
北野 90年代は、92、95、98年の3回、サイクルボトムをつけ、いずれも1年間で株価は40〜50%上昇した。今は単純に景気循環に沿った株価上昇であり、昨年9月がサイクルボトムであるなら、1年で40〜50%上がるのは平均的な姿だろう。
景気の先行きはどうなる 「マクロは上方修正」(北野)×「持続的な拡大困難」(武者)
―― 景気回復の見通しは。
北野 日本は、在庫循環が一巡し、生産増の期待に結びついている。鉱工業生産も、第1四半期で5四半期ぶりにプラスに転じそうだ。景気底入れを展望できる段階にきた。
米国の景気底打ちはコンセンサスであり、見方も上方修正されている。世界経済の連関が強まるなか、日本だけ景気回復しないと考える理由もない。日本の貿易黒字の縮小が問題視されてきたが、02年1月は前年同月比で、00年6月以来1年7カ月ぶりに増加に転じている。
03年3月期の企業収益は2〜3割の増益だという期待をマーケットは持っているが、経済成長率の予測は強気の人でもプラス0・4%だ。ミクロとマクロのギャップがあったが、ここへきてマクロの見方がやや上方修正されてくるのではないか。
武者 景気の状況はトリッキーだ。代表格は米国で、01年第4四半期の成長率が異常に高く、その強さが02年第1四半期まで引き継がれ、株式市場に影響している。
ただ、持続的な強さかといえば問題がある。バブルの過剰投資の調整が起きていない。経済の強さは政府部門支出と消費の2セクターに依存している。前者は対テロ戦争の恩恵という特殊要因であり、後者は債務に依存した需要拡大でしかない。在庫調整も進展しているが、持続的な拡大基調に入るのは困難だ。通常の経済サイクルで起こり得ないことが起きていることで、景気に対する見方が分かれている。
日本は、目立った景気回復はなく、過去もなかった、というのが私の結論だ。名目経済成長率は過去5年間持続的に減少している。経済は老衰過程にある。在庫調整の完了、日銀の金融緩和、半導体サイクルの投影など、短期循環的にポジティブな要素はあるが、経済のトレンドを大きく転換させる力はない。デフレ経済下で企業収益が良くなれば、家計所得を圧迫し、デフレスパイラルを促進する。逆に、企業収益が抑えられれば、スパイラル的悪化が食い止められるという二律背反にある。自律的な経済拡大や株価上昇は期待できない。
金融緩和は有効か 「インフレへの転換」(北野)×「デフレは継続する」(武者)
―― 金融政策はさらに緩和されたが。
北野 経済学者が言うように、物価の変動がすぐれて貨幣的な現象であるならば、治癒のためには量的金融緩和しかない。マネタリーベース(日銀当座預金と現金の合計)の伸び率は27・5%(01年2月の前年同月比)で、日銀の量的緩和は凄まじい規模だ。マネタリーベースの伸びをどれぐらい高めればインフレ期待に火がつくかわからないが、ある面、インフレ期待につながっている。
01年9月以降、円安が20円ほど進行したが、長期金利は1・3%から1・6%まで上がってきた。過去数年、円安で金利が下がり、円高で金利が上がる相関を繰り返してきたが、現在の為替と金利の関係は全く逆だ。日銀が相当な金融緩和をする過程で、市場はデフレからインフレへの転換を先取りし始めている。
武者 見方は異なる。金利上昇は日本売り・円安が要因で、インフレ期待によるものではない。第1に、金融政策の限界は明らかだ。マネタリーベースが増えても、広義のマネーサプライ(通貨供給量)は増えていない。信用乗数(金融機関が経済活動に必要なお金を貸し出す能力)は信じがたいほど低下している。信用創造機能が機能していない。日銀当座預金は積み増しても、銀行間で短期資金を取引するコール市場にお金を出さないなど、金融機関がタンス預金を始めている。
インフレ政策の柱は、財政政策であるべきだ。財政赤字のマネタリゼーションによってのみインフレが起きるのではないか。
―― 経営者のなかには、インフレになると発言する人もいる。
武者 日本は最終的にトリプル安になり、インフレに入ると、世界の投資家は期待している。これが、ヘッジファンドが年初から日本売りを仕掛けた最大の理由だ。長期的に見れば間違いではないが、日本のデフレがそれほど簡単になくなるとは思えない。インフレは、過去の蓄積を無にするような大変な痛みを伴う劇薬だ。デフレのネガティブな側面は失業や所得減少に一部表れているが、まだ、日本人の大多数はデフレをフルに楽しんでいる。
北野 インフレもデフレも、立場が債権者なのか、債務者なのかによって、良い面もあれば悪い面もあるが、インフレあるいはデフレが一方的に続けば、不公平感が累積される。
ゼロ金利政策にしろ、量的金融緩和にしろ、日銀は経験のないことをやっている。どのぐらいのタイムラグで効果が発現するかは、だれにもわからない。また、マネーサプライ(M2+CD)は低いとはいえ3%台を回復し、99年以来の伸び率だ。
もう一つ、雪印食品の偽装牛肉事件がこの時期に出たのは象徴的だ。消費者は価格が安いことに価値を見いだしているので、企業には価格を下げる圧力が働く。ただ、期待に応えるには、嘘をつくしかなかったのだろう。質を伴いながら価格を下げるには限界がきているのではないか。
デフレ脱却までの局面を4段階に分けて解説した『ワールドファイナンス1914〜1935』(ポール・アインツィヒ著)によれば、金融政策もさることながら、デフレはあるポイントに来れば、自動的にリバースするという。たとえば、雪印の事件に象徴的に表れてはいないか。気がつけば、マクドナルドもスターバックスも日本が世界一安い。
横たわる今後の課題 「米の金融引き締め」(北野)×「信用創造のストップ」(武者)
―― 株式市場、実体経済が良くなる課題はなにか。
武者 いま起きている循環的な回復の持続に尽きる。ポイントは米国だ。政策に支えられた需要増加は、おそらく第2四半期後半〜第3四半期で息切れする。それがマーケットに織り込まれる局面で、相場の雰囲気はかなり変わる。
年後半は、減税効果もテロ対策の歳出効果もなくなり、需要の先食いの反動で、消費部門中心に需要が減退する。投資の回復も難しい。
99〜00年のような世界同時景気回復があるにしても、弱々しいと見えた段階で、再び日本の構造問題に焦点が移る可能性が高い。
雇用指標は、遅行指標ではなく、先行指標になり得る。雇用が最終需要や生産の減少に直結するかもしれない。
北野 世界の景気循環は、首を絞められて失速してきた。米国景気の失速懸念があるのなら、FRB(米連邦準備制度理事会)がどのタイミングで金融引き締めに入るかだ。実質FFレートが、いつプラスに転じるかだが、私は向こう1年はプラスにならないとみている。
バブル崩壊後、日本も2度景気回復局面を経験した。93〜97年と99年〜00年だ。前者の失速は、消費税率の引き上げと財政の緊縮政策だった。後者は首を絞められたわけではないが、首を絞めても効かないなかでバブルが膨らみ、破裂した。よほどネガティブなショックがないと、いったん自律的な回復軌道に入った景気は、そう簡単には落ちない。
成果給への移行が消費低迷に結びついている面はあるが、今は移行期であり、それが終われば回復はありうる。
武者 90年代の世界経済の特徴は、信用創造の膨張だ。その根本に米国の対外債務の増加と米国への資金流入がある。それが最終的に99〜00年のバブル形成となった。バブルを使ってファイナンスし、そのファイナンスが実物経済への投資となり成長に貢献するプロセスだ。
グリーンスパンFRB議長は一生懸命金融緩和をしており、まだ米国では信用の拡大が続いているが、収縮局面にあることは否定できない。
(構成=内野雅一/渡辺精一・編集部)
総合デフレ対策のポイント(2月27日)
●空売り規制の強化・信用取引の見直し
「空売り」は、機関投資家から相対で株券を借りて売る行為。値下がりしたところで株券を買い戻して、値ざやを稼ぐのが目的。従来は、証券取引所などが公表した直近の価格未満での空売り注文が規制されていたが、株価下落局面では直近価格での空売りも禁ずる。
また、証券取引所のルールに基づき、証券会社などから株券を借り受けて売る「信用売り」についても、空売り同様に明示義務を課したほか、株券の貸し出しが困難になる可能性があると明示する「注意喚起銘柄」などの指定基準を強化するなどの見直しを実施。担保として差し入れる委託保証金の率も引き上げる。
●「銀行等保有株式取得機構」の活用
「銀行等保有株式取得機構」は大手銀行などの出資で1月末に設立された認可法人。銀行が保有する持ち合い株を買い取る。株価下落圧力を和らげ、持ち合い株が銀行経営を圧迫して、金融システム不安につながるのを防ぐのが目的。政府保証枠を用意し(2002〜03年度で計4兆円)長期保有を想定する。
自民党には、対象を事業会社が保有する銀行株にも拡大させる拡充策もあり、今後の議論の焦点となる。
●業種別上場投資信託(ETF)の解禁
電機、機械など、業種別の株式指数に連動した上場投信を今年度中に解禁。ETFは01年7月、日経平均やTOPIX連動型の取引が開始されたが、これを拡大させ、個人投資家を市場に呼び込み、活性化につなげる狙い。
●不良債権処理の促進
金融庁の特別検査を3月までに厳正に実施し、早急に結果を公表する。さらに、整理回収機構(RCC)による不良債権の積極的な買い取りを実施、ペイオフ実施に向けた金融システムの安定を確保する。
●貸し渋り対策
中小企業に対する資金供給の円滑化を進める。
2002年度は「超V字回復」 (大和総研見通し)
大和総研が3月7日に発表した主要企業(東証1部上場の金融を除く310社)の企業業績見通しによると、連結経常利益は、2001年度が43.2%減だが、02年度は56.3%増になると予想。02年度は、昨年12月時点の前回予想(32.2%)に比べ、大幅な上方修正となり、02年のキーワードとして「超V字回復」と「ハイテク在庫の調整終了」を掲げる。
需要の伸びは期待できないものの、(1)半導体などの在庫調整の終了、(2)半導体・電子部品価格の引き下げ、(3)リストラ費用の減少、(4)リストラ効果、(5)円安効果−−の複合効果が寄与する見通し、というのがその理由だ。
日銀金融緩和の「限界」
日本銀行は2月28日、追加金融緩和策を決めた。年度末の資金需要に応じて、流動性を供給するとともに、金融機関の持つ長期国債の買い切りオペを月8000億円から1兆円に拡大した。これに先立つ2月27日の総合デフレ対策には「日銀に思い切った金融政策を要請する」という表現が盛り込まれており、日銀の緩和策は事実上、追認にすぎない。速水日銀総裁自身、効果は限定的であると認めている。
なぜ、の効果が薄いのか。日銀は既におカネを限界近くまでジャブジャブにしている。昨年3月19日、日銀当座預金を4兆〜5兆円前後に増額する量的緩和に乗り出し、その後、その目安を、5兆〜6兆円(8月14日)→6兆円超(9月18日)→10兆〜15兆円(12月19日)と拡大させてきた。だが、期待されるマネーサプライの伸びや銀行貸し出し増には及んでいない。
不良債権問題を抱え、銀行のリスクテイク機能は低下している。銀行は優良企業以外への貸し出しを渋っているが、優良企業は資金コストが低くても、投資収益率が低いため、投資に慎重になっている。一方家計は、将来不安のため、消費が抑制されている。
いくらジャブジャブの資金でも、経済活動には回らないという構造なのだ。
グリーンスパンFRB議長 事実上の“景気回復宣言”
米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長は3月7日、米上院銀行委員会で、米国経済についての半期報告の議会証言を行った。「最近の経済指標は、景気がすでに回復過程に入ったことを示唆している」としており、事実上の景気回復宣言と受け止められる。2月27日に下院金融サービス委員会で行った議会証言の内容を一部修正し、景気認識を一歩前進させたもので、証言内容を上院と下院で変更するのは異例のことだ。2月28日発表の2001年第3四半期(10〜12月)の実質成長率の大幅上方修正などを反映させたとみられる。
FFレートは01年12月11日に25ベーシスポイント利下げで1.75%、公定歩合は1.25%になっている。次回3月19日のFOMC(連邦公開市場委員会)は、FFレート据え置きがコンセンサスだが、金融政策姿勢(Fedバイアス)は、00年12月19日以来連続している「景気配慮型」から、「中立型」にシフトする観測が高まっている。
弱々しかった1990年代の景気回復局面
バブル崩壊後(1991年3月から景気後退)、日本経済は2度の景気回復局面を経験したが、その内容はともに弱々しいものだった。
93年11月〜97年5月の景気拡大期は43カ月となり、岩戸景気(58年7月〜61年12月、42カ月)を超える戦後3番目の長さだったが、実感は薄かった。公共事業拡大など、政府の景気刺激策が牽引。その結果、92〜95年度の財政赤字はGDP比7.5%拡大した。携帯電話の急速な需要拡大などで、96年には自律的回復過程への移行が期待されたが、緊縮財政への転換や特別減税の終了、消費税率の引き上げなどで消費拡大にブレーキがかかった。さらに、97年のアジア通貨危機と国内の金融システム不安で、景気は急速に後退へと向かった。
一方、99年5月〜2000年10月の回復局面は18カ月間と戦後最短。米国を中心とした世界的なIT関連需要の増大で、東アジアの生産が増加し、IT関連材の輸出が増加する循環が生まれたが、00年半ばには米国のITバブルが崩壊し、輸出が減速。所得の伸びが抑えられたことや家計の将来不安から消費も停滞した。この拡大期と重なる99〜00年度の実質成長率は単純平均で1.8%、デフレの進行で名目成長率はマイナス0.1%と極めて脆弱なものだった。