デフレ経済は持続可能なのか。可能でないとすれば、どのような選択肢があるのか。「デフレと生きる」12回目は、「誤解だらけの構造改革」などの著書で知られる大阪大学の小野善康教授。「国債は悪だから、それを減らすために失業者を増やして良いという論理は、本末転倒だ。公共事業の中身こそが重要で、財政を中立にしたままでも、やれることはいっぱいある。歳入を一律に減らすだけが構造改革ではない」と訴える。
日本は長い経済停滞で、将来の成長を支える技術力や生産性に自信を失いつつある。しかし、小野氏は「日本の生産力、技術力、効率性には素晴らしいものがある。世界に引けを取らないし、今でもトップランナーの1つだ。それが持続可能かと聞かれれば、技術的な水準は十分維持できるし、もっと進歩するだろう。ただ、今は、それをサポートする需要が危うくなっているので、経済が停滞している。これを放っておくと、なかなか大変だ」と言う。
経済の側面には、需要と供給がある。「いわゆる構造改革論者の頭には、生産性しか入っていない。しかも、本当の意味での生産力、技術力、効率性ではなく、表面に出たものだけをとらえている。小泉政権は『高度成長は終わったので、需要は弱いのは仕方ない。これは所与なので、それに合わせた生産をしろ』と言う。100の生産能力があるが、80しか買う人がいないので、20余る。だから80だけ作れば良いことになる。それで景気が停滞している」−−。
不良債権を処理しても需要は増えない
小野氏は「今はそれだけでなく、『どうせ80作るなら、もっと少ない人数で作れ』と言っている。そのうえ、米100俵の精神で、『将来のために我慢して、 80すら減らせ』と言っている。ただでさえ弱い需要をさらに冷やし、潜在生産力を上げようというわけだ。これでは、経済の縮小均衡と失業の拡大均衡が起こるだけだ。失業が増えれば、デフレ圧力は一段と強まる。小泉政権はこれが構造改革だと主張するが、本当にそれで経済は回復するのか」と批判する。
財政再建とともに、不良債権処理が小泉政権の2枚看板だ。「バブル崩壊で失った資産は千数百兆円と言われる。個人金融資産の1400兆円と同じ規模が消えてしまった。借金して土地を買った人は、借金だけが残り、不良債権になった。不良債権処理は、その借金をなくせ、というものだが、消してなくすことはできない。国民からカネを取るか、銀行に泣いてもらうしかない。いくら処理しても、国全体で再分配しているだけで、負債の額は変わらない」−−。
不良債権を処理すれば、企業や銀行が投資活動を積極化するとの声もある。「今まで銀行が抱えていた負債を国民が肩代わりするので、少しは良くなるという発想だろうが、国民はその分取られるので、少なくとも需要は増えない。不良債権を処理しても、需要が変わっていないのに、企業や銀行が投資を積極化するか。わたしが経営者だったら、絶対にしない。不良債権がきれいになったら、景気が回復するというのは大ウソだ」と小野氏は言い切る。
ムダな公共事業と失業保険は同じ
それでは、どうすれば景気は回復するのか。「単純な話で、需要を作るしかない。需要を作るには、カネを撒けば良いということになるが、実はそこが違って、カネを撒くだけでは本当の意味の需要にはつながらない。そこが難しいところだ」−−。小野氏は「『穴を掘って埋める』というケインズ的な発想と、『ムダを省き、失業者が出れば失業保険で救済する』という構造改革的な発想は、形こそ違っても、やっていることはまったく同じだ」と指摘する。
小野氏は、こんなたとえ話をする。「わたしは岩手県で公共事業に携わる労働者で、一生懸命働いて道路を作り、それで給料をもらっている。そこに構造改革論者が来て、『お前が作っている道路はムダだから、さっさとやめて家に帰れ』と鬼のような形相で言われる。仕方なく家に帰って寝ていると、今度は別の構造改革論者が来て、『あなたは仕事を失ってかわいそうだ。社会保障を充実させたから、おカネをあげる』とやさしい顔をして言われる」−−。
小野氏は「ムダな公共事業は、穴を掘って埋めて、賃金を払う。こんなムダなことはない。穴を掘って埋める代わりに、現場で労働者を寝かせて賃金を払う、これも同じだ。現場に来るのも面倒だから、家で寝かせて賃金をやる、これも同じ。ムダな公共事業も、家で寝かせて失業保険を払うのも同じことで、そのカネは国民から何らかの形で取ってくるしかない」と言う。ヒトを有効活用していない点でも、カネの流れの点でも、変わりはないというわけだ。
公共事業の中身こそ重要だ
それでは、どうすれば良いか。「経済政策の究極の目的は、労働資源の有効活用だ。まずは寝ている人を減らし、何か意味のあることをやってもらうことだ。人を切れば切るほど需要が減り、市場も縮み、新たな産業も育たない。使うカネは少なければ少ない方が良いが、使う人は多ければ多いほど良い。公共事業の中身こそが重要だ。中身が良くなる可能性が少しでもあれば、やらないよりやった方が良い。需要を作るという話は、副次的に出てくる話だ」−−。
具体的には何をやれば良いか。「たとえば、ゴミ処理施設の建設に毎年1兆円の予算を付け、10年間続ける。橋本元政権は1年間で9兆円もムダな減税を行った。同じ規模のカネを9年に分けて使えば良い。ただし、失業率が3%を割ったらやめる。それまでは続けると言えば良い。あるいは、新たな環境基準を作り、3年後から実行すると言うだけで、大きな技術進歩が起こる。財政を中立にしたままでも、やれることはいっぱいある」と小野氏は言う。
それだけで、大きく広がった需給ギャップが縮小するか。「ゴミ処理技術をはじめとする環境技術が、次の世紀の大産業であることに疑問の余地はないだろう。戦略産業として、輸出もできる。ゼネコンは危ない、危ないと、言われるが、日本の土木技術は世界1だ。これから先、1兆円の市場が10年間保証されれば、関連企業の株価は上がる。情報技術(IT)にしても、それで皆が欲しがるモノを作れば、市場は広がるし、景気も回復する」−−。
国債発行は悪か
小野氏は、不況期には国債の次世代負担は存在しない、という主張で知られている。「だからと言って、いくらでも国債を増やせば良いとは、一言も言っていない。ただ、『国債は悪だから、それを減らすために失業者を増やして良い』という論理は、本末転倒だと言っている。もちろん、国債の発行には金融的な限界がある。国債や円の信用が失われ、信用収縮が起これば、マクロ経済に悪影響を及ぼす。だから、やたらと発行してはいけない」と強調する。
財政赤字を発散させないためにも、増税は避けて通れない、と小野氏は言う。「失業保険を払うだけでは税金は取れないが、仕事を作って賃金を払えば、税金が取れる。そこで増税すれば良い。所得税の課税最低限度も引き下げるべきだ。省エネカーに補助金を払う代わりに、排気ガスに環境税を課す。そうやって税収を増やせば良い。今は仕事を減らし、なるべく税金を取れないように仕向けている。それでは、景気回復も財政再建も不可能だ」と断言する。
財政構造改革の議論は、規模だけが焦点になり、何をどこに使うかという視点が完全に欠落している。「それは、メディアの責任が大きい。歳出を減らす方向で財政改革をやれば、縮小均衡になる。増やす方向でやれば、経済が回りだす。それで税収も入ってくる。歳入を一律に減らすことだけが、構造改革ではない。政治的に難しいから無理だと言うのなら、それでは、皆で心中しましょう、ということになる。それを言ったら、学者はおしまいだ」−−。