●官邸と自民は議員辞職なしで“幕引き”の意向
政局の焦点は、鈴木宗男衆院議員が自民党離党を表明、加藤紘一元幹事長の離党も確定的となったことで、次に「両氏の議員辞職はあるのか」にかかってきた。野党各党の辞任要求は日毎に強さを増し、また国民世論の両氏に対する厳しさを考えると、なお予断を許さない状況だ。しかし小選挙区制度における離党とその後の無所属出馬が政治家にとって「死」を意味することを考慮すれば、自民党もこれ以上の厳しい措置を取らない可能性が高い。それはとりもなおさず、これ以上の疑惑拡大を防ぎたいという首相官邸の意向とも合致するからだ。ただ、これで本当に収まるかどうかは、今後新たな事実が出て来ないことが大前提となる。
●内閣支持率40%割れのところも
小泉純一郎首相らが一連の疑惑に早く幕を引きたがっているのは事実だが、それによっても内閣支持率の低落傾向に歯止めがかかるとは思えない。時事通信社が15日公表した3月の世論調査によると、小泉内閣の支持率は同内閣発足以来最低だった前月よりさらに3.0ポイント減って43.5%とワースト記録を更新した。同調査は8日から鈴木議員の証人喚問が行われた11日にかけて全国の成年男女2000人を対象に面接方式で実施された。
「43.5%」の読み方だが、証人喚問後ならもっと下落率が大きかった可能性があり、今後発表される調査は場合によっては40%を切るところも出るかもしれない。それはとりもなおさず、政権継続にとって「赤信号」の点滅を意味する。政権維持にとってもう一つの重要な指標である株価が幸い、1万1000円台を回復しており、「3月危機」などの経済情勢が政権を直撃する情勢にはない。しかし、支持率の続落はボディブローとなり、確実に小泉政権を弱体化させている。
●羹(あつもの)に懲りて、官僚主導の政策決定案
鈴木議員の一連の疑惑に関連して、国会議員の官僚との接触を原則禁じた英国方式の導入が注目を集めている。自民党の国家戦略本部国家ビジョン策定委員会がこのほど発表した政策決定システム改革案にも盛り込まれた。英国の官僚は、閣僚や副大臣ら公職者以外の議員との接触を禁じられているもので、これが実施されれば、今回の鈴木議員と外務省との癒着などは生じないと期待されている。しかし、英国では大臣、副大臣、政務次官のほか議会担当秘書官も内閣に入っており、その総計は130人にもなる。つまり、与党幹部はほぼ全員が政府の一員となるわけである。こういうことが日本でも可能かということが第1。
第2に「役所に対して言うべきことが言えなくなり、国会議員の存在理由が無くなる」(青木幹雄自民党参院幹事長)との反対論が与党内に根強いことだ。この改革案の首相への提出をめぐってさえ、党の頭越しだったとの批判が多かった。この問題は確かに議員にとっては死活問題になりかねない。その選挙区から選ばれた議員は必ずしもその地域を代表していないということが是認されるかという選挙制度や政治風土そのものにも関わる議論でもある。
第3にこうしたことが成り立つには地方分権の徹底など、「地方のことは地方で」―がもっと進められる必要がある。第4に、意外とこれが肝心かもしれないが、政策に関する「政治主導」を排除した結果、「官僚主導」の政策が横行する懸念である。私は今回の外務省をめぐる一連の不祥事、疑惑だけではなく、近くは狂牛病をめぐる農水省の対応、古くは(と言っても数年前だが)大蔵省や厚生省の不祥事を見るにつけ、「官僚主導」というものを信用していない。と言うより、官僚にはシンクタンクとしての機能は求められているが、やはり政策決定は重要になればなるほど政治家が決断を下すべきものと考えるからだ。
以上のようなことをもう少し整理して考えないと、単に「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」だけに終わりかねない。
●「北方領土不要論」メモは自己弁明に過ぎず?
鈴木宗男議員が自民党を離党する決め手となったいわゆる「北方領土返還不要論」と外務省ロシア課の課長補佐を同議員が殴ったとされる内部文書の公表について触れたい。両文書について外務省は国会の求めに応じただけとしているようだが、一方は証人喚問に合わせて野党議員に提出され、他の一方はまず新聞にリークされたところからみて、外務省側(あるいは省内の特定の人物)が鈴木議員排除を目的として出したとみて差し支えないだろう。仮にその意図がなかったとしても、その効果は十分あったことは間違いない。
では「秘・無期限」の判が押された2つの文書の信ぴょう性は一体どうであろうか。まず鈴木議員が北方領土返還を求める交渉の打ち切りを主張していたとされる1995年6月13日付の内部文書はどうか。同メモによると、確かに同議員は「そもそも北方領土問題は、国の面子から領土返還を主張しているに過ぎず、実際には島が返還されても国としても何の利益にもならない」などと述べている。しかし、繰り返し読んでみて、どうも売り言葉に買い言葉という感じがしてならない。もし同議員の本心がそうだとしたら、必ず他の場所でも繰り返しているはずだから、外務省側の再証明は容易だろう。
というのも、かつて私が当時の外務事務次官に北方領土問題でインタビューした際、同次官はいつ返るとも知れない北方四島返還の主張を続ける意義について「日本国民のアイデンティティーの問題だ。たとえ返ってこなくても、旧ソ連の不法占拠に抗議し続けることに意味がある」と答えているのだ。つまり返還要求は「日本国民が一体であることを確認するための象徴」と述べているわけだ。この言葉も意地悪く解釈すれば、北方領土など実際に返ってこなくてもいい、との牽強付会な解釈が不可能なわけではない。
要するに、鈴木議員がもし、このメモの内容を不服として提訴した場合、このメモに証拠能力があるのかどうかだ。恐らくこのメモは、当時の状況と何のために残したかということを考えれば、外務官僚が自らの立場を擁護するための弁明書に過ぎず、客観的な信ぴょう性に欠けるように思えるがどうであろうか。
●なぜ刑事告訴しなかった殴打事件
次に殴打事件については長くなるので、疑問の要点だけを記す。まず事件が起きたとされる1996年5月当時、私は日本にいなかったが、それでも何人もの外務省関係者からこの件について電話をもらったり、直接聞いたりした。これだけ多くの人に流布した“大事件”だから当然、外務省記者クラブが知らなかったわけがない。しかし私が知る限り、当時、新聞やテレビで報じられたとは聞いたことがない。週刊誌も取り上げなかったかどうかは定かではない。
いずれにしても全治1週間もの傷を負いながら、刑事告訴しなかったのはなぜか。あるいは被害者本人は告訴しようとしたが、上司が抑えたことはないのか。もしそうだったとしたらなぜか。単に鈴木議員が恐かったのか、それとも同議員の利用価値がまだあると判断して無理矢理泣き寝入りさせたのか。私は単なる推測で言っているのではない。1人の国会議員の政治生命を断つ以上は、外務省にもこれらの疑問に答える義務があるのではないか。
(政治アナリスト 北 光一)